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「洸!! 大丈夫か!?」
そう叫びながら、急いで玄関のドアを開けてリビングに入ると、テーブルが部屋の端っこに避けられたリビングの中央で、見知らぬ小綺麗で小柄なおっさんが、イケメンヤクザ3人に取り囲まれている。
「えっと。……ここはどこのヤクザ事務所ですか?」
「おー弦、おかえり。早かったな?」
いつものええ調子で、もとちゃんが軽快に笑って俺に話しかけてくる。だけど、腕を組みながら振り返ったもとちゃんのその笑顔は、今の一触即発の状況も相まってめちゃくちゃ怖く見える。
「秀太……どうしたん? 洸は? 大丈夫なん?」
電話をしてきた張本人である秀太は、今にもその知らんおっさんを食い殺しそうな形相で睨みつけていた。
部屋の隅に目を映すと、洸はまだ怯えた顔のまま、野中さんにぎゅっとしがみつき、俺と目が合うとコクコクと小さく頷いて無事を教えてくれた。
怪我はなさそうや……。
その姿に心底ホッと胸をなでおろすと同時に、確実に今回の事件の発端であるおっさんを睨みつけた。
「こいつ、洸くんの美容室のオーナー兼洸くんのストーカーや。どっかでお前がおらんことを知って、家に忍び込んで洸くんのこと襲おうとしててん」
「それに気づいたこの金髪にいちゃんが、とっ捕まえて一発くらわしたっちゅうわけや」
いや、秀太。そんな、「オーナー兼ストーカー」って。二足の草鞋履いてます、みたいな言い方ある?
ほんでよう見たらおっさん、もとちゃんが言うた通り、左側のほっぺが漫画みたいにめっちゃ腫れ上がってる。容赦ないなぁ野中さん……!
洸はまだ野中さんの背中にぎゅっと服を掴んで隠れるようにして、少し身体を震わせていた。可哀想に、ほんまに怖かったんやろな。
「前にもとちゃんが来た時に、変なおっさんがマンション覗き込んでんの見たらしくてな? 新くんから、洸くんがつけられてるかもって一回聞いてたから、もしかしてと思て俺らも交代で警戒しとったんやけど……ほんまきっちり、俺ら全員がおらん日と時間を狙ってきよったわ、このあほんだら」
こっわ。もう、秀太の発言が本物のそれやん。洸のことになったら、みんなほんまに必死になるんやから。……まぁ、そういう俺かて、例外じゃないけどな。
俺はゆっくりとおっさんの隣に屈み込むと、その耳元に、今までで出したことの無い低い声でそっと告げた。
「おい、おっさん。俺の大事な家族に手ェ出したらタダじゃおかんぞ。不起訴になろうが保釈金払おうが、どう上手い事逃げても、俺がお前のこと地の果てまで追いかけて、普通の生活出来ひんようにしたる。覚えとけよ!」
「ひぃ……っ!」
俺の言葉に、知らんおっさんがガタガタと怯えて震えだす。そうや、お前はこの重罪に気づいて、俺のこの言葉を胸に深く刻んで、これからも一生俺に怯えて生きていけ。
すっと立ち上がり、後ろで心配そうな顔をして立っている空くんの側に近寄る。そして、空くんにだけ聞こえるような高い声で、小さくおどけてみせた。
「……怖かったぁ~~」
さっきまでの修羅場モードが嘘のような俺の情けない声に、空くんは安心したかのように「ふふっ」と優しく笑った。
すると、それまで腕を組んで黙っていたもとちゃんが、ゆっくりとおっさんの前に歩み出た。
「……まぁ家族も揃ったことやし、おっちゃん、ここらで真面目な話しよか?」
もとちゃんは低く、だけど恐ろしく澄んだ声で語りかける。
「めちゃくちゃ簡単な2択や、自分の頭でよう考えて選び。
一つ目。今から警察に電話するとするわな? 金髪のにいちゃんは、突進してきた自分を止めるために一発喰らわせただけや。そんなん正当防衛の範囲内やし、事情聴取だけで朝には解放されるわ。
でもな、おっちゃんは不法侵入とストーカー規制法違反の現行犯や。最低でも20日は留置場にブチ込まれるし、客商売の美容室なんか一瞬で潰れるわな。名前もネットに実名で晒されて、家族もろとも人生が終わる。
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運良く執行猶予がついたとしてもや。おっちゃんにはずーっと『ストーカーの前科』と、警察からの『禁止命令』っていう見えへん首輪がついて回るんや。もし次、ちょっとでも洸くんの近くに現れてみ? それだけで即逮捕。次は執行猶予なんかあらへん、一発で実刑、刑務所行きや。
ほんで、二つ目。洸くんの可愛い姿が撮り溜められた自分のスマホ、今ここでバッキバキに叩き割れる? ほんでおっちゃんの免許証、俺に頂戴?
……なぁ? こんな簡単な2択、人生でなかなかないやろ?」
「……こわぁ~」
俺の脅しなんか、子供の遊びみたいなもんやった。もとちゃんが本気出したら本物ばりに死ぬほど怖い。普段優しくて、ニコニコしてる人ほど、こういう時恐ろしい本性が出てゾッとする。
「よし、おっちゃん。交渉成立やな?」
もとちゃんの冷徹なプレッシャーに耐えかね、おっさんは一瞬で自分のスマホを拳で叩き割って、免許証と一緒にもとちゃんに捧げた。
スマホの残骸と免許証を手に入れたもとちゃんは、さっきまでの冷徹なオーラを消し去り、またいつもの穏やかな笑顔に戻った。その変わり身の早さが、また別の意味でゾッとする。
「ほな、おっちゃん。忘れ物ないよう気ぃつけて帰りや? あ、言うまでもないと思うけど、今夜のこと警察にチクったら……すぐにさっきの白状した時の動画、ネットにあげるからね」
もとちゃんは、スマホの画面をチラつかせながら、天使のような笑顔でとんでもないことを言い放った。
俺らが来る前にそんな事もあったん!? 下手したら洸や野中さんまでトラウマになるやろ!
最後の最後まで、笑顔のまま背筋が凍るようなセリフを吐き捨てられたおっさんは、「ひ、ひぃぃ……っ」と情けない声を漏らしながら、這うようにしてリビングから出て行った。
ガチャ、と玄関のドアが閉まる音が響く。
「あー、終わった終わった。お疲れさん!」
もとちゃんがパンパンと手を叩き、いつもの軽いノリに戻る。
だけど俺は、リビングの片隅で、おっさんに一撃を喰らわせた野中さんが「……こわぁ」と俺と同じセリフを小さな声で吐きながら、面識のないもとちゃんを、ガチの人を見てしまった、という気まずい目で見ているのを見逃さなかった。
物理的な暴力よりも恐ろしい精神的な暴力。
優しい近所のお兄さんだと思っていた彼を、絶対に敵に回してはいけないと心に決めた夜だった。
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