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世界でも有数の大国が誇る宝物庫には、どれだけの大金を積んでも買えぬ装備や秘宝が眠っている。たった一つのアイテムを巡って戦争が勃発したことすらある、それほどの品々だ。
王の言葉を聞いた瞬間、カイルの瞳は欲望と興奮でぎらついた。
「俺やります!国救う!」
即答するカイルに、周囲の空気がざわめく。急激な態度の変化に、シュバルツは深く息を吐き、首を横に振るしかなかった。
「ではカイル殿、頼みましたぞ。」
バーク王が静かに頷いた、その時。
「お待ちください、父上。」
王座の間に、澄んだ声が響き渡った。振り返ったカイルの視線の先、重厚な扉がゆっくりと開き、二人の女性が姿を現す。
先頭を進むのは、一人の金髪の女性だった。
陽の光を受けて煌めく髪は長く流れ、歩みのたびにゆるやかに揺れる。
ふくよかな体つきでありながら、その姿勢には一切の迷いがない。
細く切れ長の目は、見下すような冷ややかさを帯び、周囲を圧する力を放っている。
身に纏うのは、深紅のドレス。
絹の裾が床を擦るたびに、堂々とした足取りが強調され、彼女の傲然とした態度をさらに際立たせていた。
その歩みはまるで、王座の間すら自分のために用意された舞台であるかのようだった。
その隣に並ぶのは、水色の髪を背に流した女騎士。鍛え上げられた体躯に鋭い眼差し、腰に佩いた剣から放たれる圧倒的な気迫は、まさに百戦錬磨の戦士。迷いのない足取りは、彼女の覚悟を物語っていた。
二人は真っ直ぐに歩みを進め、やがてカイルの前に立ちはだかる。金髪の王女の瞳が、氷のように冷たくカイルを射抜いた。
「貴方がカイル・アトラス?予言の男と聞いていたけれど……あまりにも弱そうね。」
その挑発的な言葉が、場の空気を震わせる。すぐさま、側に控えていた一人の貴族が声を張り上げた。
「その通りです、王女様!」
男は口の端を吊り上げ、あざけるようにカイルを見やった。
「こんなふぬけた男が予言の男なわけがない。きっと何かの間違いでしょう。」
嘲笑が尾を引くように広がり、周りの貴族たちも小さく笑いを漏らす。その侮蔑の視線に、カイルの血が一気に沸き立つ。
「なんやと!俺の何を知ってるんだ!!」
荒げた声を放ちながらも、カイルの視線は王女ではなく、その隣の水色の女騎士に吸い寄せられていた。
やっぱ腹筋出てる子っていいよなぁ。
視線を舐めるように上下させるカイルに、女騎士は眉をひそめ、一歩後ろに退いた。王女もまた一瞬引いたように顔をしかめるが、カイルは気にする様子もない。
「俺はね、ただ可愛い子には興味ない。腹筋があったり、エリーゼみたいな騎士に一目惚れするのよ。」
「あなた、本当頭おかしいわね」
王女の冷たい声にも、カイルは首を傾げる。
「え?」
その言葉に王女の瞳がわずかに揺れた。目を見開き、何かを隠すように一瞬焦ったが、すぐに声を荒げる。
「そんな事よりなんなのよ、その言葉遣いは!王女に向かってあまりにも無礼だぞ!」
「あんた王女やったんか!王様と全然性格違うじゃん。もう少し王様を見習った方が良いと思うよ。」
「だから何度言えば分かるんだ!この下民が!おい、そこにいるお前!」
ノアリス王女が怒りをあらわにし、近くの騎士を鋭く指差す。
「早くこの男を牢屋へ連れて行け!」
だが、場の空気を一変させたのはバーク王の一声だった。
「ノアリス、あまり騒ぐでない。」
低くも力強い声が王座の間に響く。静けさが一気に広がり、空気が凍りついた。
「カイル殿の行動を邪魔するなら、ただではおかないぞ。」
ノアリスは驚きに息を呑み、目を見開いた。その場にいた貴族たちも、息を潜めるように身じろぎ一つしない。
バークはゆっくりと視線を巡らせ、ひとりひとりの顔を見据える。その瞳に射抜かれた貴族たちは、次々に俯き、笑い声は跡形もなく消えた。
「まさかとは思うが、お前たち。予言を否定するわけではなかろうな?」
場の空気は張り詰め、誰もが息を飲んだ。
「し、しかし、こんな男が厄災を払うなど、到底考えられません!」
一人の貴族が勇気を振り絞って声を上げると、王座の間に張り詰めた空気が走った。
ざわりと揺れる視線。だが、その声を遮ったのは低く鋭い王の言葉だった。
「まさかお前ごときが私の言うことを否定するのか?」
バークの瞳がわずかに細められ、圧力のような威圧感が広がる。
言葉は決して荒げられたものではない。しかし、その奥底には容赦のない怒気が潜んでいた。
「お前が何を考えているのか、私が知らないとでも?」
淡々と放たれた声に、貴族の男は顔を青ざめさせ、肩を震わせる。
その場の誰もが、王の逆鱗に触れた重みを理解していた。
「出過ぎたまねをしました……申し訳ありません。」
屈辱に唇を噛み締めながら頭を垂れる男。だが、沈黙を破ったのは、場の空気をまるで気にしていないカイルだった。
「そうだぞ!俺の活躍を知らない人がそういう事言うなよ!」
場違いなほど明るい声に、王座の間にいた何人かの貴族は小さく顔をしかめる。
睨みつける貴族の視線を無視し、カイルはノアリス王女に向き直り、ふざけたように口角を上げる。
「もういいですかねえ?俺、やるしかないんですわ。もし俺の邪魔するんだったら、王様に泣きながら言いつけてやりますからね。」
挑発めいた軽口に、ノアリスの眉間に深い皺が刻まれる。苦々しい表情を浮かべ、唇をきつく結んだ。
だが、カイルは気にも留めず、今度は隣に控える水色の髪の女性へと視線を移し、決め顔をする
頬の角度を整え、目元を鋭くし、いかにも「俺が主役だ」と言わんばかりのドヤ顔を披露した。
決まった。俺のキメ顔で落ちなかった女はいねえ。それにしても、この子は本当にかわいいな。隣の王女とチェンジしてほしいくらいだよ。
心の中で自信満々に呟きながら、カイルは表情を固め続ける。
だが、女騎士はわずかに眉をひそめ、すっと顔をそらした。冷たい拒絶の仕草すら、カイルは気づかない。
「もうそろそろ出て行く時間ですかね?」
何気なく放たれたカイルの言葉に、貴族たちがざわりと動揺した。
互いに顔を見合わせ、慌てたようにひそひそと声を交わす。
「俺、なんか変なこと言ったかな?」
怪訝そうに首を傾げ、隣のシュバルツに尋ねる。
「もう気にしなくていい。私も、もう疲れた。」
深い溜息と共に吐き出される声。シュバルツの表情には明らかな疲労がにじんでいた。
彼は王の方へ向き直り、冷静に申し出る。
「私と数人の騎士が護衛をしますので、問題はないと思います。」
バークは短く頷いた。その一挙手一投足が、場の空気を完全に掌握している。
「よし、これでこの話は終わりとする。カイル殿、どうかこの国を救ってくだされ。」
その言葉に、カイルは大きく胸を張り、王座の間に響き渡る声で宣言した。
「わかりましたよ。グラトリスの掃除屋であるカイルにお任せください!!」
豪快に言い切ると、振り返ってもう一度水色の髪の女性にキメ顔を送り込む。
だが彼女の顔は強張り、露骨に視線を逸らした。
それすらも勝利のサインと受け取ったカイルは満足げに頷き、意気揚々と王座の間を後にした。
「あのさ、金髪の隣にいた人って誰なの?めっちゃ可愛いから仲良くしたいんだけど。」
王座の間を出て、まだ興奮冷めやらぬ様子でカイルが隣を歩くクロードに尋ねる。
「あの方は勇者・クレデリス様です。」
「え、あの子勇者なの!?あんな可愛くて、強いって、まじでいいな。」
思わず声が大きくなる。カイルの目は完全に輝いていた。
「歴代の勇者の中でも美しさでは群を抜いています。才能もありながら、誰よりも努力をしていると有名です。」
淡々と説明するクロードに、シュバルツも無言で頷いた。
「クレデリスちゃんとイチャイチャ出来ねぇかな。俺は厄災を倒す男だから、釣り合ってると思うんだけどねぇ。」
「それはない。」
シュバルツの即答。しかしカイルは気にも留めず、むしろ呟くように続ける。
「やっぱショートヘアーっていいよなぁ。」
「国の一大事よりも女のことしか考えられないお前が、勇者に好かれるわけがないだろ。」
「俺はエリーゼちゃんとゼリアちゃんの好感度高いんだぞ!クレデリスちゃんだって、ゼルフィアもヒロインの候補なんだからな!」
「貴様!私の娘を“ちゃん”付けで呼ぶな!!本当に処刑するぞ!!」
怒声が響く。シュバルツの顔は赤く染まり、拳が震えるほどに握り締められていた。
カイルは即座に両手を上げ、へらっと笑いながら後ずさる。
「すいません!!悪気はないんですよ、お父さん!!」
「お父さんと呼ぶな!!まったく、ふざけた奴め。次に会うときは覚悟しとけよ!!」
吐き捨てるように怒鳴ると、シュバルツは踵を返し、そのまま足早に去っていった。
残されたカイルは、気まずそうに頭を掻きながらクロードへ。
「てか俺ってこの後なんか予定あるの?」
クロードは落ち着いた様子でポケットから小さな手帳を取り出し、指先でページをめくる。
「この先の予定はありません。しばらくは体を休めた方がいいかと思います。」
「そっか。俺、金貨1000枚持ってるんだ!! どこ行こっかなぁ。」
声を弾ませるカイル。頭の中ではすでに景色が切り替わっていた。美女とのお出かけ、そして夜の甘い展開――。
「俺にはもう時間がないから! また会おうぜ!!」
叫ぶや否や、カイルは勢いよく走り出し、王宮の廊下を駆け抜けていった。
「お気をつけて。」
クロードは淡々とその背を見送り、ゆっくりと王宮の外へ出る。
外には雲ひとつない空。澄み渡る青に目を細めながら、彼は小さく笑みをこぼした。
「危うく忘れるところでしたよ。」
誰に言うでもなく呟き、しばらく空を仰いだあと、彼は静かに花園の清掃を始めた。
カイルとの話が終わった後、貴族たちはざわざわと何かを囁き合いながら退出し、騎士たちも一礼して静かに去っていった。
豪奢な王座の間には、やがて王・バークと王女ノアリス、そして勇者クレデリスだけが残される。
静まり返った空気の中、玉座に腰を下ろしたバークがゆっくりと顔を娘に向ける。
「なぜ今日は一段と機嫌が悪い?何かあったのか?」
ノアリスは唇を噛み、視線を逸らす。
「いえ……その……」
逡巡の色を浮かべるその横で、クレデリスが一歩進み出る。
「反抗期で勝手に外に出た時のことですか?」
「クレデリス!それは言わないでって言ったでしょ!!」
声を荒げたノアリスの顔に赤みがさす。
バークはその言葉に息をのんだ。
「ま、まさか……彼が……」
驚愕に見開かれた目。王としての威厳すら揺らぐ。
「まったく、なんであんな男が!二度と会いたくなかったのに!!」
ノアリスの叫びに、クレデリスは小さく肩を落とし、真摯な声で返す。
「すいません。ですが、このことがバレるのも時間の問題ではないでしょうか。」
「分かってるわよ。それくらい……」
吐き捨てるような言葉。けれどその奥には、隠しきれない焦燥があった。
バークはゆっくりと立ち上がり、威厳ある姿勢で二人を見つめる。
しかしその眼差しには、父としてのぬくもりがわずかに宿っていた。
「安心しなさい。私が命にかけても全力で守る。だからもう、こんな事はやめて早く素直になるんだ。」
厳かに言い残し、王座の間から出ていく。王の背中が消えると、クレデリスも深く礼をしてノアリスに言葉を残した。
「私も準備を始めますので。王女様もお早めに。」
足音が遠ざかり、広大な王座の間にノアリス一人が取り残される。その瞬間、張りつめていた表情がふっと緩み、彼女は大きく息を吐き出した。
「そんな簡単な話じゃないのよ……」
囁くように独り言を落とし、上を見上げる。王座の真上、荘厳な装飾に囲まれた一本の剣。
古より国を守り続ける象徴のはずのその剣は、ただ冷ややかな光を反射するだけで何の反応も示さない。
ノアリスの瞳は、凍りつくような迷いを帯びて剣を見据える。
「いったいあなたは何者なの?」
静寂が深まり、彼女の声は虚空に吸い込まれていった。