春が過ぎ、夏の風が町を包む頃。
秘密基地は、相変わらず七人と花純の笑い声でいっぱいだった。けれど、その中にはほんの少しのざわめきが混じるようになっていた。
――花純が誰に一番笑顔を向けているのか。
――花純は誰と一緒にいると一番楽しそうなのか。
そんなことを、無邪気なはずの少年たちは気にし始めていた。
高嗣:「ねぇ、今日さ。花純ちゃん、裕太と話してる時、めっちゃ笑ってたよな?」
二階堂がふいに口にすると、みんなの動きが止まった。
裕太:「べ、別に……俺は普通に話してただけだし!」
裕太が焦って言い返す。
俊哉:「でもでも! 俺のギャグでも笑ってくれてたもん!」
と宮田が負けじと声を張り上げる。
健永:「俺のマジックのときだって!」
と千賀が続く。
太輔:「いや、歌ってる時が一番楽しそうだっただろ」
と藤ヶ谷がぼそっと言うと、宏光が
宏光:「お前もかよ」
とため息をついた。
渉はそんな様子を横で見ていて、肩をすくめた。
渉:「……これ、誰が一番好きか勝負になってんじゃん。」
子どもたちの心の奥に芽生えた感情は、まだはっきりした恋ではない。けれど、それは確かに「嫉妬」だった。
その日の夕方。
秘密基地で遊んでいると、宮田が唐突に言った。
俊哉:「ねぇ! じゃあさ、今から“告白ごっこ”しよう!」
高嗣:「はぁ? なんだそれ」
と二階堂。
俊哉:「ほら、順番に花純ちゃんに告白して、誰が一番うまく言えるか!」
と宮田は胸を張る。
突然の提案に、花純は困惑して
花純:「えっ、やだよ……」
と首を振った。
けれど七人の勢いに押され、結局「ごっこだから」と渋々うなずいた。
トップバッターは千賀。
健永:「俺、カスミちゃんのこと……その、笑ってるとかわいいなって思う。だから、ずっと一緒にいたい」
言った途端に顔が真っ赤になり、周りが大笑いした。
二階堂はふざけて
高嗣:「俺と付き合え! 今日から!」
と叫び、花純は吹き出してしまう。
渉:「ダメだろ、それ!」
と渉がツッコミを入れた。
藤ヶ谷は意外にも真面目に
太輔:「花純ちゃんの歌声、好きだよ。俺の隣で歌ってほしい」
と低い声で囁き、花純は耳まで赤くなる。
宮田は
俊哉:「俺と結婚して、毎日アニメ見よう!」
と全力で笑わせにいった。
宏光は
宏光:「……君が笑ってると、俺まで楽しくなる」
と不器用に言い、照れ隠しのように頭をかいた。
渉は淡々と
渉:「大事にするよ。だから、俺の隣にいろ」
と、あまりにも大人びた言葉を言って、全員が
全員:「ずるい!」
と非難した。
最後に裕太。
花純と目が合った瞬間、言葉が詰まった。
裕太:「……えっと……」
沈黙が続き、七人が固唾を飲む。
やっと出た言葉は、小さな声だった。
裕太:「……俺、花純ちゃんの笑顔、すごく好きだよ」
その瞬間、花純の頬がほんのり赤く染まった。
誰よりも純粋な言葉だったからこそ、彼女の胸に響いたのだ。
秘密基地の中はしばらくシーンとした。
やがて宮田が
俊哉:「な、なんか本気っぽいよ!」
と騒ぎ出し、みんながワイワイと冷やかす。
裕太は顔を覆って
裕太:「違う! ごっこでしょ!」
と叫んだが、花純の心臓はその時から強く鼓動を打ち続けていた。
――これは**「ごっこ」**なんかじゃない。
彼女は幼いながらもそう感じていた。