テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「洸、無事で良かった」
野中さんの服から手を離した瞬間、俺は洸に駆け寄った。おっさんが部屋から消えて安心したんやろか、洸の顔に少しだけ笑顔が戻る。
「……ごめんな、弦の大事な日に心配かけて」
らしくない弱々しい洸の姿に、胸が締め付けられるように痛くなった。
「ええねん。空くんも心配して一緒に来てくれたし。それより、洸が何かに悩んでんのわかってたのに何もしてやれんでごめん」
「……ううん。俺こそ、弦は今、空くんとの事があるから、心配かけたくなかってん。それに……俺、あの人の事そんなに嫌いじゃなかったんよ。美容師としても経営者としても才能があって、優しくて従業員にも慕われてて。見た目は全然違うけど、まるで秀太にぃみたいで、尊敬してた。だから好きって言われても、いつか又前みたいな関係に戻れるんじゃないかって……」
大きな目に涙を浮かべながら、俺に訴えてくる。俺は何も言わず、その小さな身体をそっと抱きしめた。洸なりにおっさんを、大好きな秀太に置き換えて、必死に信じようとしてたんやな。それでも尊敬してる人に裏切られるなんて、そんな辛いことがあってたまるか。
「……洸くん、無事で良かった」
グッと腕に力を込めると、後ろから俺たち二人を優しく包み込むかのように、スッと空くんの腕が重なってきた。
「「え!? 空くん!?」」
秀太と野中さんが、綺麗にハモりながら大声を出す。この人たち、おっさん騒動に夢中で今の今まで気づいてなかったんか。
「あ、はい。こんばんは、蜷川空です」
二人の声に振り返り、空くんがにこりと少しおどけたように挨拶をする。うわ、空くん、俺ら以外にもちゃんと目を合わせて話せるようになってるやん!
「久しぶりやな、4、5年ぶりか?」
「僕もまだよくわかってないです」
「空くん、まだ時空の狭間彷徨ってるからな」
笑顔で答えた空くんに俺がすかさず突っ込むと、それまでずっと強張っていた野中さんの表情が緩み、やっと緊張が解けたように「ふふっ」と吹き出して笑ってくれた。
「お、もしかして、例のお隣さん? ごっついイケメンやんか!」
もとちゃんが調子良く、空くんの身体に親しげに触っている。前までの、人が苦手だった空くんの様子を知っている俺らは、思わず一瞬で顔を引き攣らせ、現場にピリッとした緊張が走った。
「はじめまして! お兄さん!さっきのやり取り、極道ものの映画を観てるみたいで、かっこよかったです!!」
空くんが目を輝かせて、もとちゃんに絶賛の言葉を訴えてる。おい空くん、俺らも言うの控えてるのに、そんなダイレクトな言葉、伝えてええの!?
「あれ、それっぽいセリフやったやろ? こないだ観た映画の真似して適当に言うたんやけどな?」
「はぁ!? あれ、嘘なん!?」
「いや、所々の単語はあってるんちゃう? でも面倒くさいやん。警察呼んだら取り調べやらなんやらで絶対朝まで寝かせてもらえへんやろ? 明日も仕事やし、それだけは勘弁」
秀太が目を丸くしてもとちゃんを見ている。
そんな秀太に向かって、もとちゃんは可愛く両手を合わせて、ごめんなさいポーズをして見せた。ちょっと、そんな顔で笑わんといてよ。こっちまで笑けてくるわ。
「……それにしても、犯罪者のおっさんの手垢がついたこれ、もう捨ててええかな」
明らかに潔癖症の顔になったもとちゃんが、汚いものを摘むようにして、おっさんが置いていった忘れ形見のバッキバキのスマホを、ブラブラとさせている。スマホと免許証って、絶妙に再発行が面倒くさい2品をきっちり選ぶあたり、もとちゃんのお茶目な意地悪さがめちゃくちゃ出てるな。
「いやや、うちに捨てて帰らんといてよ!」
そのまま秀太と二人で、ゴミの押し付け合いの小競り合いが始まった。さっきまでの修羅場が嘘みたいな、いつもの賑やかな空気がリビングに流れる。
「……なぁ、弦と空くん?」
「ん?」
俺たちの腕の中でモゾモゾと動いた洸が、俺と空くんの顔を交互に見上げてきた。
「新さんと話したいねんけど……いい?」
少し照れたように、だけど真っ直ぐな洸の表情に、俺と空くんは顔を見合わせて、「もちろん」と小さく頷いた。
そっと腕を離すと、空くんが空気を読んで「良かったら、うちで一息つきませんか?」と、まだ小競り合いを続けている秀太ともとちゃんを優しく誘ってくれる。
俺は静かに佇む野中さんに近づき、彼の右手の拳を強く両手で握りしめた。
「ありがとうな、俺の代わりに洸のこと守ってくれて」
気づけば、堪えていた涙が一気に溢れてきて、急いで腕でゴシゴシと拭った。
「……いえ、ごめんなさい、弦さん。僕……あの人の事殴ったの一発だけじゃないんです。……だから、僕が捕まらないように、秀太さんもお兄さんも警察沙汰にならないようにしてくれて。僕のせいであの人に罪を償わせられなくてごめんなさい」
野中さんは、涙を堪えるように、大切な真相を俺にだけ教えてくれた。
「……そっか。……でもな? 俺も同じ立場やったら、そうしたと思うで? 二度と洸に近づけんように、顔だけじゃすまんかったかもしれん」
秀太のことばかり言われへんな。俺も、相当のブラコンやったわ。
「……野中さん、洸をよろしくお願いします」
そう笑顔で伝えて、カッコよくその場を離れようとした。その時。
「違う、弦は、ここに残って」
「え?」
洸が突然いつもの調子に戻って、俺にピシッと命令する。何? 今から洸と野中さんのターンじゃないの!?
「新さんに、大事な話があるから」
洸はいつになく真剣な顔をして、野中さんをじっと見つめている。
待って、もしかして、俺の知らん事でもう一波乱ある感じ……!?
「え? なんで洸くん、俺じゃないん? 俺も残る!」
状況が読めずに洸から離れたがらない秀太の脇を、空気を読める空くんともとちゃんが、ガッチリ両腕を固めて、そのまま蜷川家へ強制連行していった。
モノクロナツキ
987
60
#オリジナル
モノクロナツキ
505
モノクロナツキ
654