-注意書き-
・太中
・異能力なしの平和軸
・原作との関係は一切ございません
・とても長いです(約25000文字)時間がある時にお楽しみください
☆全年齢
では、いってらっしゃい
大嫌いだった彼奴と肩を並べて、七年。
大好きな彼奴と恋人になって、五年。
雲ひとつない快晴。
凛と咲く黄色の花々。
青空と向日葵の黄色の境界線を見つめながら、ふと、そんな事を考える。
『中也ー?如何したの?』
「…否、何でもねぇよ」
「もう少し、なんだなって」
自分のお腹をさする。
俺の中には、今、新しい命が入っている。
いや、正確には、新しい命”達”か。
可笑しいと思うだろう。
俺だって、首領から云われた時は耳を疑った。
“男性でも身篭れる体質” だなんて。
でも、俺は今とても幸せだ。
俺が居て、隣には当たり前のように太宰が居て、お腹の中には新しい命がある。
なんて、幸福なのだろう。
『…ふふ、生まれてくるのが楽しみだね 』
「嗚呼。そうだな」
『どんな子に育つかなぁ…見た目は中也に似るのかな?』
「さぁな。お前にも似る部分あるんじゃないか?」
『それは楽しみだね』
ふふっと笑う太宰は、本当に幸せそうで。
この中に居れる俺もまた、幸せだ。
「にしても、よくこんな場所知ってたな」
『でしょでしょー?中也を喜ばせたくてさ、私、一生懸命探したんだからね?』
「(笑)ありがとよ」
360度見渡すと、視界には、青空の青と向日葵の黄色が写る。
太宰によれば、花畑の名所なのだそうだ。
季節によって、様々な花を咲かせるらしい。
『…この子達にも、見せてあげたいね』
「嗚呼。此奴等が生まれたら、また来ようぜ」
『ふふ、勿論』
何時かまた此処に来れると思うと、それだけで心が踊る。
今度来る時は、四人になっているのだ。
お腹の子は、双子だから。
『…却説、最後にぐるって一周したら帰ろうか』
『歩くのキツいでしょ』
「おう。有難うな」
出会った時はこんな優しくなかった癖に、
今ではすっかり親になる準備は出来ています、という雰囲気だ。
少し面白くもあり、微笑ましい。
辺りいっぱいに咲き乱れる向日葵達を、目に焼き付けるように見渡していく。
また来た時、”こんな景色だったね”って、笑い合いたいから。
「…綺麗だ」
『中也の方が綺麗だけど?』
「お前なぁ…!!///」
『あ、照れた〜(笑)』
「煩ぇッ!!/////」
憎まれ口を叩きながら、向日葵畑に挟まれた道を歩いて行く。
暫く歩くと、太宰が歩みを止めた。
『…あ、見て。彼処で向日葵売ってるみたいだよ』
「え?」
太宰が指を指した方向を見ると、看板に「向日葵販売店」と可愛らしい文字で書かれていた。
『記念だし、二本買ってく?』
「嗚呼。まあ…折角なら」
『ふふ、じゃあ此処で待ってて。私が買って来るよ』
「いや、俺も払う」
『いーの。私に買わせて』
財布を出そうとした俺を半ば強引に押し切った太宰は、スキップ混じりで売店へ駆けて行った。
『ちゅーや!見て見て〜綺麗でしょ』
「おぉ…花畑の奴よりかは小さめなんだな」
『花束用に品種改良した物なんだって』
『何処に飾ろっかなー♪』
黄色の飾帯で一本ずつ包装されている向日葵を嬉しそうに見つめる太宰。
まるではしゃぐ少年の様な、無邪気な笑みだった。
十五歳の頃の彼奴の様で、少し懐かしさを覚える。
『中也。最後に行きたい処があるんだけど…いいかな?』
「?別にいいけど…」
『付いてきて』
「おう…」
心做しか、太宰の気分が上がっている気がする。
何か良い場所にでも連れて行くのだろうか。
『此処だよ』
「…!!」
太宰に連れて来られた場所は、少し高い丘。
360度、青と黄色に囲まれていて、まるで夢の世界の様だった。
『店員さんにね、教えて貰ったんだ』
「綺麗…」
思わず見とれてしまう。
幾千にも連なる向日葵は、此処から見ると絨毯の様で、風が吹く度に大きく揺れていた。
『…中也』
黄色と青を背に、俺を真っ直ぐに見つめる。
少しばかりのそよ風が髪を揺らす。
プロポーズの時の事を想起させ、ほんのり顔を紅く染めた。
『あのね、向日葵には或る花言葉が付いてるんだって』
「花言葉…?」
『そう。”貴方だけを見つめる”って花言葉』
「……」
『だから…ね、中也』
俺の手を取ると、其の手に先程買った一輪の向日葵を託した。
薬指に付けた銀色の指輪がキラリと光る。
微笑みながら、更に続ける。
『私は、中也の結婚相手として、必ず君を幸せにすると約束しよう』
『ずっと、中也だけを見つめてるから』
『だから…』
言葉を後押しする様に、風がぶわっと吹く。
其の時だけ、世界の音が消えた気がした。
『___私の隣に、ずっと居てね』
「…!!」
今迄で一番、愛おしそうに優しく微笑んだ。
「…狡ぃよ、太宰」
『良いじゃない♪二回目のプロポーズみたいで♪』
『それで…返事は?』
「…態々訊かなくても判るだろ」
『ふふ、もう一回聞かせて?』
悪戯っぽく笑う。
惚れた弱みと云うべきか、普段の優しい太宰とは違う所もまた、愛おしいと感じた。
顔を上げて、しっかりと太宰を見つめる。
「…返事は勿論、はい、だ」ニコッ
『!!』
「手前こそ、俺から離れるんじゃねぇよ」
『ふふっ、もっちろん!』
高らかに宣言すると、俺を腕いっぱいに抱きしめた。
向日葵で繋がれた俺達の糸は、きっと消えることは無い。
お互いが、お互いを離さないと決めているのだから_____
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________________
時は流れて、三年後。
俺は、無事に二つの新しい命を授かった。
上目遣いで俺を見る、四つの瞳。
どれもが宝石の様で、自然と涙が出そうになった。
生まれたばかりの新しい命は、こんなにも綺麗な瞳をしているのか。
「俺達の…子供…」
『う”ぅっ”…か”わ”い”いねぇ”…』(泣)
「おい、泣きすぎだぞ…」
『だって、可愛いんだもん!!』(泣)
今迄見たことが無い位大泣きしている太宰の腕には、双子の弟の方が抱っこされている。
俺は、双子の兄の方を抱っこしている。
『無事に生まれてきてくれてよかったっ……』
「嗚呼…良かった…本当に…」
俺は、人生で一番、幸せだ。
俺が居て、隣には当たり前のように太宰が居て、腕には新しく芽吹いた命が抱かれている。
なんて幸福な時間なのだろう。温かいのだろう。
言葉で表せない程、色々な思いが込み上げてくる。
その思いが溢れ出すように、生暖かい涙が頬を伝った。
「…名前は…如何するんだ…?」
『名前、かぁ…』
愛おしそうに腕の中の我が子を見つめる太宰。
釣られて俺も、腕の中で此方を見つめているもう一人の我が子を見つめる。
この子には、 どんな思いを込めよう。
どんな願いを託そう。
「……とうり」
ぽつりと、呟いた。
『え?』
太宰は、きょとんとした顔で此方を見た。
一つ一つの欠片を集めるように、丁寧に言葉を紡ぐ。
「とうり…桃に李って書いて”桃李”は如何だ?」
『桃李…ふふっ、すっごく素敵な名前』
『由来は、何?』
「桃は…太宰が好きな花で、花言葉は天下無敵っつーらしいんだ。だから…」
「長男らしく、丈夫に育ってほしいって願いを込めて」
『嬉しいねぇ、私の好きな花の名前を入れてくれるなんて』
「ま、まあ…折角なら…太宰の特徴、入れたいし…」
『え、何それ可愛い』
「うっせぇ…/////」
「そういう太宰は如何するんだよ」
『私?私は…』
再び、腕の中の我が子に目を落とす太宰。
暫く愛おしそうに見つめていたが、二分もせずに弾かれた様に顔を上げた。
『”ぶんや”は? 』
「ぶんや…?」
『文章の”文”に、”治”って書いて”文治”』
『文字が間違っていても文を治せる様に…何か間違ったことをしても、物語という人生の中で治してほしい…って願いを込めたの』
「…手前にしては、よく考えたもんだな」
『ちょっとー!私だってやる時はやるよ!』
「(笑)でも、良い名前だな。有難う、太宰」
『ふふ、今日からこの子達は、桃李と文治だ』
『よろしくね。桃李、文治』
「よろしくな!」
愛おしく、桃李と文治を見つめる。
二人は、何が何だか判らないという様な顔で俺と太宰を見上げていた。
これから、二人で此奴等を幸せにしていくんだ。
そう、固く決意をする。
これからの幸せな生活を、想像しながら___
__________
__________
朝
一日は、起きた子供のお世話から始まる。
《びええぇ!!!》(泣)
『はいはい、桃李どしたのー?』ヒョイッ(抱っこする)
《びぇえええ”!!》(泣)
『よしよーし…いい子いい子…』
《うえぇ…》(半泣)
覚悟はしていたが、子育ては想像以上に大変だった。
付きっきりで面倒を見なければいけないから、緊張も相まって疲れてしまう。
でも、寝る暇も無い。
だけど、何だか家族っぽいことを体験しているようで、幸せだった。
「悪い太宰…面倒見させちまって」
『いいの。中也は中也のやるべき事があるでしょ?料理も何時も中也が作ってくれるし…』
『これからは、謝るの禁止だよ?家族なんだから』
「おう…ありがとな、太宰』
中也は謝る癖がある。
家族なんだから助けるのは当たり前なのに。
でも、そういう優しい所に惚れたのだと、改めて自覚した。
昼
「桃李、文治、一緒に遊ぶか?」
《だぅ!》ニパアッ
〈あぅ〜!〉
「(可愛いな…)」
昼ご飯を食べた後は、遊びの時間。
太宰は探偵社の仕事に行っている時間だ。
休むと云って聞かなかったが、俺は大丈夫と押し切り、半ば強引に仕事に行かせた。
太宰が子育てをしてくれてる分、俺もしっかりしなければ。
《あぅ〜!》
「お、桃李は其のおもちゃが好きなのか?」
《うゆ!》
〈だぅ〜!あぅ…?〉シャカシャカ
「文治は音が鳴るやつが好きみたいだな」
〈だぅ!〉
ベッドに寝転んで、嬉しそうに手足をバタつかせている二人は、天使の様に可愛い。遊んでいる所とか、寝顔とか…数え切れない程。
桃李は俺寄りで、文治は太宰寄りの見た目だ。
流石双子と云うべきか、本当にそっくりだった。
「(大きくなったら、どんな感じになるんだろうなぁ…)」
本当に楽しみだ。
夕方
ガチャッ!!
『たっだいま〜!』
「おーおかえり太宰」
『本当御免…遅くなっちゃって…仕事溜まってて…』
「今までサボってきたツケが回ってきたな」
『うぐっ…』
その通りです、と云わんばかりに太宰は顔を背けた。
『あ!二人とも〜!良い子にしてた〜?』
《だぅだぅ!》
〈あぅ〜!〉
『うんうん。良い子にしてたんだね〜よしよーし』ナデナデ
〈うゆぅ…〉
《あぅ〜》
『二人のお世話にご飯まで…本当有難う。夜は私がお世話するから』
「否、大丈夫だ。太宰はやる事あんだろ?」
『大丈夫だって。中也は今日頑張ったでしょ?』
「でも…」
『だーめ。今日は休んで』
「…判ったよ」
『もう…世話が焼けるねぇ中也は』
「俺は子供じゃねぇわ!!」
『とか云って、過労で倒れた事がある人はだーれだ』
ニヤッと笑って俺を見る。
こういう所は気に食わない。
「…うっせぇ」
『あ、図星だから云い返せないんだ〜』
「黙れ莫迦!!!」
夜
「ふぅ…じゃあ太宰、おやす___ 」
ちゅっ
「ん!?///////」
『ふふ、お休みのキスだよ〜♪』
「てんめッ…!!心臓に悪いんだよ!/////」
『しー…子供達が起きちゃうでしょ』
「くそっ……」
『ふふ、おやすみ♪』
「…おやすみ」
これが俺達家族の日常。
疲れはするが、俺は幸せだ。
俺が居て、隣には当たり前のように太宰が居て、そのまた隣には新しい家族がいる。
それだけで幸せなのだ。
________________
________________
それから、約一年が経った。
時が過ぎるのは本当に早くて、子供達の成長もあっという間だった。
《まっ、ま⋯!》
「!!!」
「おい太宰、今の聞いたか!?」
『聞いた聞いた〜!喋れるようになったんだね〜偉いよ桃李〜!』
《うゆぅ!》
〈ぱ、ぱっぱ…!〉
『ぶ、文治!!もう一回!今のもう一回!』
〈ぱっぱ、!〉
『かっわいい〜!』
「桃李、も、もう一回云えるか…?」
《まっま!!》
「桃李いいいぃ…」ギューッ
『まってまって撮らないと!』
「スマホ…!!」
二人が初めて喋った時の感動は、言葉で表しようの無いものだった。
人間は声から忘れると云うが、忘れない為にカメラがあるのだろうか。
まあ、そんな考えは今は辞めて、目の前の我が子をシャッターに収める事に集中するとしよう。
______________
______________
更に数ヶ月後。
子供が生まれた時から、何時でも休んでいい、と社長に云われていて、有難い事に週一位の頻度で休ませてもらっている。
今日が其の日だ。
『中也。そろそろポートマフィアに顔だしてきたら?』
「え?」
中也はきょとんとしていた。
そういえば、と振り返ると、中也は最近自分の事を後回しにしてばっかりだ。
今日位は自由な時間を作って欲しいと願っての提案だった。
『今までずっと家の事に付きっきりでさ、中々行けて無かったでしょ』
「それは…まあ…」
『だから、ね?子供達は私に任せてくれていいから』
「!!其れは駄目だ!!」
『!?』
急に声を荒らげた。
何か気に食わない事を云ってしまったのだろうか。
『ち、中也…?』
「!あ、えっ、と…悪い。その…」
「…気にかけてくれて有難うな。でも、太宰にばっかり任せる訳にもいかねぇから」
『…….』
これ以上追求することは無く、其の儘一日が終わった。
思えば、此処からだったのかもしれない。
このもやもやに、もっと早く気付けていたら。
ちゃんと話せていたら。
何か言葉をかけていたら。
あんな事には、ならなかったのに。
_________
_________
ある日の事。
今日も何時も通りの日常になる筈だった。
『ん、んん…?』
『いま、なん、じ…』
寝ぼけながら何とか見つけ出したスマホの画面を見ると、8:00と表示されていた。
『は!?やっば…う”っ、ゴホッ…ヴ…ゲホッゲホッ!!』
『…風邪か…?』
でも、今頃太宰は二人のお世話に追われているだろう。手伝わなければ。
『っ…』
今すぐにでも倒れたい欲を必死に抑え、重たい躰をなんとか起こしてリビングへ向かった。
『あ、中也、お早う』
「おう。お早う」
必死に笑顔を作る。俺が休んだら太宰に迷惑がかかる。何がなんでも誤魔化さなければ。
「悪い。今日寝坊しちまって…」
『いいの。疲れてたんでしょ?』
『子供達、起きちゃったけどなんとか寝かしつけたから 』
「嗚呼…有難う」
『それと、私今日は仕事休むから。中也は休んでて』
『うっすら隈もできてるよ』
「否…いい。俺のことはいいから…」
本当は休みたい。今にだって頭がグラグラして倒れそうになっているのを、必死で抑えているのだ。
でも、太宰に迷惑はかけないように…。
ふと、太宰を見ると、いつになく真剣な顔つきになっていた。
如何したものかと口を開くよりも先に、太宰が口を開いた。
『…中也。今、君がどんな顔をしてるか判る?』
「は…?」
『私が気付かないとでも思ったの?君、風邪引いてるでしょ』
「!!」
如何やらリビングに来た時から見透かされていたらしい。
心の奥底まで見られている様で、今の太宰に言い訳は通じないと脳内が警笛を鳴らした。
「…如何して」
『判るんだよ。こうも長年一緒に居るとね』
「……」
『中也…私が云わなかったら、此の儘休まずに子供達のお世話する心算だったでしょ』
『それで倒れたら心配するんだよ。それに、子供達に移ったら如何するの?』
「…それ、は」
言い返せない自分が悔しい。
否、太宰が云っている事は全てご最もなのだ。言い返しようが無い。
『今日は休んで。お願いだから』
「…嗚呼」
太宰の圧に敗け、渋々布団に潜り込むことにした。
_____
_____
翌日。
昨日よりも頭が痛い。躰が重い。
日頃の疲れもあったのだろう。
「(太宰…今日も仕事休んで彼奴らの世話して…俺の看病も…)」
物凄く自分が情けなかった。
親として、ちゃんとしなければいけないのに。
「(太宰一人で大丈夫か…?俺も行かないと……あー…躰が云う事を聞かねぇ…)」
もどかしさで眠ろうにも眠れなかった。
早く治さないと。
早く治して、世話をしないと。太宰がしてくれた分、ちゃんと。
桃李と文治も寂しがってるよな。
嗚呼、最近、ポートマフィアにも顔出しできてないな…
皆に迷惑かけてるよな。
お願いだから、明日には治ってくれ。
______
______
また翌日。
〈びええええ!!!〉(泣)
「はいはーい。どうしたの文治〜」ヒョイッ(抱っこする)
二人分の世話、中也の看病、自分のご飯。
正直に云うと、これらを一人でこなすのは本当に大変だった。
ただ、幸い、 社長は探偵社のことは気にするなと声をかけてくれた。おかげで、家の事に集中できる。
《びぇええ!!!》(泣)
「あー桃李まで…如何したの〜?」ナデナデ
《びえぇ”ええええ!!》
「…ママが居なくて、寂しいのかな」
毎日顔を会わせてた親が急に居なくなれば、子供達が寂しがるのも無理はない。
私だって、早く会わせてあげたい。
「…中也、また抜け出そうとしてないかな…」
風邪になってから、何度も寝てと云っているのに、中也は「桃李と文治は大丈夫か」「俺がやるから」と云って聞かなかった。
その時は力づくでベッドに寝かせているものの、今度は目線で私に訴えてくる。
「………」
なんだか、もやもやする。
「…駄目だ。そんな事…考えたら駄目だ」
大丈夫。疲れて思考が可笑しくなってるだけ。
気の所為だ。
きっと、きっと…
「………」
「……私、良い親になれてるのかな」
ぽつりと、呟いた。
__________
__________
五日後。
漸く俺の風邪が治った。
これでやっと子供達の世話ができる。
「本当に有難う、太宰…迷惑かけて御免な…」
『ううん、気にしないで。中也が治ってくれてよかった』
太宰は笑っていた。目元には、はっきりとはいかないが、目で認識できる位の隈ができていた。
「…太宰、ちゃんと寝たか?」
『大丈夫だよ。心配しないで』
「太宰に迷惑かけた分、俺がちゃんとするから…」
『もう…そうしたら今度は中也が倒れるでしょ』
『本当に大丈夫だから、心配しないで』
「………」
一瞬感じたこのもやもやは、なんだろう。
でも、きっと気の所為だ。
大丈夫。
「朝飯作るから、待ってろ」
『うん。桃李と文治のことは任せて』
「ありがとな。飯は俺が食べさせるから」
『…うん。有難う』
_________________
_________________
それからまた数ヶ月後。
最後に彼奴と笑いあったのは何時だろう。
下らない喧嘩をしなくなったのは何時だろう。
彼奴の笑顔って…最近見てたっけ?
「…..枯れかけてる…」
何時の日か、彼奴と買った向日葵。
二輪とも力なく下を向いていた。
最近は他の事でいっぱいいっぱいで、花の手入れなんてしてなかったな。
「…..太宰…」
彼奴との会話が減ってきているような気がする。
喧嘩をした訳じゃない。明確に理由がある訳じゃない。
じゃあ、彼奴と俺を隔てているものは何なのか。
俺には判らなかった。
________________
カタカタカタ
無機質なキーボードの音だけが耳に入ってくる。
もう考える気力が無い。否、考えたくない。
何かをしていないと、今にも壊れてしまいそうだ。
最近、中也との会話が減ってしまった。
一体何時からこうなってしまったのだろう。
私と中也は、一体何ですれ違っている?
判らない。
子供を思う気持ちは、私も中也も同じだ。
特段喧嘩もしていない。
では、何故?
何故、こうなってしまったのだろう。
『…….』カタカタカタ
書類溜まっててよかったな。
今は何かしないと落ち着かないから。
なんて、こんな事を考える日があったなんて、一体私はどれだけ頭が可笑しくなっているのだろう。
《…あ、あの…っ》
私は、何に疲れてるんだ。
《だ、太宰さん…》
私は、
《太宰さん…っ》
私は______
《太宰さんっ!!》
『!!』
『え、?あ…』
《太宰さん…》
心配そうに顔を覗き込んでいたのは、後輩の敦君だった。
ここのところ様子が可笑しい私を心配しているのだろう。
敦君だけじゃない。探偵社の皆も。
まあ、普段仕事をサボっている私がちゃんと仕事をしているなんて珍しいからな。
自虐的な笑みが零れる。
《太宰さん、あの…何か…ありましたよね?》
『…敦君が気にすること無いよ。此れは私の問題だ』
《でも…》
『いいの』
私の心は、もやもやがかかった儘だ。
あの日から、ずっと。
〈…はぁ…いきなり真面目に仕事をしだしたかと思えば、何をそんなに悩んでいるんだ、太宰〉
『…国木田君』
《国木田さん…》
〈大方、家族のことだろう〉
『!!』
私と中也の間に子供が居ることは、探偵社の皆は把握済みだ。
把握済みというだけで、特段それに関して話が盛り上がる事は無いが。
『…まあ、違うって訳でも無いけど』
〈図星か…全く、曖昧な云い方をするな〉
はぁ、と大きなため息を一つ吐くと、更に言葉を続ける。
〈貴様の目はここのところずっと虚ろだ〉
〈太宰、お前は、何に囚われている〉
『……』
“囚われている”
噛み締める様に心の中で復唱した。
其の言葉は、何かが水の中へ沈む様に、私の胸の中にすとんと落ちてきた。
私は…
〈お前は親である以前に、一人の人間だ〉
〈自分のこと位、自分で把握しておけ〉
『…うん』
〈こうも太宰が大人しいと調子が狂うな…〉
ぶつぶつ文句を云いながら、国木田君は去っていった。
再びパソコンに目線を戻すが、先刻の言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。
“お前は、何に囚われている”
『(私が、囚われているものは…)』
“親”?
________
________
翌日。
何時もの様に起きて、何時もの様に挨拶を交わす。
___今日は、そうは行かないらしい。
「………」
茶色の机の上に、思いっきり主張する様に置かれた赤いベルの付いた物。
間違いなく、太宰に渡した合鍵だった。
「………」
呆然と立ち尽くす。
躰が軽くて、重力が無いのかと思って下を見たが、足はきちんと地面に着いていた。
「…….」
辺りを見渡す。
太宰の荷物は、全て無くなっている。空っぽだ。
「……」
ぽたり
「…?」
雫が机に落ちてきた。
頬を触ると、しっとりと湿っていて、酷く冷たかった。
…否、冷たく感じているだけ?
「太宰が、いない……」
厭だ。そんなの、認めるもんか。
居るんだろ?本当は。
手の込んだ事して驚かせようって魂胆だろ?どうせ。
「そうだって…云ってくれよっ…」
ぽたり、ぽたり
次々と溢れていく。
厭だ。そんなの、絶対。
「……ぁ」
目線を動かす。枯れかけの一輪の向日葵があった。前に一度だけ水をあげたおかげで、辛うじて枯れてはいない。
…否、可笑しい。花瓶には二輪の向日葵があったはず…
其処迄考えた所で、俺は漸く気が付いた。
俺は____
彼奴に、太宰に、
捨てられたのだという事を。
「っ”…!」
ポタッ…ポタッ…
「う”っ…ぅあ”…“」
「だざい”っ…“」
“ずっと、中也だけを見つめてるから”
“だから____”
“私の隣に、ずっと居てね”
「___っ”“!!!」
思いっきり、花瓶ごと床に叩きつけた。
「う”ぁああああ”!!!”」
「嘘つき、太宰の、嘘つきッ!!!!”」
「うあああ”ああああ”“____!!!!」
なんで
如何して
何故
色々な疑問符ばかりが頭を駆け回っていく。
もう、限界だ。
一度だけでも、ちゃんと太宰と話しておけばよかった。
声をかけてればよかった。
ちゃんと…云って欲しかった。
「っ”__!!」
薬指に着けた指輪に手をかける。
「…….」
だが、重力に従って力なく落ちた。
「…太宰の、莫迦…っ」
今云える最大限の暴言は、これくらいだった。
ただひたすら歩く。
後ろは向かず、前だけを向いて。
振り向けば、きっと帰りたくなるだろうから。
だから、後ろは向かない。
『…これで、いいんだよね』
いい。これでいいんだ。
私は____
「”親”になんて、なれないよ…」
力なく吐いた言葉は、宙に舞って消えた。
_______________
_______________
_______________
あれから、死んだ様に毎日を生きていた。
日が過ぎるのが遅く感じる。
あれから、何日経った?
いや、何ヶ月?
判らない。
判るのは、今が夏という事だけ。
だって、蝉の鳴き声が五月蝿いから。
「(…これから、如何しようか)」
ずっと、霧がかかった暗闇に居る気持ちだった。
俺の心はもう空っぽで、埋めようとしても埋められない。
太宰を求めているのに、其処に太宰は居ない。
底が抜けた柄杓で水を飲んでいるようだった。
《まっま…?》
〈ま、みゃ…?〉
「…桃李、文治…」
目線を下げると、俺の足にしがみつく我が子が居た。
嗚呼、駄目だ。この子達の世話はしないと…
《うゆぅ!!》グイグイ
「は?え、ちょっ…」
引っ張られるが儘に桃李に連れてこられた場所は、玄関だった。
《おそと!!》
「は、?外?」
〈おしょと!!〉
「…???」
何故、此奴等はいきなり外に出たがっているのだろう。
判らないが、兎に角今は此奴等に従うことにした。
タッタッタッ…
走った先にあったのは、近くの公園。
太宰と子供達四人でよく遊びに行った場所だ。
〈むむむ…〉
《むむむ…》
草むらで何かを探しているようだ。
俺は其の様子を唯呆然と見つめていた。
《むむ…》
〈…!あったー!!〉バッ
「??あったって…」
《!!みつけた!》
「…?何を…」
ガサッ
二人の手の中には、二つの四つ葉のクローバーが可愛らしく揺れていた。
「は、?これ…」
《あげゆ!》
〈あげゆっ!〉
「……」
突然の事で軽くフリーズをする。
急に如何して…
「…もしかして、俺が落ち込んでたから?」
《うゆ!》
〈コクコク〉
「…二人共…」
何も云ってないのに、表情だけで判るなんて。
観察眼の鋭さは、太宰譲りだろうか。
「…桃李…文治…」
二人にクローバーを渡されて、俺は漸く気が付いた。
俺は、まだ空っぽじゃない。
此奴等が居る。
大切に育ててきた子供が居る。
なら、
「…ありがとう、二人共…っ」ギュッ
《うん!》
〈うゆっ!〉
ちゃんと、育てよう。
何時か、太宰も帰ってくるかもしれない。
二人に「頑張れ」と応援されたのならば、まだ希望を捨てるのには早い。
大丈夫。俺は、まだ、空っぽじゃない。
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____________
数日後、子供達を連れて、久しぶりにポートマフィアに顔を出した。
部下や幹部の人達皆が俺に駆け寄って、口々に心配や労りの言葉をかけてくれた。
《中也、大丈夫だったかえ?》
「姐さん…」
心配そうに眉を下げて尋ねる姐さん。
顔を見るのも久しぶりで、懐かしい感覚が込み上げてくる。
「…色々あったんです」
「だから…その、話、聞いて呉れませんか」
不甲斐ないとは判っている。
でも、相談しない事には何も始まらないと思った。
あの日、話さないで後悔してしまったのだ。もう、同じ事はしない。
《…なんじゃ、漸く頼ってくれたか》
「え?」
《此処に来る度、段々中也の様子が可笑しくなっていると噂になっておったんじゃぞ》
《そして、中也は人を頼らなさすぎなんじゃよ》
《少し位覚えんか》
「うぐ…済みません」
《まあ、何はともあれ、大事な幹部からの頼みじゃ》
《何でも話すとよい》
「有難う御座います…っ」
《お礼等しなくていい。さぁ、別室で話そう》
《子供は、首領とエリス穣に遊んで貰うでよいな?》
「はい…っ!」
“話したい”と一言云っただけなのに、数十キロの重りが外れた様に、躰が軽くなった気がした。
人を頼るのは、こんなに大事な事だったのだ。
つくづく俺は莫迦な奴だと思う。
《…却説、中也》
「はい」
《先ずは…否、単刀直入に聞くとしよう》
《何に悩んでいるのかえ?》
「…其れは…」
云いかけて口を閉ざす。
最初は太宰と一緒に子供の成長を見守れて楽しかったし、幸せだった。
否、最初だけじゃない。今だって楽しいし幸せだ。
でも…
「…何時だったでしょうか…太宰とすれ違うようになってしまって」
「別に、喧嘩をしたとか、そういう訳では無いんです。ただ…」
「俺は彼奴に迷惑をかけたくない一心で、何でも自分からやろうとしてきたし、風邪を引いてもやろうとしてました」
「それで…太宰に怒られたんですよ。”すごく心配するし、子供に移ったら如何するんだ”って」
言葉にしてみると、何ともまあ情けない話だ。
でも、姐さんは口を開かず、黙って話を聞いていた。
「その時からですかね…彼奴と会話をする事が段々減ったんです」
「話そうにも話せなくて、何が俺と太宰を隔てているのかも判らない儘…彼奴は、出て行きました」
《…そうか》
《成程のぅ…》
「…済みません。こんな情けない話…」
《この世に完璧な人間はおらん。謝るのは禁止じゃぞ》
「…はい」
何時かの太宰も、そんな事を云っていたな。
ふと、懐かしい気持ちになる。
《…先程、中也と太宰を隔てているものが何か判らないと云っていたな》
「はい」
《其れは、太宰に対する”信頼”じゃよ》
「しん、らい…?」
《そうじゃ》
何を根拠に云っているのか判らなかったが、不思議と合ってるような気がした。
《中也は、太宰に迷惑をかけたくない一心で、今迄子育てをしてきたのじゃろ?》
《其れが太宰には、頼られていない様にみえたのではないか?》
「……」
すごく的を得た発言だった。
確かに、云われてみれば…
《太宰も、中也に休んで欲しいと、自分一人でも大丈夫だと、そう云いたかったのじゃろ》
「…太宰が、そんな事を…」
《じゃが、風邪になっても尚動こうとする中也に、太宰も段々違和感を覚えてきたのじゃろうな》
《自分は”親”として頼り無いのか、と》
「…!!」
すごく合っている気がした。
思えば太宰は、俺がやろうとしたら何時も大丈夫って強引に押し切っていたな…
もしかして、そんな思いがあったから…?
《…中也》
「はい…」
《子育ては、大変じゃろう》
《私は経験した事が無いが、最近の中也を見ていれば、其の辛さは容易に想像できる》
《子育ては、一人でこなせるようなものじゃない》
《だからこそ、親は二人居るのだと私は思う》
「一人じゃ、できないからこそ…」
《勿論、一人で子育てをしてきた人もおるぞ。例外なんて沢山いる》
《じゃが、頼れる人がいるのなら…頼ってみる事も時には大切だと私は思うぞ》
「姐さん…」
姐さんの言葉は、水にスポンジを入れた時みたいに、深く深く胸に染み込んだ。
あの時のもやもやの正体は、之だったのだ。
俺は、太宰を信頼しきれていなかった。
心の何処かで、太宰一人で大丈夫か、俺も何かしないと、という不安に駆られていた。
其れが判っただけで、幾分か心が軽くなった気がする。
「…本当に有難い御座います、姐さん。俺のもやもやが漸く晴れました。 」
《それなら善かった。また何かあったら何時でも云ってくれてよいからな》
「はい…本当に有難う御座います。姐さんがいなかったら、俺は…」
《いいんじゃよ》
《そして、太宰にも事情を聞け。あの太宰がお主のことを嫌いになる事は早々無いだろう》
「…ははっ、確かに、そうかもしれませんね(笑)」
《うむ。では、行ってこい。やる事が見えたじゃろ?》
「はい!」
もう、俺は迷わない。
ちゃんと太宰と話し合おう。
きっと、太宰も何かもやもやを抱えていた筈だ。俺の様に。
大丈夫。また会える。
いっぱいの希望を胸に、しっかりと顔を上げた。
______________
探偵社で仕事をして、寮に帰る。
それだけの日々。
自分で決めたのに、何処か色が足りないと感じている自分が居る事が、酷く情けなく感じた。
『…中也…』
大事に飾っている、一輪の向日葵に目を向ける。
枯れかけていたが、毎日きちんと水やりをしたおかげで、なんとか下がった茎が上がりつつある。
これだけは持っていきたくて、家を出る時に持ってきたのだ。
『…ほんと、自分から離れておいて、いいご身分だなー…』
薬指に嵌めた指輪を見ながら、自虐する様に笑って呟いた。
蝉が五月蝿く鳴いている。
もう、夏なのか。
……
夏かぁ…
ピンポーン…
『…?誰だ…?』
物思いに耽っていてぼやけていた意識は、軽快なチャイムの音で一気に押し戻された。
今は、夕方と夜の間位。こんな遅い時間に何用だろうか。
ガチャ
『!』
《あ、太宰さん!》
《よかったぁ…出てくれて…》
『敦君じゃないか。こんな時間に如何したんだい?』
《え、あ、えっとですね…》
『?』
目線を右往左往させながら焦る敦君に疑問を覚える。一体何をしようとしているのだろう。
《えっと…一寸部屋に入れてくれませんかっ!!》
『え?』
余りにも唐突すぎるお願いに、思わず間抜けな声を上げた。
『えっ、と…何かする心算?私の部屋には何も…』
《いいんです!お願いしますっ!》
『…??』
彼が何のために来たのかは判らないが、余りにも必死そうな目に完敗し、部屋に入れる事にした。
《一寸台所を借りてもいいですか?》
『別に構わないけど…』
《有難う御座います!》
料理をする心算だろうか。
ふと目線を下げると、敦君の手にはビニール袋が握られていた。
スーパーのロゴが付いているから、買い物袋だろう。
わざわざ私の家で作るという事は、私の分まで作ってくれるという事だろう。
「(でも、何故私に…)」
彼の真意は判らない儘だったが、お腹も減っていたので、有難く作ってもらう事にした。
一時間後。
台所からなんとも美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
《太宰さん!どうぞ》
『おや…随分と美味しそうだねぇ』
《有難う御座います!自信作なんで…!》
テーブルに置かれていたのは、鶏肉をふわふわの卵で包んだ親子丼だった。
敦君は、料理も出来るのか。
普段は見れない新しい一面だ。
『じゃあ有難く…頂きます』
《頂きます!》
『……』
誰かと一緒に「頂きます」を云うなんて、何時ぶりだろう。
多分、家を出て以来だ。
懐かしくて、もどかしくて、何とも云えない気持ちになった。
『……』パクッ
『!!』
《ど、如何でしょう…?》
『すっごく美味しいよ〜!流石敦君だね〜』
《!本当ですか!?有難う御座います!》
誰かと手料理なんて久しぶりで、飢餓状態から生き返った様な気持ちになった。
『…(中也は…今頃如何しているのかな)』
子供達を幸せにしているだろうか。
勝手に子供達を放置したのだから、きっと今頃怒っているだろう。
もしかしたら、新しい人を見つけたのかもしれない。
『……』
《!?だ、太宰さん!?》
『…?如何したんだい、敦君』
《否…太宰さん、泣いて…》
『え?』
吃驚して、自分の頬を触る。
其の頬は濡れていて、酷く冷たかった。
『……(気付かなかった)』
《…矢っ張り、何かありましたよね》
『……』
《あの、僕、太宰さんの力になりたいんです!》
《僕じゃ頼りないし、大した解決策も出せないと思うんですけど…話なら聞けます!》
《少しでも、太宰さんの力になりたいです》
『…敦君…』
私はなんて素敵な部下を持ったのだろう。
そう、しみじみと感じる。
こんなにも真剣な目で見つめられては、私も断りづらいじゃないか。
『…そうだね。じゃあ、私の話、聞いてくれるかい?』
《はいっ!》
『…有難う』
その後食べた親子丼は、美味しくもあり、甘くもあり、一寸だけしょっぱかった。
『…却説、長くなるんだけどいいかな?』
《大丈夫です。どうせなら、此処で全部吐き出しちゃってください》
『ふふ、有難う』
『…本当、情けない話だよ』
息を吸って、吐いて、呼吸を整える。
恥ずかしい話だけど、折角最後まで聞いてくれると云ってくれたのだから、話してしまおう。
大丈夫だ。敦君は、優しいから。
『中也と子供達と一緒に過ごせて、私は本当に幸せだったんだ』
『でも…日が経つにつれて…中也が何でもかんでも一人でやりたがるようになったんだ』
『中也は元から優しい性格だから…頼る事に慣れてないんだろうね…』
《……》
今は無き日常の、淡い記憶に浸る。
懐かしい感覚と、笑顔と、確かにある優しさ。
之を私は、”日常”から”記憶”に変えたのだ。
日常を捨てて、記憶として仕舞うように選択したのは、間違いなく私。
『だから、頼って、とか、私は大丈夫、とか、何回も云ったんだ』
『でも…』
『あの子ね、自分が風邪で寝込んだ時でさえ動こうとしたんだ』
《そんな…》
『色んな感情でぐちゃぐちゃになったのを、必死で抑えていたよ』
『私は、そんなに頼りないのか…とかね』
《……》
今思えば、きっと、中也は中也なりに気遣っていたのだろう。優しい子だから。
でも、今更気付いた所でもう遅い。
『そこから、どんどん会話は減っていったよ』
『喧嘩をした訳じゃない。子供達を思う気持ちが変わった訳でも無い。でも、何かで私達はすれ違っている』
『きっと、中也も判っていたのかもね…』
《じゃあ、なんで家を出たんですか…? 》
『…私は、親になんてなれないから』
《…!!》
『きっと、良い親になれないんだ。私は』
《そんな事…!!》
『国木田君に訊かれたんだよ。お前は何に囚われている、って』
『その時に気付いたよ。私は、”良い親”に囚われていたんだ』
『囚われすぎて、自分の思いや行動が正しいのかも判らなくなった』
『もしかしたら、知らないところで中也を傷つけていたのかもしれない』
『もう…無理なんだよ、私は』
たったそれだけの理由で家族を捨てるなんて、なんて恥ずかしい話なのだろうと思う。
でも、中也を傷つける位なら____
《…そんな事ないです》
『え?』
《太宰さんは、すごく頑張ってると思います。悩む位、家族を思っているんですよね》
『……』
「頑張ってる」なんて、そんな言葉を貰ったのは初めての事だった。
《太宰さんは、良い親ですよ。優しいし…あ、あと、偶に家族の事を話してる太宰さんの笑顔、すっごく素敵です!!》
《それに、本当に良い親じゃないなら、今頃こんなに悩んでいませんよ》
《太宰さんは、ちゃんと家族を思いやれる良いお父さんです!》
『…そう、なのかな』
《はい!僕が断言できます!》
真っ直ぐに励ますやり方は、とても彼らしいものだった。
其の言葉一つ一つに思いがあって、なんだか救われた様な気持ちになる。
《…太宰さんは、後悔してないんですか?》
『…それは、…』
してたさ。毎日。
してない振りをして押し込んでた。でも、本当は毎日嘆いていた。其れを自覚したのが今日ってだけ。
もう駄目なんだ。戻れない。
家族を捨てた奴だ。許してなんて呉れないだろう。
だから____
《戻らないって、云う心算ですか》
『……』
見透かしたのか、偶然か、私が口を開くよりも先に、敦君が私の考えていた事を云った。
《もし、今やらなかったら…きっと、後悔すると思うんです》
《それに____》
私の目をしっかりと見る。
敦君の目には、私が写っていた。
《家族が大好きな気持ちがあるなら、きっとまた、家族に戻れますよ》
『…!! 』
“家族が好きだという気持ちがあるなら”
すとんと心に落ちてきた。
嗚呼。そうだ。
私は、
まだ、
ちゃんと、
『…まだ、中也と、子供達と、一緒に居たい』
『家族に、戻りたい』
『中也と…話したい』
生温い涙が頬を伝う。
此の涙が一番、自分の思いをよく表していると思った。
後悔と、決意と、懇願。
『…私、もう一回戻るよ』
《!ほんとですか!?》
『うん。有難う敦君。君が助言して呉れなかったら、私は多分後悔してたと思う』
《いえ!お役に立てて、善かったです》
《また何かあったら、僕でよければ何時でも聞きますから!》
『うん。有難う。もう遅いだろう?部屋まで送って行くよ』
《いえ、そんな、お気になさらず…》
『ううん。長い話を聞いて呉れたんだから、之位はさせて』
《じ、じゃあ…お言葉に甘えて…》
遠慮深い所もまた、彼らしいと、くすりと笑った。
《送って呉れて、有難う御座いました》
『お礼を云うのは私の方だ。本当に有難うね』
《いえ!頑張ってくださいね》
《じゃあ…おやすみなさい》
『うん。おやすみ』
バタン…と扉が閉まり、ガチャリと鍵をかける音を最後に、辺りは蝉の鳴き声に包まれた。
『…中也… 』
それから、私と彼の、大切な子供達。
もう、大丈夫。
覚悟はできた。
君に、もう一度会いに行こう。
しっかりと顔を上げる。
紺に包まれた夜に、はっきりと黄色の満月が輝いていた。
____________
____________
雲ひとつない快晴。
凛と咲く花々。
嗚呼、あの日と同じ儘だ。
《ままっ!きれいだね!》
〈……〉ジー
はしゃぐ桃李と、興味津々に見つめる文治。
今日は、二人を連れて、何時かの向日葵畑へ来ている。
「(…あの日、太宰が云っていたもんな)」
“この子達にも、見せてあげたいね”
「…彼奴も居たら、善かったのにな…」
口での約束なんて、所詮はこんなものだ。
でも、太宰なら、きっと…
なんて期待で上がった気分は、また沈む。
《まま、!こっち!》
「嗚呼。直ぐ行く」
子供達には、太宰の事は「今は遠くにいる」とだけ伝えている。
幼い子供達に真実なんて話せる訳は無くて、苦し紛れの言い訳だった。
嘘を付くのも心苦しいが、仕方の無い事だ。
…否、太宰の事ばかり考えるんじゃなくて、先ずはちゃんと楽しもう。
見せたかった景色を、二人で約束した景色を、子供達に見せられているというだけで嬉しいのだから。
…でも、矢っ張り気になる。
「太宰…」
“ずっと、中也だけを見つめてるから”
“だから____”
“私の隣に、ずっと居てね”
「太宰…っ」
お前はもう、あの向日葵を捨てたか?
指輪は、まだ嵌めているか?
「もう一回、会いてぇよ…」
________________
嗚呼、覚えている。
青と黄色。
隣に君が居た時の温もり。
新しい命が生まれるという高揚感。
無邪気な笑顔。
一つ一つ、全部。
『…一人で行くのは、一寸寂しいな』
ぽつりと呟いた言葉は、風にかき消された。
私が立っている場所は、何時かの丘。
あの子に、約束を誓った場所。
『……』
ポケットからスマホを取り出す。
“中原中也”と書かれた電子文書を押そうとして、辞めた。
本当は、今来てるって、君との思い出の場所に来たよって、云いたかったんだけど。
『(二人は、どれくらい大きくなったかなぁ…)』
中也の事だ。優しく愛情いっぱいに育ててくれた事だろう。
淡く、温かい記憶は、約束をしたあの日の記憶ヘ移っていく。
『(私は本当に莫迦だ。自分から約束したのに)』
“ずっと、中也だけを見つめてるから”
“だから____”
“私の隣に、ずっと居てね”
大事な約束を切ったのは、紛れもなく自分。
君は、あの日の向日葵を、もう捨ててしまったのだろうか。
指輪を、まだ嵌めているのだろうか。
『中也…』
『もう一度、会いたいな…』
______________
「ほら、見てみろ。綺麗だろ?」
〈きれいっ!〉
《おはな、すごいっ!》
「(笑)だろ?」
目の前に広がる、黄色の絨毯。
そして、青空。
あの頃と、何も変わっていない。
まるで時間旅行したように、あの日と同じ景色が広がっている。
蒼々とした草原は、所々踏み潰されていた。
「(…太宰は、来たのかな)」
スマホを取り出す。
“太宰治”と書かれた電子文書を押して、文字を打とうとして、手を止める。
「(…否、急に電子文書しても返してくれるのか…?)」
一つの疑問が頭に浮かぶ。
〈まま?〉
《どーしたの?》
「…否、何でもねぇよ」
《むぅ……》
〈…?〉
少し不満そうな顔をして顔を覗き込んでいる二人。
いけない、今日は純粋に楽しむと決めたのに。
〈…まま、かなしい?〉
「え、…」
唐突に図星な事を云われ、思わず声を上げた。
矢っ張り、太宰の遺伝子を受け継いでるんだな。 なんて、場違いな考えを頭で巡らせていると、今度は桃李が口を開いた。
《ぱぱ、いないから?》
「……」
太宰が、いないから。
またもや図星。
「…そうだな。パパが居ないのは、矢っ張り寂しいよ」
《そっか…》
《ぱぱ、会えない?》
「…それは…」
寂しそうな顔をする桃李。
連絡手段が無い訳では無い。電子文書も送ろうと思えば送れる。
でも…
「…御免な二人共。心配かけたな」
「ママは平気だから、な?」
〈うん…〉
《……》
返答に迷った俺は、重くなった空気を明るくしようと、何とか取り繕った。
二人は悲しそうな顔をしていたが、それ以上聞いてくる事も無かった。
_____________
『…あ、』
そこら辺をぐるぐる歩いていると、見慣れた店を前に足が止まった。
「向日葵販売店」と、可愛らしい文字で書かれた看板が立てられている。
『向日葵…買って行こうかな…』
特別な意味がある訳では無い。
唯、中也との思い出に縋り付きたいだけ。
『……』カサリ
腕に抱えられた、二輪の向日葵。
向日葵と同じ黄色の飾帯で包装されている。
綺麗に咲いているのに、何処か違う。
此の花には、約束なんて無い。
思い出も無い。
あるのは、虚しさと悲しさだけ。
『はぁ…』
会いたいけど、怖くて会えない。
電子文書も送れない。
『(敦君に云われて、ちゃんと覚悟を決めた心算だったんだけどなぁ…)』
自分が憎らしい。
『…帰ろ』
________________
「向日葵販売店」と可愛らしい文字で書かれた看板。
此処もあの日と変わらずのようだ。
「向日葵、一本ずつ購ってくか?」
〈!かう!〉
《やったー!》
はしゃぐ我が子が本当に愛おしく、これは特別綺麗な物を選ぼう、と変な決心をした。
「ほら、」カサッ
〈きれい〜!〉ニコニコ
《ありがとぉ!》ニコッ
「大切にしろよ」
《うん!》
〈うんっ!〉
満面の笑みで花を抱える二人は矢っ張り可愛い。
子供の笑顔は、親としてはすごく嬉しいものだろう。
一人、感傷に浸っていると、くいくいと袖を引っ張られた。
「?如何した?桃李」
《あげる!》
「え?」
余りに突然の事すぎて、素っ頓狂な声を上げた。
あげる?何を?と一瞬思ったが、俺の前には、先程購ってあげた向日葵が差し出されている。
「えっ…と、此れ、俺の為に…?」
《うんっ!》
「……」
もしかして、俺が悲しそうな顔をしてたから?
取り繕っていた事に、気付いたから?
桃李が?
〈!じゃあ、ぼくも!〉
「文治…」
兄の真似をしようとしたのか、文治も向日葵を差し出してきた。
「……」
「二人共…」
嗚呼。
此の子達は、なんて善い子なのだろう。
親の顔を見て、気付いて、気遣いまでできるなんて。
「(…やっぱ、此奴等は彼奴そっくりだわ(笑))」
ふっ、と笑みを零す。
「…ありがとな。桃李、文治」
「でも、之はお前らが持ってて欲しい」
《?》
〈?〉
首を傾げる二人に、笑って告げる。
「悲しそうな顔をしてた俺を気遣ってくれたんだよな」
「確かにパパが居なくて、悲しいし、寂しい」
「でも、もう大丈夫だ」
二人の顔を交互に見て、また微笑む。
会いたいなら、会いに行けばいいのだ。
ちゃんと話し合うって、姐さんと決めたのだから。
「パパとは、もう少しで会えるから」
《!!ほんと!?》
「嗚呼」
〈やったー!〉
もう大丈夫。
大丈夫だよ、二人共。
「……(本当、此奴等には助けられてばっかりだ)」
そう苦笑すると、ポケットからスマホを取り出した。
メールを打って、送る。
そこに一切の迷いは無かった。
「…よし」
スマホをポケットに入れると、二人に向き直る。
「まだ見るか?もう帰るか?」
〈もうちょっと!〉
《みる!》
「判った。じゃあ最後に全体を一周するか」
《うんっ!》
〈やったー!〉
会えるかな。
もう一度。
______________
カッコー、と信号が変わった事を知らせる軽快な音と共に、待っていた人が一斉に渡り始める。
『(中也とは、何時話そう…)』
『(どうやって誘えば…)』
ぐるぐると思考を巡らせる。
なんとか自然に…は無理か。
『はぁ…』
もう何度目か判らないため息を吐く。
中也と会いたい。会えない。
この二択が頭の中でずっと殴り合っている。
『(決意したじゃないか、あの時)』
『(また会いたいって、家族に戻りたいって…)』
むしゃくしゃして、思わずスマホを取り出す。
『…え』
電子文書への受信。
相手は____
『中原、中也……』
街の喧騒が消えた気がした。
目の前の突然の出来事がにわかには信じがたくて。
でも、確かに送り主は”中原中也”と表示されている。
『中也…』
恐る恐る、電子文書箱を開く。
『!!』
____”あの丘で、待ってる”
『…っ!!』
弾かれた様に後ろを見ると、全速力で来た道を走って行く。
人にぶつかっても構わず、ただ、ひたすらに。
思い浮かべているのは、たった一人の、私の婚約者。
『中也…っ!!』
______________
「(返信来たかな…)」
ちらりとスマホを見ると、まだ返信は来ていない。
「(既読は……)」
「!」
俺が送った一通の伝言の横には、”既読”の文字が付いていた。
「太宰…!」
《?まま?》
〈まま?〉
「…ああ、いや、何でも無ぇよ」
早る気持ちを抑えて、何事も無かったかの様に笑う。
嗚呼、やっと、会える。
_____________
『はあっ、はあ…っ”、』
こんなにがむしゃらに全力で走ったのは久しぶりで、息が切れるが、それでも足は止まらない。
会いたかった。
ずっと、後悔してた。
手の中にある二輪の向日葵をしっかりと握りしめる。
“記憶”で仕舞っていた日々を、”日常”に戻したい。
ちゃんと、話したい。
もう一度、家族に戻りたい____
『はぁ…、”はぁ…、っ』
やっと、向日葵畑に着いた。
あと、少し。
あと、もう少し。
____________
子供達を連れて、もう一度、あの丘に向かう。
二人は不思議そうな目で此方を見ていた。
《ぱぱ、会えるの?》
「そうだよ」
〈ほんとー?〉
「嗚呼」
大丈夫。
きっと太宰は、来てくれる。
「…太宰…」
風の音だけが聞こえる。
だけど、其の声は、真っ直ぐと俺の耳に届く。
『なあに?』
「____!!」
聞き間違い?
後ろを振り返る。
___違う。
ぼやける視界には、ちゃんと見慣れた外套を羽織った男が居る。
太宰が、居る。
「__太宰っ!!」
強く、強く、抱きしめる。
太宰も負けじと強く抱きしめ返す。
嗚呼、懐かしい。
温もりと、安心と、それから、優しい匂い。
全部、太宰だ。
『中也、中也ぁ…』
声が震える。
嗚呼、この感覚、この温もり、全部、 中也だ。
久しぶりの感覚に、涙がぼろぼろと零れていく。
嗚咽の様に、苦し紛れに声を出す。
『ごめん、御免、中也…っ』
色々な感情が一気に押し寄せて、薄っぺらな謝罪しかできない。
違う。もっと、ちゃんと。
「…ちがう」
「ちがうんだ、太宰…」
『え…?』
私の胸に顔を埋めていた中也が顔を上げる。
瞳には涙が溜まっていて、瞬き一つで零れてしまいそうだった。
「俺は、怒ってる訳じゃない…」
「約束を破った事を責めてる訳でもない…っ」
「ただ……」
ぽたりと、涙が外套に落ちる。
「太宰に会えなくて、寂しかった…」
ぽたり、ぽたりと、また外套に雫が落ちる。
なんで、今まで会いに行かなかったんだ。
なんで、今更。
なんで、出ていったんだ。
『そんなの…っ、私もだってば…!』
また、抱きしめる。
『ずっと、 後悔してた!戻りたかった…っ”!』
ぼろぼろと涙が頬を伝っていく。
ずっと云いたかったけど、云えなかった言葉を紡ぐ。
『会いたかったよ、中也…』
ああ、云えた。
やっと、伝えられた。
また、涙が頬を伝った。
《ぱぱ…?》
〈ぱぱ、?〉
『!!』
下へ視線を移す。
其処に居たのは、紛れもない、大切な我が子だった。
『桃李…文治…』
懐かしい名前を呼ぶ。
《ぱぱー!》
〈ぱぱっ!〉
ぎゅうっ、と二人を抱きしめる。
『あははっ!二人共、見ない内に大きくなったねぇ〜』
《うんっ!》
〈おおきくなった!〉
『待たせちゃって御免ね。パパ、帰って来たよ〜』
《おかえり!》
〈おかーりー!〉
『ふふっ、ただいま!』
明るく告げる。
目の前の我が子も、満面の笑みではしゃいでいた。
「…あ、太宰、其の向日葵…」
『ん?嗚呼、此れ?』
『つい衝動で購っちゃって…』
胸の前に抱いた二輪の向日葵がそよ風に揺れる。
そうだ、と閃くと、中也に二輪の内の一輪を差し出した。
『中也、はい、あげる』
「?なんか意味あんのか?」
『あの日渡した向日葵、もう枯れちゃってると思って』
「嗚呼…あれか」
思い出した様な素振りをすると、平然とした顔で答える。
「あれ、まだ枯れずにちゃんと飾ってるぞ」
『え!?本当!?』
ずい、と顔を近づける。
驚いた。真逆、ちゃんと飾ってくれていたなんて。
「本当だよ。…つか、大事な物を枯らさせる訳無ぇだろばーか」
『え、何それ可愛い』
「煩ぇっ!/////」
『んーそれなら…』
『じゃあ、今度は”家族”の繋がりの証って事で』
「家族の、繋がり…」
『うん。前は私と中也の”婚約”の繋がりの証だったから』
『それに…桃李と文治も、同じ物を持ってるみたいだし』
二人の手に握られている向日葵は、中也が購った物だろう。
家族四人でお揃いにできるのだから、我ながら良い案だと自画自賛する。
「…はは、いいぜ」
照れくさそうに笑う。
『ふふ、じゃあ決まり』
中也の手に一輪の向日葵を託す。
ふわりと風が私と中也の間を抜けていく。
あの日と同じ光景だ。
『私を待っててくれて、有難う』
『中也とまた会えて、すっごく嬉しい』
最大限の愛しさを込めて。
『私の婚約者は、隣に立って欲しいのは、中也だけ』
『これからも、ずっと家族で居てください』
「…相変わらず狡いのな、太宰は」
『ふふ、御免ね』
『それで、返事は?』
「……」
「そんなの、はい、以外に有り得ねぇよ!」
『ふふ、よかった』
優しく微笑む。
中也もまた、優しく微笑み返す。
「愛してる、治」
『私も愛してるよ、中也』
もう、言葉はいらない。
____________
____________
私は今、とても幸せだ。
私が居て、隣には大好きな中也が居て、大好きな子供達がいる。
俺は今、すごく幸せだ。
俺が居て、隣には当たり前のように太宰が居て、大切な子供達が居る。
あの日、向日葵で繋がれた糸は、切れていなかった。
例え、枯れかけようとも、懸命に繋いできた。
きっと、何処にいても、離れていても、切れることは、もう無いだろう。
お互いが、お互いを離さないと決めているのだから。
また、会えた。
それは何故か。
それは、
あの日に交わした約束。
向日葵で交わした繋がり。
向日葵の糸に引かれて。
Fin.
written by_NecoYuurei
コメント
17件
見るの遅くなったぁぁぁぁ!向日葵好きなんだよね〜 そう、なんだろう。もう感動だよ!! 1冊の小説を読んでるみたいだった!