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「待ちなさい!」 さやかちゃんが、朝倉君とマヤちゃん睨んでいるヤンキーの背中に、鋭い声を浴びせる。
「ああん? んだよ。てめーもこいつらの連れか?」
ヤンキーは、振り返ってさやかちゃんを睨みつけるが、さやかちゃんは怯まなかった。
「アタシは橘さやか。二人の友達。アンタみたいな人は許しておけないの」
さやかちゃんは、堂々たる仁王立ちでヤンキーと対してる。ヤンキーの背中側では、同じく仁王立ちのマヤちゃん、あなたは下がってなさい、戦えない娘が出しゃばるんじゃありません。
そして同じく背中側に朝倉君。二人が声を上げるより一足早くに、さやかちゃんが仕掛けた。
「せいっ!」
空手仕込みのハイキック。大鎌のように振るわれた蹴りが、ヤンキーの頭を掠める。当たったと思ったのに、ヤンキーは当たる寸前で上半身を反らして、その蹴りを回避した。
「お、その蹴りは空手だな」
ヤンキーが急に、ニヤニヤしだしたと思ったら、ファイティングポーズを取った。
両肘を肩の辺りまで上げた、ムエタイ式の構えだ。サ◯ットがあんな構えをしてた。
え、初代のバトルって、こんなに本格的なの? いや、熊とバトルの方がよっぽどだけど、こんな少年誌みたいな展開、ギャルゲーでやるか普通。
「シィッ!」
ヤンキーが鋭い声と共に、右足を飛ばして、さやかちゃんの腿に蹴る。
パシンと音高く、打撃音が響く。脚を上げて、蹴りに対する防御をするが、男の蹴りを食らったさやかちゃんは、眉根を寄せた。
「くっ……」
さやかちゃんが距離を取って、後ろに飛び退く。
飛び退いた速さを見るに、そんなにダメージは無さそうだけど、マトモにやりあったら負けるような気がする。
(あのヤンキー何!? バトルイベントは、そんなに難易度高くないはずでしょ!?)
RPGを作ってきたメーカーによる、RPGパートだけど、本質はギャルゲーのおまけ。
だから難易度はそんなに高くない、負けてもゲームオーバーとかもない。好感度アップの機会が失われるだけ。
でも、今の状況的に、それどころじゃ済まない。さやかちゃんが、朝倉君が、マヤちゃんが危ない。
(私に出来る事は………)
交番に走る? 人を呼ぶ? その時間があればいいけど、さやかちゃんが空手家とは言っても、相手も武術をやってる男、少しの猶予もないかもしれない。
(そうだ!)
私に出来る事、というか私にしか出来ない事。相手がモブじゃないのなら、出来るかもしれない。
(ステータスオープン!)
私は、半ばやぶれかぶれで、ヤンキーのステータスオープンを試みた。
後藤ケンジロウ 高校ニ年生。他校生。
性格:血の気が多い、根に持つ、舎弟思い。
好きなもの:喧嘩、強い奴、バイク、麻雀、ムエタイの師匠。
嫌いなもの:弱い奴、偉そうな奴、うるさい女、頭を使う事。
身長:172センチ。体重:70キロ。体脂肪率:15%
おお、出た。モブじゃなければ、男でも出るんだ。
って、こんな情報見てる場合じゃない、弱点は、弱点はっ!
備考:三日前にバイクで転倒、腰と肘を痛めている。
これだ!
「橘さん! そいつ、腰を痛めてます、あと肘も!」
「佐伯さん!?」
「佳奈さん!?」
朝倉くんと、マヤちゃんが、まさかの登場人物に、びっくり仰天している。
アナタ達、さやかちゃんが来た時は、そこまで驚いてなかったじゃない。
モブ娘が来るのはおかしいですか。おかしいですね。私もそう思います。
「ちっ、まだ居やがったか。だけど、どうして俺のケガを知ってやがる」
「情報屋、佐伯佳奈に分からぬ事など、一つたりともございません!」
私は、電柱の影に隠れながら、声だけは勇ましく、啖呵を切ってみる。
隠れてるとはいえ、こんな大声を出せば居場所は丸分かりだ。
微妙に情けないけど、様になってるといいな。
「へっ、言うじゃねえか……だが、ケガの情報だけで、俺様に勝てると思うなよ!」
ヤンキーがさやかちゃんに再び向き直る。
腰と肘を痛めてたって、さっきの蹴りが出せる相手だ。もう一つ二つくらい、弱点は無いものかと、情報ウインドウを下へ下へ………と行くまでも無く、結構直近にあった。
「後藤ケンジロウくん、あなたこの前、うん※を漏らしましたね!」
「なっ……!!」
「4日前、前日に食べた激辛スナックの影響で下校中にお腹が痛くなり、どうにか家に辿り着くも、トイレまで辿り着けず、お尻に大きな汚れを作りましたね!」
言いながら、更にウインドウを下ると、恥になりそうな事が、出るわ出るわ。ふふふ、無鉄砲に生きてきた自分を呪うがいい。
「おねしょ癖が直ったのは、なんと小四! 貴方の恥、何もかも満天下晒して差し上げましょう!」
「て……テメーッ!」
おお、思ったより、メンタルに来てるぞ。
プライド高そうだもんな、もっと大声で言ったら、もっと効くかな?
「このアマ! テメェからぶちのめしてやる!」
ヤンキー改め、後藤ケンジロウが、私に一直線に向かってくる。
あ、マズい。私には精神攻撃しか出来ない、肉弾戦に持ち込まれたら、下手したら死ぬ。
「待てっ!」
「させないっ!」
その刹那、私に気を取られてた後藤ケンジロウに、後ろから朝倉くんが体当たり。前方からは、さやかちゃんがローリングソバット、空手で言うところの回転後ろ蹴りを、お腹に叩き込んだ。
「ぐえっ!」
後ろから押され、勢いがついた所に前から蹴られ、流石に効いたらしい。
後藤ケンジロウは、お腹を押さえながら、前のめりに倒れて、腹を抱えて悶えている。
(た……助かった………)
自分から煽って、怒らせておいてなんだけど、ヤンキーがこっちに向かってきた時は、めちゃくちゃ怖かった。
本当に、さやかちゃんが居てくれてよかった。
後藤くんは、肉体的ダメージもあるけど、どっちかと言うと、精神的ダメージの方が大きそう。
実質、女の子二人に負けたようなもんだからなぁ。プライドはズッタズタであろう。
「な……、なんで知ってんだよぉ………。その事を知ってんのは、家族しか居ないはずなのに……」
すまんな。どれだけ秘密にしてても、チートの前では無力なのだよ。
前のめりに倒れてる、後藤ケンジロウを見たら、もう一つくらい、追い打ちをかけてやりたくなってきた。
さやかちゃんの脚に、青アザを作ったんだから、それくらいはやっていいだろう。
私は、後藤ケンジロウの近くまで歩いていくと、腕を組んで仁王立ちをした。
「ですから、情報屋佐伯佳奈に分からぬ事など、一つも無いと言ったでしょう。例えば、中学二年の時__
「そっ……それだけは勘弁してくれぇ!!」
後藤ケンジロウは、私の脚に縋り付いて、懇願してくる。
さやかちゃんは、『まだやるか』と臨戦態勢に戻ったけど、彼に力が残ってないのを見て、ふっと緊張を解いた。
「仕方無いですね。ただし、交換条件として、今後は無闇にケンカをしない、弱い者イジメをしない事を誓っていただきましょうか」
「誓う! 誓うから、頼む!」
「よろしい。では、その件は水に流してあげましょう」
*******
「橘さん、佐伯さん、助けてくれてありがとう」
後藤ケンジロウがすごすごと帰った後、朝倉くんは、私とさやかちゃんに深く頭を下げた。
「橘さんはともかく、私は礼を言われるほど、立派な事はしておりませんよ。そもそも、お二人を尾行してた事自体、褒められた事ではございませんし」
チートで相手のプライベートを丸裸にしておいて、今更言う事じゃないかも知れないが、二人の後ろをこそこそ尾行してた事が、モラル的に良い事とは思えない。
情報屋は、モラルを捨てなきゃ出来ない事。だからこそ、ヤンキーのクソ漏らしを大声で言えた訳だけど、アレほど品の無い口撃は、そうそうない。
「でも、心配して、ついてきてくれたんでしょ? それに、助けてくれたのは事実だから、お礼くらいは言わせてよ」
そう言って爽やかに笑う朝倉くん。
困ったなー。イケメンにそんな事言われたら、照れちゃうなー、得意になっちゃうなー。
「マヤからも、お礼を言わせて! 佳奈さん、さやかさん、ありがとう。マヤがちゃんと謝らなかったから、喧嘩になっちゃったし、さやかさんに怪我までさせて……ごめんなさい」
マヤちゃんは、さやかちゃんに取りすがる。その身体が、小さく震えている。
強気に出てたけど、案外怖かったのかも。
「いいのいいの。これくらいのアザ、稽古とか試合の時に、いくらでも付くんだから」
さやかちゃんは、そう言って笑顔を浮かべる。
さやかちゃんは、部活以外でも空手道場に通ってて、その道場はバチバチに殴り合うフルコンタクト空手の流派だ。
本当に、アザくらい日常茶飯事なんだろう。
「でも、助けてくれた事には、お礼を言いたいの。改めて、ありがとう」
手を取って、上目遣いで見上げる。
その顔が、ちょっと妙な感じがする。
なんと言うか、感謝とか、友情とかと言うより………恋する乙女だよね? この顔。
頬は赤いし、目はうるうるしてるし。
あー、道理で。バトルイベントをクリアした割りには、朝倉くんへの好感度が大して上がってないと思ったよ。
まあ、あのソバットは格好良かったし、強い女がカッコ良いのは普遍だよね。
うん※だの、お漏らしだので精神攻撃を仕掛ける女より、さやかちゃんに大した加勢が出来ない男より、そりゃ魅力的だよ。わかるわかる。
「あぁ……震えが止まらない………。さやかさん、ぎゅってしてほしいです」
マヤちゃんったら、ケンカが怖かったからって理由にかこつけて、さやかちゃんにハグしてもらいたいんだ〜。あら^〜、いいですわゾ〜。
「お安い御用! って、なんか佐伯さんみたいな言い方になっちゃった」
さやかちゃんは、照れ笑いをしながらマヤちゃんのハグに応えた。うーむ、見事な百合。ギャルゲーにあるまじき百合。
それを、微笑ましく眺める私、そして朝倉くん………。
っておい、朝倉くん。なんか微笑まし気に見てるけど、アナタ今、ヒロインをヒロインに取られかけてる所だからね?
主人公にあるまじき、ギャルゲーにあるまじき状況だからね?
三度目になるが言うぞ、しっかりしろよ主人公。
シュメール
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