テラーノベル
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「リリー。貴女に、正々堂々と勝負を申し込みますわ」お昼休み。いつものようにミーシャたちと賑やかにランチを楽しんでいると、取り巻きを連れたアリーシャ姫が突然目の前に現れ、澄ました声でそう言い放った。
「え……?」
一瞬何を言われたのかが理解できず、私の頭の中は真っ白になった。
「最近、あなたが妙な音楽を演奏していると聞きましたの。お父様が“とても素晴らしい演奏だった”と、何度もあなたのことを褒めていらっしゃるのよ」
アリーシャ姫の声音には、隠しきれない悔しさと嫉妬が滲んでいた。きっと、普段自分に向けられるはずの国王の関心が私に向いたことに、激しく腹を立てているのだろう。
「そこで来たる学園祭で、わたくしと演奏勝負をしてもらうわ。ルールは簡単。それぞれの演奏が終わった後、観客の皆様にどちらが良かったか投票してもらうだけ。……まあ、わたくしにとって音楽なんて、嗜み程度の簡単なものですけれどね」
オホホホと高らかに笑うアリーシャ姫。まるで、最初から自分の勝利が決まっているかのような絶対の余裕を見せつけている。
明らかに煽られている。これは、決して乗ってはいけない勝負だ。
きっと裏で根回しもされているだろうし、もし負ければ、私はこの学園でさらに孤立することになるかもしれない。
それに――何より、音楽で勝ち負けを決めるなんて。
音楽は誰かと優劣を競い合うための道具じゃない。
音を奏で、互いを称え合い、心を分かち合うためのものなのに。
──それでも。
私が大好きな音楽を、そんな風に軽々しく侮られるのは…………どうしても、嫌だ。
「……分かりました。その勝負、お受けします」
────────
「アリーシャ様と勝負をすると聞いたのですが、本当ですか?」
午後の授業で一緒になったセシルが、いつもの穏やかな声でそう尋ねてきた。
彼はいつも通り丁寧で品のある態度だったけれど、その美しい瞳は、ほんの少しだけ陰りを帯びているように見えた。
「……ええ。学園祭で演奏勝負を……と言われてしまって」
私は困り顔でため息混じりに答える。
噂好きなアリーシャ様のことだ。すでに学園中にこの勝負の話を言いにふらしているという話は、私の耳にも届いていた。
「アリーシャ様はもう、勝利を確信しているみたいですね。かなり自信たっぷりのご様子でしたよ」
セシルが、どこか諦めを含んだ苦笑いを浮かべる。
「……何か、僕に手伝えることはありますか?」
一瞬だけ、彼のその温かい申し出に心がほっと解きほぐされるような感覚があった。
でも、彼のその優しさに甘えてばかりいてはいけない気がして、私は静かに首を横に振った。
「大丈夫ですよ。なんとなく、どんな曲にするか目星は付いているので」
「……そうですか」
セシルは何も言わず、ただ静かな微笑みだけを残してその場を離れていった。
(どうして、彼女はこんなにも強く、気高く美しいのだろう――)
去っていく彼女の背中を見送りながら、セシルの胸の奥では、声にならない切ない想いがそっと揺れていた。
手を差し伸べれば届く距離にいるのに、彼女の視線の先には、もう自分ではない「誰か」が遠く映っている。
それでも。自分にできることがあるのなら。
ほんの少しでも、彼女の力になれるのなら。
たとえこの恋心が永遠に届かなくても――それでいいのだと、セシルは自分に静かに言い聞かせていた。
────────
「……とは言ったものの」
勝負を受けると宣言してから、一週間。
披露するための大切な曲のメロディーが、一向に浮かんでこない。
頭の中で歌詞のフレーズはなんとか形になりつつあるのに、それに重なる肝心の旋律が、どうしても決まらないのだ。
私には、ゼロから曲を生み出すような作曲の才能なんてない。
──あれ?
(私……こんなこと、前にもどこかで言ったような……?)
一瞬、強烈なデジャヴが頭をよぎった。
いや、今はそんな余計なことを考えている場合じゃない。気分転換に図書室へ行ってみよう。何か作曲のヒントになる本があるかもしれない。
「相変わらず、ため息が出るほど広いわね……」
教室の何倍もの広さを持つ静まり返った大図書室は、ここに来ればどんな悩みも解決できるような気にさせてくれる。
「音楽の本……どの棚かしら」
目的の棚を探して奥へ奥へと足を進めていると、本棚の最下段の隅に押し込まれるように眠っていた、一冊の古ぼけた楽譜が目に留まった。
「……これは?」
紙はすっかり黄ばみ、インクは滲んで作曲者の名前すら判別できない。けれど、そこに記された記号が、この国の文字ではなく『異国の文字』であることだけははっきりと分かった。
「この文字……なんて書いてあるのかしら……」
だが、不思議と懐かしい気持ちになった。読めない文字で書かれた楽譜。手に取った瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるような、愛おしい懐かしさがこみ上げてきた。
「この曲を作った人に……会ってみたいわ」
楽譜を部屋へ持ち帰り、導かれるように楽譜を広げ、楽園から借りていたギターで音を奏でる。
──•¨•.¸¸♬︎
繊細で、どこか切なく温かい音が指先からこぼれ出し、静かな部屋に響く。
気がつけばリリーは楽譜から目を離し、吸い寄せられるように指を動かしていた。一度も弾いたことがないはずなのに、指が、身体が、その旋律を記憶しているかのように。
美しい音の余韻に耳を澄ませていたその時、弦を押さえる自分の手に、ぽたりと温かい雫が落ちた。
48
#異世界転移
花月夜れん
2,497
103
「……え?」
涙だった。
「どうして……? おかしいわ、涙が……止まらないの……」
胸が苦しくなる。張り裂けそうなほどの、愛おしさと切なさが押し寄せてくる。
──『俺たちの目指すのは“世界”だ! 作曲なら俺に任せろ。絶対にお前を輝かせるいい曲を作ってやる!』
誰……? その声……。
頭の中に、心の中に、直接響いてくる。
私の中に、ずっと……ずっと昔からいた、大切な人……?
ああ、会いたい。今すぐ会って、声を聴いて、話したい……!
──『な? 相棒!』
夢の中で何度も何度も聞いた、大好きなあの声。胸が激しく高鳴る。
誰……? 私……私は、一体誰なの……!?
──『鈴!』
「……は……隼人……?」
──『鈴ちゃん!』
「あ……明里……の、声……?」
──『鈴』
「怜央……っ!」
名前が、音が、溢れ出す思い出の奔流が、私を呼んでいる。
ああ、やっと……やっと思い出した。そうか。そうだったんだ。『Re:note』の、ボーカル。如月鈴。
眩しいスポットライトの光の中、汗のにじむ手で強くマイクを握りしめていた。
ステージの上手で、信頼を込めた瞳で笑っていた怜央。力強くドラムを構える隼人。笑顔でリズムを刻む明里。
手のひらに残る熱量。胸が破裂しそうだったあの歓喜の鼓動――。
そして、耳を突く万雷の歓声。拍手。温かい涙。
「私……歌ってた。みんなと……ずっと、一緒に……!」
どうして……今まで忘れていたの?
あんなに愛おしくて、かけがえのない、幸せな日々を――
絶対に忘れちゃいけない、世界で一番大切なあの音を。
今すぐみんなに会いたい……! みんなのところへ駆け出したい……!
瞳から涙があふれて止まらない。
今まで私の心に固く鎖をかけて閉じ込められていた何かが、激しい濁流となって一気に溢れ出していた。
コメント
1件
ああもう、もう……! 図書室で見つけた古い楽譜から溢れ出した記憶の奔流、すごすぎました……。リリーが「隼人」「明里」「怜央」って名前を呼ぶ場面、胸が張り裂けそうになりながら読んでいました。音楽で優劣をつけるなんて嫌だ、って言いながらも勝負を受けた強さと、その後に待っていた自分自身との再会。一曲の旋律が封印していた自分を取り戻す、その描き方が本当に繊細で美しかったです……!