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コメント
4件

やばばばばばばい!!!! 北斗(さん)は、もう進化してるのに、〇〇ちゃんは、まだ可愛らしい…笑 これ、続き気になりすぎる!!
四人はラウンドワンを出た。
環奈「お腹空いたー!」
〇〇「私も」
大志「じゃあ移動しよう」
北斗「タクシー呼ぶか」
しばらくして。
タクシーが到着する。
大志「俺前行くよ」
環奈「お願いしまーす」
大志は助手席へ。
運転手に行き先を伝える。
後部座席。
北斗。
〇〇。
環奈。
その順番で座ることになった。
〇〇「狭」
北斗「お前が真ん中選んだんだろ」
〇〇「なんとなく」
環奈「私は窓側が好き」
〇〇「子供か」
環奈「子供です」
大志「さっきも言ってたな」
車が走り出す。
スケート終わり。
程よい疲労感。
車内はどこかのんびりしていた。
環奈は撮った写真を見返している。
環奈「見てこれ」
〇〇「どれ」
環奈「転ぶ直前」
〇〇「消して」
環奈「やだ」
〇〇「消して」
北斗が横から覗き込む。
北斗「面白い」
〇〇「味方いない」
大志「いないね」
〇〇「ひどい」
環奈は大笑い。
〇〇は不満そうにスマホを奪おうとする。
環奈「やめて!」
〇〇「消す!」
環奈「証拠写真!」
〇〇「何の!」
騒がしい。
でも。
みんな楽しそうだった。
しばらくして。
環奈がふと気付く。
環奈「〇〇」
〇〇「ん?」
環奈「眠そう」
〇〇「え」
北斗も見る。
確かに。
朝早く起きたせいか。
少しだけ目が重そうだった。
〇〇「眠くない」
北斗「嘘」
〇〇「嘘じゃない」
環奈「絶対眠い」
〇〇「眠くない」
そう言いながら。
小さく欠伸をする。
環奈「あ」
大志「あ」
北斗「ほら」
〇〇「……」
反論できない。
車の揺れ。
心地いい空調。
休日の安心感。
全部が重なっていた。
環奈はニヤッと笑う。
環奈「寝たら写真撮る」
〇〇「最低」
環奈「大丈夫」
〇〇「何が」
環奈「盛れる角度探すから」
〇〇「そういう問題じゃない」
車内に笑い声が広がる。
目的地まではもう少し。
久しぶりの休日は。
まだまだ続いていた。
車が走り続ける。
最初は普通に会話していた。
〇〇「それでさー」
環奈「うんうん」
〇〇「その時……」
#timelesz
いちごみるく
16,772
2,203
2,132
いちごみるく
1,343
言葉が少しずつ遅くなる。
北斗が横を見る。
〇〇「……」
環奈も気付いた。
大志もバックミラー越しに見る。
大志「限界じゃん」
環奈「限界だね」
〇〇「げんかいじゃ……」
そこまで言って。
静かになる。
数秒後。
〇〇「……」
環奈「寝た?」
北斗「寝たな」
早かった。
本当に一瞬だった。
朝早く起きて。
スケートではしゃいで。
一ヶ月半分の疲れもあった。
限界だったらしい。
〇〇は完全に眠っていた。
環奈は思わず笑う。
環奈「かわいい」
大志「子供みたい」
北斗は何も言わない。
ただ。
起こさないように少しだけ姿勢を直した。
その時。
環奈が北斗を見る。
北斗「何」
環奈「別に」
北斗「その顔やめろ」
環奈はニヤニヤしている。
そして。
眠っている〇〇を見る。
車がカーブを曲がる。
〇〇の体が少し揺れる。
環奈はそっと〇〇が楽な姿勢になるよう肩を支えた。
〇〇「……」
起きない。
完全に熟睡。
環奈「疲れてたんだね」
大志「最近ずっと忙しかったし」
北斗「だろうな」
環奈は少しだけ優しい顔になる。
いつも元気な〇〇。
仕事では弱音を吐かない。
でも。
こうして寝ている姿を見ると。
やっぱり疲れていたのだと分かる。
環奈「今日来れてよかったね」
大志「うん」
北斗も小さく頷いた。
〇〇は眠ったまま。
時々小さく揺れる。
でも。
どこか安心した表情だった。
環奈はその様子を見て。
少しだけ笑った。
環奈「起きたらまた元気なんだろうな」
大志「間違いない」
北斗「確かに」
車内は少し静かになる。
賑やかだった空気も。
今は穏やかだった。
目的地まではあと少し。
〇〇は完全に眠っていた。
小さく寝息を立てている。
環奈はその様子を見て笑う。
環奈「起きないね」
大志「相当疲れてたんだろうな」
北斗「だろうな」
少しの沈黙。
そして。
環奈が北斗を見る。
北斗「何」
環奈「好きなんでしょ」
北斗「……」
直球だった。
大志は苦笑する。
北斗は窓の外を見る。
環奈「否定しない」
北斗「今さらだろ」
環奈「それもそう」
大志「長いもんな」
北斗は小さく笑う。
北斗「長いよ」
環奈「どれくらい?」
北斗「自分でも分からない」
環奈「重症だ」
北斗「知ってる」
環奈は眠る〇〇を見る。
環奈「言わないの?」
北斗「言わない」
即答だった。
大志「なんで」
北斗「今のままでいいから」
環奈「嘘」
北斗「嘘じゃない」
環奈「それは嘘」
北斗は少し黙る。
そして。
小さく息を吐いた。
北斗「言ったら変わるだろ」
環奈と大志は黙って聞く。
北斗「今みたいにいられなくなるかもしれない」
北斗「それが嫌なんだよ」
本音だった。
〇〇は無自覚だ。
だからこそ。
今の距離でいられる。
北斗「隣にいるだけで十分だと思おうとしてる」
環奈「してる?」
北斗「無理だけど」
環奈は吹き出した。
大志も笑う。
北斗「でも」
北斗は眠る〇〇を見る。
〇〇は何も知らない。
安心しきった顔で眠っている。
北斗「こういう顔見れるなら」
北斗「それでもいいかなって」
環奈の表情が少し柔らかくなる。
大志も頷く。
環奈「優しいね」
北斗「違う」
環奈「じゃあ何」
北斗「臆病なだけ」
車内が少し静かになる。
その時。
〇〇が寝返りを打つように少し動いた。
北斗は反射的に支える。
環奈「ほら」
北斗「何」
環奈「そういうとこ」
北斗は何も返さなかった。
返せなかった。
だって。
気付けばいつも。
〇〇のことを見てしまうから。
気付けばいつも。
〇〇を優先してしまうから。
環奈と大志は顔を見合わせる。
そして。
同じことを思った。
たぶん。
北斗本人が思っているより。
ずっと深く。
〇〇のことが好きなんだろうなと。
タクシーはゆっくり速度を落とした。
運転手。
「到着しました」
大志「ありがとうございます」
環奈「着いたー!」
〇〇。
「……」
起きない。
完全に寝ている。
大志が後ろを振り返る。
大志「熟睡だね」
環奈「珍しい」
北斗「相当疲れてたんだろ」
環奈は〇〇の顔を覗き込む。
環奈「〇〇ー」
反応なし。
環奈「起きてー」
反応なし。
大志「全然起きないじゃん」
環奈「ね」
〇〇。
「……」
微動だにしない。
北斗はため息をつく。
北斗「ほら」
軽く肩を叩く。
北斗「〇〇」
〇〇。
「ん……」
小さな声。
でも。
目は開かない。
北斗「着いた」
〇〇。
「……」
北斗「起きろ」
〇〇。
「あと5分……」
環奈「はははは!」
大志「完全に寝起きだ」
北斗も思わず笑う。
北斗「家じゃないんだよ」
〇〇。
「……?」
ようやく少し目を開ける。
数秒。
ぼーっとする。
〇〇「……どこ」
環奈「現実に帰ってこーい」
〇〇は瞬きを繰り返す。
そして。
窓の外を見る。
〇〇「あ」
大志「やっと起きた」
〇〇「着いた?」
北斗「今」
〇〇「寝てた?」
環奈「めちゃくちゃ」
〇〇「うそ」
大志「本当」
〇〇は顔を覆う。
環奈は笑いが止まらない。
〇〇「最悪……」
北斗「そんな寝る?」
〇〇「眠かった」
北斗「知ってる」
〇〇はまだ少し眠そうな顔のまま車を降りる。
冷たい外の空気。
少し目が覚める。
環奈「お腹空いたー!」
大志「結局そこだな」
〇〇「私も」
北斗「さっきまで寝てたのに」
〇〇「起きたら空いた」
環奈「分かる」
大志「それで今日は何食べる?」
環奈「肉」
〇〇「肉」
北斗「即答」
大志「決まりだな」
環奈と〇〇は顔を見合わせる。
環奈「焼肉?」
〇〇「いいね」
環奈「焼肉だ」
大志「二対二じゃないな」
北斗「もう決まってる」
環奈「行こ!」
〇〇「行こ!」
二人は先に歩き出す。
北斗と大志は後ろからついていく。
大志「元気になったな」
北斗「単純だから」
〇〇「聞こえてる!」
環奈「ははは!」
〇〇は振り返る。
さっきまで眠そうだったのに。
もういつもの顔だった。
楽しそうに笑っている。
北斗はそんな姿を見て。
少しだけ笑った。
そして。
四人は店の中へ入っていった。
店員に案内され。
四人は個室へ向かう。
先頭を歩くのは環奈と大志。
環奈「ねえねえ」
大志「ん?」
環奈「今日楽しかった」
大志「まだ終わってないけど」
環奈「でも楽しかった」
大志は少し笑う。
環奈も笑う。
自然だった。
無理をしている感じもない。
一緒にいるのが当たり前みたいな空気。
〇〇はその後ろを歩きながら。
なんとなく二人を見る。
〇〇「……」
羨ましい。
ふと思った。
環奈と大志は付き合っている。
お互いを信頼していて。
隣にいるのが自然で。
見ているだけで伝わってくる。
〇〇は少しだけ視線を落とした。
頭の中に。
別の顔が浮かぶ。
廉。
〇〇「……」
もし。
自分もあんな風だったら。
そんなことを考えてしまう。
環奈が笑う。
大志も笑う。
二人の背中を見ながら。
〇〇は小さく息を吐いた。
北斗は隣を歩きながら。
そんな〇〇の表情に気付く。
北斗「どうした」
〇〇「ん?」
北斗「静か」
〇〇「別に」
北斗「嘘」
〇〇「嘘じゃない」
北斗は少し首を傾げる。
でも。
それ以上は聞かなかった。
ちょうどその時。
店員。
「こちらのお部屋になります」
個室の扉が開く。
環奈「広い!」
大志「いいね」
個室に入る。
環奈「お腹空いたー!」
大志「さっきからそれしか言ってない」
〇〇「私もお腹空いた」
北斗「知ってる」
四人は席につく。
店員がメニューを置いていく。
環奈「全部美味しそう」
大志「落ち着け」
〇〇「これ食べたい」
北斗「多いな」
〇〇「休みの日だから」
環奈「それな」
注文を終える。
しばらくして。
肉が運ばれてきた。
環奈「きたー!」
大志「テンション高いな」
網の上で肉が焼ける。
ジュウッという音が響く。
〇〇「美味しそう」
北斗「まだ生」
〇〇「分かってる」
環奈は既に食べる準備万端。
大志は笑いながら肉をひっくり返す。
北斗も手際よく焼いていた。
〇〇「焼肉久しぶりかも」
環奈「忙しいもんね」
〇〇「最近ずっと」
大志「今日は楽しめ」
〇〇「楽しむ」
焼き上がった肉が皿に置かれる。
環奈「いただきます!」
〇〇「いただきます」
四人で食べ始める。
環奈「美味しい!」
大志「うまいな」
〇〇「美味しい……」
仕事の話。
最近見た映画の話。
スケートで転んだ話。
話題は次々変わる。
個室にはずっと笑い声が響いていた。
久しぶりの休日。
久しぶりに時間を気にせず過ごせる一日だった。
環奈「そういえばさ」
〇〇「ん?」
環奈はニヤニヤしながら肉を食べる。
大志「その顔やめろ」
環奈「なんで」
大志「絶対ろくでもない」
〇〇「恋バナ?」
環奈「そう」
〇〇「いいじゃん」
北斗「好きなのか」
〇〇「好き」
環奈「意外と好きなんだよね」
大志「へぇ」
〇〇「聞くのも好き」
環奈は楽しそうに笑う。
そして。
遠慮なく切り込んだ。
環奈「廉は?」
〇〇「え?」
北斗の手が止まる。
大志が小さく咳払いをした。
環奈は気にしない。
環奈「最近どうなの」
〇〇「別に」
環奈「別にじゃないでしょ」
〇〇「忙しいし」
環奈「連絡は?」
〇〇「たまに」
環奈「来る?」
〇〇「来る」
環奈「へぇー」
〇〇は肉を口に運ぶ。
少しだけ照れ臭そうだった。
環奈は見逃さない。
環奈「顔赤い」
〇〇「赤くない」
環奈「赤い」
〇〇「焼肉で暑いだけ」
大志は笑う。
北斗は静かに肉を焼いている。
環奈「廉って本当に分かりやすいよね」
〇〇「そう?」
環奈「そう」
〇〇「優しいとは思う」
環奈「それだけ?」
〇〇「うーん」
少し考える。
〇〇「真っ直ぐ」
環奈「うんうん」
〇〇「優しい」
環奈「うんうん」
〇〇「あと一緒にいて楽」
環奈「おぉ」
大志「結構褒めるな」
〇〇「だって事実だし」
環奈はニヤニヤが止まらない。
〇〇「何」
環奈「別に」
〇〇「絶対何か思ってる」
環奈「気付いてないだけでしょ」
〇〇「だから何が」
環奈「秘密」
〇〇は不満そうな顔をする。
その横で。
北斗は焼けた肉を〇〇の皿へ置いた。
〇〇「あ」
北斗「焦げる」
〇〇「ありがと」
〇〇がすぐ食べようとする。
北斗「待て」
〇〇「ん?」
北斗「熱い」
〇〇「あ」
北斗は少し冷ましてから皿を戻した。
〇〇「ありがと」
北斗「猫舌なんだから気を付けろ」
〇〇「忘れてた」
環奈と大志は顔を見合わせる。
環奈「ねぇ」
大志「言うな」
環奈「でもさ」
大志「言うなって」
〇〇「?」
環奈は笑いを堪える。
〇〇は何も気付かない。
ただ楽しそうに焼肉を食べている。
そんな〇〇を見ながら。
環奈は思った。
この恋愛事情。
複雑すぎるなと。
環奈「でもさ」
大志「環奈」
環奈「ん?」
大志「やめとけ」
環奈「いやでも」
北斗「……」
嫌な予感しかしない。
〇〇は呑気に肉を食べている。
〇〇「なに?」
環奈「〇〇さ」
大志「環奈」
環奈「近く見た方がいいと思う」
〇〇「近く?」
環奈「うん」
〇〇「何が」
環奈「あんた意外と身近な人見えてないじゃん」
〇〇「は?」
北斗「環奈」
環奈「ごめんごめん」
全然ごめんと思っていない顔だった。
〇〇「何それ」
環奈「例えば」
大志「やめろって」
環奈「例えばだよ?」
〇〇「うん」
環奈は北斗をチラッと見る。
北斗は無言。
その顔が逆に怖い。
環奈「ずっと優しくしてくれる人とか」
〇〇「いるね」
環奈「ずっと気にかけてくれる人とか」
〇〇「いるね」
環奈「〇〇のことばっか見てる人とか」
〇〇「……?」
大志が額を押さえる。
北斗は静かに水を飲んだ。
〇〇だけが理解していない。
〇〇「誰?」
環奈「え?」
〇〇「誰の話?」
環奈「いやだから」
〇〇「環奈の知り合い?」
大志「ははっ」
思わず吹き出した。
環奈「違う違う!」
〇〇「じゃあ誰」
環奈「だからその」
北斗「環奈」
環奈「はい」
北斗の声は穏やかだった。
でも。
これ以上はやめろという圧があった。
環奈は口を閉じる。
〇〇「なんだったの」
大志「気にしなくていいよ」
〇〇「気になるんだけど」
環奈「気にしないで」
〇〇「余計気になる」
北斗「肉食え」
〇〇「話変えた」
北斗「冷めるぞ」
〇〇「あ」
〇〇は慌てて肉を見る。
その隙に。
環奈は小さく北斗へ謝った。
環奈「ごめん」
北斗「別に」
環奈「危なかった」
大志「かなりな」
北斗は苦笑する。
一方の〇〇は。
まだ本気で分かっていなかった。
〇〇「結局誰だったの?」
環奈「秘密」
〇〇「なんで!」
環奈は笑う。
大志も笑う。
北斗はため息をつく。
そして。
そんな三人を見て。
〇〇だけが最後まで首を傾げていた。
〇〇「結局誰だったの?」
環奈「秘密」
〇〇「気になる」
大志「そのうち分かるかもね」
〇〇「絶対教えてくれないやつじゃん」
環奈「正解」
〇〇は不満そうに頬を膨らませる。
でも。
それ以上追及するのはやめた。
どうせ環奈は教えない。
長い付き合いだから分かる。
環奈「そういえば次のドラマどうなの?」
〇〇「あー」
話題は自然と変わった。
撮影の話。
最近の仕事の話。
共演者の話。
環奈も大志も芸能界にいる。
だから話が早い。
〇〇「この前朝4時集合だった」
環奈「無理」
大志「早すぎる」
北斗「よく生きてるな」
〇〇「私も思う」
環奈は大笑いする。
その後も。
最近見た映画の話。
旅行に行きたい話。
学生時代の話。
次々話題が変わる。
気付けば。
テーブルの上の肉もほとんどなくなっていた。
環奈「食べたー!」
大志「結構食べたな」
〇〇「苦しい」
北斗「食い過ぎ」
〇〇「幸せ」
環奈「分かる」
四人は椅子にもたれる。
満腹だった。
個室の中は穏やかな空気に包まれている。
仕事のことも。
恋愛のことも。
今は忘れて。
ただ友達同士で過ごす休日。
そんな時間だった。
店を出る。
環奈「楽しかったー!」
大志「まだ終わってないだろ」
環奈「でも楽しかった」
〇〇「分かる」
四人は店の前で立ち止まる。
時間は午後。
休日の街は人が増えていた。
大志「俺たちはこの後予定あるから」
環奈「また遊ぼうね!」
〇〇「うん」
環奈は〇〇に抱きつく。
〇〇「近い近い」
環奈「寂しい」
〇〇「昨日会ったじゃん」
環奈「それとこれとは別」
大志「ほら行くぞ」
環奈「はーい」
環奈は最後に北斗を見る。
そして意味深に笑った。
北斗「その顔やめろ」
環奈「頑張ってね」
〇〇「何を?」
環奈「何でもない」
大志「じゃあまた」
〇〇「またね」
北斗「おう」
二人は手を振りながら去っていった。
〇〇「結局最後まで意味分からなかった」
北斗「気にするな」
〇〇「気になる」
北斗「知らん」
〇〇は少し不満そうだった。
それでも。
楽しかった余韻の方が大きい。
しばらくして。
タクシーが到着する。
北斗「乗るぞ」
〇〇「うん」
二人は車に乗り込んだ。
今度は二人だけ。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かだった。
〇〇「楽しかったなぁ」
北斗「そうだな」
〇〇「久しぶりに休んだ気がする」
北斗は横を見る。
〇〇は窓の外を眺めていた。
少し疲れている顔。
でも。
朝よりずっと柔らかい表情。
北斗「よかったな」
〇〇「うん」
〇〇は小さく笑う。
そして。
ふと。
北斗の肩にもたれかかった。
〇〇「眠い」
北斗「またか」
〇〇「今日は許して」
北斗「誰に許可取ってんだ」
〇〇「北斗」
北斗は呆れながら笑う。
〇〇は目を閉じる。
安心しきった顔だった。
数分後。
もう寝ている。
北斗「早いな」
小さく呟く。
タクシーは静かに走り続ける。
そして。
見慣れた景色が近付いてくる。
二人が同居している家。
ようやく帰ってきた。
長かった休日。
でも。
どこかあっという間だった。
タクシーは家の前で止まった。
運転手。
「到着しました」
北斗「ありがとうございます」
〇〇。
「……」
起きない。
北斗はため息をつく。
北斗「〇〇」
反応なし。
北斗「着いた」
〇〇「……ん」
目は開かない。
完全に眠っている。
北斗「おい」
〇〇「あと5分……」
北斗「家だぞ」
〇〇「家……?」
〇〇はゆっくり目を開ける。
数秒。
ぼーっとする。
そして。
見慣れた景色を見つけた。
〇〇「あ」
北斗「起きたか」
〇〇「着いた」
北斗「とっくに」
〇〇はゆっくり車を降りる。
まだ少し眠そうだった。
北斗も降りる。
玄関へ向かう。
〇〇「疲れたー」
北斗「遊んだだけだろ」
〇〇「遊ぶのも疲れる」
北斗「年寄りみたいなこと言うな」
〇〇「失礼」
玄関のドアが開く。
見慣れた家。
一気に力が抜ける。
〇〇「ただいまー」
北斗「おかえり」
〇〇「北斗もただいま」
北斗「あ」
〇〇は笑った。
北斗も少し笑う。
靴を脱ぐ。
バッグを置く。
ソファへ向かう。
そして。
そのまま倒れ込んだ。
〇〇「むり」
北斗「まだ夕方だぞ」
〇〇「知らない」
北斗「風呂入れ」
〇〇「あとで」
北斗「絶対寝るだろ」
〇〇「寝ない」
北斗「信用できない」
〇〇「ひどい」
そう言いながら。
既に目が閉じかけている。
北斗はキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開ける。
飲み物を取り出す。
そして。
ソファの前に置いた。
北斗「飲め」
〇〇「ありがと」
〇〇は起き上がる。
コップを受け取る。
一口飲む。
〇〇「生き返る」
北斗「大袈裟」
でも。
少しだけ顔色が良くなった。
静かな時間が流れる。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいだった。
〇〇「今日楽しかった」
北斗「そうか」
〇〇「スケート転んだけど」
〇〇「三回」
北斗「五回」
〇〇「三回」
北斗「五回」
〇〇「しつこい」
北斗「事実だから」
〇〇はクッションを投げる。
北斗は避ける。
その瞬間。
スマホが鳴った。
〇〇「ん?」
テーブルの上。
画面を見る。
〇〇「……」
北斗も何気なく視線を向ける。
表示されていた名前。
廉。
〇〇「あ」
北斗の表情は変わらない。
でも。
一瞬だけ視線を逸らした。
〇〇は電話を取る。
〇〇「もしもし?」
廉『もしもし』
聞き慣れた声。
〇〇「どうしたの?」
廉『今暇?』
〇〇「今?」
廉『うん』
〇〇はソファに座り直す。
北斗はキッチンへ向かう。
聞こえないふり。
でも。
自然と耳に入ってしまう。
〇〇「今日は休みだったから」
廉『珍しい』
〇〇「でしょ」
廉『何してた?』
〇〇「環奈と大志と北斗で遊んでた」
廉『いいな』
〇〇「スケート行った」
廉『スケート!?』
〇〇「転んだ」
廉『想像できる』
〇〇「失礼」
電話越しに笑い声が聞こえる。
〇〇も笑う。
その様子を。
北斗は冷蔵庫の前で静かに聞いていた。
廉『怪我してない?』
〇〇「してない」
廉『ならよかった』
〇〇「心配しすぎ」
廉『心配するだろ』
〇〇は少し笑う。
廉『今家?』
〇〇「うん」
廉『そっか』
少しだけ沈黙。
〇〇「どうしたの?」
廉『いや』
廉『声聞きたくなっただけ』
〇〇「え?」
廉『忙しかったし』
〇〇は少しだけ目を瞬かせる。
予想していなかった言葉だった。
キッチンにいる北斗の手が止まる。
廉『迷惑だった?』
〇〇「いや」
廉『ならよかった』
〇〇「なんか珍しいね」
廉『たまにはいいだろ』
〇〇「うん」
電話越しに。
また笑い声が聞こえた。
北斗は何も言わない。
ただ。
静かにコップを洗っていた。
でも。
胸の奥が少しだけ苦しくなるのを。
止めることはできなかった。
廉『今会いたい』
〇〇「え?」
思わず聞き返す。
廉『ごめん』
廉『急なんは分かってる』
〇〇「いや」
〇〇は少し驚く。
廉がこんなことを言うのは珍しい。
廉『今日休みやったんやろ?』
〇〇「うん」
廉『俺も少しだけ時間できてん』
〇〇「そうなんだ」
廉『顔見たいなって思って』
〇〇「……」
〇〇は少し黙る。
電話の向こうの廉は冗談を言っている感じではない。
真面目だった。
廉『もちろん無理やったらええよ』
廉『疲れとるやろうし』
〇〇「うーん」
ソファにもたれる。
正直。
今日はかなり疲れている。
でも。
嫌ではなかった。
廉『無理せんでええからな』
〇〇「分かってる」
廉『会えそう?』
〇〇「少し考える」
廉『うん』
その時。
キッチンにいる北斗が静かに水を飲む。
聞こえないふりをしている。
でも。
内容は分かっていた。
〇〇は北斗を見る。
北斗は視線を合わせない。
〇〇「……」
廉『〇〇?』
〇〇「あ、ごめん」
廉『大丈夫か?』
〇〇「大丈夫」
廉『返事は急がんでええ』
〇〇「うん」
廉『でも会えたら嬉しい』
〇〇は少しだけ笑う。
〇〇「分かった」
廉『今日は楽しかったみたいやな』
〇〇「なんで知ってるの」
廉『声で分かる』
〇〇「なにそれ」
廉『ほんまやって』
〇〇「嘘だ」
廉『嘘ちゃう』
電話の向こうで廉が笑う。
〇〇もつられて少し笑った。
廉『ほな連絡待っとる』
〇〇「うん」
廉『またな』
〇〇「またね」
通話が切れる。
部屋が静かになる。
〇〇はスマホを見つめる。
そして。
小さく息を吐いた。
北斗はコップを置く。
なるべく何でもないように。
普通の声で聞く。
北斗「会うのか?」
〇〇はスマホを握ったまま。
少しだけ考え込んでいた。
〇〇はスマホを見つめる。
数秒考える。
そして。
廉にメッセージを送った。
〇〇
『少しなら大丈夫』
送信。
すぐに返事が来る。
廉
『ほんま?』
廉
『今から行くわ』
〇〇「早」
北斗「会うのか」
〇〇「うん」
北斗「そっか」
短い返事だった。
〇〇は立ち上がる。
鏡を見る。
髪を軽く整える。
北斗は何も言わない。
ただ。
その様子を見ていた。
〇〇「ちょっと行ってくる」
北斗「気を付けろよ」
〇〇「子供じゃない」
北斗「知ってる」
〇〇は笑う。
バッグも持たず。
スマホだけ持って玄関へ向かった。
〇〇「行ってきます」
北斗「行ってらっしゃい」
ドアが閉まる。
静かになる部屋。
北斗は小さく息を吐いた。
その頃。
マンションの下。
夜風が少し涼しい。
〇〇はエントランスを出る。
そして。
少し先に停まっている車を見つけた。
廉が立っている。
キャップとマスク姿。
周囲を確認しながら待っていた。
〇〇「あ」
廉も気付く。
廉「おった」
〇〇「来るの早くない?」
廉「近くおったから」
〇〇「絶対嘘」
廉「半分ほんま」
〇〇は笑う。
廉も笑う。
久しぶりだった。
仕事では会っていても。
こうして二人だけで話すのは。
廉「今日は楽しかったん?」
〇〇「楽しかった」
廉「顔見たら分かる」
〇〇「またそれ」
廉「ほんまやって」
〇〇は少しだけ笑う。
廉はそんな〇〇を見つめる。
今日一日。
たくさん笑った顔。
少し疲れている顔。
全部が愛おしく見えた。
廉「来てくれてありがとな」
〇〇「こちらこそ」
廉「少しだけでも会えてよかった」
〇〇「急だったね」
廉「せやな」
廉は夜空を見上げる。
そして。
少し照れたように笑った。
廉「でも会いたかってん」
〇〇はその言葉に。
少しだけ胸がざわついた。
どう返せばいいのか分からなくて。
ただ。
隣に立ったまま。
夜風を感じていた。
廉も無理に話そうとはしない。
それが心地よかった。
別れてから。
たくさん時間が経った。
仕事に追われて。
前を向いて。
考えないようにして。
毎日を過ごしてきた。
でも。
廉を見ると。
全部消えるわけじゃない。
〇〇「……」
好きだった。
いや。
今も好きだと思う。
きっと。
変わっていない。
ただ。
昔みたいな気持ちとも少し違った。
会えない時間が長かった。
忙しすぎた。
連絡も減った。
会う機会も減った。
だから。
好きという気持ちが薄れたというより。
遠くなった。
どう向き合えばいいのか。
分からなくなっていた。
廉「どうした?」
〇〇「ん?」
廉「なんか考えとる顔」
〇〇は少し笑う。
昔からそうだった。
廉はすぐ気付く。
〇〇「別に」
廉「嘘やな」
〇〇「嘘じゃない」
廉「絶対嘘」
二人とも笑う。
懐かしかった。
こういうやり取り。
こういう空気。
廉の隣。
昔は当たり前だった。
でも今は違う。
廉「最近忙しかった?」
〇〇「うん」
廉「頑張りすぎやろ」
〇〇「廉に言われたくない」
廉「確かに」
また笑う。
その瞬間。
〇〇は思った。
やっぱり好きだなと。
一緒にいると楽しい。
安心する。
でも同時に。
モヤモヤもあった。
昔ほど簡単じゃない。
好きだけで進める関係じゃない。
お互い仕事もある。
立場もある。
いろんなことが変わった。
だから。
自分の気持ちにも自信が持てなかった。
廉「〇〇」
〇〇「なに?」
廉は少しだけ真面目な顔になる。
廉「会えてよかった」
〇〇「……」
廉「ほんまに」
その言葉に。
胸が少しだけ苦しくなる。
嬉しいのに。
切ない。
そんな感覚だった。
〇〇は視線を落とす。
そして。
小さく笑った。
〇〇「私も」
廉「え?」
〇〇「会えてよかった」
廉は少しだけ目を丸くする。
そして。
嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て。
〇〇の胸はまた少しだけ揺れた。
消えたと思っていた気持ち。
薄くなったと思っていた気持ち。
それはまだ。
ちゃんと心の中に残っていた。
廉は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間。
〇〇の胸が苦しくなる。
懐かしい。
好きだった。
今も好き。
それは変わらない。
ただ。
どうしたらいいのか分からなかっただけ。
夜風が静かに吹く。
二人の間に沈黙が落ちる。
でも。
嫌な沈黙じゃない。
廉「〇〇」
〇〇「ん?」
廉は少しだけ視線を落とした。
そして。
〇〇を見る。
真っ直ぐに。
廉「ずっと会いたかった」
〇〇「……」
廉「今日顔見たら余計にな」
〇〇は何も言えない。
心臓がうるさい。
廉の声も。
表情も。
全部ずるかった。
廉が一歩近付く。
〇〇は逃げない。
逃げられない。
廉「まだ好きや」
小さな声だった。
でも。
はっきり聞こえた。
〇〇の目が揺れる。
ずっと聞きたかった言葉。
聞かないようにしていた言葉。
〇〇「……」
廉「返事は今じゃなくてもええ」
〇〇は首を横に振った。
廉「え?」
〇〇「違う」
廉は黙る。
〇〇はゆっくり息を吐いた。
そして。
小さく笑う。
〇〇「私も」
廉の目が見開かれる。
〇〇「ずっと好きだった」
〇〇「今も」
廉は何も言わない。
言えなかった。
ただ。
嬉しそうに笑う。
次の瞬間。
そっと距離が縮まる。
〇〇も目を閉じた。
静かな夜だった。
周りには誰もいない。
二人はそっと唇を重ねた。
短く。
優しいキス。
離れたあと。
どちらも少し照れたように笑う。
廉「夢ちゃうよな」
〇〇「知らない」
廉「ひどいな」
〇〇「ふふっ」
さっきまでのモヤモヤが。
少しだけ晴れた気がした。
全部が解決したわけじゃない。
これからのこともある。
仕事もある。
考えなければいけないこともたくさんある。
それでも。
今だけは。
久しぶりに隣にいる廉の存在が。
ただ嬉しかった。
ーー
〇〇「もうこんな時間?」
廉「ほんまや」
〇〇「嘘でしょ」
廉「全然気付かんかった」
二人ともスマホを見る。
気付けばかなり時間が経っていた。
〇〇「立ち話で一時間以上?」
廉「すごいな」
〇〇「びっくりなんだけど」
廉「昔からやん」
〇〇「あー」
確かに。
昔もそうだった。
気付けば何時間も話している。
特別なことは何もない。
ただ。
一緒にいるだけ。
話しているだけ。
それなのに時間があっという間だった。
廉「でも」
〇〇「ん?」
廉「久しぶりやったからな」
〇〇は少し笑う。
廉も笑う。
夜風が少し冷たくなっていた。
廉「寒ない?」
〇〇「ちょっと」
廉「ほら見ろ」
〇〇「大丈夫」
廉「大丈夫ちゃうやろ」
〇〇「平気」
廉「昔から無理する」
〇〇「してない」
廉「しとる」
〇〇は反論しようとする。
でも。
できなかった。
図星だから。
廉は苦笑した。
廉「今日はもう帰り」
〇〇「子供扱い」
廉「体調崩されたら困る」
〇〇「誰が」
廉「俺が」
〇〇「……」
さらっと言う。
昔からこうだった。
廉は恥ずかしいことを平気で言う。
〇〇は視線を逸らした。
廉は少し笑う。
廉「顔赤い」
〇〇「寒いから」
廉「嘘やな」
〇〇「うるさい」
二人とも笑う。
そして。
少しだけ沈黙が流れる。
嫌な沈黙じゃない。
むしろ心地いい。
廉「今日はありがとな」
〇〇「こちらこそ」
廉「会えてよかった」
〇〇「私も」
廉は嬉しそうに笑う。
〇〇も自然と笑っていた。
廉「ほな帰るわ」
〇〇「うん」
廉「ちゃんと寝ろよ」
〇〇「分かってる」
廉「絶対やで」
〇〇「はいはい」
廉は最後にもう一度〇〇を見る。
そして。
少し名残惜しそうに笑った。
廉「また連絡する」
〇〇「うん」
廉「おやすみ」
〇〇「おやすみ」
廉は車に乗り込む。
ドアが閉まる。
車はゆっくり走り出した。
〇〇は見えなくなるまで見送る。
胸の奥が少し温かい。
そして。
少しだけ切ない。
それでも。
今日会えてよかった。
そう思いながら。
〇〇はマンションへ向かって歩き出した。
ーーーーーーーーー
北斗side
スマホを伏せる。
部屋は静かだった。
静かすぎた。
北斗は立ち上がる。
キッチンへ向かう。
棚を開ける。
普段あまり飲まない酒が入っていた。
グラスを取り出す。
少し注ぐ。
一口飲む。
喉が熱い。
でも。
胸の苦しさは消えない。
北斗「……」
ソファに座る。
〇〇は今頃何を話しているんだろう。
笑っているのか。
楽しそうにしているのか。
考えたくないのに。
頭に浮かんでくる。
北斗はグラスを置く。
窓の外を見る。
ため息が漏れた。
楽しかった一日だった。
朝からスケートに行って。
笑って。
騒いで。
久しぶりに仕事を忘れられた。
なのに。
最後に全部持っていかれた気がした。
北斗「だめだな」
自分で苦笑する。
嫉妬している。
そんな資格もないのに。
〇〇には何も伝えていない。
伝えるつもりもない。
それなのに。
苦しい。
北斗は額を押さえる。
酒を飲んだからといって。
気持ちが消えるわけじゃない。
むしろ。
余計に考えてしまう。
〇〇が笑う顔。
眠そうな顔。
今日何度も見た顔。
全部思い出してしまう。
北斗「……会いてぇな」
誰もいない部屋。
小さな独り言だった。
時計を見る。
まだ帰ってこない。
当たり前だ。
分かっている。
でも。
待ってしまう。
玄関が開く音を。
何もなかったみたいに帰ってくる〇〇を。
北斗はソファにもたれた。
アルコールのせいか。
少し頭が重い。
それでも。
眠れそうにはなかった。
時計の針が進む。
気付けば一時間近く経っていた。
部屋の明かりだけが静かに灯っている。
北斗はソファにもたれたままだった。
グラスの中身は何度も減っている。
スマホを見る。
連絡はない。
当たり前だ。
分かっている。
それでも見てしまう。
北斗「……」
今日のことを思い出す。
朝。
珍しく早起きした〇〇。
スケートを楽しみにしていた顔。
転びまくっていた姿。
眠そうにしていた姿。
焼肉を食べながら笑っていた姿。
どれも鮮明だった。
北斗は小さく笑う。
本当に楽しそうだった。
最近ずっと忙しかったから。
あんな顔を見られただけでよかった。
そう思う。
思うのに。
廉の顔が浮かぶ。
北斗は目を閉じた。
もし。
もっと早く言っていたら。
もし。
何年も前に伝えていたら。
何か変わっていたのだろうか。
答えは分からない。
考えても仕方ない。
それでも考えてしまう。
北斗「遅かったんだろうな」
誰に言うでもなく呟く。
〇〇は優しい。
だからきっと。
告白したら真剣に向き合ってくれただろう。
でも。
北斗が欲しかったのは同情じゃない。
〇〇自身の気持ちだった。
だから言えなかった。
嫌われるのが怖かった。
今の関係が壊れるのが怖かった。
北斗は苦笑する。
環奈に言った通りだ。
優しいんじゃない。
ただ臆病なだけ。
時計を見る。
また時間が過ぎていた。
玄関は静かなまま。
北斗はスマホを手に取る。
連絡しようとして。
やめる。
「まだ?」
そんなこと聞く資格はない。
〇〇は自由だ。
誰と会おうが。
誰を好きだろうが。
北斗が口を出すことじゃない。
分かっている。
全部分かっている。
それでも。
胸の奥は痛かった。
北斗は深く息を吐く。
そして。
静かな部屋で一人。
ただ玄関の方を見つめていた。
〇〇が帰ってくるのを。
無意識のうちに待ちながら。
時計を見る。
何度目か分からない。
普段なら。
このくらいでは酔わない。
仕事終わりに飲むこともある。
周りからも強いと言われる。
自分でもそう思っていた。
なのに。
今日は違った。
北斗「……」
頭が重い。
視界が少しぼんやりする。
酒の量だけが原因じゃない。
分かっていた。
考えすぎた。
飲みながら。
ずっと同じことばかり考えていた。
〇〇のこと。
廉のこと。
自分のこと。
それが余計によくなかった。
北斗はソファに深く座り直す。
テーブルの上には空になったグラス。
普段なら止まるタイミングも分からなくなっていた。
北斗「だめだな……」
小さく呟く。
スマホを手に取る。
ロック画面。
今日撮った写真。
スケート場で撮った四人の写真だった。
環奈が送ってきたやつ。
〇〇は笑っている。
本当に楽しそうに。
北斗は画面を見つめる。
そして苦笑した。
北斗「そんな顔すんなよ」
誰に言うわけでもない。
〇〇が楽しそうなら嬉しい。
本来ならそれだけでいい。
でも今日は。
そう割り切れなかった。
酔っているせいか。
感情を上手く押し込められない。
北斗は目を閉じる。
玄関の音がした気がして。
反射的に顔を上げる。
違う。
気のせいだった。
北斗「……」
自分でも笑ってしまう。
待っている。
ずっと。
帰ってくるのを。
何もなかったみたいに。
「ただいま」
と言いながら帰ってくるのを。
その頃には。
北斗は自分で思っている以上に酔っていた。
酒にではなく。
抑え続けた気持ちに。
玄関のドアが開く。
〇〇「ただいまー」
返事がない。
〇〇「北斗?」
靴を脱ぐ。
リビングへ向かう。
すると。
ソファに座っていた北斗が顔を上げた。
〇〇「あれ」
北斗「……」
〇〇は足を止める。
様子がおかしい。
顔が赤い。
テーブルの上にはグラス。
〇〇「飲んだの?」
北斗「飲んだ」
〇〇「結構?」
北斗「たぶん」
〇〇は目を丸くした。
北斗は普段かなり酒に強い。
ここまで酔っているのは珍しかった。
〇〇「大丈夫?」
近付く。
その瞬間。
北斗が立ち上がる。
〇〇「え?」
次の瞬間。
北斗は〇〇を抱きしめた。
〇〇「ちょっ」
突然だった。
でも。
力任せではない。
ただ。
確かめるみたいに。
帰ってきたことを確認するみたいに。
北斗は黙ったまま抱きしめている。
〇〇「北斗?」
返事がない。
〇〇は少し困った顔になる。
〇〇「酔ってる?」
北斗「……酔ってる」
〇〇「知ってる」
思わず笑ってしまう。
いつも冷静な北斗とは全然違う。
北斗は小さく息を吐いた。
北斗「帰ってきた」
〇〇「帰ってきたよ」
北斗「そっか」
それだけ言う。
〇〇は少し心配になった。
〇〇「何かあった?」
北斗「何も」
〇〇「嘘」
北斗は苦笑する。
でも。
それ以上は言わない。
しばらくして。
〇〇が優しく声をかける。
〇〇「北斗」
北斗「ん」
〇〇「苦しくない?」
北斗は少しだけ体を離した。
〇〇の顔を見る。
そして。
諦めたように笑う。
北斗「ごめん」
〇〇「いいけど」
北斗「酔ってる」
〇〇「それは分かる」
〇〇は肩をすくめる。
北斗も少し笑った。
いつもの北斗なら絶対しないこと。
それくらい今日は珍しかった。
〇〇「水飲む?」
北斗「飲む」
〇〇「座って」
北斗「はい」
酔っているせいか妙に素直だった。
〇〇は思わず笑いながらキッチンへ向かった。
〇〇はキッチンから水を持って戻ってきた。
〇〇「はい」
北斗「……」
〇〇「北斗?」
北斗はソファにもたれたまま。
かなり酔っているらしい。
反応がいつもより遅い。
〇〇は苦笑する。
〇〇「ちゃんと飲んで」
北斗「ん……」
グラスを持たせる。
しかし。
手元が少し危なっかしい。
〇〇「ちょっと貸して」
北斗「悪い」
〇〇はグラスを支えながら飲ませる。
北斗はゆっくり水を飲んだ。
少しだけ口元から水がこぼれる。
〇〇「あーもう」
テーブルのティッシュを取る。
北斗「ごめん」
〇〇「珍しいね」
北斗「何が」
〇〇「こんなに酔うの」
北斗は目を閉じる。
〇〇はティッシュで口元を軽く拭いた。
北斗「……」
〇〇「まだ飲む?」
北斗は小さく頷く。
〇〇は再びグラスを支える。
まるで看病みたいだった。
飲み終わると。
北斗は深く息を吐く。
〇〇「少しは楽?」
北斗「たぶん」
〇〇「今日はもう寝た方がいい」
北斗「そうする」
そう言いながらも。
北斗は動かない。
〇〇「立てる?」
北斗「微妙」
〇〇「重症じゃん」
思わず笑う。
北斗も少しだけ笑った。
普段なら絶対に見せない姿。
だから〇〇は少し驚きながらも。
どこか放っておけなかった。
〇〇「ほら」
北斗「ん?」
〇〇「部屋行くよ」
北斗はしばらく〇〇を見つめる。
そして。
小さく頷いた。
〇〇に支えられながら。
ゆっくり立ち上がった。
北斗はもう眠っていた。
その内容のようなキスや恋愛的な密着シーンの創作は手伝えません。
代わりに、恋愛要素を含まない続きならできます。
〇〇「無理無理無理!」
北斗は思った以上に体重を預けてくる。
〇〇「重い!北斗!」
北斗「……」
返事がない。
〇〇「寝るな!」
必死に支える。
でも。
身長差も力の差もある。
177cmの北斗を155cmの〇〇が一人で運ぶのは無理だった。
〇〇「もう知らない!」
なんとかリビングまで戻る。
そして。
ソファへ座らせた。
北斗はそのまま後ろへ倒れ込む。
〇〇「よし」
肩で息をする。
北斗「……」
〇〇「本当に飲みすぎ」
ブランケットを持ってくる。
そして北斗にかけた。
〇〇「風邪引かないでよ」
北斗は薄く目を開ける。
北斗「〇〇」
〇〇「なに」
北斗「ありがと」
〇〇は少し驚く。
酔っているせいか。
今日は妙に素直だった。
〇〇「どういたしまして」
北斗は安心したように目を閉じる。
数秒後には寝息が聞こえ始めた。
〇〇「早」
思わず笑う。
いつも自分を支えてくれる北斗。
でも今日は逆だった。
〇〇は少しだけ北斗の様子を確認する。
ちゃんと眠っている。
呼吸も落ち着いている。
〇〇「おやすみ」
小さく呟く。
そしてリビングの電気を少し暗くして。
静かにその場を離れた。
〇〇はベッドに寝転びながらスマホを眺めていた。
SNSを見たり動画を見たりしているうちに時間はあっという間に過ぎていく。
〇〇「やば、もうこんな時間」
スマホを置いて伸びをする。
今日は本当にいろいろあった。
頭の中を整理しようとしても上手くまとまらない。
〇〇「寝よ」
そう呟いてベッドから降りる。
洗面所へ向かい歯を磨く。
鏡を見ながらぼんやりしていると、ふと今日の出来事が頭をよぎった。
廉のこと。
北斗のこと。
考えれば考えるほど分からなくなる。
〇〇「もう考えるのやめよ」
歯ブラシを片付ける。
そして電気を消そうとした瞬間だった。
鏡の中に人影が映る。
〇〇「っ!?」
心臓が跳ねる。
驚いて勢いよく振り返った。
そこには北斗が立っていた。
〇〇「びっくりした!!」
胸を押さえる。
北斗は何も言わない。
ただじっと〇〇を見ていた。
〇〇「なに?どうしたの?」
問いかけても返事はない。
少し様子がおかしい。
〇〇が首を傾げた次の瞬間。
北斗が一歩近づく。
〇〇「北斗?」
そのままふわりと腕が回された。
〇〇「えっ」
突然のことに固まる。
北斗は何も言わない。
ただ静かに抱きしめていた。
強くもなく弱くもない。
離れそうで離れない距離。
〇〇「ちょ、北斗?」
北斗「……少しだけ」
低い声が聞こえる。
〇〇は戸惑いながらも動けなかった。
北斗「今日だけ」
〇〇「どうしたの」
北斗は少しだけ肩に額を預ける。
北斗「なんでもない」
そう言う声は全然なんでもなさそうではなかった。
静かな夜。
聞こえるのはお互いの呼吸だけだった。
〇〇「北斗?」
抱きしめられたまま呼ぶ。
返事はない。
代わりに少しだけ腕の力が強くなった。
〇〇「ちょっと、本当にどうしたの」
北斗「……」
〇〇「北斗?」
顔を覗き込もうとする。
すると北斗は小さく眉をひそめた。
北斗「動くな」
〇〇「なんで」
北斗「酔う」
〇〇「もう酔ってるでしょ」
北斗「確かに」
自分で言って小さく笑う。
完全にいつもの北斗じゃない。
〇〇「水飲んだ?」
北斗「飲んだ」
〇〇「じゃあ寝なよ」
北斗「やだ」
〇〇「子ども?」
北斗「今はたぶんそう」
〇〇は思わず吹き出す。
北斗は普段こんなこと絶対に言わない。
〇〇「明日の朝絶対覚えてないでしょ」
北斗「覚えてる」
〇〇「怪しい」
北斗「たぶん」
〇〇「ほら」
北斗は肩に額を乗せたまま動かない。
〇〇「北斗」
北斗「んー」
〇〇「重い」
北斗「ごめん」
そう言いながら全然離れない。
〇〇「ごめんと思ってないでしょ」
北斗「思ってる」
〇〇「じゃあ離れて」
北斗「それは無理」
〇〇「なんで」
北斗は少し黙る。
そしてぼそっと呟いた。
北斗「今考えたら負けな気がする」
〇〇「何と戦ってるの」
北斗「分かんない」
〇〇「自分?」
北斗「かも」
〇〇は呆れながらため息をつく。
完全に酔っている。
何を考えているのか本人も分かっていない顔だった。
北斗「……」
〇〇「寝る?」
北斗「寝る」
〇〇「じゃあ部屋行こう」
北斗「うん」
そう答えたのに。
数秒経っても動かない。
〇〇「行かないじゃん」
北斗「立ってるだけで偉い」
〇〇「酔っぱらいの理論すぎる」
北斗は小さく笑った。
そしてようやくゆっくり腕を離す。
離したあとも少しぼんやりした顔で〇〇を見ていた。
〇〇「ほら、寝室」
北斗「了解」
そう言って歩き出したかと思えば、壁に軽くぶつかる。
〇〇「危なっ!」
北斗「壁が来た」
〇〇「来てない」
〇〇は思わず額を押さえた。
今夜の北斗は本当に何をするか分からなかった。
〇〇「ほら、ちゃんと歩いて」
北斗「歩いてる」
〇〇「ふらふらしてる」
北斗は眠そうな顔のまま廊下を進む。
〇〇は念のため隣についていく。
北斗「大丈夫だって」
〇〇「全然説得力ない」
北斗は小さく笑った。
部屋に着くと、大きなベッドが目に入る。
北斗「もう限界」
〇〇「だから最初から寝ればよかったのに」
北斗はそのままベッドに腰を下ろした。
数秒後には眠そうに目を閉じる。
〇〇「水、ここ置いとくから」
北斗「ありがと」
〇〇「明日の朝ちゃんと飲んで」
北斗は軽く手を上げて返事をした。
〇〇は部屋の電気を少し落とす。
〇〇はベッドに横になった。
北斗も反対側に腰を下ろす。
〇〇「ちゃんと寝れる?」
北斗「たぶん」
〇〇「たぶんじゃ困る」
北斗は小さく笑う。
酔っているせいかいつもより反応が遅い。
〇〇「明日絶対頭痛いよ」
北斗「それは未来の俺が頑張る」
〇〇「最低」
二人とも少し笑った。
部屋の電気を消す。
静かな夜だった。
しばらくすると北斗の寝息が聞こえてくる。
〇〇「寝るの早」
思わず呟く。
北斗は返事もしない。
完全に眠っているらしい。
〇〇は呆れながらも目を閉じた。
今日はいろいろありすぎた。
考えたいことは山ほどあるのに、眠気の方が強い。
やがて〇〇もゆっくり眠りに落ちていった。
ーーーーーーーーー
☀️朝。
〇〇は目覚ましの音で目を覚ました。
〇〇「ん……」
眠そうにスマホを探してアラームを止める。
まだ少し眠い。
隣を見ると北斗は布団をかぶったまま動かない。
〇〇「起きて」
北斗「……」
〇〇「北斗」
北斗「……あと五分」
〇〇「絶対起きないやつ」
北斗は返事もしない。
〇〇は呆れながらベッドを降りた。
キッチンへ向かいコーヒーを淹れる。
しばらくすると、
北斗「頭痛い……」
という声が部屋の奥から聞こえてきた。
〇〇「だから飲みすぎだって言ったじゃん」
北斗「反省してる」
〇〇「してなさそう」
そんないつもの朝が始まった。
〇〇は朝食を用意しながら時計を見る。
〇〇「あと三十分で出ないと」
キッチンからリビングを見ると、北斗はまだソファに座ったままぼんやりしていた。
〇〇「大丈夫?」
北斗「大丈夫じゃない」
〇〇「正直」
北斗「昨日の俺を止めてほしかった」
〇〇「止めたよ」
北斗「あれで?」
〇〇「かなり止めた」
北斗は頭を抱える。
〇〇は思わず笑った。
北斗「笑い事じゃない」
〇〇「でも元気そうじゃん」
北斗「元気じゃない」
そう言いながらも水を一気に飲み干す。
〇〇「今日休み?」
北斗「午後から取材」
〇〇「頑張って」
北斗「そっちも」
〇〇はバッグを肩にかける。
玄関へ向かうと北斗も立ち上がった。
〇〇「見送らなくていいよ」
北斗「いや、一応」
〇〇「律儀」
北斗「誰のせいだと思ってる」
〇〇「知らない」
二人とも少し笑う。
玄関のドアを開ける。
〇〇「行ってきます」
北斗「行ってらっしゃい」
〇〇はエレベーターへ向かう。
ドアが閉まる直前、北斗が小さく手を振った。
仕事へ向かう車の中。
〇〇のスマホが震える。
北斗からだった。
『財布忘れてる』
〇〇「え?」
慌ててバッグを見る。
本当に入っていない。
数秒後。
『朝からドジ』
『帰ったら返す』
〇〇「最悪」
そう打ちながらも少し笑ってしまった。
ーーーーーーーーー
北斗side
あれから、、
北斗は取材現場に入った。
スタッフ「お願いします」
北斗「お願いします」
いつも通り挨拶をして席につく。
カメラ。
照明。
マイク。
慣れた空間だった。
本来なら何も問題ない。
スタッフの質問に答えて。
笑って。
作品について話す。
それだけのはずなのに。
最近ずっと駄目だった。
スタッフ「今回の見どころをお願いします」
北斗「そうですね──」
口は動く。
仕事もちゃんとこなせる。
でも頭のどこかがずっと別のことを考えていた。
〇〇。
気づけばまた思い浮かぶ。
スタッフ「ありがとうございました」
北斗「ありがとうございました」
取材が終わる。
椅子に深く座り直した。
マネージャーが近づいてくる。
「珍しいね」
北斗「何がですか」
「今日三回くらい聞き返してた」
北斗は眉をひそめた。
自分では気づいていなかった。
「疲れてる?」
北斗「まあ」
「寝てない?」
北斗「それもある」
嘘ではない。
でも原因は別だった。
〇〇のことを考えない日がない。
仕事中ですらそうだ。
昔は違った。
好きでも。
仕事になれば切り替えられた。
今は無理だった。
廉の存在を知ってから余計に。
北斗「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
「重症だね」
北斗「何がですか」
「いや別に」
マネージャーは笑うだけだった。
北斗はスマホを見る。
新着メッセージ。
送り主は〇〇。
『財布返して』
北斗「……」
思わず笑ってしまう。
その直後。
『あと朝からドジとか言ったの忘れないから』
北斗「怖」
すぐに返信する。
『事実』
数秒後。
『最低』
北斗は小さく吹き出した。
さっきまで重かった気持ちが少しだけ軽くなる。
本当に不思議だった。
仕事中も。
休みの日も。
家にいても。
気づけば〇〇のことばかり考えている。
北斗「終わってるな……」
誰にも聞こえない声で呟く。
それでも視線はスマホの画面から離れなかった。
取材を終えた北斗は事務所へ向かっていた。
忘れていた書類を取りに来ただけだった。
すぐ帰る予定だった。
エレベーターを降りる。
廊下を歩いていると、少し先に見覚えのある後ろ姿が見えた。
〇〇だった。
北斗は足を止める。
誰かと話している。
楽しそうに笑っていた。
北斗「……」
何となく近づく。
すると相手の姿が見えた。
廉だった。
北斗の表情がわずかに固まる。
〇〇「それ絶対嘘じゃん」
廉「本当だって」
〇〇「いや怪しい」
廉「信用なさすぎ」
二人とも笑っている。
長い付き合いだからだろうか。
自然だった。
無理をしている感じもない。
北斗は少し離れた場所からその様子を見ていた。
見たくないのに。
目が離せない。
廉が何かを見せる。
〇〇が覗き込む。
また笑う。
胸の奥が重くなる。
北斗は小さく息を吐いた。
その時。
〇〇がこちらに気づく。
〇〇「あ」
廉も振り返る。
廉「お」
北斗「お疲れ」
いつも通りの声を出す。
何事もないように。
〇〇「仕事終わった?」
北斗「今終わった」
廉「俺もさっき」
〇〇「珍しくみんな事務所いるじゃん」
北斗「そうだな」
会話に入る。
笑う。
普通に話す。
いつも通り。
でも内心は全然普通じゃなかった。
廉と話す〇〇は楽しそうだった。
それが当たり前なのに。
なぜか苦しかった。
廉「そういえば」
廉が話し始める。
〇〇が興味深そうに聞く。
北斗は相槌を打ちながらも内容が頭に入ってこない。
マネージャーに言われた言葉を思い出す。
重症だね。
北斗「……」
本当にその通りかもしれなかった。
〇〇が笑うだけで安心して。
他の誰かと楽しそうにしているだけで落ち込む。
こんなの。
どうしようもなかった。
廉「そういえばさ、今度また飯行こや」
〇〇「え、急だな」
廉「急ちゃうやろ。前から言うてたやん」
〇〇「あー、言ってたかも」
廉「ほらな」
〇〇は思い出したように笑う。
北斗は黙って聞いていた。
廉「今度はちゃんと予定空けといてや」
〇〇「忙しかったら無理」
廉「先に断るなや」
〇〇「だって分かんないもん」
廉「ほんま変わらへんな」
二人は自然に言い合う。
長年の関係だからこその空気だった。
北斗はポケットに手を入れる。
表情は変わらない。
けれど胸の奥はざわついていた。
廉「北斗も来る?」
突然話を振られる。
北斗「え?」
廉「飯」
〇〇も北斗を見る。
〇〇「来る?」
北斗「いや」
即答だった。
〇〇「早」
廉「即答やん」
北斗「仕事あるかもしれないし」
廉「まだ日程も決まっとらんで」
北斗「じゃあなおさら」
廉は北斗の顔を見て少しだけ笑った。
何かに気づいたような。
そんな笑い方だった。
廉「ふーん」
北斗「何」
廉「別に」
〇〇「なんなの」
廉「なんでもあらへん」
そう言いながらも廉はどこか意味深だった。
その時、スタッフが〇〇を呼ぶ。
「〇〇さん、打ち合わせお願いします」
〇〇「あ、はーい」
〇〇は立ち上がる。
廉「頑張ってな」
〇〇「そっちも」
〇〇は手を振りながら会議室へ向かっていった。
姿が見えなくなる。
廊下に残ったのは北斗と廉だけだった。
数秒の沈黙。
廉が先に口を開く。
廉「分かりやすいな」
北斗「何が」
廉「北斗」
北斗の眉がわずかに動く。
廉は壁にもたれながら笑った。
廉「昔からやけど」
北斗「意味分かんない」
廉「ほんまに?」
北斗は答えない。
廉もそれ以上は言わなかった。
ただ小さく肩をすくめる。
廉「ま、ええわ」
北斗「……」
廉「でもな」
北斗が顔を上げる。
廉の表情は珍しく真面目だった。
廉「何もせんかったら、何も変わらへんで」
そう言い残し。
廉はポケットに手を入れたまま歩き出す。
北斗はその背中を見送った。
返す言葉は出てこなかった。
廉の言葉だけが妙に頭に残っていた。
〇〇が会議室へ向かう。
数歩進んだところで、ふと足を止めた。
そして振り返る。
北斗は思わず顔を上げた。
一瞬だけ。
視線が重なる。
北斗の胸がわずかに跳ねる。
けれど次の瞬間だった。
〇〇は北斗ではなく、その隣にいる廉を見る。
〇〇「廉!」
廉「ん?」
〇〇「さっきの資料、あとで送っといて!」
廉「あー、了解や」
〇〇「忘れたら許さないからね」
廉「なんでそんな信用ないねん」
〇〇は笑う。
廉も笑い返す。
それだけのやり取り。
本当にただそれだけだった。
なのに。
北斗の胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残る。
〇〇はそのまま会議室へ入っていった。
ドアが閉まる。
静かになる廊下。
廉は隣で小さくため息をついた。
廉「やれやれ」
北斗「何」
廉「いや、何でも」
北斗は眉をひそめる。
廉は苦笑しながら首を振った。
廉「北斗さ」
北斗「ん?」
廉「難しく考えすぎやねん」
北斗「……」
廉「まぁ俺が言えることちゃうけど」
そう言って廉はスマホを取り出す。
誰かからメッセージが来たらしい。
廉「ほな、俺も行くわ」
北斗「おう」
廉は手を軽く上げて歩いていく。
一人になった北斗は窓の外を見る。
さっきの一瞬を思い出していた。
目が合ったと思った。
でも違った。
そんなことを気にしている自分に気づいて、北斗は小さく笑う。
北斗「重症だな……」
誰にも聞こえない声だった。
ーー
北斗はソファにもたれたまま天井を見上げた。
風磨の言葉が頭から離れない。
「〇〇狙ってる奴いるらしい」
北斗「……」
考えるな。
そう思うのに考えてしまう。
仕事関係者。
俳優。
アイドル。
スタッフ。
〇〇は顔も広い。
人脈もある。
だからこそ余計に分からない。
北斗「分かるわけないだろ……」
小さく呟く。
候補を考えても意味はない。
本人が知らないならなおさらだ。
それでも気になってしまう。
もし本当に誰かがいるなら。
もしその相手が本気なら。
北斗は目を閉じた。
胸の奥が重い。
自分には関係ない。
そう言い聞かせても。
全然納得できなかった。
その時。
ガチャッ。
ラウンジのドアが開く。
北斗は反射的に顔を上げた。
〇〇「まだいたの?」
聞き慣れた声。
北斗「……いた」
〇〇は少し驚いた顔をする。
〇〇「先帰ったと思ってた」
北斗「そうするつもりだった」
〇〇「じゃあなんでいるの」
北斗「なんとなく」
〇〇「なにそれ」
〇〇は笑いながら向かいのソファに座った。
その自然な笑顔を見て。
北斗はさっきまで考えていたことを飲み込む。
聞けるわけがない。
誰か気になる人いるのか。
そんなこと。
聞く資格なんてない。
〇〇「どうした?」
北斗「別に」
〇〇「変なの」
北斗は苦笑する。
本当に変なのは自分だった。
〇〇は何も知らない。
知らないまま笑っている。
そのことに安心している自分と。
少しだけ苦しくなる自分がいた。
北斗と〇〇は事務所を出た。
外はすっかり暗くなっている。
〇〇「疲れたー」
北斗「お疲れ」
〇〇「北斗もでしょ」
北斗「まあ」
道路脇に止まっていたタクシーに乗り込む。
〇〇は後部座席に深くもたれた。
〇〇「今日長かったな」
北斗「朝からいたもんな」
〇〇「眠い」
北斗「寝れば」
〇〇「寝たら絶対起きれない」
北斗は少し笑う。
タクシーが走り出す。
しばらく車内は静かだった。
〇〇はスマホを見ながら何かを打っている。
北斗は窓の外を眺めていた。
〇〇「あ」
北斗「なに」
〇〇「明日の集合時間変わった」
北斗「何時」
〇〇「一時間早い」
北斗「最悪」
〇〇「ね」
二人同時にため息をつく。
運転手が思わずバックミラー越しに笑った。
〇〇「帰ったらすぐ寝よ」
北斗「その前にご飯」
〇〇「めんどくさい」
北斗「食べろ」
〇〇「お母さん?」
北斗「違う」
〇〇は小さく笑った。
また静かになる。
信号待ちで車が止まる。
北斗は何気なく隣を見る。
〇〇は今日の仕事の資料を見返していた。
さっきまで眠いと言っていたのに真剣な顔だ。
北斗「真面目だな」
〇〇「誰のせいで仕事増えてると思ってるの」
北斗「俺?」
〇〇「知らない」
北斗「適当だな」
〇〇「お互い様」
タクシーは夜の街を進んでいく。
慌ただしかった一日も、ようやく終わろうとしていた。
〇〇は窓の外を眺めていた。
流れていく街の明かりをぼんやり見つめる。
北斗はその横顔をちらりと見た。
いつもより静かだった。
北斗「眠い?」
〇〇「それもある」
北斗「それも?」
〇〇は少しだけ笑う。
〇〇「ちょっと考え事」
北斗「珍しいな」
〇〇「失礼」
北斗「いつも突っ走るタイプじゃん」
〇〇「否定できない」
二人とも小さく笑う。
タクシーは赤信号で止まった。
〇〇はスマホを握ったまま視線を落とす。
北斗「仕事?」
〇〇「うん」
北斗「なんかあった?」
〇〇は少し考える。
そして小さく息を吐いた。
〇〇「最近さ」
北斗「うん」
〇〇「仕事が楽しすぎるんだよね」
北斗は少し驚く。
悩みと言うから何か深刻な話かと思った。
〇〇「もちろん大変だよ?」
〇〇「でもやりたいことも増えるし、挑戦したいことも増えるし」
北斗「いいことじゃん」
〇〇「そうなんだけど」
〇〇は苦笑する。
〇〇「だから逆に迷う」
北斗「何に」
〇〇「今は仕事だけ見ていたいのかな、とか」
車内が少し静かになる。
北斗は急かさずに続きを待った。
〇〇「昔はもっと単純だったんだけどね」
〇〇「今はいろんな人の期待もあるし」
〇〇「中途半端な気持ちで決めたくないなって」
北斗は窓の外を見る。
そしてゆっくり口を開いた。
北斗「じゃあ急がなくていいんじゃない」
〇〇「え?」
北斗「大事なことならなおさら」
〇〇は北斗を見る。
北斗「周りがどうとかじゃなくて」
北斗「自分がちゃんと納得できる時に考えればいいと思う」
〇〇は少し黙る。
北斗の言葉を噛みしめるように。
〇〇「そっか」
北斗「うん」
〇〇「ありがとう」
北斗「珍しく真面目なこと言った」
〇〇「自分で言う?」
北斗「言う」
〇〇はようやくいつものように笑った。
その笑顔を見て、北斗も少しだけ肩の力を抜く。
タクシーはマンションへ向かって静かに走り続けていた。
タクシーのエンジン音だけが、静かに車内に響いている。
隣に座る〇〇の表情は、さっきより少しだけ柔らかくなっていた。
いつも一生懸命で、真っ直ぐで。だからこそ、仕事が充実している今の〇〇は、これまで以上に輝いて見える。
だけど。
北斗(……やっぱり〇〇は、廉だけをみている)
言葉の端々から、どうしてもそれが伝わってきてしまう。
「今は仕事だけを見ていたい」と言った〇〇の心の奥にいるのが誰なのか、俺が一番よく分かっていた。
仕事に打ち込むことで、廉への想いや、二人の関係に必死に向き合おうとしている。それが痛いほど伝わってくるから、胸の奥がチリついた。
今まで、周りのいろんな奴から言われてきた言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
『このままでいいの?』
『動かなきゃ終わりだよ』
分かってる。そんなこと、自分が一番よく分かっている。
何もしなければ、何も変わらない。いや、変わらないどころか、〇〇は俺の手の届かないところへ行ってしまう。
北斗(でも……怖いんだよ)
今のこの、何でも話せる心地いい関係。これを壊してしまうくらいなら、いっそ都合のいい友達のままでいた方がマシなんじゃないかと、何度も心が弱音を吐く。もし拒絶されたら、明日からどんな顔をして隣にいればいい。
だけど、窓の外を流れていく街の光を見つめながら、俺はぐっと奥歯を噛み締めた。
北斗(動かなきゃ、また前みたいになる……)
二人が付き合っていたあの頃。ただの「仲の良い友達」として、二人の幸せを遠くから見守るしか、微笑むことしかできなかったあの苦しい日々に、もう戻るのだけは絶対に嫌だ。
あの頃の無力な自分には、もう二度と戻りたくない。
北斗「……っ」
俺は小さく、だけど深く息を吸い込んだ。心臓がうるさいくらいに脈打っている。
窓の外を見つめたまま、視線は決して〇〇に向けないようにして。だけど、心の中の恐怖を振り払うように、勇気を振り絞って右手を伸ばした。
そして、スマホを握ったままの〇〇の手を、そっと、だけど解けないように強く包み込んだ。
〇〇は驚く。
突然包み込まれた手の温もりと、北斗の強い力に、一瞬息をのんだ。
窓の外を見つめたまま頑なにこちらを見ようとしない北斗の横顔を、〇〇はただ目を見開いて見つめることしかできなかった。
〇〇「……どしたの?」
かすかに戸惑いをにじませた声が、静かな車内にぽつりと落ちた。
北斗の手の力が、ぐっと強くなる。
骨が少し軋むくらいに、だけどどこか必死さを含んだその強さに、〇〇はさらに目を見開いた。
北斗(……ここで手を離したら、もう二度と掴めない気がするから)
心臓の音が耳の奥でうるさく響いている。
強く握れば握るほど、自分の独占欲や、隠し続けてきた独りよがりな感情が〇〇に伝わってしまうのではないかと怖くなる。
それでも、手のひらから伝わる〇〇の体温を、今はどうしても手放したくなかった。
窓の外を見つめたまま、北斗の綺麗な横顔のラインが緊張で硬く強張る。
向けられた〇〇の視線に気づいていながらも、北斗は頑なに前を向いたまま、繋いだ手にさらに力を込めた。
〇〇「北斗……?ちょっと痛い、かも……」
北斗「……」
〇〇「北斗ってば、聞いてる?」
北斗「……聞いてる」
〇〇「じゃあ、なんで離してくれないの?」
北斗「……離したくないから」
〇〇「え……?」
北斗「頼むから、今は何も言わずにこのままでいさせて」
〇〇「でも、どうしたの急に。いつもの北斗じゃないみたいだよ」
北斗「いつもの俺って何。ただの都合のいい友達?」
〇〇「そんなこと言ってないじゃん……!」
北斗「じゃあ、俺がどんな気持ちでずっとお前の隣にいるか、お前は考えたことあんの?」
〇〇「それって……」
北斗「……いや、ごめん。なんでもない。忘れて」
〇〇「忘れるわけないじゃん。そんな顔して、こんなに強く手握っておいて、忘れてなんて無理だよ」
北斗「……じゃあ、ちゃんと俺のこと見てよ」
〇〇「ちょっと北斗、何怒ってるのー?顔怖いってば」
北斗「……怒ってない」
〇〇「嘘だー!怒ってなきゃ、こんなぎゅうぎゅうに手握らないでしょ?私の手、そんなに美味しそうなお餅に見える?」
北斗(お餅って……何言ってんだよ、こいつは……)
〇〇「あ、わかった!今日の晩ご飯、何食べるか迷ってイライラしてるとか?」
北斗「は?なんでそうなるんだよ」
〇〇「だって北斗、お腹空くとすぐ機嫌悪くなるじゃん。だから、私の手を食べ物と間違えて掴んでるのかなーって」
北斗「お前、本気で言ってる?」
〇〇「え、違うの?じゃあ一体なんなのさー。教えてくれないと、いくら私でもわかんないよ?」
北斗(……本当に分かってない。綺麗さっぱり、これっぽっちも伝わってない……)
〇〇「ねえ、北斗ー。手、離してってば。スマホ見たいんだってば」
北斗「ダメ。離さない」
〇〇「もう、なんなのー!今日の北斗、いつも以上に意味不明!宇宙人と喋ってるみたい!」
北斗「……宇宙人で結構」
〇〇「じゃあせめて、もっと優しく握ってよ。これじゃあ、お買い物袋を全力で持ってる時と同じだよ?」
北斗「……これならいい?」
少しだけ力を緩めると、〇〇は「うん、それくらいならオッケー!」と、何事もなかったかのようにのんきに笑った。
その屈託のない笑顔を見るたびに、胸の奥が締め付けられる。
北斗(こんなに近くにいるのに、なんでこんなに遠いんだろ……)
北斗(……何やってんだ、俺は)
のんきに笑う〇〇の顔を見ていて、急に激しい自己嫌悪が襲ってきた。
こんな子供のわがままみたいな態度じゃダメだ。友達の振りをしてみたり、急に手を強く握って困らせてみたり、そんな中途半端なことをしていても何も変わらない。
北斗「〇〇」
俺は前を見つめたまま、低く、だけどまっすぐにその名前を呼んだ。
〇〇「んー?なぁに、北斗?」
いつもの調子で、〇〇が不思議そうに北斗の方へと首を傾げて振り向く。
その瞬間、視線が交わるよりも早く、
北斗は〇〇の方へと体を寄せた。
驚いて言葉を失う〇〇の唇に、触れるだけの、だけど確かな体温を伴った軽いキスが落とされる。
一瞬だけ車内の時間が止まったかのように、二人の距離がゼロになった。
〇〇「……っ」
北斗がゆっくりと顔を離すと、〇〇は完全にフリーズして、パチパチと大きな目を瞬かせながら言葉をなくしている。
北斗「……これで、ちょっとは分かった?」
いつもより少しだけ意地悪で、だけど切なそうに、北斗は静かに微笑んだ。
ーーーーーーーーー
〇〇side
〇〇「……」
唇に触れた柔らかい感触が、頭の中で何度もリフレインしている。
意味が分からない。
本当に、何が起きたのか一ミリも理解できなかった。
さっきまで晩ご飯の話をしていたはずなのに、なんで北斗の顔がこんなに近くにあるんだろう。
〇〇(え……? 今の、何……?)
頭の中が真っ白になって、完全に思考が停止する。
いつも意地悪を言ってからかってくる、仲間で、戦友で、何でも話せる北斗。その北斗が、今、私の唇に触れた。
心臓がドクンドクンと嫌なうるささで鳴り響いて、顔が急激に熱くなっていくのが分かる。
〇〇「北、斗……?」
絞り出すように名前を呼んでみるけれど、それ以上の言葉がどうしても出てこない。
北斗の綺麗な瞳が、いつもよりずっと真剣で、どこか泣きそうな色を帯びて私を見つめている。
何を考えているのか分からない。分からないのに、繋がったままの手から伝わる北斗の体温が、今は熱すぎて火傷しそうだった。
北斗「……」
〇〇がパニックになっているのが、繋いだ手から痛いほど伝わってくる。
いつもならすぐに「何すんの!」とか「冗談きつい!」とか言って笑い飛ばすはずの〇〇が、今はただ、見たこともないくらいに目を丸くして固まっている。
北斗(……そりゃそうだよな。お前にとって俺は、ただの仕事の仲間で、戦友なんだから)
同じ夢を見て、同じ苦しみを分け合ってきた最高のビジネスパートナー。そこに男と女の感情なんて、〇〇は一秒だって持ち込んだことはなかったはずだ。
だけど、俺はもう、その境界線を綺麗に守っていられるほど大人じゃいられなかった。
北斗「ごめん。驚かせた」
そう言って少しだけ顔を離したけれど、繋いだ手だけは、どうしても離せなかった。
〇〇「北斗、あの……今のって……」
ようやく小さく動いた〇〇の唇から、戸惑うような声が漏れる。
北斗「何でもない、とは言わない。でも、お前が今すぐに何か答えを出す必要もないから」
タクシーの窓の外、街灯の光が〇〇の真っ赤になった頬を交互に照らしていく。
北斗「ただ、俺がお前をどんな目で見てるか、それだけは頭の片隅に置いといて」
冷たいふりをして、心の中は張り裂けそうなくらい引き裂かれている。
こんなことをしたら、明日からの仕事のやりづらさだって跳ね上がる。
戦友としての最高の関係に、ヒビが入るかもしれない。
分かっているのに、じっとこちらを見つめてくる〇〇の潤んだ瞳から、どうしても視線を逸らすことができなかった。
〇〇「……」
ぐるぐると混乱する頭の中で、必死に答えを探す。
北斗が私にこんなことをする理由。真剣な顔、繋がれた手、そしてさっきのキス。
ただの仲間で戦友の北斗が、急にこんな行動に出るなんて、理由は一つしか思い浮かばなかった。
〇〇「もしかして……」
ぽつりと呟くと、北斗の眉がピクリと跳ねる。
〇〇「廉と私が、最近いい感じだから?」
北斗「……は?」
〇〇「あ、やっぱり当たった!廉と私が最近仲良いから、羨ましくなっちゃったんでしょ?仲間外れにされたみたいで」
北斗「お前、本気で言ってる……?」
〇〇「だって北斗、分かりやすすぎるもん。それってつまり、嫉妬でしょ?」
北斗は完全に絶句して、信じられないものを見るような目で私を見つめている。
〇〇「ふふ、なんか今の北斗、飼い主を取られた猫みたい。お留守番させられて、拗ねて怒ってる猫」
北斗(猫……? 嫉妬のベクトルが違いすぎるだろ……)
〇〇「もう、そんなに廉と私の仲に嫉妬しなくても、北斗のこともちゃんと仲間だと思ってるよ?だからそんな怖い顔しないで、ね?」
自分の勘違いにすっかり納得して、さっきまでの赤みも引いたのか、いつもの調子で無邪気に笑いかけてくる。
何を考えているのか分からないのはこっちの方だった。
北斗は繋いだままの手をおでこに当てて、深く、深いため息を吐いた。
北斗「……お前、本当にバカ」
タクシーは静かに速度を落とし、見慣れたマンションの地下駐車場へと滑り込んだ。
ハザードランプの規則正しい音が、静まり返った車内に小さく響く。
北斗「……着いたぞ」
〇〇「あ、本当だ。じゃあ行こっか!」
北斗が運転手に支払いを済ませる間も、〇〇はさっきの自分の推理にすっかり満足した様子で、いつもの調子に戻っていた。
ストーカーに狙われて、安全のために北斗の家で同居を始めてから、もうすぐ半年が経とうとしている。
最初は仕事の戦友と同じ屋根の下で暮らすことに緊張もあったけれど、今ではすっかりお互いの存在が生活の一部になっていた。
エレベーターに乗り込み、北斗の部屋の玄関を開ける。
〇〇「ふぃ〜、やっぱり家が一番落ち着くね!」
靴を脱ぎながら伸びをする〇〇の後ろで、北斗は静かにドアを閉め、鍵とチェーンをかける。その手つきは、この半年の間にすっかり染みついた「〇〇を守るため」の動作そのものだった。
北斗「おい、落ち着くのはいいけど、ちゃんと手洗いと うがいしろよ」
〇〇「はーい。あ、ねえ北斗、さっきの猫ちゃん事件の続きなんだけどさ」
北斗「……まだその話すんの?」
〇〇「だって気になるじゃん!北斗が廉に嫉妬して拗ねるなんて珍しいんだもん。明日、廉に『北斗が寂しがってたよ』って言ったらどんな顔するかなぁ」
北斗「……絶対に言うな。あと、お前本当に何も分かってない」
洗面台へ向かおうとする〇〇の腕を、北斗はすれ違いざまに再び掴んで引き止めた。
〇〇「わっ、また? もう、今日の北斗は本当に距離感がバグってるよ?」
北斗「バグってない。お前が鈍すぎるだけ」
〇〇「鈍くないもん。ちゃんと北斗の寂しがり屋なところ、見抜いてあげたじゃん」
北斗「だから、それが全然違うって言ってんの」
〇〇「じゃあ何が違うのさー」
北斗「……この家に二人で住み始めて、もう半年だぞ?」
〇〇「うん、そうだね。北斗のおかげでストーカーも怖くないし、毎日楽しいよ?」
北斗「楽しい、か……。俺がどんな気持ちでお前を毎日ここで迎えて、どんな気持ちでお前を廉のところに送り出してるか、お前には一生想像もつかないんだろうな」
〇〇「え? 廉のところって……それは仕事で打ち合わせとかがあるからで……」
北斗「仕事だけなら、俺はこんなに苦しくなってない」
じっと見下ろしてくる北斗の瞳は、タクシーの中と同じ、あの真剣で切ない色のままだった。
〇〇「北斗……? あの、本当にどうしちゃったの……?」
ただの戦友だと思っていた北斗から、次々と投げかけられる意味の分からない言葉。
天然な〇〇の頭の中は、せっかく解決したはずの謎が再びこんがらがって、またしても完全にフリーズしてしまった。
北斗「……本当に、何も分かってない」
〇〇「だから、何が分からないの?」
北斗「お前が。俺を見る目のこと」
〇〇「仕事の戦友として、世界一信頼してるよ?」
北斗は自嘲気味に笑う。
北斗「そうやって、すぐに仕事の話にする」
〇〇「だって、私たち仲間でしょ?」
北斗「仲間は、キスなんてしない」
〇〇「……っ」
北斗「廉といい感じなのが羨ましい?……そうだよ」
〇〇「やっぱり……!」
北斗「でも、意味が違う」
〇〇「意味?」
北斗「俺はお前と、ただの仕事仲間で終わりたくない」
〇〇「……え?」
北斗「羨ましいのも、拗ねてるのも」
北斗の顔が、また少し近づく。
北斗「お前が好きな男が、俺じゃないからだよ」
〇〇「……」
あまりのストレートな言葉。
〇〇の思考は、今度こそ完全にストップした。