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朝食を早々と済ませ受付へ向かう。
待っていたイアンが、これみよがしに水晶を両手で指して目をきらきら輝かせている。今度こそは絶対に大丈夫だという自信があるのだ。隣でイーリスも期待のまなざしを向けている。どれほどの反応を示すのだろう、と。
気まずい思いを抱えつつも、いまさら逃げだすわけにもいかないと水晶に手を触れる。ぼんやりと淡く輝き、今度こそは上手くいったかと期待したが、残念ながらやはり割れてしまった。イアンも結果にショックを隠せず、呆然だ。
「な、なんで? きちんと品質チェックも直接してきたのに……」
「すまん……。ということはギルドの登録はまた延期か?」
前例のない事態に、いつものような代替案──ゴブリンの巣も調査のため立ち入り禁止の令が出てしまった──も思いつかず、イアンも腕を組んで深く考え込んでしまう。それ
なりに受付で働いてきた彼も水晶が三度にわたって割れるなど信じられるわけもなく、どうしたものかと首を傾げるばかりだった。
そこへ「おはようございます、ヒルデガルドさん」と誰かが肩を叩いて挨拶をする。振り向けば、立っていたのはギルド運営をしているアディクだ。
「アディク。おはよう、機嫌が良さそうだな」
「ええ、今日はとても気分が良いのです」
彼がずっとニコニコしている理由は、洞窟をねぐらにしていたゴブリンたちが一掃された報告を受けたからだ。ギルドの冒険初心者にとっては訓練場のようなものだったが、近隣の村は畑を荒らされるし、鹿や猪といった食糧も彼らが森で先に狩ってしまうことが多く、酒場の運営のためにやむなく遠くから仕入れるにも、高い金額を請求されるので困りものだったらしい。
「聞きましたよ、偶然にも大賢者様がいらっしゃったとか」
「おかげで命拾いした。首飾りは手に入らなかったがね」
「私たちが配慮すべき点でした、申し訳ない。そこでなのですが、」
彼はぴんと指を立てて──。
「ギルド所属の申請を特例として通しても良いのではないか、と私は思うわけですね。なにしろ大賢者様のおかげとあっても、お二方は無事に戻り、セリオン・コーティガーの悪事も暴いてみせました。十分な結果と言えましょう」
そう言って彼が差しだしたのは銅で出来た盾のバッジだ。
「ブロンズランクの冒険者である身分証明になります。わざわざずっと身に着けている必要はありませんが、できれば持ち歩いて頂くようお願いします」
「ありがたい。また水晶が割れて困っていたところなんだ」
アディクがちらと割れた水晶を見て、ため息をつく。
「イアン、しばらく水晶は使わないように指示をしておいたはずですが、どうしてまた使ってしまったのです? 原因もはっきりしていないのに」
「す、すみません……。すぐに新しいのを用意します」
過去に例のない水晶の破損は、いまだ原因が掴めていない。元に戻すこともできず、需要もあるので高額なためアディクは「いくつも壊されてはたまらない」とイアンを叱り、安いものでいいからと新しいのを調達に行かせた。
「苦労が絶えないな、アディク。君の部下は少年のようにやんちゃな心の持ち主らしい。元気なのは良いことではあるが」
「ええ、まったくです。悪い子ではないんですがね」
代わりに受付を担当するアディクがカウンターの下から依頼書の束を出してきて、何枚かをヒルデガルドの前に並べた。
「毎日のように依頼が届いて、いまだ受注されていないものがこれだけあるんですが……ヒルデガルドさんはまだ冒険者になったばかりですから、簡単な仕事をこちらから提案させていただきます。イーリスさんもご一緒でしたら心強いはずです、彼女はシルバーにあがってもおかしくない実力ですからね」
照れるイーリスをヒルデガルドが『良かったな』とでも言うようにニヤリとしながら肘で小突く。彼女を認めてくれる者は、他にも確かにいたのだ。
「では、これを受けよう。場所も近いから楽そうだ」
手に取った一枚の依頼書には『ソンブルウッドの調査依頼』と書かれている。小さな森、ソンブルウッドでは鹿などの野生動物が生息しているが、ここ最近になって見かけなくなった。魔物のしわざだと噂され、実際に目撃情報も寄せられているが真偽は不明。狼がどこからかやってきた可能性もあるので、調査および安全の確保をしてほしいという仕事だ。
「わかりました。ソンブルウッドでは近頃、狼の目撃情報がありますが、コボルトの可能性が高いでしょう。とはいえギルドに所属できる腕があれば単独でも問題ないはずです。経験がなくても、イーリスさんがペアなら大丈夫です」
冒険者が手始めにする仕事としては十分なものだ。目立ちたくないヒルデガルドにはちょうどいい。それに森には貴重な薬草が生えていることもあるので、散歩がてらに採取でもしようと楽しみになった。
「ね、ヒルデガルド。本当にこの依頼で良かったの?」
署名をして依頼を受け、さっそくギルド本館から出るなりイーリスが言った。時間の掛かる依頼のわりには報酬が少ないように感じたのだ。
「別にいいさ、金や名誉が欲しくて冒険者になるわけじゃない。それよりも不思議な話だな。あらためて依頼書を確認しているんだが……」
目を細めて寄せられた目撃情報をじっくり読む。
「やつらは非常に弱小な種だ。繁殖力も控えめでゴブリンに比べれば大人しい。そんな奴らが狩りのために森を出歩くまでは分かるが、非常に警戒心が強く気配に敏感だから、人前に姿を現すのは滅多と無い。自分たちが弱いのを知っているからな」
イーリスが横から覗きこんで首を傾げる。
「じゃあ、どうして? まさか他に大型種の魔物がいて追いやられてるとか?」
「いや、どうだろう。人間が奴隷として飼っているケースもあるし、その場合だと警戒心は普通より薄めかもしれない。あくまで可能性の話だが」
依頼書を丸めて紐を結んだら、イーリスに渡してニヤッとした。
「何に出会えるかは行ってからのお楽しみだ」