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師匠の死後、弟子たちは皆、散り散りになっていった。
道場は二人のベテラン弟子が、師匠の遺志を継ぐべく切り盛りし、後輩たちの殆どはみな、里親に預けられたり、進学や就職とともに、表社会に出ていったりした。
兄の存在と、13歳の頃のおじさんの件故に、裏社会にしか生きる道の残されていなかった私は、これからは復讐屋として、生計をたてることにした。
しかしどんな復讐も請け負うわけではない。
たくさんの罪なき人を殺めた兄を、許すことができなかった私は、自分は同じようになるまいと、依頼を受ける条件を定めることにした。
剣の技術を私に与えてくれた飛鳥馬師匠と、そこへ私を導いてくれた金髪の男には、感謝してもしきれない。
もちろん彼らは、私にこんなことをしてほしいなどとは思っていないだろう。
しかしあの時既に裏社会にしか居場所のなかった私にとっては、今更真っ当な道を歩むなど、無理な話だ。ならば、せめても、任侠を重んじる復讐屋になるしか、二人の恩義に報いることはできなかった。
身の保全のため、既に人斬りで有名になっていた兄との血縁をさとられぬよう、やむなく名を偽り、五月女(さおとめ)ユリ、と名乗った。
復讐屋を始めるにあたって、最初の問題は、シノギの場所であった。目星をつけていた場所の周辺には二組、有力な極道がおり、少なくともそのどちらか一組のシマで、依頼を遂行したり、客と交渉したりする許可を得る必要があった。
まずは組に渡りをつけてもらうため、情報屋や毒使い、武器屋などの知り合いを作った。
情報屋の千賀は、この界隈の情報屋たちと仲がよく、人脈づくりに大いに協力してくれた。千賀のつてで知り合った、毒使いの敷島は、両組かかりつけの闇医者の旧友で、薬草から違法薬物まで、あらゆる毒と薬の知識を持っていた。武器屋の葛飾は、口の硬い信頼できる人格と、また両組の武器調達に関わっているとして、心強い支えとなった。
これらの仲間たちの協力により、まず一つ目の組から信用を得た私は、ある日の午後、組の応接室で、眼鏡をかけた男と、その兄貴分である男に面会した。
「大変おまたせして申し訳ありません。兄貴の方は今帰りまして、すぐに参ります。」
眼鏡の男はそう言うと、ぴしっと着こなした白い上衣を伸ばしてから、私に頭を下げた。
しばらくして部屋に入ってきた、兄貴と呼ばれている男を見たとき、私は思わず声をあげそうになった。
すらりとして、眼鏡の男よりもやや上背のあるその男は、きっちりと固めた金髪と赤い上衣、そしてピッタリとした黒いズボンを身につけ、こちらを見るとほんの一瞬、驚いたような顔を見せた。
当時はこの男の名さえも知らなかったが、おじの家から逃げてきた私を、飛鳥馬師匠に渡りをつけ、さらには家のことも片付けてくれたのは、間違いなくこの男だ。
「お前さん…」
「兄貴、五月女さんのこと、何かご存知なのですか。」
「うむ、昔、この子がまだ子供だった頃だ。」
「あの…!その節はどうも、お世話になりました!」
私は改めて、男に深々と頭を下げ、礼を述べた。
「ふっ…。もう気にしなくて良い。できることをしたまでた。五月女、ユリ…ねぇ。うちのシマで、復讐屋をやりたいというのか。」
「はい。」
「兄貴、この方が協力してくださるのは、我が組にとっても有力かと存じます。」
「うむ。たしかに、お前の言うことも一理ある。だが…。」
そこまで言いかけると、男は顔を曇らせた。
「五月女さん。やむを得ぬ場合のシマ内への立ち入りは許可する。しかし、本格的なシノギやコロシは、すまないが他でやってくれ。」
組の中では、兄貴の命令は絶対だ。眼鏡の男も、頼み事をする立場の私も、反論はできない。
「かしこまりました。本日はお時間頂き、誠にありがとうございます。」
私はもう一度丁寧に頭を下げ、一つ目の組をあとにした。
もう一方の組の者には、割と簡単に会うことができた。無論、仲間たちの協力のおかげだが、その組のシマは、私がいつも通る大通りのすぐ裏にあったのだ。
いつも通り、その組の、シマの見回り役の男が現れる。
私は人目につかない路地裏で、その男を呼び止め、事情を説明した。
すると事務所へ連れて行かれ、2、3人の兄貴分を交えての話し合いになったが、皆、快諾し、仁義を踏まえたものや、無関係のカタギに危害を加えないという条件のもと、仕事をする許可を頂いた。
こうして、私はその組のシマの境界で、本格的に復讐屋を構えることになった。
復讐屋の仕事を始めて半年ほど。
いつも、依頼人の話を聞いたあと、依頼者を指定した場所に呼び、報告等を行う。今日も依頼人と別れ、大通りを歩いていたときのこと。
今まですれ違っていた見回り役の男とは違う、見慣れない男が歩いてきた。
その男は私の前で立ち止まると、たくましそうな笑顔を向け、私に会釈した。
話によれば、男は最近組に復帰し、前の男に代わって今日から新しくここの見回りの担当になったという。
この男の話が本当かどうかは、その目と口元を見ればすぐわかった。屈強で、たくましい笑顔と、それでもどこか温かみを残した瞳は、任侠者らしい、優しさと誠実さを物語っている。
私は男に、笑顔で挨拶を返した。
「では、またお会いすることがありましたら、その節はどうぞよろしくお願い致します。」
そして最後にこう付け加えると、心の奥にほんのり残るなにか温かいものを感じながら、私は隠れ家に戻った。