テラーノベル
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阿部が突然泣き出した、あの日から2週間。
岩本は想いを告げるどころか、まともに会話すらできずにいた。とにかく阿部が彼を避けるのである。
あの翌日。
阿部は一見いつも通りだった。が、仕事終わりに食事に誘った岩本に、怖いくらいの凝り固まった笑顔を見せ、取り付く島もないくらいきっぱりと断ったのである。
今までとあまりに違う自分への態度に、岩本は衝撃を受けた。
それからは暖簾に腕押し。
塩対応されすぎて、岩本の心は折れかけていた。
「俺どうしたら良い…」
居酒屋の個室で、テーブルに突っ伏し弱音を吐く。
「いやあ、俺もわからん」
ジョッキを傾けながら深澤も困惑しながら返した。明らかに阿部は、距離を取ろうとしている。
「…でも阿部ちゃん、無理してる気もするんだよな」
深澤は、岩本を”振る”時の阿部の笑顔を思い浮かべる。いつものアイドルスマイルでもない、感情を隠す仮面の笑顔。
「絶対、本心じゃないと思う」
「…告白されるの気づいて、気持ち悪がられたとか…」
完全に凹んでいる岩本は、相変わらず伏したままぽつりと言った。
「それはないだろ」
深澤はきっぱりと言った。もし本当に、告白しようとしている事が分かっているなら、阿部は嬉しいはずだ。食事の誘いを断るはずない。
「何でそんな事わかるんだよ…」
岩本は、消え入りそうな声で呟いた。
「うん。いや、まあ、勘?」
深澤は言葉を濁す。答えを教えないのは、マウントに思われたくないのと、その方が面白そうだからだが、さすがに今の状況は良くない気がしていた。
「わかった。なら、2人きりで話ができるように、俺が何とかするわ」
「ふっか…」
「任せろ」
ほっとした表情を見せる岩本に、深澤はにやりと笑い言った。
居酒屋での話し合いから数日後。
岩本は深澤に、ここにいろ、と言われ小さな会議室に1人いた。
長机とプロジェクターが置いてある、白い壁の部屋。
奥の机に誰かの荷物らしき物が置かれていて、本当にここに居て大丈夫なのかと、不安になる。
かれこれ20分はここにいる。落ち着かない岩本は、所在なく部屋を歩き回っていた。
そんな時ドアが開いて、阿部が入ってきた。
阿部は、中に人がいると思わなかったようで、部屋に入って岩本に気付き固まった。
沈黙。
「あの…荷物…」
おずおずと阿部が切り出した。どうやら机の荷物は阿部のものらしい。
それを聞いて岩本は、深澤がこの荷物をこの部屋に移動させ、阿部に取りにこさせたのだと理解した。
いや、雑過ぎるだろ!
岩本は心の中で深澤にクレームをつけた。
確かに2人にはなれたが、何も聞かされていない戸惑う阿部を前に、いったいどう話を切り出せば良いのか。
「えっと…俺、出直すね」
気まずい空気に阿部が言った。そして部屋を出て行こうとする。
岩本はハッと我に返った。
深澤の策は確かに雑だが、今を逃せばもうチャンスがないかもしれない。
「阿部っ!ちょ、と、待って」
慌てて呼び止め、細い腕を掴む。阿部は驚いた顔をして、その場に留まった。
「話が、したい」
「話…?」
訝しげな表情を見せた阿部だったが、拒絶するような様子は無い。
「何?」
「っ…」
促されて、岩本は言葉に詰まった。頭の中が真っ白になり、口がカラカラになる。
心拍数が上がる。
「……ひかる?」
「俺…っ」
何とか言葉を搾り出す。阿部の顔を見る事が出来ず、俯き目を伏せた。
「あ…べのことが、す…っ、好き、…です…」
蚊の鳴くような声で岩本は言った。顔から火が出るとはこういうことか、と言うくらいに顔が熱い。
「あの…それって、どういう…」
動揺しているのか、阿部の声は上擦っている。
「その…恋愛感情として…好きって、こと、です…」
俯いたまま小さく言う。阿部は何も返さない。岩本は恐る恐る、顔をあげ阿部を見た。
「ホントに?」
呆然とした阿部と目が合うと、彼はぽつりと呟いた。すると、みるみるうちにその目が潤み、そのまま大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。
「え、な、何で泣く…」
岩本は狼狽えた。まさか泣かれるとは思わなかったから。
「阿部…」
「お、れも…っ、すき」
そっと肩に触れると、阿部が泣きながら切り出した。
「ずっと、前からっ、ひかるのこと…っ、ずっと…だいすき…っ…」
嗚咽混じりに言葉を繋ぐ。
「だから…う、れしい…」
嬉しいと、阿部は泣きながら笑った。その言葉に、岩本は身体の力が抜けるのを感じる。阿部の腕を引くと、薄い身体を抱きしめた。
「ひかる」
小さく名前を呼ばれると、自分まで泣いてしまいそうになる。抱きしめる腕に力を込めると、阿部も岩本の背に腕をまわした。
背中に感じる微かな温もり。
未だかつてない幸福感。
数年越しのこの恋を、手放したく無い。
そう思った。
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