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カイルは王宮の入り口まで辿り着いた。荘厳な扉の前には数人の騎士が整列しており、鋭い眼差しを向けている。
「カイル様でしょうか?」
「うん。どうしたの?」
一歩進み出た騎士が恭しく答える。
「私たちで護衛させていただきます。」
「え?嫌なんだけど」
即答に騎士たちの表情が一斉に固まった。目をパチクリさせ、互いに顔を見合わせる。
「団長に命じられたんですが……」
「俺はね!他人にお金を使うのは嫌なの!」
「え?」
騎士の一人がぽかんと口を開ける。
何を言ってるんだこの人は。
「いくら金貨1000枚持ってたって、知らん男共に奢るのは嫌なんや!!」
「護衛にお金を使う必要はありませんので、ご安心ください。」
「それでも嫌!なんで男と一緒に街行かなきゃいけないんだ!! 可愛い騎士呼んで来てよ!!」
「そう言われましても……」
「エリーゼちゃんとかゼリアちゃんとかいるじゃん!そうじゃないなら、もういいから!!俺もうお腹空きすぎて機嫌悪いのよ!」
荒れた態度に押され、騎士たちは一歩、二歩と後退した。しかし別の騎士が勇気を振り絞って声をかける。
「ですが、一人で散策すると危険があると思います。最近は事件が多くなっていますので。」
「カイル様が行ったダンジョンでの事件で、一気に危機感が高まりました。国民からも不安の声が漏れています。」
「別に俺はなんとも思ってないから。俺の最強ブーツと雷神剣があれば大丈夫!もう心配せんで良いよ。」
カイルは得意げに剣を抜き放ち、無造作に振り回す。刃が空を裂くたび、青白い雷光が散り、空気が焦げた匂いを漂わせた。
「見て!俺の雷神剣すごいだろ!これがあれば無敵や!!」
「それは低ランクのモンスターにしか効かない程度ですよ。属性石でできた剣は基本、武器マニアしか持っていない程度のものです。」
「……そうやったんか!?」
頬に冷や汗がつたう。恥ずかしさに耐えきれず、言葉を繋ぎ合わせ必死に誤魔化す。
「俺はあえて力を抑えるために、わ、ざ、と!弱い剣を使ってるの! あ、え、て、ね!俺の強さ知らないんか?」
「エリーゼから聞いたのは『とにかく運が良い』の一言だけです。」
「うぐっ……」
力なく剣を落とし、ガランと石床に響いた音が虚しく広がる。
「エリーゼちゃん、なんで一番近くにいて俺の強さがわからんのよ。」
「今のカイル様は目立ちすぎています。ユグドラにも目をつけられているかもしれません。護衛があれば安心して街を散策できますよ。」
「嫌や!一人じゃないとセェクシーな店行けないだろ!!気つかえ!」
必死に抵抗していると、不意に背後から肩を叩かれた。
「誰だよ!俺いま……え?」
振り返った瞬間、カイルの視線が釘付けになる。そこに立っていたのは、勇者クレデリス。
近くで見れば、その美貌はより鮮烈だった。水色の髪が風に遊ばれ、透き通る青の瞳がまっすぐに射抜いてくる。
胸元がわずかに開いたドレスからのぞく白い肌。
カイルの喉がひとりでに鳴った。
「好きです。」
衝動のまま放たれた告白。騎士たちは一斉に息をのむ。
「あいつ、殺されるぞ」
「他の王族や貴族に狙われているのに……団長の隣を歩ける時点で只者ではないと思っていたけど、俺たちなんか足元にも及ばないんだろうな」
ざわめく騎士たちをよそに、クレデリスは微動だにせず、真顔のまま。
重たい沈黙が流れる。
そして彼女の唇がわずかに動いた。
「うん」
「え?」
カイルの心臓が跳ね上がる。
うんってなんだよ、うんって。このタイプは初めてだなぁ
戸惑う視線を受け止めながら、クレデリスはもう一度はっきりと告げる。
「私も好き」
「えええ!!!」
騎士たちが一斉に叫び、興奮が爆発する。
「やばいって!これ一大ニュースだぞ!!」
「でもこれ広まったら、他の国も黙ってないよな……これ、カイル様相当なことに巻き込まれるぞ」
ざわめきが広がる中、カイルは天にも昇る心地だった。
「やったー!!!!ヒロインだー!!!!」
歓喜に駆られ、彼は王宮の前で走り回る。
「落ち着いて」
「うん!!落ち着く!!」
返事をしつつ、身体はぴょんぴょんと跳ね続けている。
そんな様子を気に留めず、クレデリスはポケットから小さな石を取り出し、手渡した。
「これあげる」
「なにこれ?」
「これがあればあなたの居場所すぐに分かる。」
「なるふぉど。」
そこまでして俺に会いたいってことか!
「バッグの中に入れといて。」
カイルはニヤけ顔を隠しもせず、石を大切にしまい込み、ふと思いついたように声を弾ませた。
「この後、飯食べるけど一緒に行かない?」
「それは大丈夫」
「付き合ったなら一緒に……」
「大丈夫」
「そ、そっか。」
苦笑しながら自分に言い聞かせる。
まぁ、初デートは恥ずかしいって子、多いもんな。
「まぁ今度どっか食べにでも行こうぜ!!」
「うん。」
「それじゃあ!」
全身から抑えきれない喜びをほとばしらせ、カイルは勢いよく王宮を飛び出した。
「待ってくださいよ!」
慌てて騎士たちが追いかけようとするが、その前にクレデリスが立ちふさがる。
たった一歩で、彼女は彼らの行く手を塞いでいた。
「護衛は大丈夫。」
「でも団長の命令なので……」
「大丈夫。もう話はしてあるから。」
有無を言わせぬ声音。騎士たちは深々と頭を下げ、王宮へと戻っていった。
ひとり残されたクレデリスは、静かに歩みを進める。月光のような水色の髪を揺らしながら、誰にも告げず、王宮から遠ざかっていった。
王宮から遠ざかり、街の中を走り抜けたカイルは、ようやく息を切らしてベンチに腰を落とした。
周囲には屋台がずらりと並び、焼きたての肉の匂いや香辛料の刺激的な香り、甘い菓子の匂いが入り混じって漂っている。腹を空かせた人々の行列、威勢のいい呼び込み、食欲をそそる音――まさに食の祭りのような一角だ。
だが、カイルの視線は食べ物ではなく、人の群れに向けられていた。
「次なるヒロインを探すか」
まるで審査員のような真剣な目つきで、通りを歩く女性たちを一人ひとりチェックしていく。
「今の俺に落とせない女はいねぇ」
勇者すら惚れさせた男、カイル。その事実が彼の自信を限界まで押し上げていた。
「現場に満足する男は三流や!!」
突然の大声に、近くの人々は振り返り、距離をとる。不審者を見る視線が突き刺さるが、本人はお構いなしだ。
通りすがりの若い女性と目が合うと、カイルはニヤリと唇を吊り上げてみせた。
一瞬でその女は顔を引きつらせ、怯えを隠すように早足で立ち去っていく。
「ひっ!」
彼女の小さな悲鳴が人混みに消えていった。
「はぁ。やれやれだぜ。」
去っていく背中に軽く肩をすくめると、すぐさま次の標的を探すそんな中で目に入ったのは、黒髪のロングに、深紅の瞳を持つ長身の女性だった。
闇のように艶やかな髪と血を思わせる瞳。黒いドレスを纏ったその
姿は、街の喧騒から浮かび上がるように美しく、妖艶ですらあった。
「バチくそ綺麗ですやん」
カイルが得意げに微笑むと、彼女もふわりと微笑みを返してきた。
これはいける。
直感で確信し、ベンチから勢いよく立ち上がる。
「今日暇?」
眉を上げて気取った仕草で問いかけると、彼女は小悪魔のような笑みで答えた。
「特に予定はないわ。」
「この後、飯でもどうよ。」
「いいの? 私少しだけ人より多く食べちゃうけど。」
「全然良いよ。なんて言ったって俺には金貨1,000枚あるからねぇ」
「まぁ、なんて素敵なのかしら!」
彼女は目を輝かせ、勢いよくカイルの両手を握った。柔らかな吐息が耳にかかる距離で、甘く囁く。
「あなたのことも食べちゃおうかしら」
一瞬、意味を測りかねるような言葉だったが、カイルは即座に脳内で好意的に変換してしまう。
「私行ってみたいところがあるんだけど、そこに行きましょう。」
「行くぞー!!」
彼女に手を引かれるまま、街の奥へ。人混みを抜け、目の前にそびえ立ったのは、異様なまでに高く巨大な建造物だった。
「なんやここ」
あまりの威容に思わず立ち止まるカイルを見て、女性は唇を弓のようにゆるめる。
「初めてなのね。可愛い。」
再び手を引かれ、無理やり中へと連れ込まれる。エントランスの奥、待っていたのは金色に輝くエレベーター。二人きりで乗り込むと、重厚な扉が音もなく閉じた。
カイルは横に立つ女性の横顔をじっと見つめる。目鼻立ちの整った美貌、滑らかな首筋、そして彼女が握る自分の手の細さと冷たさ。
金持ちって最高や。こんな美人とイチャイチャできるし、勇者とも出来る。もう満足です。
浮かれる思考のままエレベーターが開いた先には、煌びやかな空間が広がっていた。
高級料亭、ブランド服の店、映画館やゲームセンターまで揃う複合施設。
「スッゲー!!」
少年のように声を上げるカイルに、女性は軽やかに微笑む。
「じゃあ、先にご飯にしましょうか。」
案内されたのは和風の入口を持つ料亭。のれんをくぐり、木造の落ち着いた内装に足を踏み入れる。
カウンターの奥にはガラスケースに並べられた魚の切り身が宝石のように輝いていた。
「いらっしゃい。」
職人風の男が顔を上げ、軽く頭を下げる。
「いつもので。」
彼女は席に着く前に淡々と告げた。一方カイルは、座った瞬間に渡されたメニュー表に困惑する。
「海の囁き」「夢の残響」「深海の記憶」――謎めいた言葉ばかり。
そして特に目立つ文字があった。
武蔵殿監修 一閃の握り寿司
「これが一番良いの?」
「ええ。武蔵殿が監修した料理は美味いと言う言葉では言い表せない程の味よ。」
「じゃあこれにしよっかな」
「分かりました」
職人が即座に手を動かし始め、寿司を握る手元に迷いはない。その様子を見ながら、カイルは隣の女性へ声を潜めた。
「これってなんで値段書いてないの?」
「値段気にしてたら良いものもしっかり味わえないでしょ?すっきりした気持ちで食べた方が美味いに決まってるわ。」
「なるふぉど」
「でもあなたほどの男なら値段なんて気にしないと思うけど」
「そりゃそうよ! なんて言ったって俺は金貨1000枚持ってる男だからねぇ」
得意げに胸を張るカイルに、女性は艶やかな笑みを浮かべた。
「あなたの名前は?」
「俺はカイル。君は?」
「私のことはエリーって呼んで。」
「エリーちゃんって良い名前や。」
「ありがとう。カイル君も素敵な名前よ。」
「まぁね。俺はこう見えて王宮で働いているのさ。」
「すごい!だからそんなに素敵なのね。」
「エリーちゃんは何してるの?」
「私は、うーん。秘密にしておこうかしら。」
「なんだよそれ〜!」
この会話スッゲェ楽しい!!
笑い合いながら待つうちに、カウンターに寿司の盛り合わせが運ばれてきた。
「めっちゃ綺麗」
サーモン、中トロ、大トロ、そしてウニの海苔巻き。光を反射して宝石のように輝き、食欲を刺激する。
「いただきます!」
サーモンを一口。口に入れた瞬間、とろける脂と旨味が舌を覆い、目を閉じたカイルの頬がだらしなく緩む。
「うっめぇ!」
続けて大トロを頬張る。至福に浸ろうとした、その時。
隣からガツガツと皿の音が響く。振り返ると、エリーは信じられない速さで寿司を次々と口に放り込んでいた。
「あんたマジかよ」
上品さなど微塵もない、爆速の食べっぷり。高級店の静かな空気に似つかわしくないその姿に、カイルは呆気に取られた表情を浮かべる。
「まぁ、そんくらいの欠点はあってもいいか。」
そう呟き、無理やり納得した。