沙羅の声がハラハラと震えた
「ねっ・・・音々ちゃん! 無理ならやめてもいいのよっ!」
沙羅の目には心配が滲み、緊張しすぎて声は上ずっていた、隣に立つ健一も額に汗を浮かべながら言った
「そっ・・・そうだよ! 怖くないかい? あんな5万人の前で歌うなんて! 君はまだ子供だよ! も・・・もしっ、失敗したら・・・」
二人がワッと音々に詰め寄る、しかし音々は動じなかった、そっとサングラスを外し、大きな瞳をキラリと光らせて二人を見た
「しっ!ママ! おじいちゃん! それ以上は言わないで」
その声は小声だがきっぱりとした口調だった、音々は落ち着いた仕草で二人を見つめ、言葉を続けた
「パパが言ってたけど、音々達があわてたり困ったりしたらスタッフの皆さんが不安になって士気が下がるんだって、スタッフの皆さんは音々達のために一生懸命働いてくれてるの」
思わず沙羅と健一は顔を見合わせ、気まずそうに声を落とした
「え・・・ええ・・・」
「そっ・・・そうだね・・・」
沙羅の頬が赤らみ、健一は咳払いをしながら後ろに下がった。音々の言葉は幼さを感じさせない落ち着きと、チームを支える責任感を漂わせていた
彼女の笑顔が緊迫した空気を一瞬和らげた
「だから、いつもニコニコしててね」
音々の声は優しく、しかしどこか芯の強さを感じさせた、その時すかさず若い女性スタッフが右からサッと駆け寄ってきた
「ねっ・・・音々さん! 喉乾きませんか? お水、ここに置いときます!」
彼女がストローが刺さったプラスチックのボトルを置くと、ほぼ同時に左から別のスタッフがコームを手に音々に近づいた
「音々さん! カツラ、きつくないですか? まだ調整できますよ!」
音々は振り返り、眩しいほどの笑顔を二人に向けた
ニッコリ「大丈夫よ、ありがとう、お姉さん達も少し休んでね」
うっとり・・・「音々さん・・・(ハート)」「音々さん・・・(ハート)」
その場にいるスタッフ全員が音々を見て目をハートにしている、音々の愛らしさと魅力は、バックステージの慌ただしささえ一瞬忘れさせるほどだった
その時、別のスタッフがバタバタと猛ダッシュで健一の脇を走って行った
コソコソ・・・「おっお義父さん・・・私達はサイドステージに行きましょうか・・・」
「そっそうだね!ここにいたらスタッフの皆さんの邪魔になるねっ」
二人は身体を縮こませ、バツが悪そうにサイドステージへと急いだ
そしていよいよ音々が大勢のスタッフに囲まれて移動する
「足元注意してください!」
「音々さん通ります!」
「音々さん移動します!」
「音々さん!ジャンプ台へ移動しますっっ!」
大音響の中、スタッフがそれぞれ自分の持ち場で音々の移動を叫ぶ
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・:.。.・:.。.
東京ドームのステージはまるで宇宙の中心にいるかのような熱狂に包まれていた
力、海斗、拓哉、誠が汗と情熱を迸しらせ、ヒット曲メドレーを力強く演奏していた
5万人の観客が握るペンライトが、まるで銀河の星々が揺らめくように光り輝き、会場を果てしない星の海に変えていた
レーザービームが鋭く空間を切り裂き、ドーム全体を熱気が包み込む
観客の叫び声と拍手が、まるで生き物のように響き合い、ドームの天井を震わせていた
力は汗でびしょ濡れの顔を輝かせ、マイクに魂を込めて吠えている、その声は、ワールドツアーの過酷な日々、ジョンハンの裏切り、影武者による命の危機を乗り越えた男の、揺るぎない覚悟と情熱そのものだった
彼はステージの中央でギターを握りしめ、観客一人ひとりの心に火をつけるように歌い上げた
ジャジャーン!『それでは本日のぉ~~~!!SPECIAL GUEST!!!』
力の声がドームを突き抜け、観客の期待を一気に爆発させた、誠の魂のドラムロールがドーム中に響き渡る
『ネネちゃーーーーーん!!』
『ハ―――イ!!』
5万人の歓声が一つになってドームが揺れた、まるで地響きのような歓声の中、ステージの花火がスパーンと炸裂し、鮮やかな光がステージを彩った
ジャンプ台に乗った音々がまるで小さな妖精の様に2メートル高く飛び出し、ステージに舞い降りた
「キャー!音々ちゃーん!」
「かわいいー!」
音々ファンの熱狂的な叫び声が沸き上がった、小さなスターは全身スパンコールピンクに身を包み、ステージ中を飛び回り出した
『パン♪ パンパンパン♪ メロンパン♪』
軽快なサウンドがドームを駆け巡り、耳にワイヤレスマイクをひっかけた音々が『メロンパンの歌』を歌い始めた
力は満面の笑顔でギターをピンクのキーボードギターに持ち替え、音々とステージ中央で踊った
後方の巨大な幕がスッと開き、ウサギやクマの着ぐるみを着たダンサー達が次々と飛び出し、ステージはまるでディズニーショーの様な華やかさに包まれた
観客は一気に童心に返り、手拍子と笑顔で音々の歌に合わせて揺れた
『あたしは音々♪ 音が二つでネネ♪ 隣の猫はチュールの食べ過ぎでデブ猫! へイッ!!』
「「「「デ・ブ・ネ・コ!ヽ(‘ ∇‘ )ノ」」」」
5万人の「デブネコ」コールがドームを揺らし、会場は笑いと歓喜の渦に飲み込まれた、なんて盛り上げるのが上手いのだろう
力、拓哉、誠、海斗は顔を見合わせ、まるで子供のようにはしゃぎながら「ギャハハハ!」と大爆笑しながら演奏している
ステージの上でも彼らの絆はただの世界的ロックスターではなく、音々の無邪気さに心を奪われた仲間だった
音々のラップは9歳とは思えないほどのキレとリズム感で、会場を完全に掌握していた
ドーム一杯に紙吹雪がキラキラと舞い散り、今や巨大なメロンパンのバルーンが観客席をポンポンと跳ね回る、観客達はバルーンが自分の元に飛んでくると、バレーボールのように楽しそうにトスし合った
子供から大人まで、誰もがこの瞬間を心から楽しんでいた
音々のラップとキレのある振り付けは完璧で、彼女の小さな体から溢れるエネルギーは5万人の心を一つにしていた
最後に音々が力にピョンッと抱き着いてほっぺにキスをした、その様子が三枚のドームの巨大モニターに映し出され、会場は喝采と興奮の渦に巻きこまれた
・:.。.・:.。.
サイドステージでは、沙羅と健一が手を取り合い、号泣しながらその光景を見つめていた、沙羅の胸は誇りと愛で張り裂けそうだった
力との別れ・・・
音々を一人で育てた日々・・・
ジョンハンの裏切りによる絶望・・・
そして再び家族として一つになるまでの長い旅路・・・
すべての苦しみが、この瞬間の輝きに昇華されていた
グス・・・「あの子は生まれながらのスターだよ・・・」
「ええ・・・本当に・・・」
沙羅の目にはステージで輝く二人の姿が、まるで永遠に刻まれる絵画のように映っていた
音々の笑顔は、沙羅がどんな苦労にも耐えてきた理由そのものだった、力の歌声は、彼女が愛し続けた男の魂そのものだった
沙羅は涙をこらえきれずにスポットライトに輝く力と音々をずっと見つめ続けた
コンサートが終わって控室に戻った瞬間、沙羅は我慢できず、力と音々に駆け寄って抱きしめた
汗と紙吹雪にまみれた二人は、まるで一つの光を放つ存在のようだった
キャーーーッ!!「サイコー! あなたたちサイコー!」
沙羅は声を上げ、涙で顔をくしゃくしゃにしながら二人ごと強く抱きしめた
バタバタと撤収作業を進めるスタッフの視線も気にせず、彼女はただひたすらに愛する家族を抱きしめた
「わぁ! ママ、暑いよ~!」
「ハハ!沙羅、感動屋さんだ」
音々が小さな体をよじらせながら笑った、その無邪気な声に、力も沙羅も思わず笑顔になった、力は沙羅の頭を軽く撫でて優しく笑った
その笑顔には、ワールドツアーの重圧も、過去の苦しみもすべて溶け合い、ただ純粋な幸せだけが残っていた
沙羅の心は、温かな光で満たされていた
ああ・・・私の娘が誇らしい・・・私の夫が誇らしい・・・
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彼女はそう思いながらいつまでも泣きながら力と音々を抱きしめた
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