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父が名無しの男を見て、ふと、何かに気づいた顔をする。
「お前は……いや、貴方様は……ひょっとして」
「一度会ったことあるな、エドガー・ブラックウェル。親父はともかく、俺と話すのははじめてか?」
「待っ……」
父は最後まで言えなかった。
その首に糸が巻き付き、締め上げる。あっという間に泡を吹いて倒れてしまった。
名無しの男に乗っ取られた、ベアトリスの魔術だ。
いつのまにかベアトリスも同様に糸で締め上げられ、がっくりとうなだれている。
メイジーがおそるおそる聞く。
「殺した?」
「気絶させただけだ。問題ない」
「……問題はあるよ。これからどうする?」
リゼとノアと名無しの男が顔を見合わせ、それぞれ言う。
「この人、記憶を取り戻したみたい。まずは落ち着ける部屋で話を聞きたいな」とリゼ。
「辻馬車を拾う金を借りたい。リゼは俺の家に連れ帰る。こいつらと同じ家に置いておけるか」と名無しの男。
「気絶させた二人は放置か? こいつらが官憲にあることないこと訴えたら面倒くさいぞ?」とノア。
メイジーがうなずく。
「……うん、やることいっぱい。うん」
メイジーは言うだけ言っただけだ。事態を収拾させる気概はないらしい。
リゼが天井に目を向ける。
――私たちのやりたいことを全部、一人で通せる人物は、この屋敷にいる。
――でも、あの子は。
「話はわかりました」
ガチャリと、扉の開く音がした。
ドアの前に、光が立っていた。
地下室を照らすランプのオレンジとは違う、やわらかな白い輝きだ。
ドレスの裾を軽く揺らしながら、少女が部屋に入ってくる。
金の髪をゆるくまとめた美少女――。
「……ステラ?」
ステラはあたりを観察する。
解剖はどうなったのか、なぜ父とベアトリスは倒れているのか、床を覆う氷は何なのか、この男は誰なのか、彼女の視点で言えば、疑問は山ほど湧いたはずだ。
それでもステラは、まっすぐにリゼに向かってきた。
「怪我してる」
ステラがリゼの右手を指さした。
ベアトリスの糸で切ったのだろう。血が滴っていた。
ステラがリゼの傷に手をかざすと、白い光が二人を覆った。
数秒後、リゼの傷は跡形もなく癒えていた。
「ちょっと、ステラ! 今、治癒魔法使ったの!?」
「駄目だった?」
「だって、あなたの魔法には、王族とか、貴族とか、白輪教会の偉い人とか、優先順位があって……大切なことにとっておかないと!」
「大切なことに使ったよ?」
ステラが首を傾げた。
リゼは困惑する。
――好意、なのだろうか?
――お人形のように完成されたステラの顔は歪みにくく、いまいち表情が読み取りにくい。父やベアトリスの邪魔が入るせいで、会話したこともほとんどない。私は、この子をよく知らないんだ。
ステラは一瞬リゼに何か言おうとしたが、すぐ名無しの男に向き直った。男に首飾りと金貨を一枚手渡す。
「この場はわたしが預かります。気絶した二人はうまくとりなしておきますので、ご安心ください。屋敷の使用人にこの首飾りを見せて、わたしの名前を出してください。落ち着いて話ができるお部屋に連れて行ってくれますよ。あと、金貨は馬車の代金です」
「わかった、金貨は五枚にして返す」
「利子なんてつけませんよ?」
「治療費だ」
「あなたを治したのはお姉さまです」
「リゼの右手の分だ。必ず返す。約束する」
ステラは男の眼をしばらく観察し、薄く微笑んだ。
「彼らが目を覚ますと面倒です。お話はお早めに」
ステラは手を振って、リゼたちを見送る。リゼはステラともっと話したそうだったが、促されるまま、解剖室を後にした。
「俺の名前はレオン・カルディア。この国の第四皇子だ」
使用人に通された客室で、名無しの男――レオンが言った。リゼもノアもメイジーも、目を丸くしている。この国で名を知らぬ者はいない有名人だ。
妾腹の子として、生まれながらに”十字架持ち”に身を堕とした皇子。一方で、宮廷中からむけられる侮蔑の視線を才能でねじ伏せた男。王国内で十の指に入るステラのさらに倍の魔力を誇る、魔術の世界の寵児だ。
ただ、噂話は多いものの、露出の少ない人物として知られる。天才肌の研究者で、普段は大学に籠りきりらしい。
レオンは頭を指さして言った。
「記憶はすべて思い出したよ。誰が俺を襲ったかも、すべて」
「あなたを殺そうとしたのは誰ですか?」
リゼが訊いた。
聞かない方がよいかもしれないと、思ってはいた。
王族への暗殺未遂。陰謀の規模を考えれば、知るだけでリスクを負うだろう。
ただレオンを除く三人はもう、リスクへの懸念よりも好奇心の方が勝っている。
レオンは答えた。
「白輪教会だ」