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父の研究書は、父の死を告げられてからすぐ、衝動的に捨てた。
母は父よりも先に病死した。たった1人残された私達の家は、今はもう何も残っていない。思い出も研究書も、何もかもなくなった。
「どうかしたかな?」
私が黙っているのを心配したのか、彼が声をかけてくれた。
「…父の研究書はいくらでも見てもらって構いませんけど、もうあの家には研究書なんて殆ど残っていませんし、何より外は血吸蝶が飛び交っていて危険ですよ?ここからヴェリアまで徒歩で行くなんて……!」
いつのまにか声を荒げてしまっていた事に、言い切ってから気づいた。
彼を困らせてしまったのでは、と顔を見ると、彼は嬉しそうにニヤついていた。
どうして彼がニヤついているのか分からず困惑していると、彼は少し首を傾げで、長い前髪の隙間から私を覗いた。
彼は美しい、翠の瞳だった。
「血吸蝶は確かに危険だ、簡単に僕らの命を奪い取る。だが、血を吸われなきゃ死に至ることはない。コートでも着ていれば安全だ、まぁ顔は守れないが、気をつけていれば大丈夫だろう」
彼はまだ嬉しそうにニヤついていた。
「それじゃ、残っているかもわからない調査書を探しに、危険な外に行くんですか?」
「そうだね」
父の調査書が、彼にとってどれだけ大切な物なのか、私にはわからなかった。きっと彼も、父と同じ研究者なのだろう。偏見だが、研究者には変な人が多い気がする。
「研究書の閲覧許可は貰ったし、僕はそろそろ帰ろうかな」
彼が席を立つ。まさか本当に残っているか分からない調査書を探しにいくのだろうか?
「あ、あの!本当に、外に行くんですか?」
「そうだけど、何か不満かい?」
不満、確かにその通りだ。父のくだらない調査書のために死ぬかもしれない外に行くなんて。
「…私も、その調査書を一緒に探しに行ってもいいですか?」
「外は危険だと君が言ったんだろう?それに、調査書なんて、君には何の価値もないじゃないか」
私は彼の前髪から微かに見える翠の目を見て言った。
「確かに価値はないです。けど、私は父を知りたい、私の知らない父を…」
彼はしばらく私を見つめた後、また口角をあげた。
「いいだろう。けど、死んでも僕は知らないからな?」
彼はそう言い残し、家を出た。
ドアを数回ノックし、部屋に入る。
「あ、もう話は終わった?」
「うん。……あのね、アルゴちゃん。私、外に出て、一度ヴェリアの家へ帰ろうと思うんだ」
アルゴちゃんは目を丸くした。それはそうだろう、外は危険なのだから。
「でも、1人じゃないから。さっき来てた人と一緒に行くことになったんだ」
アルゴちゃんは心配そうな目で私を見つめる。
「大丈夫なの?私心配だよ…」
「大丈夫だよ、絶対戻ってくるから」
私はアルゴちゃんを抱きしめた。
大丈夫、絶対戻ってくるよ。だから君は安心してね。