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#timelesz
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いちごみるく
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#timelesz
〇〇「……は?」
本当に、頭の中が真っ白だった。
意味が分からない。
思考が完全に停止して、ただ「は?」という言葉しか出てこない。
〇〇「す、き……って?」
北斗「そう。好き」
〇〇「誰が、誰を?」
北斗「俺が、お前を」
〇〇「え……だって、北斗だよ……?」
北斗「それが何。俺はお前が好き。男として、お前が好きなの」
あまりにストレートすぎる言葉。
それが、ずっと戦友だと思っていた北斗の口から出ている。
〇〇(好きって、あの、好き……?)
頭の中で「好き」という二文字が、ただぐるぐると空回りする。
廉への気持ちとか、仕事のこととか。
そういうものが全部吹き飛んで、ただ目の前の北斗の顔しか見えなくなる。
〇〇「待って、本当に、脳みそが追いつかない……」
北斗「追いつかなくていいよ」
北斗はそう言うと、困ったように優しく笑った。
その顔すら、今まで見たことのない「男」の表情で。
〇〇はただ、赤くなっていく顔を両手で隠すことしかできなかった。
〇〇「……あ、分かった!!」
パッと顔を上げて、北斗を指さす。
〇〇「これ、ドッキリでしょ!? どこかにカメラ隠してあるんだ!」
北斗「……は?」
〇〇「もう、びっくりさせないでよー! 完全に信じちゃったじゃん!」
キョロキョロと部屋の隅を見回すけれど、カメラなんてあるはずもない。
〇〇「あ、じゃなきゃ北斗、今日お酒飲んだでしょ!? 酔ってるんだ、絶対にそう!」
北斗「飲んでない。一滴も」
〇〇「嘘だー! 酔ってなきゃ、そんな恥ずかしいセリフ言えるわけないもん!」
全力で現実逃避を始める〇〇。
だって、そう思わないと、本当に心臓が爆発しそうだったから。
〇〇「ほら、お水飲んで! 早く酔い冷まして!」
キッチンへ逃げようとする私の腕を、北斗がまたガシッと掴む。
北斗「逃げるな。ドッキリでも、酔っ払いの戯言でもない」
〇〇「……っ」
北斗「現実から目を逸らすなよ、〇〇」
まっすぐに見つめてくる北斗の目は、ちっとも曇っていなくて。
本当に、私の知っている「戦友」の北斗じゃなかった。
〇〇「じゃあさ、絶対に嘘だよ」
北斗「何が」
〇〇「だって、ありえないもん。いつ、どこで、そんな風になったの?」
北斗「……」
〇〇「私、全く心当たりないよ? いつも一緒に仕事して、毎日この家でご飯食べて、ただの戦友じゃん」
北斗「お前が気づいてないだけ」
〇〇「納得いかない! さては分かった、次の仕事の役作りの演技練習でしょ!」
北斗「演技なわけないだろ」
〇〇「そうだよ、次のドラマで恋愛モノの役があるんだ! それで私を相手に、セリフの練習をしてるんだよ!」
そう言って、自分で自分を納得させるように何度も深くうなずく。
だって、そうでも思わないと、この異常に速い心臓の音が北斗に聞こえてしまいそうだから。
〇〇「もう、演技がリアルすぎるんだってば。びっくりしたなぁ、本当に心臓に悪いよ?」
北斗「……〇〇」
〇〇「はいはい、練習はおしまい! 100点満点あげるから、その真面目な顔やめてよ」
必死に笑い飛ばそうとする〇〇を見て、北斗がゆっくりと手を伸ばす。
そのまま私の両頬を、逃げられないように大きな手のひらで挟み込んだ。
北斗「演技の練習で、こんなに手が震えるわけないだろ」
〇〇「……え」
触れられている頬から、北斗の細かな震えがダイレクトに伝わってきて、私はまた言葉を失った。
〇〇「……っ」
頬に触れる北斗の手が、本当に小さく震えている。
嘘じゃない。演技でもない。
じゃあ、本当にいつから?
〇〇の頭の中は、パニックのまま激しく過去をさかのぼり始めた。
(廉のときは、あんなに分かりやすくご飯に誘ってくれたり、ストレートに褒めてくれたりしたのに……)
(嶺亜だって、急に距離を詰めてきたり、みんなの前で堂々と特別扱いしてくれたり、大胆な行動がいくらでもあった)
(でも、北斗は……?)
必死にこれまでの半年間の記憶を引っ張り出す。
毎日一緒に帰って、一緒にテレビを見て、仕事のダメ出しを言い合って。
バカな私には、北斗の態度からそんな「男」のサインなんて、一ミリも読み取れなかった。
(待って、そういえば……)
ぐるぐる回る記憶の中で、ふといくつかの場面が蘇る。
廉と仲良さそうに話しているとき、遠くからじっとこちらを見ていた北斗の、あの冷たい視線。
嶺亜に頭を撫でられていたとき、わざわざ間に割って入ってきて「仕事の話がある」と私を連れ去ったときの、あの強い力。
(あれって、周りのみんなは気づいてたの……?)
思い返せば、他のメンバーが北斗をからかうような目で見ていた気もする。
だけど、バカで天然な〇〇は、ただの「厳しい戦友」だとしか思っていなかった。
〇〇(本当に、いつから……? いつから北斗は、私のことをそんな目で見てたの……?)
答えの見つからない問いが頭の中を駆け巡り、目の前の北斗の顔が、さらに熱く、大きく見えて仕方がなかった。
ーーーーーーーーー
北斗side
北斗(……本当に、これっぽっちも気づいてなかったんだな)
目の前で、完全にキャパオーバーを起こして固まっている〇〇。
その様子を見て、北斗は呆れるのを通り越して、深い、深いため息が出そうになった。
廉や嶺亜の名前を出して、必死に頭をフル回転させているのが顔に見えている。
北斗(あいつらは分かりやすすぎるだけだろ。……いや、俺が臆病だっただけか)
ストーカーから守るため、という大義名分でこの家に囲い込んで、もう半年。
同じ屋根の下、無防備に笑う〇〇を見るたびに、どれだけ理性をすり減らしてきたか。
廉と親しげに話す姿を見ては、嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。
嶺亜にベタベタ触られているのを見た時は、割って入る手の力が強くなってしまうのを抑えられなかった。
周りのメンバーたちには「北斗、分かりやすすぎ」「目がマジなんだよ」と苦笑いされていたのに。
肝心の、一番気づいてほしい当の本人は、ただの「厳しい戦友」として俺を見ていた。
北斗(演技なわけないだろ。どれだけお前一人のために、俺の心がすり減ってると思ってるんだよ……)
頬を包む俺の手が、情けないくらいに震えている。
もう、隠すつもりも、戦友の振りをし続けるつもりもない。
覚悟を決めた目で、北斗は混乱する〇〇の瞳を、じっと見つめ返した。
北斗の綺麗な瞳が、じっと〇〇を見つめてる。
その瞳が、さっきよりもさらに近づいてきて。
〇〇「……っ、ちょっと待って」
声を出そうとしたけれど、喉がひゅっと鳴るだけで言葉にならない。
心臓の音が、うるさいくらいに耳の奥でドクドクと響いている。
(また、くる……?)
さっきの、触れるだけの軽いキス。
あの柔らかい感触が唇に蘇って、全身の血がカッと沸騰したみたいに熱くなる。
北斗の長い睫毛が、すぐ目の前で揺れている。
いつも仕事の話をしてる時の北斗じゃない。
ただの仲間で、戦友の北斗じゃない。
完全に「男」の顔をした北斗が、ゆっくりと視線を〇〇の唇に落たす。
〇〇(だめ、頭が、本当に割れそう……)
逃げなきゃいけないのに、頬を包む北斗の手のひらが熱くて、体が金縛りにあったみたいに一歩も動けない。
拒絶したいわけじゃない。
ただ、本当に、意味が分からなくて、怖くて。
北斗の吐息が唇に触れた瞬間、〇〇はギュッと目を瞑ることしかできなかった。
チュ、と小さな音がして、鼻先に軽い感触が残る。
〇〇「……え?」
唇じゃなかったことに驚いて、〇〇が思わず目を開けたその瞬間。
北斗「……なんてね」
不意を突かれてわずかに開いた〇〇の唇を、北斗の唇が今度こそ深く、逃がさないように塞いだ。
〇〇「ん……っ!?」
鼻先へのキスは、〇〇の油断を誘うための罠でしかなかった。
さっきの触れるだけのものとは違う、体温がダイレクトに伝わってくるような、熱くて深いキス。
驚きで頭が真っ白になり、〇〇の小さな手が北斗の胸元をぎゅっと掴む。
背中に回された北斗の腕に強く引き寄せられて、二人の体の隙間が完全にゼロになる。
心臓が破裂しそうなくらいに鳴り響いて、〇〇はもう、息の仕方も分からなくなっていた。
ーーーーーーーーー
北斗side
〇〇の唇から、小さな吐息が漏れる。
開いた瞳が驚きで見開かれ、それからシーツを掴むように俺の胸元の服をぎゅっと握りしめてきた。
北斗(……もう、絶対に離さない)
ストーカーから守るため、なんて言い訳をして、この家に引き留めてから半年。
毎日、仕事の「戦友」として誰より近くにいながら、男として見てもらえない地獄にどれだけ耐えてきたか。
廉と笑い合っている姿を見るたびに、胸が張り裂けそうだった。
嶺亜に甘やかされているお前を、今すぐ奪い去りたくて仕方がなかった。
バカみたいに鈍感で、俺の必死の視線にも、周りのからかいにも気づかないお前に、何度絶望したか分からない。
ただの仲間で、友達で、戦友。
そんな綺麗事で固められた境界線を、俺の都合でぶち壊す。
この半年の間に募らせた、苦しくて、愛しくて、頭がおかしくなりそうだった想いのすべてを、このキスに載せて押し付けた。
〇〇を腕の中に強く引き寄せ、体の隙間をなくす。
驚きが次第に熱に溶けていくのを感じながら、俺はさらに深く、〇〇の唇を塞いだ。
ーーーーーーーーー
〇〇side
〇〇の頭の中は、今度こそ完全に真っ白になった。
鼻先へのキスだと思わせてからの、深く、激しい口づけ。
さっきまでのパニックも、現実逃避も、すべてがその熱さの中に溶けて消えていく。
〇〇「ん……、っ……」
抵抗するなんて、これっぽっちも頭に浮かばなかった。
背中に回された北斗の腕は折れそうなほど強くて、胸元を掴む〇〇の指先まで、その熱がじんじんと伝わってくる。
(北斗、こんなの、苦しいよ……っ)
仕事の戦友として見ていた、クールで、いつも一歩引いて周りを見ている北斗は、ここにはどこにもいなかった。
ただひたすらに、今までのすべてをぶつけるような激しいキス。
その奥にある、切なくて、苦しいほどの北斗の想いが、唇を通じて〇〇の心臓に直接流れ込んでくる。
バカな〇〇でも、もう気づかざるを得なかった。
これは冗談でも、ドッキリでもない。
北斗は、本当に、ずっと前から私のことが――。
心臓の音がうるさすぎて、頭がクラクラする。
〇〇はただ、されるがままに北斗の体温を受け止めながら、その深い熱の中に溺れていくことしかできなかった。
〇〇「ん……、ふ……っ」
流石に酸素が足りなくなって、〇〇の胸が苦しげに上下する。
頭はまだ真っ白のままで、どうしていいか分からなかったけれど、限界を察して身体が自然と強張った。
(……息、苦しい……)
〇〇がほんの少しだけ、抵抗するように顔を後ろへ引く。
すると、あんなに激しく求めてきていた北斗の力が、嘘みたいにスッと抜けた。
どれだけ我を忘れていても、〇〇が苦しがればすぐに引いてくれる。
そんなところに、やっぱり根にある北斗の優しさが滲み出ていた。
唇が名残惜しそうに、ゆっくりと離れていく。
〇〇「はぁ、っ……、ふう……」
繋がった細い銀の糸が、部屋の明かりに反射してきらりと光った。
急に冷たい空気が口元に触れて、〇〇は必死に何度も深く息を吸い込む。
北斗の腕はまだ〇〇の腰を抱いたままで、その胸元からは、〇〇のそれと同じくらい激しい心臓の音がドクドクと伝わってきた。
北斗「……わりぃ。苦しかった?」
少しだけ低く掠れた声で、北斗が耳元で囁く。
その声はどこか切なくて、やっぱり、いつもの「戦友の北斗」にはもう、どうやっても戻れそうになかった。
〇〇「ごめん……っ!」
それだけ何とか絞り出すと、〇〇は北斗の腕をすり抜けて走り出した。
向かったのは、この半年間二人で使っている寝室。
ストーカー対策の同居という名目上、部屋には大きなクイーンベッドが一つしかなく、ずっと一緒に眠ってきた。
でも、今日ばかりは流石に同じベッドでなんて無理だ。
〇〇「無理無理、本当に無理……っ!」
心臓がバクバクと暴れる中、ベッドに飛び込んで布団を頭からすっぽりとかぶる。
暗い布団の中で、北斗の熱いキスの感触が唇に何度もフラッシュバックした。
(来ないで……お願いだから、今は来ないで……!)
パニックのまま、息を潜めて固まる。
しばらくして、パタパタと静かに近づいてくる足音が聞こえ、寝室のドアが開く音がした。
布団の隙間から、部屋の明かりがほんの少しだけ差し込む。
足音はベッドの手前でピタリと止まった。
北斗「……〇〇」
布団越しに聞こえる北斗の声は、さっきの熱を帯びたものとは違って、いつもの冷静さを取り戻そうとしているみたいに静かだった。
北斗「……驚かせて、ごめん。さすがに、ちょっと強引すぎた」
〇〇は布団の中でぎゅっと身を縮めたまま、息を殺して北斗の言葉を待つ。
北斗「今日、俺はソファで寝るわ。お前はベッド、一人で使いな」
その言葉に、〇〇は驚いて布団の中で少しだけ体を動かした。
いつもなら「クイーンベッドなんだから二人で寝ればいいじゃん」って言うはずの北斗が、完全に気を遣ってくれている。
北斗「じゃあ、おやすみ。……ゆっくり休んで」
カチャ、と静かにドアが閉まる音がして、部屋の明かりが完全に消えた。
一人きりになった広いベッドの上で、〇〇はゆっくりと布団から顔を出す。
北斗の優しさが嬉しくもあり、だけど急に遠くなってしまったような寂しさもあって、〇〇の胸はまた別の意味で苦しくなっていた。
ーーーーーーーーー
北斗side
リビングのソファに体を横たえ、北斗は天井を睨みつけるように見つめた。
北斗(……やってしまった)
腕で目元を覆い、深く、重いため息をつく。
あんなに怯えた〇〇の顔、見るつもりじゃなかった。
ストーカーから守るため、戦友として〇〇の隣にいるため、この半年間どれだけ自分を律してきたか。
だけど、廉や嶺亜の名前を出して「演技の練習でしょ」なんて笑おうとした〇〇を見た瞬間、頭のどこかでパチンと音がした。
北斗(ついつい爆発した……。いや、もう限界だったんだ、最初から)
同じ屋根の下、無防備に眠る〇〇の気配を感じながら、ただの仲間として振る舞う毎日は、とっくに限界を迎えていた。
一度触れてしまえば、もう二度と元には戻れない。
優しく引き下がったつもりでも、〇〇を男として愛してしまったこの気持ちは、もう二度と隠せそうになかった。
北斗のスマホが、静かなリビングに震えるような振動音を響かせた。
画面を見ると、表示された名前は「田中樹」。
北斗「……もしもし」
樹『あ、北斗?今何してんの?今からご飯いかん?』
電話の向こうからは、ガヤガヤとした賑やかな背景音が漏れ聞こえてくる。
樹『俺とジェシーときょもと髙地と慎太郎はもう行くことになってんの。あとは北斗、お前だけ。来れるっしょ?』
ジェシーの「北斗早く来いよー!」というバカでかい声や、慎太郎の笑い声が遠くから聞こえて、いつものメンバーが勢揃いしているのが分かった。
北斗(今から、か……)
いつもなら「パス。もう寝るから」と断るところだったが、今の寝室の状況を思い浮かべる。
自分がこの家にいるだけで、〇〇はきっと今も布団の中で怯えて、息を潜めているはずだ。
ここに俺が居座り続ける方が、あいつを苦しめることになるかもしれない。
北斗(……それに、今の俺の頭じゃ、一人でここにいてもおかしくなりそうだしな)
少しの間、迷うように視線を泳がせたが、北斗はゆっくりと体を起こした。
北斗「……分かった、行く。場所どこ?」
樹『お、マジ?珍しいじゃん。じゃあいつもの店、部屋とっとくから早く来いよ!』
通話を切ると、北斗は上着を手に取った。
寝室のドアの向こうに向けて、静かに「少し出てくる」とだけ声をかけ、北斗は夜の街へと向かうために玄関のドアを開けた。
ーー🍻
個室の居酒屋の隅で、北斗はすっかりぬるくなったウーロン茶のグラスを見つめたまま、頭を抱えていた。
周りには、さっきまで騒いでいた樹、ジェシー、きょも、髙地、慎太郎の5人。
いつもなら北斗の愚痴を笑い飛ばすメンバーたちも、事の顛末をすべて聞き終えた今は、さすがに言葉を失っていた。
北斗「……本当に、やってしまった」
慎太郎「北斗が……そんな強引にいくなんてな……」
ジェシー「あちゃー……。でも北斗、ずっと我慢してたから爆発しちゃったんだね」
きょも「鼻先にキスして油断させてから唇って……少女漫画の読みすぎじゃない?」
樹「きょも、今は突っ込むとこそこじゃねぇから。……で? 北斗、〇〇は怯えて寝室に逃げ込んじゃったわけ?」
北斗は腕で顔を覆いながら、消え入りそうな声で「あぁ」と 頷いた。
北斗「ごめんって言って、布団に頭までかぶってガタガタ震えてた。……俺、ストーカーから守るって名目で一緒に住んでんのに、俺自身が最低なことした。もう終わりだ、戦友にも戻れない」
後悔の念が次から次へと押し寄せてきて、北斗の心は完全にボロボロだった。
髙地「まぁまぁ、落ち着けって。〇〇も驚いただけだよ。嫌いだったらその家から出てくだろ?」
樹「そうそう。ずっと鈍感だったから、北斗が男として迫ってきたことに脳みそが追いついてないだけだって」
メンバーたちの優しい慰めも、今の北斗の耳には届かない。
頭の中にあるのは、最後に見た〇〇の怯えたような、泣きそうな顔ばかりだった。
ーーーーーーーーー
〇〇side
ガチャ、と玄関のドアが閉まる音が聞こえて、〇〇はベッドの上でようやく身体の力を抜いた。
北斗が出て行った。
静まり返った部屋で、一人になると余計に唇に残る熱がリアルに蘇ってきて、〇〇はたまらなくなってスマホを掴んだ。
プルルル、と数回鳴ったあと、すぐに聞き慣れた明るい声が響く。
環奈『もしもしー? 〇〇、どうしたのこんな夜中に』
〇〇「環奈……っ、助けて、どうしよう……!」
環奈『えっ、何事!? ストーカー!?』
〇〇「違うの、北斗が……北斗に、キスされて……っ、それも、その……すっごい激しいやつ……」
パニックになりながら一気にまくしたてると、電話の向こうの環奈は一瞬だけ沈黙した。
そして、はぁー……と、すべてを察したような深い、深いお姉さん風のため息をついた。
環奈『あいつ、ついにやったか。よく半年も耐えたわ、逆に褒めてあげたい』
〇〇「え……? ちょっと待って、どういうこと……?」
環奈『どういうことも何も、〇〇、あんた本当に気づいてなかったの? 北斗、あんたのことめちゃくちゃ好きじゃん。っていうか、ストーカー対策の同居なんて、半分はあんたを誰にも渡したくなくて必死で掴み取ったチャンスだよ?』
〇〇「ええっ!?」
環奈『周りのみんなもとっくに知ってるよ。北斗がどんだけあんたに片想いして、男として見てもらえなくて苦しんでたか。……〇〇、あんた本当に罪な女だよ』
親友の口から次々と明かされる衝撃の事実に、〇〇はベッドの上で、今度こそ完全にフリーズしてしまった。
〇〇「……え? 周りのみんなも知ってるって……どういうこと? 私と北斗はただの仕事の戦友で……」
環奈『ちょっと〇〇、あんた本気で言ってるの!?』
電話の向こうで、環奈の声のトーンが一気に上がったのが分かった。
環奈『あのさ、男が付き合ってもない女と、ストーカー対策だからって理由だけで同じ家に住んでクイーンベッドで一緒に寝るわけないでしょ! どんだけお人好しだよ!』
〇〇「だって、北斗は『お前を守るためだし、変な気は起こさない』って……」
環奈『それはあんたに嫌われたくないから必死で理性保ってただけ! 北斗が普段、あんたを見る目がどれだけ激甘か、廉や嶺亜とあんたが楽しそうに話してる時にあいつがどれだけ嫉妬で死にそうな顔してたか、周りはみんなハラハラしながら見てたんだからね!?』
〇〇「し、嫉妬……? 北斗が……?」
環奈『そうだよ! あんたがバカみたいに鈍感で、ただの戦友って綺麗事のバリア張って男として一切見ないから、あいつずっと地獄だったと思うよ。今日のキスだって、ついに限界がきて爆発したに決まってんじゃん!』
〇〇「……っ」
環奈『「どういうこと?」じゃないの。あいつの今までの優しさに甘えて、傷つけてたのはあんたなんだよ。怯えて逃げ出す前に、ちゃんと北斗の気持ちに向き合いなさい!』
ガツンと響く環奈のド正論の説教に、〇〇はぐうの音も出ず、スマホを握りしめたまま、ただただ言葉を失ってしまった。
〇〇「……私、そんなに北斗を傷つけてたんだ……。ねぇ、環奈、私これからどうすればいいの……?」
消え入りそうな声で尋ねると、電話の向こうの環奈は、少しだけトーンを落とした優しい声に変わった。
環奈『まずは、自分が北斗のことをどう思ってるか、ちゃんと自分の心に聞いてみな。ただの戦友としてこれからも一緒にいたいの? それとも、男としてドキドキした?』
〇〇「それは……、キスされた時、頭が真っ白になって、嫌じゃなかったっていうか……」
環奈『ほら、答え出てるじゃん。だったら、北斗が帰ってきたら逃げずにちゃんと話し合いなさい』
〇〇「でも、北斗、怒って出て行っちゃって……」
環奈『怒ってんじゃないよ、あんたを怖がらせたって絶望して後悔してるの。今頃ストーンズのメンバーに泣きついてるか、一人で頭抱えてるはずだから』
〇〇「う……、目に浮かぶ……」
環奈『だからさ、北斗が帰ってきたら、今度はあんたから「逃げてごめん」って言うんだよ。あいつ、あんたに嫌われたと思ってビビり散らかしてるから、あんたの出方次第でまた殻に閉じこもっちゃうかもしれないよ?』
〇〇「うん……。ちゃんと、起きて待ってる。北斗とちゃんと話す」
環奈『よし、その意気! 頑張ってきな。あんたたちの不器用な片想い、もう見てるこっちが限界だからさ!』
そう言って環奈は明るく笑って電話を切った。
一人になったベッドの上で、〇〇はぎゅっと拳を握りしめ、北斗が帰ってくるのをじっと待つことに決めた。
ーーーーーーーーー
時計の針は23時半を回っていた。
居酒屋の個室で、すっかり冷え切った皿を前に、樹が大きく伸びをしながら立ち上がった。
樹「よし、明日も早いし、そろそろ帰るか」
その言葉を合図に、ジェシーや慎太郎たちも上着を手に取り始める。
北斗はまだ重い足取りで立ち上がれずにいたが、メンバーたちは帰り際、一人ずつ北斗の肩に手を置いてアドバイスをくれた。
慎太郎「北斗、帰ったらちゃんと〇〇の顔見て謝れよ。でも、好きって気持ちはもう引っ込めるなよな」
ジェシー「そうそう! ぶつかっちゃったんだから、最後まで男らしくいけ! AHAHA!」
きょも「逃げたってことは、それだけ意識させられたってことだから。自信持ちな」
髙地「お前がビビってまた『戦友』に戻ろうとしたら、〇〇もどうしていいか分かんなくなるぞ。ちゃんと向き合え」
最後に、樹が北斗の目をじっと見つめて言った。
樹「お前が半年間、どんだけ〇〇を大事に想ってきたか、俺らは知ってるからさ。気まずいからって家出んなよ? ちゃんと話してこい」
メンバーたちの愛のある言葉が、北斗の凝り固まった心にじんわりと染み渡っていく。
北斗「……みんな、ありがと。ちゃんと、話してくる」
店を出て、夜風に当たると少しだけ頭が冷えていくのを感じた。
嫌われる恐怖は消えないけれど、もう引き下がるわけにはいかない。北斗は意を決して、〇〇の待つ家へと向かった。
ーー
そっと玄関のドアを開け、北斗は足音を立てないように家の中に入った。
メンバーに背中を押され、「ちゃんと話そう」と覚悟を決めて帰ってきたものの、いざとなると心臓が破裂しそうなほど緊張している。
リビングには誰もおらず、静まり返っていた。
北斗(……やっぱり、寝室だよな)
嫌われて鍵でもかけられているかと思ったが、ドアはほんの少しだけ隙間が開いている。
意を決してゆっくりとドアを押し開けると、部屋の明かりはつけたまま、ベッドの上で丸くなっている〇〇の姿が目に入った。
北斗「〇〇……?」
小さな声で呼びかけてみたが、返事はない。
近づいて覗き込んでみると、〇〇はスマホを握りしめたまま、すやすやと規則正しい寝息を立てていた。
連日のハードな仕事に加えて、さっきのパニックと環奈への電話で、体力の限界がきて寝落ちしてしまったらしい。
北斗(……待とうとしてくれてたのかな)
枕元で少し乱れた髪や、まだほんのり赤い頬を見て、北斗の口元からふっと力が抜けた。
あんなに怖がらせてしまったのに、無防備にここで眠っている〇〇が愛おしくてたまらない。
北斗はそっと〇〇の手からスマホを抜き取ってサイドテーブルに置き、はだけていた布団を優しく肩までかけてあげた。
北斗「……おやすみ。明日、ちゃんと話そうな」
その寝顔を愛しそうに見つめたあと、北斗は今度こそ静かに部屋を出て、リビングのソファへと向かった。
カーテンの隙間から差し込む朝の光で、〇〇はゆっくりと目を覚ました。
「……あ、寝ちゃってた……!」
スマホの画面を見ると、時間は午前8時。
幸いなことに、今日の二人の仕事は昼からだ。
じゅうぶんに時間はあるけれど、そう気付いた瞬間、昨夜のキスの感触と環奈からの説教が頭を一気に駆け巡り、心臓が跳ね上がった。
(北斗、帰ってきたんだ……。ちゃんと話さなきゃ)
意を決してベッドから抜け出し、そっと寝室のドアを開けてリビングに向かう。
そこには、狭いソファの上で窮屈そうに身体を丸めて、まだ眠っている北斗の姿があった。
長い睫毛が影を落とす綺麗な寝顔を見つめていると、胸の奥がキュッと締め付けられる。
(本当に、ずっと私を好きでいてくれたのかな……。こんな狭いところで寝かせて、ごめんね)
〇〇は北斗を起こさないように足音を消してキッチンへ向かい、二人の気まずい空気を少しでも和らげようと、朝食の準備を始めることにした。
トントン、とぎこちない包丁の音が静かなリビングに響く。
〇〇は普段、料理をほとんど北斗に任せきりだったため、キャベツを切るだけでも手が震えていた。
(北斗をびっくりさせたいし、ちゃんと謝らなきゃ……っ)
不器用なりに必死にフライパンと格闘していると、カサリ、と後ろのソファから衣擦れの音が聞こえた。
北斗「……ん……〇〇……?」
低く掠れた、起きたての声。
ハッとして振り返ると、北斗が髪を少し爆発させたまま、眠そうに目をこすりながら体を起こすところだった。
まだ状況が掴めていないのか、ぼんやりとキッチンに立つ〇〇を見つめている。
北斗「何してんの……? ってか、料理……?」
〇〇「あ、北斗……! 起きちゃった? ごめん、起こすつもりじゃなくて……その、朝ごはん、作ろうと思って……」
〇〇が慌ててお玉を握りしめると、北斗はソファから立ち上がり、ゆっくりとキッチンへ歩み寄ってきた。
その目が、昨夜の気まずさを思い出したように、少しずつ緊張を帯びていく。
北斗「……お前が料理なんて、珍しいじゃん。……手、切るなよ?」
いつものようにぶっきらぼうを装っているけれど、その声はどこか怯えているようにも聞こえた。
二人の間に、朝の光の中で、少しだけじれったい空気が流れ始める。
フライパンの中でウィンナーがパチパチとはぜる音だけが、やけに大きく響く。
北斗はそれ以上近づいてこないまま、キッチンの入り口で立ち尽くし、〇〇はフライパンを見つめたまま固まっていた。
昨夜のあの激しいキスの熱と、環奈から言われた「あんたのことめちゃくちゃ好きじゃん」という言葉が頭の中でぐるぐると回って、〇〇の顔がみるみる赤くなっていく。
北斗もまた、気まずそうに視線をあちこちに彷徨わせていた。
北斗「……あのさ、昨日のこと」
先に口を開いたのは北斗だった。その声は、いつになく小さくて、自信がなさそうに震えている。
北斗「本当に……ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。お前がただの戦友だと思って信頼してくれてたのに、俺が、その……我慢できなくなって……」
頭を下げて、これ以上嫌われたくないとビビり散らかしている北斗の姿を見て、〇〇の胸がギュッと痛んだ。
(違う、北斗は怒ってるんじゃなくて、私に嫌われたと思って絶望してるんだ…)
環奈の言葉が背中を押す。ここで私が黙っていたら、北斗はまた心を閉ざしてしまう。
〇〇「北斗……っ!」
〇〇はフライパンの火を止めると、意を決して北斗の方を真っ直ぐに向いた。
〇〇「謝らないで! ……私の方こそ、ごめん。昨日、びっくりして逃げちゃったけど、嫌だったわけじゃないの。私があまりにも鈍感で、北斗の気持ちに全然気づけてなくて……ずっと傷つけてて、ごめんね」
その言葉に、北斗が弾かれたようにガバッと顔を上げた。
驚きで大きく見開かれたその瞳が、じっと〇〇を捉える。
北斗「……え?」
北斗は完全にフリーズしたまま、自分の耳を疑うように〇〇を見つめた。
〇〇「私、環奈に電話して、全部説教されたの。北斗がずっと私のこと好きでいてくれたことも、私が戦友なんて言葉で北斗を縛り付けてたことも……。だから、嫌だったから逃げたんじゃなくて、脳みそが追いつかなかっただけなの!」
一気にまくしたてる〇〇を前に、北斗の綺麗な瞳がみるみるうちに潤んでいく。
北斗「……お前、それ本気で言ってる?」
〇〇「本気だよ! 料理だって、北斗に少しでも喜んでほしくて頑張ったんだけど……」
そこまで言うと、北斗が大きな一歩で距離を詰め、〇〇の肩をがっしりと掴んだ。
昨夜の強引さとは違う、だけど絶対に離さないという強い力が指先から伝わってくる。
北斗「……じゃあ、俺が〇〇を男として愛してるってこと、もう隠さなくていいの?」
〇〇「うん……」
北斗「……お前、それ本気で言ってる?」
〇〇「本気だよ。嫌いになったわけじゃないの。でも……」
〇〇はそこで言葉を詰まらせ、掴まれた肩に触れる北斗の大きな手を、そっと優しく包み込むようにして離した。真っ直ぐに自分を見つめる北斗の瞳から、一瞬だけ逃げるように視線を落とす。
〇〇「私ね……一番好きなのは、廉なの」
北斗「……え」
北斗の身体が、突き放されたようにピキリと固まった。昨日、自分が爆発する引き金になった名前がその唇から綺麗に紡がれ、北斗の顔から一気に血の気が引いていく。
〇〇「ずっと仕事の戦友だって自分に言い聞かせて、北斗の気持ちに甘えて傷つけてた。昨日のキスだって、嫌だったわけじゃないの。ただ……私の中で、廉への気持ちがどうしてもまだ一番大きくて、今すぐ北斗のその真っ直ぐな気持ちに、同じだけの熱量で答えることができない」
北斗は言葉を失ったまま、喉を小さく鳴らして〇〇を見つめている。
〇〇「だから……勝手なお願いだって分かってるけど、少しだけ、時間が欲しい。北斗が一人の男として私に向き合ってくれたみたいに、私も自分の気持ちをちゃんと整理して、北斗と向き合いたいから」
沈黙が流れる中、北斗はゆっくりと視線を落とし、握りしめていた拳を震わせた。激しい嫉妬と絶望が渦巻く一方で、それでも自分から逃げずに真っ直ぐ告白してくれた〇〇の誠実さに、胸が締め付けられる。
北斗「……そっか。廉、なんだな」
掠れた声でそう呟くと、北斗は自嘲気味に、だけどどこか愛おしそうに小さく微笑んだ。
北斗「分かった。待つよ。お前がちゃんと俺のことだけを見てくれるようになるまで、いくらでも待つ。……でも、もう『戦友』のフリはしてあげないから。覚悟しといて」
切なさを滲ませながらも、一人の男としての強い光を宿した瞳で、北斗は再び〇〇をじっと見つめ返した。
北斗「……じゃあ、その待ってもらってる間に、焦げそうなウィンナー救出していい?」
切ない空気のまま固まっていた北斗が、ふっといつもの調子に戻ってフライパンを指差した。
〇〇「あ、忘れてた……っ!」
慌ててフライパンに手を伸ばす〇〇の手から、北斗がそっと菜箸を取り上げる。
北斗「〇〇はキャベツの続き。ほら、手元見てないと指切るよ」
そう言って北斗がすぐ隣に並び、手際よくウィンナーをひっくり返し始めた。
今まではストーカー対策で同居を始めてから、何度もこうして二人でキッチンに立ってきた。仕事の愚痴を言い合ったり、次のライブのセトリについて熱弁したり、そこにあったのは間違いなく「気を使わない仲間」としての空気だった。
でも、今は違う。
トントン、と包丁を動かしながらも、〇〇は隣にいる北斗の存在を意識せずにはいられなかった。
袖をまくった腕の逞しさ、すぐ近くから香る起きたてのシャンプーの匂い、そして何より、昨夜この唇に触れてきた男なんだという事実が、嫌でも頭をよぎる。
北斗「……何? そんなに見つめられると、また我慢できなくなるんだけど」
北斗が前を向いたまま、意地悪そうに口角を上げた。
〇〇「み、見つめてない! キャベツ見てる!」
北斗「嘘つけ。顔、すげー赤いよ」
今までは「からかうなよ!」と笑い飛ばせていた冗談が、今は心臓をバクバクと跳ね上がらせる。
「もう戦友のフリはしてあげない」という北斗の言葉通り、差し出される視線も、少し触れ合う肩の熱も、すべてが男として〇〇に迫ってきていた。
〇〇「……っ、もう、北斗のせいで調子狂う……っ」
顔がカッと熱くなるのを隠すように、〇〇は必死に包丁を動かそうとした。
けれど、指先がガタガタと震えてしまって、キャベツの千切りがどんどん不格好なぶつ切りになっていく。
そんな〇〇の様子を横目で見ていた北斗が、小さくため息をついた。
北斗「あーあ、危なっかしい……。ちょっと貸して」
そう言ったかと思うと、北斗が〇〇の真後ろに回り込んできた。
次の瞬間、背中に北斗の逞しい胸板がぴったりと密着する。
北斗の長い腕が〇〇の左右から伸びてきて、包丁を持つ右手を上から包み込み、キャベツを押さえる左手にもそっと自分の手を添えた。
〇〇「え……、ほ、北斗……っ!?」
完全に後ろから抱きしめられるような形になり、〇〇の心臓は爆発しそうなほど跳ね上がった。
耳元のすぐ近くから、北斗の低くて心地いい声が降ってくる。
北斗「動かないで。指切ったら危ないから、俺が合わせる。ほら、力抜いて」
そう言って、北斗は〇〇の手を優しく導きながら、リズミカルにトントンとキャベツを切り始めた。
心地いい振動が手元から伝わってくるけれど、〇〇はそれどころではない。
背中から伝わる北斗の体温、首筋に当たる吐息、そして自分を完全に包み込んでいる大きな身体。
今までなら「ちょっと、狭いって!」と笑って押し返せていたはずの距離が、今は甘くて、苦しくて、意識しすぎて息の仕方も分からなくなる。
北斗「……ねぇ、〇〇。心臓、すげー速いよ?」
背中越しに伝わる鼓動をすべて察した北斗が、耳元で意地悪そうに、だけどたまらなく愛おしそうに囁いた。
〇〇「う、うるさい! 北斗が急にこんなことするからでしょ……っ!」
〇〇は真っ赤になった顔を隠すように、わざとツンとそっぽを向いて、小さな声で抵抗した。
今まで見せたことのない〇〇のそんな可愛い意地張りに、後ろの北斗がフッと嬉しそうに鼻で笑う。
〇〇「だいたい、私はまだ時間欲しいって言ったばっかりなんだからね。こうやってドサクサに紛れて距離縮めようとするの、ずるい!」
北斗「ずるくても何でもいいよ。戦友のフリはやめるってさっき宣言したし、時間あげる代わりに、俺も全力でアピールするって決めたから」
耳元で確信犯的なセリフを囁かれ、〇〇はさらに顔を上気させながら、肘で北斗の脇腹を小突いた。
〇〇「もう! いいから早くキャベツ切ってよ!」
北斗「はいはい、ツンツンしないの。ほら、手元集中して」
そう言って、北斗は添えた手の力を少しだけ強めて、またトントンと包丁を動かし始める。
ツンツンして対抗してみたものの、背中から伝わる心強い体温と、自分を包み込む大きな腕の心地よさに、〇〇の心はどんどん翻弄されていく。
(……こんなの、廉への気持ちが揺らいじゃうよ……)
一人の男として容赦なく踏み込んできた北斗に、〇〇は胸の動悸を抑えることができなかった。
北斗「はい、これでキャベツは終わり。……で、次は?」
〇〇「あ、お皿……出す。だから、もう離して?」
北斗「やだ」
〇〇「ちょっと、北斗……!」
北斗「時間欲しいって言ったのは〇〇だけどさ、俺がハグするの禁止とは言われてないし」
〇〇「屁理屈言わないで! 廉のこと好きだって言ったのに、なんでそんなに余裕そうなの……」
北斗「余裕なわけないじゃん。……今だって、めちゃくちゃ心臓バクバク言ってるよ」
〇〇「嘘、全然そんな風に……」
北斗「じゃあ、触って確かめてみる?」
〇〇「な、何言ってるの……っ!」
北斗「廉の名前聞いた時は、正直、頭真っ白になった。今も嫉妬で狂いそう」
〇〇「北斗……」
北斗「でも、諦める気は1ミリもないから。〇〇が他の男を考えてる時間を、全部俺のことで上書きしてやる」
〇〇「……本当に、戦友のフリはやめたんだね」
北斗「当たり前。これからは毎日、こうやって男としてお前に触れるから」
〇〇「……ずるい。そんなの、反則だよ……」
北斗「ずるくて結構。ほら、お皿並べて。朝ごはん食べよ」
📱静かなリビングにスマホの着信音が響いた。
サイドテーブルの上で画面を光らせているそれを見て、二人の動きがピタリと止まる。
北斗「……誰から?」
〇〇「あ、待って、画面見る……」
北斗の腕からすり抜けてスマホを手に取った〇〇は、ディスプレイに表示された名前に息を呑んだ。
〇〇「……廉だ」
北斗「……っ」
北斗の目が一瞬で鋭くなり、キッチンの空気が張り詰める。〇〇は緊張で指を震わせながら、通話ボタンを押した。
〇〇「もしもし、廉?」
廉『あ、〇〇? 朝早くにごめんな。今、大丈夫?』
〇〇「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
廉『いや、急なんやけど……今日の夜、仕事終わってからちょっと会えへん?』
〇〇「えっ、今日……?」
廉『どうしても今日、〇〇の顔見て話したいことがあってさ。時間作れそう?』
〇〇「それは、大丈夫だけど……」
廉『急に誘ってごめんな。なんか声、ちょっと緊張しとる?』
〇〇「あ、ううん! なんでもないよ。じゃあ、夜にね」
廉『楽しみにしとるわ。仕事頑張ってな』
電話が切れると、リビングには重い沈黙が流れた。
北斗「……今日、廉と会うんだ」
〇〇「うん。急に、話したいことがあるって言われて……」
北斗「何話すか、大体予想つくけど……。俺、行かせたくないって言ったら、行くのやめてくれる?」
〇〇「北斗……」
北斗「嘘。ごめん、意地悪言った。ちゃんと行ってきなよ。自分の気持ち、確かめるためにもさ」
〇〇「いいの……?」
北斗「よくない。めちゃくちゃ嫌やし、今すぐそのスマホ奪って『俺の女だから会わせない』って言いたいよ」
〇〇「の、北斗、いま関西弁……」
北斗「あいつの真似。……悔しいから。でも、お前がちゃんと廉に向き合わないと、俺の入る隙間もできないでしょ。だから、行ってきな」
北斗は切なく微笑むと、〇〇の頭をポンポンと優しく叩いて、自分の分の皿をテーブルへと運んでいった。
ダイニングテーブルを挟んで、二人は黙々と朝ごはんを食べ進めた。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、スプーンが皿に当たる音だけが静かに響く。
〇〇(……いや、でも待って。やっぱりおかしいよ)
不器用なりに作ったオムレツを口に運びながら、〇〇の脳内に一つの疑念が浮かび上がった。
あのクールでひねくれ者の北斗が、自分を「一人の男として愛してる」なんて、どう考えても信じられない。
〇〇(絶対にからかわれてる……! もしかして、ストーンズのYouTubeの企画か何かで、罰ゲームでもやらされてるんじゃ……)
そう思ったら急に北斗の顔が見られなくなり、〇〇はさらに俯いてスプーンを動かした。
北斗「……何その顔。せっかく〇〇が作ってくれたのに、全然味しねえんだけど」
北斗が呆れたように、だけどどこか寂しそうな声で言った。
〇〇「ねえ、北斗。本当のこと言って」
北斗「は? 何が?」
〇〇「これ、何かのドッキリでしょ? ストーンズの罰ゲームか何かで、私を騙して面白がってるんでしょ!」
北斗は持っていたスプーンを静かに皿に置くと、声を荒らげることもなく、深く息を吐き出した。
北斗「……お前、本気でそんなこと思ってんの?」
〇〇「だって、北斗が私のこと好きなんてあり得ないもん。いつも私のこと散々からかって、こき使ってさ。本当はどこかにカメラが隠れてるんじゃないの?」
部屋をキョロキョロと見回す〇〇を、北斗はただ真っ直ぐに、冷え切るほど冷静な目で見つめている。
北斗「カメラなんてあるわけないでしょ。……あのさ、俺がどれだけ必死な思いでお前に気持ちを伝えたか、本当に分かってないんだな」
〇〇「え……」
北斗「罰ゲームなんかで、昨日あんなに必死になってお前にキスしない。好きな女が他の男のところに行きそうで、正気じゃいられなくなるほど余裕なくしたりしないよ」
その静かで、淡々とした声のトーンが、逆に北斗の本気さをリアルに物語っていて、〇〇は背筋がゾクッとした。
北斗「これだけ言ってもまだ疑うなら、今ここで、昨日以上のことして分からせるしかないんだけど。……それ、望んでる?」
感情を抑えた低い声でそう言われ、〇〇は顔を真っ赤にして首を激しく横に振った。
〇〇「っ……! いい、いいです! 信じます!」
北斗「分かればよろしい。……たく、どんだけ自分に自信ないんだよ」
北斗はふっといつもの呆れ顔に戻り、再びスプーンを持ったけれど、その耳の先端がほんのり赤くなっているのを〇〇は見逃さなかった。
〇〇「信じる、信じるけど……でも、やっぱりまだモヤモヤする」
北斗「何が? まだ疑ってんの?」
〇〇「そうじゃなくて……。だって、なんで私なの? 北斗の周りにはもっと綺麗な人とか、可愛い人なんてたくさんいるじゃん。それに、いつからそんな風に思ってくれてたのかも全然わかんないし……」
北斗はスプーンを持ったままピタッと動きを止め、驚いたように〇〇を見た。
北斗「……そこ、気にしてたんだ」
〇〇「気にするよ! ずっと戦友だと思ってたのに、急にそんなこと言われても、理由が分からなきゃ頭が追いつかないもん」
北斗は少し気まずそうに視線を外すと、ふいっとそっぽを向いて小さく呟いた。
北斗「……言うわけないじゃん」
〇〇「えっ、なんで!?」
北斗「そんなの、今さら恥ずかしくて言えるわけないでしょ。いつからとか、なんでとか、全部話したら俺がただの痛い奴になるだけだから」
〇〇「教えてくれたっていいじゃん! ケチ!」
北斗「ケチで結構。……どうしても知りたければ、廉のことちゃんと整理して、俺を選んでよ。その時に、嫌ってほど全部教えてあげるから」
北斗はそう言って意地悪く微笑むと、また黙々とオムレツを食べ始めた。
〇〇「……バカ」
北斗「おい、聞こえてんだけど」
〇〇「あ、聞こえてた?」
北斗「バカって言ったよね? 今しっかり俺の目見て言ったよね?」
〇〇「気のせいじゃない? ほら、オムレツ冷めちゃうよ」
北斗「はぐらかすな。主食をバカ呼ばわりする居候がどこにいるんだよ」
〇〇「主食って何よ。……でも、なんか安心した」
北斗「何が?」
〇〇「いつもの北斗だな、って思って」
北斗は呆れたように肩をすくめたけれど、その表情はどこか柔らかかった。
北斗「いつものフリしてあげてるだけ。……ま、お前が少しでも楽になったなら、それでいいけどさ」
言いながら、北斗は自分の皿のウィンナーを一本、〇〇の皿にひょいっと移した。
〇〇「え、いいの?」
北斗「今日、夜から戦いに行くんだろ。しっかり食っときな」
ぶっきらぼうだけど温かい北斗の気遣いに、〇〇の胸の奥が少しだけ、きゅっと切なく締め付けられた。
〇〇「ごちそうさまでした。あー、お腹いっぱい」
〇〇が空になったお皿を重ねようとすると、北斗がそれを手際よく奪い取った。
北斗「いいよ、俺が洗うから。〇〇は仕事の準備してきな」
〇〇「え、でも……」
北斗「あと一時間半くらいで出るでしょ。お前、準備するのいつもギリギリなんだから」
時計を見ると、確かにそろそろ動かないと危ない時間だった。
〇〇「じゃあ、お言葉に甘えて……。ありがとう、北斗」
北斗「どういたしまして。あ、ちゃんと忘れ物すんなよ?」
キッチンから聞こえる心地いい水の音と、食器が触れ合う音。
いつもと変わらない、少し小言の多い北斗との日常。
(一時間半後には、お互い仕事に行って……夜には、廉に会うんだ)
さっきまでの気まずさが嘘のように自然な会話ができているけれど、北斗の後ろ姿を見つめる〇〇の胸の奥には、朝とは違う少しの焦燥感と、小さな緊張が静かに居座り続けていた。
ーー
〇〇「じゃあ、私着替えてくるね」
北斗「おう、いってらっしゃい」
メイクを直している間も、夜の廉との約束が頭をよぎる。
一時間半後、リビングに戻ると、準備を終えた北斗がソファに座っていた。
〇〇「北斗、お待たせ。そろそろ時間だね」
北斗「うん、行こっか。忘れ物ない?」
〇〇「うん、大丈夫。……北斗、今日の夜のことだけど」
北斗「あー、それ以上は言わなくていい」
〇〇「え……?」
北斗「これ以上聞いたら、俺、本当に嫉妬で仕事に集中できなくなるから」
〇〇「ごめん……」
北斗「謝んなって。お前が真剣に悩んでるの分かってるから、俺は待つって決めたんだし」
〇〇「北斗、本当に優しすぎる」
北斗「優しくない。さっきも言ったけど、これからは男として見てって言ったの、忘れないで」
〇〇「……うん」
北斗「よし、じゃあ仕事頑張って。夜、ちゃんと気をつけて行ってくるんだぞ」
ガチャリと鍵を閉めて、二人でマンションのエントランスを出る。
初夏の少し強い日差しが、眩しく二人を照らした。
北斗「あ、俺の迎え、あそこに来てるわ」
〇〇「あ、本当だ。私のマネージャーの車も、あそこに停まってる」
北斗「じゃあ、ここで。お互い別の場所に行くんだな」
〇〇「うん。じゃあね、北斗。仕事、行ってきます」
北斗「行ってらっしゃい。……夜、あんまり遅くなんんなよ」
〇〇「分かってる。気をつけてね」
北斗「お前もな。……じゃあ、また夜に」
北斗は軽く手を振ると、迎えの車のドアを開けて乗り込んでいった。
〇〇も自分のマネージャーの車へと歩き出し、助手席に乗り込む。
バックミラーに映る北斗の車が遠ざかっていくのを見ながら、〇〇は小さく息を吐いた。
いよいよ、長い一日が始まる。
現場に着いてからは、息つく暇もないくらい仕事、仕事、仕事。
マネ「〇〇、次の衣装これね。あと5分で巻きでお願い!」
〇〇「了解、すぐ着替える」
さっきまでのモヤモヤが嘘みたいに、目の前のタスクが次々と片付いていく。
もっと上の空になるかと思ってたけど、意外と冷静に仕事に集中できる自分がいる。
カメラの前に立てば、一瞬でスイッチが切り替わった。
スタッフ「はい、オッケーです! 〇〇さん、今の表情すごく良かった!」
〇〇「ありがとうございます」
やっぱり、この仕事が好きなんだなと改めて実感する。
でも、ふとした合間に時計を見ては、胸の奥がチクリと痛んだ。
時間は確実に、夜の約束へと進んでいる。
ーーーーー
マネ「〇〇、お疲れ様! 今日の仕事、これで全部終了ね」
〇〇「お疲れ様。ありがとう」
マネ「廉くん、もう外で待ってるみたいだよ。気をつけてね」
〇〇「うん、行ってくる」
楽屋を出て、夜のひんやりとした空気が漂うロケ現場の外へ向かう。
自動ドアが開き、一歩外に出ると、少し離れた街灯の下に人影が見えた。
見慣れた背の高いシルエットが、スマホを見ながら誰かを待っている。
〇〇「……廉」
声に反応して、廉がゆっくりとこちらを振り返った。
廉「あ、〇〇。お疲れ様、やっと終わったな」
廉はいつも通りの優しい笑顔を浮かべて、こちらに歩み寄ってくる。
ついに、この時間がやってきてしまった。
廉「お疲れ。結構遅くまでかかったなぁ、お腹空いてへん?」
〇〇「ううん、大丈夫。廉もお疲れ様」
廉「実はさ、〇〇と一緒に行きたいところあんねん。ちょっと付き合ってや」
〇〇「行きたいところ? うん、いいよ」
廉が通りがかったタクシーをスマートに止めて、ドアを開けてくれる。
廉「ほら、乗り」
〇〇「ありがとう」
二人で後部座席に乗り込むと、廉が運転手に行き先を告げた。
廉「すんません、〇〇までお願いします」
車内は静かで、昼間の仕事の喧騒が嘘のように落ち着いた空間になる。
隣に座る廉の体温がかすかに伝わってきて、心臓の鼓動が少し早くなった。
廉「急に呼び出してごめんな。でも、どうしても今日話しといた方がええと思って」
窓の外を流れる夜景を見つめながら、廉が少し真剣なトーンでそう言った。
タクシーのシートに深く腰掛けたまま、〇〇は小さく拳を握りしめた。
廉「どうかした?」
〇〇「廉、あのね。行く前に、ちゃんと話しておきたいことがある」
廉「ん? 何や、改まって」
〇〇「……北斗のこと」
廉の表情が、一瞬で真剣なものに変わった。
〇〇「北斗から、気持ちを伝えられた。からかってるとかじゃなくて、本当に、一人の男として私を見てるって」
廉「……そうか。あいつも、ついに動いたんやな」
〇〇「廉のところに行くことも、北斗は知ってる。その上で、私のこと待ってるって言ってくれた」
廉は静かに窓の外へ視線を移し、フッと自嘲気味に笑った。
廉「あいつ、やっぱり男前やな。俺が焦るの、分かってて言うてんねやろ」
〇〇「廉……」
廉「でもな、〇〇。それを聞いて、俺の気持ちがブレるわけないやん。むしろ、絶対に譲りたくないって思ったわ」
廉は再び〇〇を真っ直ぐに見つめると、その大きな手で〇〇の手を優しく包み込んだ。
廉「だから、これから行く場所で、俺の本当の気持ち、全部受け止めてな」
廉の手のひらが、驚くほど温かい。
でも、その温かさが今の私には切なすぎて、上手く言葉が出てこない。
北斗のあの真剣な顔。
廉のこの真っ直ぐな眼差し。
頭の中がごちゃごちゃになって、心臓の音だけがうるさく響く。
廉「〇〇? 手、冷たいで。大丈夫か?」
〇〇「あ……う、うん」
廉「顔、真っ青やん。そんなに緊張せんでええよ」
〇〇「ごめん、廉。私、なんて言えばいいか……」
廉「何も言わなくてええ。今はただ、俺の横におって」
廉は繋いだ手に少しだけ力を込めた。
何を考えても答えが出なくて、ただ流れていく夜景を眺めることしかできなかった。
タクシーがゆっくりと止まり、廉が料金を支払ってドアを開ける。
外に出ると、そこは夜の静寂に包まれた、見晴らしのいい高台の公園だった。
街の明かりが眼下に広がり、まるで星屑を散りばめたような綺麗な夜景が見渡せる。
廉「ここ、昔一回来て、めっちゃ綺麗やったから〇〇と来たかったんよね」
〇〇「……すごく、綺麗」
廉「やろ? ここなら誰も来んし、ゆっくり話せると思ってさ」
昼間の喧騒が嘘のように静かで、遠くを走る車の音だけが微かに聞こえる。
廉は夜景から視線を外し、隣に立つ〇〇を真っ直ぐに見つめた。
廉「北斗のことも聞いた。〇〇が混乱してんのも、分かってる」
〇〇「廉……」
廉「でもな、俺はあいつに譲る気、サラサラないから。俺の気持ち、今からちゃんと伝えるな」
廉「俺、ずっと〇〇のこと、特別やと思ってた」
〇〇「特別……?」
廉「うん。他の誰でもなくて、〇〇やないとあかんねん」
風が吹いて、廉の髪が少し揺れる。
廉「仕事の仲間としても、一人の女性としても、全部大切」
〇〇「廉、私、そんな風に言ってもらえるなんて……」
廉「北斗が待ってるって言うたなら、俺は今ここで捕まえにいく」
廉が一歩、距離を縮めてくる。
廉「俺の隣におってほしい。これが俺の本気」
〇〇「……っ」
夜景の光に照らされた廉の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
答えを出さなきゃいけないのに、胸が苦しくて声が出ない。
廉「覚えてる? 俺らが別れた時のこと」
〇〇「……うん」
廉「あの時は、お互い仕事が忙しすぎて、全然会えんくなってな」
〇〇「すれ違ってばかりで、一緒にいるのが辛くなっちゃったんだよね」
廉「そう。でも、離れてみてやっと気づいたんや」
〇〇「え……?」
廉「どんなに忙しくても、頭の片隅にはずっと〇〇がおった」
〇〇「廉……」
廉「一度別れたからこそ、もう二度と離したくないって強く思う」
〇〇「でも、また同じようにすれ違っちゃったら……」
廉「もうそんな思いはさせへん。今回は俺が絶対に離さへんから」
廉「あの時の俺、自分のことでいっぱいいっぱいやった」
〇〇「私も……自分のことばかりだった」
廉「でも、今は違う。〇〇を幸せにする覚悟、もうできてるから」
廉がさらに一歩、近づく。
息が触れそうな距離。
廉「なぁ、もう一回、俺とやり直してくれへん?」
〇〇「……っ」
廉「今度は絶対に寂しい思いさせへん。俺をもう一度、信じてほしい」
真っ直ぐな言葉が、胸の奥に深く突き刺さる。
でも、その瞬間、今朝の北斗の言葉が頭をよぎった。
『これからは男として見てって言ったの、忘れないで』
二人からの強い真っ直ぐな気持ち。
私はどちらの手も取れず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
言葉を失って立ち尽くす〇〇の唇に、柔らかいものが触れた。
ほんの一瞬の、触れるだけの軽いキス。
〇〇「……っ、廉……」
驚いて一歩身を引くと、廉は切なさと愛おしさが混ざったような、複雑な表情で〇〇を見つめていた。
廉「ごめん。でも、こうでもせんと、〇〇がずっと遠くに行きそうな気がしたから」
触れられた唇が、まだ熱を持っているみたいにじんわりと熱い。
怒ることもできず、ただ戸惑う〇〇を見て、廉は小さく微笑んだ。
廉「焦らせてごめんな。でも、これが俺の全部。少しだけでも、考えてくれたら嬉しいわ」
夜風が二人の間を通り抜けていく。
廉の真っ直ぐな体温と、朝に感じた北斗の力強い優しさが、〇〇の心の中で激しく交錯していた。
〇〇「……ごめん、廉。今は、答えられない」
廉「〇〇……」
〇〇「廉の気持ちはすごく嬉しいし、昔のこと、ちゃんと想ってくれてたんだなって分かった。でも、今の私の頭の中、本当にぐちゃぐちゃで……」
北斗の顔と、今の廉の顔が、交互に浮かんでは消える。
〇〇「こんな中途半端な気持ちのまま、返事はできない。本当にごめん」
廉「……謝らんでええよ。困らせるの分かってて、無理やり連れてきたん、俺やしな」
廉は寂しそうに微笑むと、〇〇の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
廉「答えは急がんでええ。ちゃんと待ってるから、ゆっくり考えて?」
公園からの帰り道、二人で再びタクシーの後部座席に乗り込んだ。
行きとは違って、車内にはどこか切ない静けさが満ちている。
廉「送るから、家着くまでちょっと休んどき」
〇〇「うん、ありがとう……」
窓の外を流れる街灯の光が、交互に廉の横顔を照らしていく。
気まずいわけじゃないけれど、お互いに言葉が見つからなくて、ただエンジンの低い音だけが響いていた。
ふと、シートの上に置いた〇〇の手の上に、廉の温かい手がそっと重ねられる。
恋人同士みたいに指を絡めるわけじゃなく、ただ優しく包み込むような、そんな触れ方だった。
廉「……本気やからな」
前を向いたまま、廉がぽつりと呟く。
廉「どんだけ時間かかってもいいから。俺、諦めへんよ」
重ねられた手の熱がじんわりと伝わってきて、〇〇は胸が苦しくなりながらも、その手を拒むことができなかった。
タクシーがゆっくりとスピードを落とし、〇〇の見慣れたマンションの前で止まった。
廉「着いたな。遅くまで付き合わせてごめん」
〇〇「ううん、送ってくれてありがとう、廉」
ドアが開き、外に出るために足を動かそうとした瞬間、廉にそっと腕を引かれた。
廉「〇〇、ちゃんと暖かくして寝るんやで。……また連絡する」
〇〇「うん。廉も、気をつけて帰ってね」
手を振ってタクシーを見送り、車が見えなくなるまでその場に立ち尽くす。
エントランスに入り、エレベーターに乗って自分の部屋へと向かう間、静寂が押し寄せてきて急にドッと疲れが押し寄せてきた。
鍵を開けて部屋に入り、電気をつけると、いつもの代わり映えのない空間が広がっている。
バッグをソファに置き、どさりと体を預けると、自然と大きなため息がこぼれた。
昼間の仕事の熱量はすっかり引き、今はただ、北斗のあの真っ直ぐな眼差しと、廉に触れられた唇の熱だけが、静かな部屋の中で鮮明に蘇ってくる。
どちらの気持ちも中途半端に扱いたくないからこそ、胸のざわつきは激しくなるばかりだった。
その時、カチャリとバスルームのドアが開く音がして、湯気とともに北斗がリビングに出てきた。
北斗は濡れた髪をタオルで拭きながら、ソファにぐったりと倒れ込んでいる〇〇に気づく。
北斗「あ、おかえり。連絡ないから心配した……って、大丈夫? 顔色悪いぞ」
慌てて駆け寄ってきた北斗は、〇〇の隣に屈み込んで顔を覗き込んできた。
そうだった、今はあのストーカーの件があって、心配した北斗が自分の家に〇〇を住まわせてくれている同居中の身なのだ。
北斗「外、変な奴いなかった? 廉と会うって言ってたから油断してたけど、やっぱり俺が現場まで迎えに行けばよかったな……」
ストーカーの恐怖から〇〇を守るために、いつも必死になってくれる北斗の真っ直ぐな優しさ。
その優しさに触れるたび、ついさっき廉に唇を奪われて、今は答えられないと突き放してきてしまった自分の行動が、酷く後ろめたく感じられる。
北斗「〇〇? どうした、本当に元気ないじゃん。なんかあった?」
北斗の手が心配そうに〇〇の肩に触れる。
廉の残していった熱と、北斗の目の前にある温もり。
二人の間で揺れ動く罪悪感と混乱で、〇〇は北斗の目をまともに見ることができなかった。
〇〇「北斗、あのね……今日、廉と話したの」
北斗「うん。廉のところ行くって言ってたもんな。……何か言われた?」
北斗はタオルを首にかけ、〇〇の言葉をじっと待っている。
〇〇「北斗から気持ちを伝えられたこと、廉に話した。そしたら廉……一度別れたからこそ、もう二度と離したくないって、もう一度やり直したいって言われて……」
北斗「……そっか。まぁ、あいつが簡単に引くわけないよな」
〇〇「それで、私、頭が真っ白になっちゃって……。そしたら、廉に、その……軽いキス、されて……」
そこまで言うと、北斗の身体が微かに強張ったのが分かった。
〇〇「本当に一瞬の、触れるだけのやつ。でも、私、今はどっちの気持ちにも答えられないって、ごめんって言って帰ってきたの」
北斗を裏切るような真似をしてしまった申し訳なさで、〇〇の目から涙がこぼれそうになる。
〇〇「北斗が私のことこんなに守ってくれてるのに、本当にごめん……」
北斗はしばらく黙って〇〇を見つめていたけれど、やがて小さくため息をつくと、優しく〇〇の頭を引き寄せて自分の胸に抱き込んだ。
北斗「謝るなよ。元々は、俺が今日勝手に仕掛けたのが原因だし。廉がそこまで本気だって分かって、正直めちゃくちゃ焦るけど……でも、俺の気持ちは変わらないから。お前がちゃんと答えを出せるまで、俺はここでずっと待ってる」
北斗の優しさに救われながら、〇〇はそのままお風呂へと向かった。
温かいシャワーを浴びて、少しだけ冷静さを取り戻してからリビングに戻る。
髪を乾かし、ソファに座って一息ついた頃、手元でスマホが突然鳴り響いた。
画面を見ると、そこに表示されたのは「風磨」の名前。
〇〇「もしもし、風磨?」
風磨『おー、〇〇? 今大丈夫?』
〇〇「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
風磨『いやさ、今度久々にみんなで集まってカラオケ行かね?って話になって。〇〇も最近忙しそうだったし、息抜きがてらどうかなと思って』
電話の向こうから聞こえる風磨のいつも通りの明るいトーンに、張り詰めていた〇〇の心が少しだけ解きほぐされる。
〇〇「カラオケかぁ、いいね。みんなって、いつものメンバー?」
風磨『そうそう。日程とかはまたみんなの都合合わせるから、〇〇の行けそうな日教えてよ』
ストーカーの恐怖や、廉と北斗の間での葛藤に悩まされていた〇〇にとって、気心の知れた仲間たちとの誘いは、今の重苦しい空気を忘れさせてくれるような救いの提案だった。
電話を切ってスマホを置くと、キッチンから飲み物を持ってきた北斗がこちらを見ていた。
北斗「誰から? なんか楽しそうじゃん」
〇〇「風磨から。今度みんなで久々にカラオケ行こって誘われちゃった」
北斗「風磨か……。まぁ、あいつの明るさに救われるところはあるよな」
北斗はコップをテーブルに置くと、〇〇の隣に静かに腰掛けた。
北斗「少しは気分転換になるかもしれないし、行ってきなよ。ストーカーの件もあるから、もちろん俺が送り迎えするか、一緒に行くけど」
そう言って優しく微笑む北斗の瞳には、〇〇を心配する気持ちと、さっき廉の話を聞いた後の切なさが、まだほんの少しだけ残っているように見えた。
〇〇「北斗は行かないの? 一緒に行こう」
北斗「俺? ……うーん、どうしようかな。」
北斗は少し眉をひそめて、自分の髪をくしゃっと掻いた。
北斗「俺が行ったら、〇〇が気ぃ遣って楽しめないんじゃない? さっきあんな話聞いたばっかだし。」
〇〇「そんなことない。北斗がいてくれた方が安心だし、みんなと一緒なら……」
北斗「…〇〇がそう言うなら、俺も行く。風磨にもどうせ『北斗も来い』って言われるだろうし。」
少しだけトーンの低い、でもどこか落ち着いた声で北斗は言う。
北斗「じゃあ、風磨に俺も行くって連絡しといて。一人で外に出すのも、まだ心配だから。」
〇〇はスマホを取り出して、風磨にLINEを送った。
『風磨、カラオケ行く。北斗も一緒に行くって。』
すぐに既読がつき、風磨から返信が来る。
『お、北斗も来るか。了解。』
『メンバーは俺、樹、慎太郎、原、勝利、あと〇〇と北斗な。』
画面に並ぶいつもの賑やかなメンバーの名前を見て、少しだけ気持ちが軽くなる。
〇〇「風磨から返信きた。メンバーは風磨、樹、慎太郎、原、勝利、あと私たちだって。」
北斗「そっか。まぁ、いつものメンツだな。」
北斗はコップを口に運び、少しだけ視線を落とした。
北斗「原とか慎太郎が騒ぐだろうし、少しは気が紛れるといいけど。」
ーーーーーーーーー
カラオケ当日の夜20:00、〇〇と北斗は待ち合わせ場所のカラオケ店に到着した。
受付を済ませて指定された部屋のドアを開けると、すでに中からは賑やかな声が漏れてきている。
慎太郎「あ! 〇〇と北斗きた! 遅いぞー!」
樹「お疲れ。北斗が来るの珍しいじゃん。」
風磨「おう、待ちくたびれたわ。ほら、〇〇こっち座れ。」
部屋に入ると、風磨、樹、慎太郎、原、勝利がすでにソファーを陣取って盛り上がっていた。
原「〇〇! 今日は思いっきり歌って発散しよう!」
勝利「二人とも、外寒くなかった? とりあえずなんか飲み物頼みなよ。」
久しぶりに会うメンバーの変わらないノリ。
北斗は〇〇をそっと奥の席へ促し、自分はその隣に腰を下ろした。
北斗「わり、ちょっと遅くなった。……慎太郎、最初から飛ばしすぎ。うるさい。」
いつものように少し冷めたトーンで返す北斗を見て、風磨がニヤリと笑う。
風磨「なんだよ北斗、〇〇の保護者気取りか?」
北斗「別に。ストーカーの件もあるから、普通に心配なだけだし。」
北斗は風磨のからかいを軽くあしらうと、メニュー表を〇〇の前に置いた。
北斗「〇〇、何飲む? とりあえずウーロン茶でいい?」
樹「相変わらず過保護だな。まぁ、あの件は最近ずっと落ち着いてるけど、北斗がついててくれた方が俺らも安心だけどさ。」
慎太郎「そうそう! 〇〇に何かあったら、俺がそのストーカーぶっ飛ばすから!」
原「お前が動く前に警察呼べ。……〇〇、本当に無理はしないで。」
勝利「みんな、せっかくのカラオケなんだから暗い話はナシ。〇〇、何歌う?」
周りのみんなが自分を気遣ってくれる温かさに、胸の奥がじんわりと軽くなっていく。
北斗は隣で静かにグラスを傾けながら、部屋の入り口にさりげなく視線を配っていた。
頼んだ飲み物が届くと、すぐに部屋の中はいつもの大騒ぎになった。
慎太郎と原がトップバッターでアップテンポな曲を熱唱して爆発的に盛り上げたかと思えば、樹がラップを完璧に決めて部屋のボルテージをさらに上げる。
風磨がふざけながらも持ち前の甘い声でバラードを歌い上げ、勝利が王道のポップスできれいに締める。
みんなが次々とマイクを回していく中、〇〇にも順番が回ってきた。
〇〇「あー、次私か。何歌おうかな、迷う。」
デンモクをポチポチと操作しながら画面を眺めていると、隣から慎太郎がニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。
慎太郎「あ、〇〇! あれ歌ってよ、西野カナのトリセツ!」
〇〇「え、トリセツ? なんで急にそれ?」
慎太郎「だってほら、隣にちょうどいい取扱説明書が必要な人がいるじゃん?」
慎太郎の視線の先には、ウーロン茶のグラスを持ったままフッと視線を逸らした北斗がいる。
風磨「お、いいね。慎太郎ナイス。〇〇、北斗に向かって歌ってやれ。」
樹「それ最高。北斗、ちゃんと一言一句聞き逃さないようにしろよ。」
勝利「あはは、北斗くんの顔、もう引き攣ってる。」
みんなからの冷やかし混じりの大賛成を受けて、部屋の空気は一気にニヤついたムードに包まれた。
〇〇「いやいやいや! 絶対やだ、なんで北斗に向けてトリセツ歌わなきゃいけないの!」
全力で首を横に振って、デンモクを胸元に抱え込んでガードする。
慎太郎「いいじゃん! ほら、北斗に日頃の取扱説明書を叩き込むチャンスだって!」
原「そうだよ、北斗もちゃんと聞く準備できてるから!」
北斗「できてねぇよ。お前ら勝手に盛り上がるな。」
北斗はウーロン茶を一口飲んで、冷めた目で慎太郎たちを一蹴した。
北斗「〇〇、嫌なら歌わなくていいから。別の曲にしな。」
〇〇「ほら、北斗もこう言ってるし! はい、この話はナシ!」
風磨「えー、つまんね。北斗、お前そういうとこだぞ。」
樹「まぁまぁ、〇〇がマジで嫌がってんだからいじめるなって。じゃあ別の盛り上がるやつにしよう。」
みんなにブーブー言われながらも、〇〇はホッとしてデンモクの画面をスクロールし始めた。
北斗はそんな〇〇を横目でチラッと見て、小さく息を吐いた。
北斗「……まぁ、お前の説明書なんて、わざわざ歌にされなくても大体把握してるし。」
〇〇「え、なんか言った?」
北斗「何も言ってない。早く曲決めろ。」
慎太郎「じゃあさ、椎名林檎の『ここでキスして。』は? これなら〇〇の得意なやつじゃん!」
慎太郎がニヤリと笑いながら、今度はそっちを提案してきた。
その曲名が出た瞬間、部屋の空気が一瞬だけ奇妙に張り詰める。
実は、SixTONESのメンバーである樹と慎太郎は、〇〇と北斗がキスをした事実をすでに知っている。でも、timeleszの風磨、勝利、原の3人にはまだその話をしていなかった。
樹「ぶっ……! おい慎太郎、お前それ今ぶっ込む?」
樹が慌てて持っていたグラスをテーブルに置く。
風磨「ん? なんだよ、樹。なんでそんな焦ってんだ?」
勝利「ただのリクエストでしょ? 〇〇、その曲歌えるの?」
何も知らない風磨と勝利、原は、不思議そうにこちらを見ている。
〇〇「えっ、あ、歌えるけど……!」
完全に不意を突かれて動揺する〇〇の隣で、北斗がウーロン茶のグラスをコトッと置いた。
北斗「……慎太郎。お前、後でマジで覚えとけよ。」
少しだけトーンの低い、でも確実に怒気を含んだ声で北斗は言う。
原「え、何? なんで北斗がそんなガチギレしてんの?」
風磨「おいおい、なんか俺らの知らない怪しい空気流れてんな? 白状しろよ。」
風磨が目を細めて、〇〇と北斗、そしてニヤニヤが止まらない慎太郎の顔を交互に見比べ始めた。
〇〇「な、なんでもない! 何もないから!」
〇〇は顔を真っ赤にして、ブンブンと激しく首を横に振る。
北斗「……別に。慎太郎がくだらないこと言ってるだけだから。」
北斗は平気な顔を装ってウーロン茶に口をつけた。でも、耳の裏側まで真っ赤になっているのを、隣にいる〇〇は見逃さなかった。
樹「いやー、なんでもなくはないよね。なぁ、慎太郎。」
慎太郎「そうそう! むしろ大ありの、特大案件だから!」
樹と慎太郎は肩を組んで、ニヤニヤしながらこちらを煽ってくる。
原「え、何マジで? 〇〇の顔の赤さ、尋常じゃないんだけど。」
勝利「北斗くんも、平気そうにしてるけど耳赤いよ? 何か隠してるでしょ。」
風磨「ほら、お前ら観念して吐け。何があったんだよ。」
風磨が完全にロックオンした目で、ニヤニヤする樹と慎太郎を問い詰め始めた。
風磨「おい、樹、慎太郎。お前らから言ってもいいんだぞ?」
風磨の目が、完全に面白がっている時の鋭い目になる。
樹「いやいや、俺らからは言えないって。なぁ? 本人の口から聞きたいよな。」
慎太郎「そうそう! ほら、〇〇! もしくは北斗! 早く言っちゃえよー!」
原「なになに、何があったの? 気になりすぎて歌どころじゃないんだけど。」
勝利「〇〇、大丈夫? 顔、さっきより赤くなってるよ。」
周りからの逃げられない包囲網に、部屋の中は完全に「早く言え」という空気で満たされていく。
北斗は完全に諦めたように深いため息をついて、額を手で覆った。
北斗「……勝手にしろ。俺はもう知らないから。」
隣の北斗が戦線離脱したのを見て、〇〇は観念して小さく息を吸い込んだ。
両手のひらで真っ赤な頬を押さえながら、ソファーの端っこに少し身を縮める。
〇〇「……その……っ、この前……」
風磨「ん? 聞こえねぇ、もっとでかい声で。」
〇〇「……北斗と、キス、した……」
消え入りそうな小声でそう呟くと、〇〇は恥ずかしさのあまりデンモクに顔を埋めた。
風磨「よし、これは即共有だな。」
風磨がニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、猛烈な勢いでスマホを叩き始めた。
風磨『【超特報】北斗、〇〇にキスしました。さらに「好き」と自白。現場からは以上です』
勝利『ちょっと風磨くん、送信早すぎ!……あ、既読ついた』
原『嘘じゃないですガチです。今カラオケで本人たちの口から確認しました!!!』
スマホの画面の中で、timeleszのグループライン(〇〇、風磨、勝利、松島、原、篠塚、寺西、猪俣、橋本)の通知が恐ろしい速度で跳ね上がっていく。
松島『えええええええええ!?!?!?!?ちょっと待ってパニック!!!北斗くんが!?〇〇に!?!?』
篠塚『え、マ!?!?!?ついに動いたんすか!?!?』
寺西『ちょっと詳しく。誰か最初から説明して。今すぐ行くわ』
猪俣『え、これマジなやつですか?お祝いの準備していいやつ?笑』
橋本『え、待って、キス!?!?北斗くんやるなぁ!!笑』
一瞬にして画面がタイムラインの祭り状態になり、〇〇は頭を抱えた。
〇〇「ちょっとみんな送るの早すぎだって!!!」
北斗「……お前ら、マジでいい加減にしろ。」
隣でスマホの画面を盗み見ていた北斗が、ついに限界を迎えたようにさらに低い声で呟く。でも、その顔は怒りというよりも、恥ずかしさで完全にゆでダコのように真っ赤になっていた。
〇〇「あーもう、この話は終わり!歌うから!私歌うから!」
これ以上追及されたら心臓が持たないと察した〇〇は、真っ赤な顔のまま慌ててデンモクをひったくった。適当に目に入ったアップテンポな曲を連打して、無理やり予約ボタンを押し込む。
〇〇「ほら、イントロ始まったし!みんなマイク持って!手拍子!」
完全に無理のあるテンションで部屋を煽り、イントロに合わせて強引に体を揺らし始めた。
慎太郎「あはは!〇〇、分かりやすすぎ!」
樹「完全に目が泳いでんじゃん。まぁいいや、乗ってやるよ!」
風磨「おい、誤魔化せんと思うなよ?この後じっくり吐かせるからな。」
勝利「あはは、〇〇頑張れー。」
風磨たちのニヤニヤした視線を浴びながら、〇〇はマイクを両手でギュッと握りしめて画面を凝視した。
隣の北斗はというと、完全に気まずそうに腕を組んだまま、絶対に〇〇と目を合わせようとせず、手元のウーロン茶の氷を無意味にカランと鳴らしていた。
〇〇は心臓をバクバクさせながら、大音量で流れる曲に合わせてがむしゃらに歌い始めた。陽キャの意地を見せるように、いつも以上に声を張って部屋を盛り上げようとする。
慎太郎「いぇーい!〇〇最高ー!」
慎太郎がタンバリンを激しく叩いてノリノリでコールを入れ、樹も「フゥー!」と声を上げて応える。
風磨と勝利、原の3人は、スマホでグループラインの爆速トークを追いかけながら、時折〇〇と北斗をチラチラ見てはニヤニヤと悪巧みのような笑みを浮かべていた。
〇〇「〜〜♪ ありがとうー!!」
なんとか1曲歌いきり、息を切らせてマイクをテーブルに置くと、すかさず風磨がスピーカーの音量を少し下げた。
風磨「はい、お疲れ。ナイスソング。で、さっきの続きだけどさ。」
〇〇「いや続きとかないから!今ので綺麗に流れたでしょ!?」
原「流れるわけないじゃん!なぁ北斗、お前男なら、ここできちんと『好き』って言い直せよ!」
勝利「そうだよ。〇〇だって、北斗くんの口からちゃんと言葉で聞きたいはずだよ?」
急に話を振られた北斗は、持っていたウーロン茶のグラスがカチャリと音を立てるほど一瞬ビクッと肩を揺らした。
北斗「……なんで俺が、お前らの前でそんなこと言わなきゃいけないんだよ。絶対に嫌だ。」
そう吐き捨てる北斗の耳の赤さは、さっきから一向に引く気配がない。
樹「お、北斗がガチで照れてる。レアすぎるだろこれ。」
慎太郎「北斗ー!男を見せろー!ほら、〇〇が待ってるぞー!」
〇〇「ちょっと慎太郎、煽らないで!私待ってないから!!」
顔から火が出そうなほど真っ赤になった〇〇は、もう一度デンモクを掴んで次の曲を入れようとしたが、その手を風磨にガシッと遮られた。
風磨「ダメー。次は北斗の番。ほら北斗、なんか歌え。感情込めて歌え。」
風磨が無理やりマイクを北斗の手に握らせる。北斗は信じられないくらい嫌そうな顔でマイクを睨みつけたあと、チラリと隣の〇〇を見た。
北斗「……お前ら、明日全員の靴にアロンアルファ流し込んでやるからな。」
低い声で物騒な脅しをかけながらも、北斗は渋々とデンモクを操作し始めた。
北斗が呪詛を吐きながら選んだのは、何とも言えない絶妙なミディアムテンポの懐かしいJ-POPだった。イントロが流れると、部屋の全員が「そう来るか」という顔で静まり返る。
樹「お、北斗の十八番じゃん。ガチじゃん。」
風磨「おいおい、そんな切ない声で歌うなよ。感情入りすぎだろ。」
北斗は完全に周りの声をシャットアウトして、画面だけを見つめて歌い始めた。低いけれど少し甘さのある独特の歌声が、狭いカラオケルームに響く。いつもはクールに構えている北斗が、明らかにいつもより少しだけ熱を帯びた声で歌っているのが分かって、〇〇の心臓はさっきから破裂しそうだった。
〇〇「(……無理、直視できない……)」
〇〇は手元のグラスを見つめたまま、完全に固まってしまう。歌詞の端々にある「君」という言葉が、今の状況のせいで全部自分に向けられているように思えて仕方がなかった。
慎太郎「ヒュー!北斗、こっち(〇〇)見ろよ!」
原「今ちょっと目が合った!絶対今〇〇のこと見たって!」
勝利「あはは、原ちゃん
静かに。北斗くんが歌に集中できなくなっちゃう。」
サビに入ると、北斗は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、隣に座る〇〇の方に視線を落とした。目が合いそうになって、〇〇が慌てて顔を伏せると、マイク越しに北斗の小さな、本当に微かな笑いを含んだ吐息が聞こえた。
北斗「〜〜♪ ……ありがとうございました。」
曲が終わると同時に、北斗は投げ捨てるようにマイクをテーブルに置いた。
風磨「いやー、ごちそうさまでした。満足です。」
樹「お前らもう明日から付き合えよ。めんどくせぇから。」
北斗「……うるさい。お前ら、もう帰るぞ。」
完全に限界を迎えた北斗が、まだ真っ赤な耳のまま、立ち上がって上着を掴んだ。〇〇もそれに便乗して「あ、私も帰る!」と立ち上がると、風磨たちが最後まで「お幸せにー!」とニヤニヤしながら手を振って見送ってくれた。
バタン、とカラオケの重いドアが閉まった瞬間、部屋の中は一気に爆笑の渦に包まれた。
風磨「いやー!見た!?あの北斗の真っ赤な耳!傑作すぎるだろ!」
慎太郎「あはは!〇〇も顔爆発しそうだったよね!超面白かった!」
樹「てかさ、あいつらまだ『好き』って言葉はお互い言ってねぇんだろ?じれったすぎんだよ。」
原「確かに。北斗があそこまで認めてるなら、あとは時間の問題だけど……男からちゃんと言わせたいよな。」
勝利「あはは、みんな悪い顔になってる。でも、ちょっと応援したくなるね。」
風磨がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、テーブルをバンと叩いた。
ーーーーーーーーー
SixTONES&timelesz のグループLINE(北斗と〇〇はまだ追加されてない)
風磨「よし、作戦会議だ。題して『ツンデレ北斗に男を見せろ、ちゃんと好きって言わせよう計画』!」
樹「お、いいね。具体的にどうすんの」
慎太郎「場所重要だよ。普通の居酒屋とかじゃ北斗のやつ、また煙に巻いて逃げるぜ」
ジェシー「じゃあさ、最近話題のプライベートで水族館を借りれるところは?」
きょも「あ、それ知ってる。貸し切りにできるから周りの目も気にしなくていいよね」
髙地「最高じゃん。15人でそこ行って、最終的に二人きりにさせる空間作ろうよ」
風磨「決まりだな。全員の次のオフ、何が何でもここで合わせるぞ」
コメント
6件
やっと来た!!!! 結果が待ち遠しい...т т また、timelesz×SixTONES(北斗&〇〇)抜きで、何かやってるよ笑。 次がほんっとに楽しみ!! いつもの、楽しみがこれ!!!! また、楽しみにしてる!
うわっ……ついに来たか、って感じの第107話……! 北斗、ずっと我慢してたんだなってのが痛いほど伝わってきて、キスのシーンは心臓がバクバクしたよ。鼻先にチューしてからの本命キス、あれ反則技すぎるでしょ(笑) でも、その後しっかり逃げずに向き合おうとする〇〇の成長も感じたし、廉との再会話も切なくて……。 この三角関係、めっちゃ気になる。次の展開が待ちきれないです!