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「およおよ、チェックアウトの時間被るなんて珍しい」
「いや、俺達一回も旅行行ったことねえだろうが。何だ、チェックアウトの時間被るなんて珍しいって」
朝起きて、フロントに行けばまだ眠そうな颯佐と、二日酔いで頭が痛いと言ったような顔の高嶺がおり、俺達を見つけると颯佐は駆け寄ってきた。
彼奴らも何事もなかったようで、平然としていた。まあ、あったとしてもそういうのは顔に出そうにないため、なんとも言えないが。
「あれ、ハルハルたちお楽しみじゃなかったの?」
「なわけねえだろ。疲れて、寝てたんだよ」
あまりにも無神経なことを言うので俺は颯佐の頬をぶすぶすと人差し指で刺した。吸い付くぐらいもちもちの颯佐の頬は、まるで生まれたての赤ん坊のようだった。風呂に入ったかは言っていないかは分からないが、この艶と張りは二三歳児とは思えない。いや、二三歳児とはまた変な日本語だが。
「ふぁあ……取り敢えず、帰ろうぜ。仕事がある」
と、高嶺は大きな欠伸をしながら言った。そういえば、こいつらは仕事があるんだったと、彼らの職業を全く忘れていた。あまりにもちゃらんぽらんというか、抜けているためだ。同じ屋根の下で共に過ごしたのに、どうも警察官という感じがしないんだよな……と我ながら失礼なことを思っている。
俺は、そんな眠たげな高嶺と颯佐を見つつ、二人の様子を保護者のように見守っている神津をみた。
(結局、最後まで手は出されなかったな)
何もなかった。
昨晩は何もなかった。
手を出されることも、キスをすることも。ただ抱きしめられて寝ただけだった。本当に恋人同士になったのか、疑いたくなるくらいだ。
俺達は初夜を……俺が拒んだ日から何も変わっていない。変わらなきゃと思っているのに、俺はずっと受け身のままだった。自ら行動を起こせれば、また何かが変わっていたのかも知れない。
(いや、変わっていたのかもって――過去形にしてる時点で、俺はダメだろ)
変わりたいと思っているのなら、変わらなければ。じゃなきゃ、俺は、俺達は、あの十年を埋められない。
「春ちゃんどうしたの?」
「いーや、何でも。さっ、俺達も帰るか。依頼人が来てるかも知れねえし」
「いや、多分来てないと思うよ?」
と、ずばりと神津に言われ、俺はうぐっと言葉を詰まらせた。
確かにそうだ。もし、依頼人が来ていれば、こんな時間まで寝ていられるはずがない。メールも確認したがゼロである。
「いいよな。お前は俺と違って、ひっきりなしに依頼がきて!」
俺は少し恥ずかしくなり、神津の肩パンを食らわせ、振返ることなくバス停に向かって歩いた。
「え、お前らまだ仲直りしてねえのかよ」
「そうだね。でも、別に喧嘩しているわけじゃないよ」
後ろで、高嶺と神津の声が聞えたが、無視をし、俺はバス停の先頭に並んだ。後ろには誰もいない。ラブホから少し離れた所ではあるが、見える範囲だし、あまりここには人が並ばないのかも知れない。
そう思いつつ、俺はバスを待った。
遅れてやってきた三人も俺の隣に立ち、バスが到着するのを待つ。
今日もまた、一日が始まるのだ。いつもと変わらない日常が。
「あー、眠ぃ……」
そんな声がした方を見れば、今にも寝てしまいそうな高嶺が立っていた。そういえば、高嶺は警察学校時代も睡眠不足で立ったまま寝ていたなあと思い出した。
懐かしくも遠い過去のように感じる。
「そういえば、みお君。掘り返すようで悪いんだけど、みお君のお母さんを殺した犯人って、本当にただの強盗だった?」
「ああ?」
神津がふとそんな質問を投げたので、寝起きの高嶺は食ってかかるように睨んだ。
しかし、神津は全く気にせず話を続けた。
その様子に諦めたのか、はたまた興味がなかっただけなのか、高嶺は「だと思うが?」と面倒くさそうに返していた。
「つか、何でんなこと聞くんだよ」
「気になったんだ。日本の警察は優秀だからね。だって、双馬市の家で起ったことだよね?捌剣市よりも犯罪件数が少ないっていっても、警察が怠けているわけじゃないだろうし、殺人も起こしてる強盗なら見つからないかなーって思って」
「実際見つかってねえんだから仕方ねえだろ。それで? 犯人が死んだか、自殺したかって言いたいのか?」
「ううん、違う。強盗は強盗でも、バックに何か大きな勢力が隠れていたとしたら……とか、ドラマ見たいな事思っちゃった」
と、神津はパッと顔を明るくした。それは、わざと何かを隠すようにも思えたが、特に突っ込む必要もないと思った。
ただ、高嶺は神津の言葉に、目を丸くした。
そして、口角を上げ、不敵に笑っていた。
まるで、面白いものを見つけた子供のような顔だ。一体、何が彼の琴線に触れたというのか。俺には分からない。
「面白えこと言うな。もし、そうだったら俺達刑事の方は動けねえかもな。それこそ、公安案件じゃねえか? 海外のマフィアだったりしたら」
そう高嶺はいって、ケラケラと笑う。
神津も、まさかそんな返答が来るとは思わなかったのか、苦笑いをしていた。
何故そこで、海外のマフィアが出てくるか分からなかったが、巷では日本に麻薬を密輸しているだとか、日本のある組織を壊滅させようとしているのだとか、情報源が分からない噂が飛び交っている。何でも、もう既に何人かのマフィアが日本に潜入しているのだとか。その理由は分からないが。
(首突っ込むもんじゃねえな……)
そう思いつつも、もしそんなドラマみたいな展開があったら……とも思ってしまった訳で。高嶺の母親を殺した強盗がそんな組織と繋がっているわけはないと分かっていても、つい想像してしまう。
もし、そんなことがあったとして、俺達が関わることなんてないだろうけれど。
そんなことをつらつらと思考しつつ、俺は寒空が広がる道路を眺めた。
相変わらず人通りは少なく、たまに犬の散歩をしている人やランニングをする人が横切る程度。車もあまり通らない。この辺りは田舎なのだ。
バスがやって来た。
俺達は乗り込み、いつもの定位置に座ると、直ぐにバスは発車した。