復讐といっても、その内容は様々だ。
無論、表社会では口に出せないような依頼がほとんどなので、大半はコロシの依頼なのだが、その方法は、恨みの数だけある。
単に刀で斬り殺してくれというものもあるが、中でも多いのは、浮気、不倫などの恨みに対する、恋愛工作だ。
これには千賀、敷島、葛飾らはもちろん、シマ内の風俗店やホテルの協力が不可欠になる。
例えば、妻を蔑ろにして浮気を繰り返すような夫を成敗してくれと言われた際には、
まずは千賀に、ターゲットの職場、行動、交友関係、そして趣味や性癖まで綿密に確認する。
その後、王道のパターンとしては、ターゲットの行きつけの店へ行き、偶然を装ってターゲットに近づくわけだが、
このとき、事前に店の協力を得ることができたならば、予め偽のボーイやキャストを仕込んでおき、ターゲットの飲み物に毒薬を混ぜておく。
もしもそれが不可能ならば、奴の目を盗んで、私自身が敷島からもらった毒薬を忍ばせる。
ターゲットの判断力を鈍らせた所で、予め話をつけておいたホテルに誘導し、下着の内側に仕込んでおいた注射針で、さらにターゲットを昏睡させるための、強い薬を打ち込む。
この薬には麻酔としての効果もあり、ターゲットが動かなくなったら、私は闇医者に電話をいれる。すると闇医者のアシスタントが駆けつけ、利用できる臓器を全て取り出した後、ターゲットの亡骸もろとも、回収するというカラクリだ。
ハニートラップや毒薬を使った工作は、正直あまり好きではない。人間の欲につけこむ環境が整いさえすれば、誰でもできるような仕事だからだ。
道場や裏社会で磨いたコロシの技術を、いかにターゲットやカタギに見つからぬように使うか、そのような知恵と体力が試される仕事のほうが、ハニートラップの、何倍とおもしろい。
そんなことを考えていたときのこと。
私のもとに、千賀から一本の連絡が来た。
結婚を前提に付き合っていたはずの女に、高額なプレゼントを度々買わされた挙げ句、ある日突然複数の男たちに押し入られ、殴る蹴るの暴行を加えられたという男からの依頼だった。
美人局による詐欺か。よくある話だ。まずは詐欺師の女を毒薬かチャカで消し、背後の男たちには同じ目に合わせた挙げ句に息の根を止める、といういつものパターンを思いついたのだが、今回のターゲットは、とある小規模半グレ組織の女1名と、男2名ということがわかり、いつもと違う作戦に出た。
その半グレたちは、毎晩繁華街に繰り出し、詐欺のカモをねらっているという。近頃は、セミナー勧誘という名目で、街頭で通行人を呼び止めていた。
今日も、ターゲットの男2名が堅気の人間を呼び止めて、どこかへ連れて行こうとしていた。
私はすでに調べ上げられた奴らの行動パターンをもとに、奴らの行く場所へ先回りする。
風俗店の裏側の、細い路地に差し掛かったところで、
「あんた、何してんの?」
ターゲットである、半グレの女が待ち構えていた。しかし怖い男の存在をちらつかせてしか、商売ができない女など、恐るるに足らない。
残りの2名の半グレがまだ到着していないことは、すでに計算済み。
「あら、運のいいお方…。突然だけど、中、見せてぇ!」
私は一瞬で剣を抜き、ターゲットの女を仕留めた。
兄の真似が、こんなところで役に立つとは、思いもよらなかった。無論、遺体は発見されないように、きちんと処理する。
しばらくして、路地の反対側から、ターゲットの半グレ2名が到着する。私は風俗店の隣りにある、一軒のビルの螺旋階段を登り、高いところから奴らを観察した。
やがて、今回カモにされたのであろう堅気の男が、半グレ2名らから逃れようとする。すると半グレたちは、堅気の男に暴力をふるい始めた。
ターゲットはまだ、私の存在に気づいていない。
半グレのうちの一人が、堅気の男を引っ張りながら、私の隠れている場所の真下にやってきた。そしてもう一人が、堅気の男に殴りかかる。
チャカで仕留めるのが一番簡単なのだが、繁華街の裏路地でチャカを抜けば、銃声を聞きつけた者たちが駆けつけて騒ぎになるだろう。そうなると少し都合が悪い。
私は、目の前にある風俗店の看板に目をつけた。コードを切ることができれば、ネオン管が落下し、半グレ共に命中させられる。
私は懐から、よく研いだ小刀を取り出した。
螺旋階段をつたって風俗店の屋上に飛び乗ると、看板に手を伸ばし、まずは素早く電気コードを切る。
バチバチッと音を立てて、看板の光が消えた。
おやっ、という様子で、ターゲットうちの一人が顔を上げる。私はその瞬間、外れかけた看板を勢いよく蹴ってターゲットの上に落とした。
グワァァァ!
汚い悲鳴を上げて、堅気の男を袋叩きにしていた半グレのうちの一人が潰れる。
堅気の男は、奴の身体が盾となり、怪我を免れた。
慌てて逃げようとしたもうひとりの半グレを、手に持っていた小刀を投げて仕留めようとしたとき、路地裏に、二人の男が駆けつけてきた。
見ると、いつも会うシマの見回りの男と、その舎弟と思われる、髪の長い男だ。
髪の長い男が、逃げようとしていた半グレを勢いよく殴り、地面に叩きつける。半グレは一発で動かなくなった。
それから髪の長い男は、被害にあっていた堅気の男を助け出し、肩に担ぐと、シマの見回りの男に何やら声をかけてから、立ち去っていった。おそらくは、病院へ連れて行くのだろう。
残されたシマの見回りの男は、倒れた半グレ共をしばらく観察していたが、やがて、
「そこに、いるんだろう?」
と声を上げた。
私は驚きのあまり、うっかり螺旋階段から足を滑らせそうになった。
「まさか、お前もこいつらを追っていたとはな。」
男はなおも続ける。しかし男の目はまだ、キョロキョロと私を探している。幸い、気配は見破られていても、姿までは見られていないようだ。
「見苦しいものをお見せしてしまって、誠に申し訳ございません。この者たちは、今回の私の、ターゲットだったんです。」
そう言って私は螺旋階段から地面に降り立ち、男の前に姿を見せた。
「そうか。奇遇だな。俺達もちょうど、こいつらを追っていたところだ。」
どうやらターゲットたちは、詐欺の他にも様々なシノギで、シマ内を荒らしていたようだ。
「お前が、噂に聞いていた、復讐屋の五月女さんだったんだな」
「…はい。」
すると男の方も改めて自分の名を名乗り、
「では、これからもよろしくな。」
と笑顔で告げた。
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