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「美味しかったぁ」
「ボクお腹いっぱい……」
真珠の湖畔を底まで呑み尽くしたオレ達。
栄養補給完了という訳だ。
勿論オレが一番飲んだと自負してる。当然だ。
落ち着いた事だし、もう一度自分の置かれた状況を整理してみよう。
此所は辺獄である事に間違いはないが、まだ地獄ではない事も確かだ。
獄卒はミーノスにカロン、そしてオレ等を此所に連れて来た張本人の二人の男女。現在はこの四人だけだ。
改めて裏の笑みをオレ達に向ける、男女二人にオレは目を向けた。
ふん、男の獄卒は弟のミーノスとは違い、スラリとした痩型だな。
黒いストレートパーマや、黒ずくめの革系衣服とは対称的な色白の肌は、バイカーもどきというよりは、ヴィジュアル系もどきに近い。
人間の基準では、これが良い雄の条件に入るんだろうな。
オレには理解に苦しむ。
さて女の方はだ。不覚にも女神に見えてしまい、オレとした事がときめいてしまった。
だが冷静になってみると、それは只の吊り橋効果に過ぎなかったのだ。
オレは少し安心する。オレ等気高き猫は、人間になびく事は許されない。
「ご主人様ぁ~」
「ママぁ~」
まあこんな例外もいるがね。コイツらとオレが血の繋がりが有る等、現代のミステリーだ。
此所が辺獄である事もすっかりと忘れ、能天気になつく兄弟達を両手で包み込む自然な栗色の長い癖毛が特徴的な、一見すると少女の割には母性本能溢れるように見えなくもない女獄卒。
だがこれはきっと仮面の上辺。様々な経験遺伝子で培われた、オレのキャッツアイは誤魔化せない。
そこで両手に力を入れれば、兄弟達はあっさりジエンド。身を任せる気が知れない。
それにしても――オレは辺獄の地、獄卒連中の屯所内を見回す。
……正気かオイ?
古き良き木造建てと言えば聞こえは良いが、単なる古臭いだけだ。
典型的な田舎の“おばあちゃん家”で、戦後にでもタイムスリップしたのかと錯覚してしまう。
人類が宇宙に行く時代だというのにナンセンスだ。
老害なカロンはまだしも、若い衆が住むには余りに場違い感が否めない。オレはこんな所に強制在住させられるのか……?
唯一の救いは今にも崩れそうな柱が、爪研ぎに最適そうなだけだ。
否、絶望に浸るのはまだ早い。
まだ此所の主が姿を現していない。
女のポエムが事実なら、此所は祖母が支配しているはずだ。
祖母の裁定で全てが決まる。
オレ等、というよりオレの命運は、その一点のみに託すしかなかった。
『あっ、おばあちゃん帰って来たみたい』
ガラガラと開かれる古びた地獄門。つまりは閻魔大王の凱旋である。
辺獄の空気が一瞬で張り詰めていく。
「ご主人様の更に、ご主人様が帰って来たのね」
「き、緊張するね……」
この馬鹿共は閻魔に気に入られようと、行儀良く座って希望に目を輝かせている。
この猫被りめ。そんな策を労した処で、罪一等が軽くなる訳が無い。
閻魔に慈悲は存在しないのだ。有るのは断罪の決定のみ。
『ただいまぁ。おおシンちゃんいらっしゃい』
ドスの効いた年輪重ねの声と共に、閻魔はゆっくりと屯所内に上がり込んで来た。
何という威圧感。
オレの全身が金縛りにあったかのように動けないのは、何も緊張によるものだけではない。
閻魔大王から発せられる、底知れぬ強大な“気”がオレを縛りつけているのだ。
オレの脳内に最大警報が鳴り響く――
※※※※EMERGENCY※※※※
こいつは“危険”だと。カロンの比じゃない。
『んんっ! それは?』
閻魔がオレ達に気付き、目を向けた。
正に蛇に睨まれた蛙の構図。ひとたまりもないだろう。
カロンと同じしわくちゃだが、横に太い体格のそれは冥王の威厳。
『この子達捨てられてて……。ねぇおばあちゃん、家で面倒見ていいでしょ?』
女神が裁判長に弁護する。きっと無駄だろうが願わずにはいられない。
裁判の席に起つ死刑囚は、きっとこんな心境なのだろうなと、オレは他猫事ながらにそう思った。
『リョウは優しいねぇ……。いいよいいよ、家族が増えるのはおばあちゃんも嬉しい』
『やったぁ!』
何だと? 意外な展開にオレの右脳は思考を遮断。
“逆転裁判。判決無罪!”
つまりは地獄行きではなく、地獄の獄卒、住人として働く事が決まったのだ。
しかし翌々考えるとそれは無罪というより、執行猶予付きの無期懲役である事に気付く。
だが一先ずの安住を得た事は間違いなかったのだ。