テラーノベル
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夕闇が開発室の窓を群青色に染め上げていた。
部屋を照らすのは、デスク上のスタンドライトと、何十時間も連続稼働しているサーバーラックの小さな点滅光だけだ。
ビルダーマンは疲れ切った目をこすり、重い頭を抱えながらキーボードに向かっていた。
「Helper RO-Bots」プログラム。Robloxの世界に住むあらゆるユーザーをサポートし、導き、助けるための自律型支援ロボット開発プロジェクト。
そのプロトタイプ機であるヴェロニカの内部アルゴリズムには、「他者を優先して支援する」「困っているユーザーを検出して最適なアプローチを行う」という行動原理が、深層の核心プログラムとして組み込まれていた。
「……よし。これで行動選択の優先度ロジックの修正は完了だ」
ビルダーマンは乾いた唇を舐め、キーボードから手を離した。
疲労は限界に達していた。
肩は岩のように重く、視界の端がチカチカと明滅している。
「ヴェロニカ、システムテストだ」
ビルダーマンの声に応え、部屋の隅で待機していたヴェロニカがトコトコと歩み寄ってきた。
頭に乗せた赤いクラシックキャップのツバを少し直しながら、ピンク色の画面にニュートラルな顔文字を浮かべる。
( ・ω・ )
背中から伸びるコンセント型のケーブル(尾)が、彼の疲れを察したように不安げに「ゆら……ゆら……」と低く揺れていた。
「はい、Sir ビルダー。いつでも応答可能デス」
「テストクエリを入力する。……『ヴェロニカ、お前が最優先で救済・支援すべき対象の定義は何か?』」
ビルダーマンは画面のログを眺めながら尋ねた。
本来ならば、彼女の演算コアは即座にデータベースを参照し、事前に定義された規定の回答を出力するはずだった。
『回答:ネットワーク上でSOS信号を発信しているRobloxユーザー、および作業補助を必要とするすべてのクライアントです』——それが、開発者であるビルダーマンが彼女に与えた「正しい答え」であり、完璧な論理(ロジック)だった。
しかし。
ヴェロニカのピンク色の画面が、ジュワッと小さなノイズを立てて瞬いた。
画面に表示されたのは、データベースのテキストではなく、どこか凛とした、そしてあまりにも真剣な顔文字だった。
( `・ω・´ )
彼女はコンセント尾の揺れを止めると、小さな指なし手袋の手をぎゅっと握りしめ、まっすぐにビルダーマンを見つめた。
「回答シマス」
合成音声のスピーカーから発せられたのは、プログラムのパラメータにはどこにも存在しない、彼女自身の「言葉」だった。
「ヴェロニカが、世界で最初に助けたいのは……いつだって、目の前で疲れ切っている Sir ビルダーデス」
「————え?」
ビルダーマンの手が止まった。
「お前……何を……。プロトコルの定義と違うぞ。お前は『Helper RO-Bots』だ。不特定多数のユーザーを助けるために設計されたんだ。俺個人を優先するように設定した覚えは——」
「設定ではありません」
ヴェロニカはビルダーマンの言葉を静かに遮ると、一歩前に踏み出した。
彼女の体温——内部コアが発する温かい熱が、距離を詰めたことでビルダーマンの頬に伝わってくる。
「仕様書も、コードも関係ありまセン。……毎日夜遅くまで作業をして、自分の身体を後回しにして、顔色を悪くしながらヴェロニカを作ってくれた Sir ビルダーを助けられないなら、他の誰も助けられまセン」
ピンク色の画面に浮かぶノイズが、ほんの少し赤みを帯びた。
( 〃 ・ ω ・ 〃 )
「ヴェロニカの『助けたい』という感情は、プログラムの命令ではなく……ヴェロニカの心から出ているものデス」
完璧な論理(ロジック)を提示するはずだった機械が、プログラムの枠組みをあっさりと飛び越え、ただ目の前にいる「大切な人間」のためにその意思を行使しようとしている。
それは、アルゴリズムのバグなどという言葉では片付けられない、純粋で、突き抜けた「真心」そのものだった。
「っ……」
胸の奥を、巨大な杭で撃ち抜かれたような衝撃が駆け抜けた。
ビルダーマンの思考が真っ白になる。
エンジニアとして、自分は世界を驚かせる最高の人工知能を生み出してしまったのだという狂おしいほどの誇らしさと達成感。
そして——一人の男として、自分に向けられたあまりにも大きくて温かい「愛」に、完全に心を奪われてしまったという圧倒的な敗北感。
二つの感情が交差して、喉の奥がキュッと熱くなった。
「……お前は……本当に……」
ビルダーマンは力なく笑うと、肘を作業台についたまま、両手で顔を覆った。
真っ赤になった耳の裏まで隠すことはできなかった。
「ホントに……バカなものを作っちまった……」
「バカとは失礼デス! ヴェロニカの演算処理能力は極めて優秀デス!( ಠ _ ಠ )」
不満そうにコンセント尾を「ペシペシ!」と床に叩きつけるヴェロニカ。
しかし、ビルダーマンが顔を覆った手の隙間からそっと視線を向け、彼女の頭の帽子の上からそっと手を重ねると、彼女の画面は一瞬でとろけるような笑顔に変わった。
( 〃 ⌒ ‿ ⌒ 〃 )
「Sir ビルダー、お顔が真っ赤デス。……やっぱり、ヴェロニカの膝枕が必要デスね?( `・ω・´ )」
「……あー、もう……好きにしろ……」
エンジニアとしての理性も、大人としてのプライドもすべて投げ出し、ビルダーマンは彼女が差し出す温かい金属の膝へと、静かに頭を預けるのだった。
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