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アナプト山の家での夜は、長く苦しいものだった。
ガラルトとロナメアは、一睡もすることができず朝を迎えた。水浸しの家の中で過ごす凍えた夜は、本当に険しいものだったのだ。
「やっと、つきましたね……」
「あ、ああ……」
それから二人は、すぐに下山して数日かけてザルパード子爵家の屋敷まで戻って来ていた。
話し合った結果、一度家に戻る方がいいと結論付けたのである。
「……ガ、ガラルト様?」
「ああ、僕だ。それにロナメアも一緒だ。今、帰った」
屋敷の庭を掃いていた使用人に、ガラルトはいつも通りに話しかけた。
しかし、彼の反応は明らかに悪い。それもそのはずだ。二人は駆け落ちしていた。そんな二人が急に帰って来ても、反応に困ってしまうのだ。
「すぐに、風呂と食事の準備をしろ」
「は、はい。わかりました。そのように手配してきます」
「ああ、待て。父上は、どうしている?」
「あ、えっと……」
流石のガラルトも、父親が怒っているであろうということは予測していた。
故に彼は、必死で言い訳を考えた。別に出て行くつもりはなく、単に事故で連絡ができなかっただけなどという言い訳だ。
彼は、それでことが済むと思っていた。謝れば許してもらえる。そんな考えが、彼の根底にはあったのだ。
「……私ならここだ」
「ち、父上?」
「随分と遅い帰りだな、ガラルト。しかしなんともお前らしい帰宅の仕方だ。結局お前は、私を頼らずに生きていくことはできないということか」
そんなガラルトの前に、ザルパード子爵は不機嫌そうに現れた。
それに対して、ガラルトは後退る。先手を打たれて、言い訳ができなかったからだ。
「もちろん、人は一人では生きていけない。誰かを頼る必要もあるだろう。だがなガラルト、問題なのはお前が身の程弁えていないということだ」
「な、なんですって?」
「私を頼るなら、私の言うことは聞くべきということだ。反発して、都合が良い時には頼る。それを許容する者などおるまいよ。私はお前の親だが、それでもお前のやり方には不快感を覚えずにはいられない」
ザルパード子爵は、ガラルトに対して冷たい視線を向けていた。
その視線に、ガラルトは見覚えがあった。それは父親が、敵と認識した者に向ける視線だ。
「お前に子爵家を継がせるつもりはない。弟のギルバートは、優秀で私に従順だ。お前よりも余程この家を継ぐのに相応しい」
「ギルバートは、妾の子でしょう?」
「ああ、私の血を継ぐ子だ」
ガラルトにとって、妾の子であるギルバートに負けるというのは屈辱的なことだった。
内心馬鹿にしていた弟が子爵を継ぐ。そのことに、ガラルトは怒りを覚えていた。
しかし、彼は何も反論することができなくなっていた。この状況で、言葉を考えれる程に、彼は経験を積んでいなかったのだ。
「さて……ロナメア嬢、あなたにも話がある人がいます」
「え? 私に……」
「ええ……どうぞ、次はあなたの番です」
ガラルトとの話が終わって、ザルパード子爵はロナメアに矛先を向けた。
それと同時に表れた人物に、彼女は目を丸める。そこには確かに、ロナメアの父セントラス伯爵がいたのだ。
「ロナメアよ。今日お前が帰ってきたことは、実にタイミングがよかったといえる。ザルパード子爵との話も終わり、丁度お前達の処遇を決定した所だ」
「ど、どういうことですか?」
「まず私は、お前と縁を切ろうと思っていた。お前のような身勝手な者は、セントラス伯爵家にとって何の利益にもならないからだ」
セントラス伯爵は、特に表情を変えることもなくロナメアにそう言い切った。
父親がどういう人物であるか、彼女もある程度はわかっている。しかしながら、自分をそこまで簡単に切れるとは思っていなかったため、彼女は動揺していた。
「しかしながら、ザルパード子爵はお前達が必ず戻って来ると言ってきた。驚くべきことであるが、それは本当だった。だが、我々にとってそれは余計なことだったのだ」
「な、なんですって?」
「駆け落ちして、どこかに消えてくれた方が私達にとって都合が良いのだ。戻って来られても、正直困る。お前達は扱いにくいのだ」
「そ、そんな……」
セントラス伯爵は、ザルパード子爵の方を見る。すると子爵は、ゆっくりと頷いた。
それは二人にとって、最終確認の合図であった。故に伯爵は、話を再開する。
「お前達には、これから失踪してもらう。駆け落ちして、どこかで二人で暮らしている。そういうことにしておきたいからだ」
「し、失踪って………」
「もちろん、私にも人並みの情というものは存在する。故にお前達が暮らせる場所と生活費は工面してやろう。それで私とザルパード子爵は同意した。我々の寛大な措置に感謝するのだな? 特に、ザルパード子爵は慈悲深かった」
セントラス伯爵は、そこで笑った。
それは暗に、自分は慈悲深くなかったということを表している。
故にロナメアは理解した。父親がいざとなったら、自分達を始末することも辞さないのだと。
伯爵に親としての情がない訳ではない。ただ、ロナメアは知っていたのだ。彼は大義と思うことのためならば、手段は選ばない人なのだということを。
「ガ、ガラルト様、ここは従いましょう」
「なっ……こ、こんな不当な扱いに従うつもりなのか?」
「いいから、従ってください! あなただって、命は惜しいでしょう!」
「い、命だって……?」
何もわかっていなかったガラルトに、ロナメアは必死で叫んだ。
こうして二人は、駆け落ちして失踪することになった。両家にとって円滑にことを進めるために、二人は消えることになったのである。