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部屋に戻ったシャーリィはベッドに腰かけた。その隣にルイスが腰かける。
「大丈夫か?シャーリィ」
「心配をかけてしまいましたね、ルイ。全く情けない。覚悟をしていたつもりだったのに、この体たらくです」
俯くシャーリィに、ルイスは声をかける。
「いや、仕方ねぇよ。自分の親が死んで平気な奴なんて……まあ、親が酷い奴以外は居ないさ」
「それでもです。レイミが無事でした。セレスティン、ロウ、エーリカも生きていた。だから私は、実は皆生きているんじゃないかと。この世界は意地悪だと理解している筈なのに」
顔を上げて悲しげに見つめるシャーリィに、ルイスも言葉をつまらせる。
「シャーリィ……」
「レイミにも辛い想いをさせてしまいました。今夜だけは……お父様に対して祈りたいと思います。皆には迷惑をかけます」
「迷惑なんかじゃかいさ……無理してないか?」
「……分かりません。さっきは私の意思に反して涙が流れました。むりをしているのかもしれません」
「俺には親が居ないから分からねぇけど……傍に居るからな」
「……ありがとう」
しばらく二人は無言だったが、ルイスが口を開く。
「なあ、シャーリィ」
「何ですか?」
「気晴らしになるか分からねぇけど、親父さんの事を教えてくれないか?会ったことはないけど……挨拶とかしたいしさ」
「……そうですね。では、ルイ。気晴らしに聞いてくれますか?私のお父様の事を」
「ああ、もちろんだ。聞かせてくれ」
シャーリィは静かに語り始める。お優しく穏やかで、誰よりも尊敬できる父の事を。
「知名度から言えば、お母様が圧倒的でした。帝国最大の異端児なんて呼ばれていましたね。荒事になると真っ先に飛び出していくお母様に、お父様はいつも振り回されていた印象ですね」
「なんだろうな、親父さんの気持ちが良く分かるぜ」
「失礼な、私はお母様みたいに荒事は得意でありません」
「突拍子もないこと始めるのは毎日だろ」
「むう……。そんなお父様でしたけど、貴族らしい特権意識は薄かったですね。領民と一緒に汗を流すことに躊躇はありませんでしたし、当時名前が知られ始めていた『ライデン社』と早くから関わりを持とうとした人です」
「じゃあ、シャーリィの『ライデン社』贔屓は親父さんの影響か?」
「否定はしません。お父様を通じて『ライデン社』の製品や考え方に触れる機会はありましたからね」
「新しい考えを持ち込む。親子似てるって事だな?」
「確かに似ているかもしれません。お父様も保守的な貴族や皇室に敵は多かったと聞きましたから」
「それでも気にせず押し通したんだろ?」
「その結果があの惨劇です。ですが、お父様は最後まで信念を貫いた。『ライデン社』の知識や技術が帝国を豊かにすると確信していました。そして、私はそれを証明しました。皮肉なことに、暗黒街でね」
「誇りに思うか?」
「もちろん。亡くなってしまったのは悲しいですが……お父様の信念には尊敬しかありません」
「そっか……墓はあるのか?」
「わかりません。明日、聞いてみるつもりです。もし無いなら、『黄昏』に作ろうと思います。公には出来ませんから、ひっそりとした作りになると思いますけど」
「墓があっても作り直せば良いさ。変な場所より、お前の側の方が親父さんも喜ぶと思うしさ」
「ふふっ、それは明日聞いてから決めます。今は……この感情に向き合いたいと思います」
「ああ」
シャーリィは静かにルイスの胸に顔を埋めて涙を長し、ルイスもまた優しく彼女を抱き留めた。
同じ頃、シェルドハーフェン六番街にあるカジノ『オータムリゾート』本店の執務室。
本日の業務を終わらせたリースリットは、いつものようにテーブルに座り『暁』から提供されている果物を搾った果汁ジュースを堪能していた。
至福の時間を過ごしていると、レイミが入室してきた。
「よう、レイミ。おつかれさん。レイミも飲むか……っと?」
入室したレイミは歩みを止めずにリースリットへ近付き、そして抱きついた。
「……どうしたんだ?レイミ」
「ごめんなさい、リースさん。少しだけ、このままで……いさせてください……」
レイミの身体が僅かに震えているのを感じたリースリットは、何も言わず彼女を優しく抱きしめた。
どれ程の時間が経過したか。落ち着きを取り戻したレイミは、そっとリースリットから離れて恥ずかしげな頬を紅く染めた。
「もう良いのか?」
「はい……お恥ずかしいところをお見せしました」
頬を染めながらも笑みを浮かべるレイミ。その頬には僅かに涙の跡が残されていた。
「たまには甘えてくれて良いんだぜ?ほら、座りな。そして飲め」
リースリットは応接用のソファーに座って手招きしつつ、新しいグラスに果汁ジュースを注いだ。
「ありがとうございます」
レイミは手招きに応じてリースリットの向かいに腰かけた。
「となりでも良いんだぜ?」
「それは流石に恥ずかしいです」
「なんだよ、別に良いのに。それで、何かあったのか?」
グラスを手渡しながら尋ねるリースリットに、レイミは答える。
「先ほどお姉さまから連絡がありまして、確かな筋の情報としてお父様が亡くなったことを確認できたと」
「親父さん、死んでたか」
「はい。私も覚悟はしていましたが、どうしても……」
「当たり前だろ、屑でも無い親父が死んだんだ。それで悲しまない奴なんか私は信用したくないな」
「ええ、柄にもなく泣いてしまって……」
「人肌が恋しくなってきた、か?」
「まさしくその通りです」
リースリットが悪戯っぽく笑い、レイミが恥ずかしげに笑う。
「で、犯人は?分かってるなら今からぶっ殺しに行こうぜ」
「残念ですが、分からないままです。それどころか帝室が関与している可能性すら現れました」
「それはまた、特大の厄介事じゃねぇか」
「その通りです。貴族が関与しているのは予測していましたが、帝室までとなると」
「諦めるか?私は別に良いんだぜ。ここで幸せな毎日を送らせてやるくらいの甲斐性はあるんだからな」
「それも魅力的ですが、どうしても許せないので頑張ってみます。リースさんや『オータムリゾート』には迷惑をかけないように立ち回るつもりですよ」
「いくらでも手伝ってあげるからね。シャーリィにも伝えといてくれ」
「はい」
「まあ……今夜は親父さんのために乾杯しようぜ。難しい話は明日から。今日くらいは、ゆっくりしていきなよ」
「それでは……我が儘をもうひとつだけ……今夜は一緒に眠って良いですか……?」
レイミの極めて珍しい上目遣いに内心狂喜乱舞するリースリット。
「もちろん。今日だけと言わずに毎日でも良いんだよ?」
「今夜だけですっ!」
二人の親子は互いに笑いながら夜を過ごした。レイミは親代わりの温もりを感じながら、静かに父との想い出に浸るのだった。