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「律さん、私はこれからコンビニへ行って、なにか買ってきます。すぐ戻って来るので、一時的にご自宅の鍵を、お借りしてもよろしいでしょうか?」
動揺を隠すため、理由を付けて外に出ることにした。この状態では冷静にいられない。
「あのっ、私、もう大丈夫です。だから、もうお帰り下さい。こんなにしていただいて、申し訳ないです」
「律さん」彼女の美しい顔を覗き込むようにして、ベッドのすぐ傍に腰を下ろした。「貴女は私の妹に、よく似ています。だから困っているのをどうしても放っておけなくて。押し付けがましくご迷惑だと思いますけれど」
「そうでしたか。とても親切にして頂いて私はありがたいのですが、ご迷惑になっていないか心配でした」
「過保護ですみません」
俺のことを今でも好きだとわかった今、彼女を甘やかせる以外俺の選択肢はない。
とことん甘やかせて、旦那にもらえない別の愛情部分を俺が注いでやろうと思った。
それから嘘を織り交ぜてながら妹が死産したという話をして同情を引き、鍵を預かってコンビニへ向かった。適当に見繕って再び荒井家に訪れた。鍵を開けるときにさっきポケットへねじ込んだサルのストラップが目に入った。
なんとなくあの爽やか旦那に似ているからあまり見たくない。俺が空色にちょっかいかけているのをまるで牽制するかのように、可愛い目で俺を見ていたから。
部屋に入ってリビングの方へ行くと空色はジャージに着替えていてソファーに座っていた。ジャージでも綺麗な彼女にドキドキしてしまう。こんな無防備な姿を見られるのは役得だと思うけれど、欲望を抑えるのに必死や。
「こんなに沢山買ってきてくださって、ありがとうございます。お代、払いますね」
空色が急に立ち上がった。あっと思った瞬間に、グラリと彼女の身体が傾いた。
俺は慌てて彼女を抱きとめるために手を伸ばした。
倒れないようにしっかりと腕に抱きとめて彼女を見つめた。
彼女はまだ俺のことを好きでいてくれている――……その先に気持ちが踏み込んでしまいそうになって、慌てて自責した。
写真やアクセ・非売品のポスターを彼女が未だに持ってただけで自惚れたら自滅するぞ!
「無茶はいけませんよ、お代は結構ですから」
笑って誤魔化した。もう横になった方がいいと伝え、買ってきた差し入れ的な飲み物やデザート類を冷蔵庫に収納してもらった。
その中から何本かの飲料水を小さな木製トレイに載せ、リビングのテーブルに置くと同時に再び彼女の身体が傾いた。
「律さん!」
駆け寄って支えた。肩を抱いて彼女の近くに位置する。
だめだとわかっていても心が勝手に高揚する。好きな女の隣にいるだけで、心が動いてしまう。
空色がこんな状態で苦しんでいる時に、俺はなにを考えているんや。自分でも呆れるほど彼女に心を傾けているのが滑稽で仕方ない。
こんな状態の彼女にときめく自分を叱責して空色を抱き上げ寝室へ運んだ。
「律さん。ご自宅のスペアキーをお借りしても問題ありませんか?」
思い切って尋ねてみた。
今日だけ。
今、彼女を置いて帰ることはできない。せめて眠った所を見届けてから発ちたい。
彼女が眠るまでは傍についていたい――……
「スペアキーって…あの、どうしてですか?」
これはただの我儘なのはわかってる。彼女にとっては迷惑でしかない。でも、どうにもできないこの恋を終わらせる方法も見つけられないし、もう少しだけ彼女と同じ空間にいたい。
でも、彼女の想いを知ってしまった。なおさら後には引けない。
「律さんが眠るまで、傍にいさせてください。眠られたら、スペアキーで玄関を施錠して帰ります。預かったキーは、明日返しに参ります」
「……新藤さん」
「貴女が眠るまで、傍にいさせてくれませんか。このままでは律さんのことが気がかりで、帰る途中に事故に遭ってしまいます。なので、私が安心するまで、見届けさせて下さい」
白斗みたいやろ?
空色は俺(はくと)のこと好きやろ?
逆らえないようにしてやる。
彼女の手に指を絡ませて鋭い目線で見つめた。「ほら。もう横になって下さい」
俺の予想通り逆らえなくなった空色は黙ってベッドに入った。
異常なシチュエーションなのに、二人ともそれを許容している。
「目を閉じると、すぐ眠れますよ。お休みなさい」
俺の言葉に頷いた空色は、素直に目を閉じた。暫くすると柔らかな吐息が、寝息へと変化したのを確かめて、彼女の細い指に絡ませた指に、少しだけ力を込めた。