テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「んー! アイス美味しいです!」
アイスを美味しそうに頬張りながら、心野さんは何度も何度も喜びを口にした。まず一つ目のアイスはあっという間に完食。そして二つ目、三つ目もペロリと。
僕達はカラオケ、つまりは歌いに来たはずでは……。
で、心野さんは最後の四つ目に手を伸ばそうとした。さすがに食べ過ぎだろうと思ったので仕方なしに、そして心を鬼にして、女の子が言われたくないであろうセリフナンバーワンを言い放つことにした。
「心野さん、それ以上食べると太るよ?」
「あ……」
心野さんの動きがピタリと止まった。やっぱりこのセリフ、効果が凄まじいな。でも目の前にあるアイスがどうしても気になるようで、カップに手を伸ばそうとする。が、慌てて引っ込める。でもまた手を伸ばそうとする。そして引っ込める。
心野さんVSアイスの魅力。ついに火蓋は切られたのだ。
て、アイスと戦う人の様子をこんなにも間近で見ることになるとは……。バトルものの漫画でさえ、そんなキャラ見たことないよ!
でも諦めたのか、心野さんはテーブルに突っ伏してダウン。あっという間の決着だった。タオルを投げる隙もない程に。いや、実際のところ、僕はタオルなんか持っていないけれど。例えるなら、という話。
「わ、私の負けです……」
最後の力を絞り出すようにしての、心野さんの敗北宣言。
loser、心野さん。winner、アイス。
て、なんだこれ。
「……ん? あれ?」
テーブルに突っ伏していた心野さんが、とことことこちらにやって来た。そして僕の隣に着席。さっきまで、あれだけ僕と距離を取って座っていたのに、何故?
「え? ……ええ!?」
隣に座るや否や、僕の右腕にしがみつき、密着。な、なんで? なんで急に積極的に? これって心野さんにとって鼻血を出すシチュエーションのはずなのに。なのに、しがみついてピッタリと密着したまま動かない。
しかも、僕の様子もおかしくなってきた。今までは心野さんといくらお喋りしても、何をしても、緊張なんてしなかった。でも、今はどうだ? 緊張を通り越し、今まで経験したことがない感覚を覚えた。
僕の心臓が、激しく鼓動している。
心野さんは黙ったまま、密着したまま動かない。僕の頭の中はぐちゃぐちゃになり、状況を整理できないでいた。女性恐怖症が発動してしまったのかと思ったけれど、それとはどうも違う。恐怖なんて一切感じない。むしろ、このままでずっといたいと思えてしまう。
生まれて初めて覚えた、感覚。
「――むすぎて」
心野さんが僕に何かを伝えようと言葉を発したが、声が小さすぎて聞き取れなかった。無視をすることになってしまうので、申し訳なく思いながらも、僕は聞き直すために促すことにした。彼女の言葉にしっかりと耳を傾けながら。
「ごめんね、もう一度言ってもらえるかな?」
「あ、アイスの食べ過ぎで、さ、寒くて仕方がなくて……それで、但木くんに抱きついて温めてもらおうとして……」
それが理由かい!! お猿さんじゃないんだから! というか当たり前でしょ! あれだけ一気に冷たいアイスを食べまくったんだから。理由を聞いて一気に冷静になってしまったよ!
「心野さん、ちょっと待っててね! 今温かい飲み物取ってくるから!」
僕はすぐさま部屋を出て、駆け足でドリンクバーに向かった。そこで念の為、三種類の温かい飲み物を取って部屋に戻る。
「心野さん! 温かいココアを持てきたよ! アイスの食べ過ぎで体が冷えちゃったんだよ。これ飲んで体を温めて!」
「うう……ごめんなさい」
言って、心野さんはココアをゆっくりと飲み、そしてホッとしたのか「ふーっ」と息を吐いた。少しずつ落ち着いたみたいで、僕も一安心。
でも、とりあえず後でお説教タイムだな、これは。
だけど、違った。
そうはならなかった。
「――こ、心野さん?」
ココアを飲んで体も温まってきたのだろう。心野さんは少し落ち着きを取り戻したようだ。
だけど、心野さんは先程よりも僕にピッタリとくっついてきた。密着。そして、僕に再び僕の右腕に抱きついてきた。
さっきまで少しとは違う『温かさ』を求めて。
「ど、どうしたの心野さん? やっぱりまだ寒い?」
「ううん、違います」
「だったらもう、僕にくっつく必要は……」
心野さんはふるふると、かぶりを振った。
「あのですね、但木くんに抱きついてると、なんだかすごく落ち着くんです。すごく、温かい。……あ、迷惑だったら言ってください」
僕の鼓動が、再び激しくなる。そして感じる、心野さんの温かさ。ぬくもり。そして、優しさ。こんなこと、女性恐怖症の僕は今まで経験したことがなかった。
だから、返す言葉は決まっていた。
「迷惑なんかじゃないよ」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。嘘なんてつく意味がないよ」
僕の言葉を聞いて、心野さんは先程よりもギュッと力強く腕にしがみつく。
二度と手放したくないという気持ちを込めながら。
「なんだろうね、僕も同じなんだ。心野さんに抱きついてもらっていると、温かくて、嬉しくて、それに安心できるんだ」
「――良かった」
そう言って、心野さんは安堵するように、また息を吐いた。
人は、変われる。苦手を克服できる。
この歳になって、僕はそれをやっと理解することができた。
でも、変われるのは心野さんだけじゃない。
僕だって、きっと――。