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「おはようございます」

「ああ、おはよう」

いつものように秘書室の前を通り執務室へと向かう。


世間が浮かれていた5月の大型連休がやっと終わり、通常運転再開の月曜日。

俺は別の意味でソワソワしていた。



トントン。

「失礼します」


入ってきたのは社長秘書兼秘書課長の徹。

そして、その後ろから

「失礼します」

少し緊張気味に入って来た女性。


おお、やっと来たか。

徹に連れてきてくれと頼んでから半月。

なかなかいい返事がもらえなくて心配していた。


「本日付で専務秘書に採用しました青井麗子さんです」

今さらとも思える挨拶を淡々とこなす徹。


「青井麗子です。よろしくお願いいたします」

綺麗な所作で頭を下げる彼女。


「こちらこそ、よろしく」

動揺がバレないように、俺はできるだけ完結に挨拶を返した。



「では、青井さんは専務室に続くこちらの部屋で勤務をお願いします」

「はい」


「基本的な仕事は、専務のスケジュール管理と、電話や来客の対応です。しばらくは今まで通り秘書課の人間が業務を行いながら引き継ぎをしていきますので、とりあえず今日はここにいてください」

「はあ」


「もちろん、専務から指示があればそれを行ってください」

「はい」


細々と注意事項を並べる徹の話に、頷きながらメモをとる彼女。

俺はその様子を眺めていた。


初めてスーツ姿の彼女を見た。

紺色のシンプルなスーツで、一見地味にも見える。

ウエーブがかかった髪も後ろで一つにくくられて、化粧もナチュラル。

きっと、できるだけ目立たないようにと気を使ったんだろうが、素材の良さが引き立つ結果となっている。


「では専務、後はお願いします」

30分ほどかけて説明をしていた徹が、声をかけた。


「ああ、ありがとう」

右手を挙げて徹を見送る。


こうして、俺と彼女の2人だけが部屋に残った。


***


「コーヒーでも入れようか?」


今まではわざわざ人を呼ぶのも面倒くさくて、自分で飲むコーヒーくらいは入れていた。

ついその感覚で立ち上がったとき、


「コーヒーでしたら私が」

彼女が先に動いた。


「ああ、ありがとう」


そうか、これからは自分でする必要はないのか。


「お砂糖とミルクは?」

「いや、ブラックでいい。それと、君のも入れてね」

「いえ、私は」

遠慮している。


「いいから」

「でも・・・」

「ちょっと話もしたいから、2人分のコーヒーを入れたらそこに座って」

「はい」


納得したように、コーヒーを両手に持ちソファーに腰を下ろした。


「ありがとう。君もブラック?」

「はい」

まだ緊張の消えない彼女が、少し下を向く。


「緊張しているよね?」

「ええ」

「でも、このフロアには週1で来ていたんでしょ?」

「それはそうですけれど、」


それとこれとでは話が違うと言いたそうだ。


「肝が据わっていて緊張するタイプには見えないけれどね」

「別に緊張しているわけでは・・・」


「じゃあ、何?」


この半月、徹から『なかなか良い返事がもらえない』と聞かされていた。

乗り気でないのも分かっている。

最後には『多少強引な手を使っても良いから、とにかく連れてきてくれ』と言ってしまった。

だから、彼女だってこんな展開になってしまったことについて言いたいことはたくさんあるはずだ。


***


「いつも、こんなやり方をするんですか?」

「え?」


彼女の口調が思ったより強くて、驚いた俺は顔を上げた。

キッと強い視線が俺に向けられている。


「強引だった、よな?」

「ええ」


実際に、徹がどんな手を使ったのかまで俺は知らない。

でも、何度も断られているのにしつこく言い続けたのは事実だ。


「気分を悪くしたのなら謝る。申し訳なかった」

「今さらですか?」

すっかりいつもの彼女に戻った。


彼女の言うことももっともだと思う。

けれど、


「どうしても君に来てもらいたかったんだ」


それは正直な気持ち。


「私は、目立たずひっそりと暮らしたいんです。秘書なんてやりたくありませんし、こんな大企業に勤める気もないんです。だから、何度も断ったのに・・・」

膝の上に置いた手をギュッと握りしめ唇を噛む。


その姿に、少しだけ罪の意識がわいてきた。

なんだか申し訳ないことをしたのかもしれない。


「すまない、そんなにイヤだったのか」

「そうです、イヤだったんです。それなのに、徹を利用して母さんから攻めるなんてやり方が汚いですよ」

「申し訳ない」

完全に俺が劣勢だ。


「母さんはいまだに、私の将来に夢を持っていますからね。『鈴森商事に就職できる』なんて言えば大喜びするんです。わかっていて話した徹が一番悪いんですが・・・」

ブツブツと文句を言い続ける。


「違うんだ、俺がどんな手を使ってでも連れて来いって言ったんだ。だから、徹を責めないでくれ」


あいつは忠実に仕事をしただけだ。


「それは、どうしてですか?理由を聞かせてください」

真っ直ぐに真剣な目が俺に向いていた。


***


「俺は鈴森商事に入社してすぐアメリカ支社に行かされてね。3年向こうにいて、戻ってきたのは去年なんだ。まだ日本で勤めて1年。本当だったら現場を走り回っているはずなのに、創業者一族の直系ってことだけでここにいる。恵まれた立場なのはよくわかっているけれど、その分風当たりも強くて、なかなかうまくはいかない」

「そんな・・・」

いきなり弱音を吐いた俺に、彼女が戸惑っている。


「なんとか結果を出して認めさせなければ、会社の先行き自体も怪しくなってしまう。だから、焦っているんだ。仕事を円滑に進めるために、信用できる人間を側に置きたい。だから、君に声をかけた」


「でも、私に秘書としてのスキルなんて」

さっきまでの怒りの表情は消えたものの、困った顔をした。


「分かっている。側にいて君ができるサポートをしてくれればいい」

「でも・・」

「俺の側にいる限り、ストーカーまがいに周囲をうろつく男も強引に誘ってくる男も近寄らせはしないし、パワハラまがいの人事異動も絶対させない。だからもう一度、本気で働いてみないか?」


「私のこと、調べたんですか?」


きっと誰にも知られたくないであろう過去を、俺が知っていることに驚いているようだ。


「ああ調べた。だからこそ、君に決めたんだ」


「専務」

彼女の目がうるんで見えた。


「随分ひどい目に遭ったんだな」


この話を徹から聞いたときには、はらわたが煮えくりかえった。

匿名でネットにリークしてやろうかと思ったが、『彼女が傷つくだけです』と徹に止められた。


***


「なぜ私なんですか?」

きっとそれが彼女の中での一番の疑問なんだろう。


「正直、俺にもよくはわからない。ただ、今の俺に秘書が必用なのは事実で、誰にするかと考えたとき、君の顔しか思い浮かばなかった。そんな理由ではダメかな?」

「・・・」

彼女は何も答えなかった。


「無理を言うつもりはない、まずは3ヶ月の臨時秘書として働いてみてくれ」


それでもダメなら、その時は俺も諦めよう。


「無理を言う気がないなんて、ここまで強引なことをしておきながら言っても説得力がありませんね」

恨み言を言う彼女だが、口元は笑っている。


「本当だな・・・すまない」

俺も笑ってしまった。


しばらくして、

「わかりました、3ヶ月間お世話になります。よろしくお願いします」

一旦立ち上がり、彼女が頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

俺も同じように立ち上がった。


良かった、これで秘書は確保できた。

彼女の秘書としての能力は未知数だが、今は自分の直感にかけてみるしかないだろう。


***


実際彼女を側に置いて仕事をしてみると、作業効率は今までと雲泥の差があった。


『サポートしてくれる人間が側にいるってこんなに違うのか』

1人になった執務室で思わず口をついて出た。

接客業をしていたからと言うつもりはないが、とにかくよく気がつく。

その日必要な資料をそろえておいてくれるのはもちろん、突然の来客にもすぐに対応してくれるし、『ああ、疲れたな』と思えば、絶妙のタイミングでコーヒーを入れてくれる。

本人は秘書としてのスキルなんてないと言っていたが、とんでもない。

天性の才能を持っていると俺は思う。


「専務、お昼はどうされますか?」

12時前になって、いつものように彼女が聞いてきた。


「そうだな、通りの向こうにできた天ぷら屋が旨いらしいから、行ってみるか」

「では、出前も買い出しも不要ですね」

「あ、ああ」

チラッと彼女を見ながら、俺は声のトーンを落とした。


最近の俺の昼食は、出前かコンビニの弁当やサンドイッチばかり。

別にそのことに文句を言うつもりはないが、


「なあ、たまには外に食べに行こう」


テーブルの上の茶器をかたづける彼女に声をかけた。

しかし、

「申し訳ありませんが、私はお弁当を持参しましたので」

やっぱりいつもと同じ返事だ。


***


仕事には来てくれるようになったが、彼女はまだ心を開いてくれているわけではない。

その証拠に、何度誘っても会社の外へは同行してくれない。

仕事での外出も

「私のような素人ではなく、仕事のわかる方をお連れください」

と断られる。

無理を言って来てもらっている以上、俺としてもあまり強引な手にはでられない。


でも、さすがに飯くらいは、

「何でも好きなものをおごるから、行こうよ」

珍しく下手に出てしまった。

しかし、

「申し訳ありません」

やっぱり返事は同じ。


「なあ、そんなに俺のことが嫌いなの?」


自分でも、愛想がいいとも一緒にいて楽しい人間だとも思ってはいない。

しかし、ここまで避けられればさすがに傷つく。


「お気を悪くさせたのなら申し訳ありません。ですが、私は人混みが苦手なんです。決して専務と一緒だからと言うわけではありません」

キッパリはっきりと言った。


人混みが苦手って言うが、今までだって花屋の配達でうちの会社を出入りしていたわけだし、夜はママの店で接客業をしていた。

今さら人混みが苦手だなんて言われて納得できるはずもない。


なんだか気分が悪い。


「もういい。君が俺と食事をしたくないんだってことはよくわかった」

プイッと顔を背け、俺はデスクに戻り書類を広げた。


「専務、お昼はどうなさるんですかっ」


完全に仕事モードに入ってしまった俺に、呆れたような彼女の声が飛んだ。


***


「専務っ」

呆れたような苛立ったような声が、何度か俺に投げかけられる。


しかし俺は、

「お腹すいてないから、今はいい」

それだけ言ってパソコンを叩く。


彼女と食事に行こうと思うから、無理して時間を作ったんだ。

その必要がなくなった今、目の前の仕事をこなすことが優先だ。


「それはいけません。ちゃんと食べないと体を壊してしまいます」

「後で何かつまむよ」

「そんな・・・」


あれ、困っている。形勢逆転か?


「いいから、君はお昼にして」

仕事の手を休めることなく声をかけるが、彼女は立ち尽くしている。


「では、何か買ってきます。ご希望がありますか?」

「いや、いいよ。正直コンビニ弁当にもサンドイッチにも飽きた」

「じゃあ・・・」

どうするんですかと言いたそうな顔。


「いいよ、本当に欲しくないから」

「でも・・・」


そりゃあ秘書としては、昼飯も食べないで仕事をすると言われれば心配なんだろう。

その気持ちもわからなくはない。

しかし、こんなに困った彼女を見られて俺は少し気分が上がってきた。

これって、小学生の男子が好きな女の子をいじめたくなる気分なんだろうか。


しかし、しばらく部屋の入り口に立っていた彼女は意外な反撃に出た。


***


「専務が召し上がらないなら、私も食べません」

へ?


「何言ってるの、君は食べなさい」

「いいえ」


いいえって・・・


「それはダメだ」

そんなことで体調を壊されては俺が困る。


「では、専務も何か召し上がってください。ご希望のものがあれば用意しますので」


腕を組み斜め上から睨み付ける彼女は、すごい迫力だ。

整った顔が怒るとこんなに怖いんだな。

それにしても、希望のものねえ。

本当にコンビニ弁当には飽きたんだが・・・

その時、開けられたドアの向こうのデスクの上に置かれた弁当包みが目に入った。


「あれ」

「え?」


指さした俺の視線の先を、彼女も振り返る。


「君の弁当を、もらっていい?」

「はあ?」


うん、あの弁当なら食べてみたい。


「私のお弁当なら食べていただけるんですね」

何度も俺の顔と弁当を見比べた彼女は、諦めたように口を開いた。


「ああ」


「たいしたものは入っていませんよ」

「いいよ」

たとえ夕飯の残りでも、君の弁当なら食べてみたい。


それから、弁当を俺のデスクに運びお茶を入れてくれた。


「ありがとう」

「いいえ。私は何か買ってきますので、先に召し上がってください」

「いいよ、待ってるから買ってきて」

「ダメです。この後会議の予定が入っているんですから、早く食べてください」

半分キレ気味に、お茶を差し出す。


「分かった、食べるから」

これ以上怒らせれば、弁当を取り上げられそうだ。


***


彼女の弁当は素直に旨かった。

メインのおかずは豚の生姜焼き、付け合わせのほうれん草はソテーがしてあって、玉子焼きは甘辛くて弁当向けの味付け。

後はソーセージと、ミニトマトと俵方のおにぎり。

あまり女子らしくはないが、シンプルで旨い弁当だった。


結局、彼女が買い物に行っている15分ほどの時間で、俺は弁当を平らげてしまった。


「ごちそうさまでした」

手を合わせて箸を置いたとき、


「戻りました」

コンビニの袋を抱えて入ってきた。


「弁当、ごちそうさま」

「お粗末様です。専務、これで足りました?」

「え?」

「いえ、足りないかなと思って、パンを買ってきましたが」

ビニール袋からパンを2つ出してみせる。


「いや、いいよ」

お昼にはこれくらいで十分だ。


「じゃあ、デザートは?」

「デザート?」


「ええ、たまにいいかなと思って買ってきたんですが」


さっきまで持っていたパンを机に置き、今度は小さなカップを2つ出して見せる。


うーん。

この部屋でデザートを食う日が来るとは・・・


「プリンと白玉クリームですが、どっちがいいですか?」

どっちと言われても、

「これはなに?」


プリンはわかる。家の冷蔵庫にあれば、俺だってたまに食うこともある。

しかし、


「白玉クリームです。知りませんか?」

「ああ」

知らない。


「白玉にあんこと生クリームが乗っているんです」


へえー。それって旨いのか?


***


「うん、旨い」


初めて食べた白玉クリーム。

コンビニでは定番のスイーツらしいが、目から鱗の旨さだった。


「コーヒー入れますね」

「ああ」


あんこと白玉のくせに、コーヒーが飲みたくなった。


彼女が秘書になってから、俺の中で小さな発見が増えているように思う。

誰かが側にいてくれるってこんなに違うんだなあ。



「専務、会議の資料を机に置きますね」

「ああ、ありがとう」


渡される資料も必要なところがわかるように上手に分けられている。

これもきっと彼女の仕業。ってことは、この資料に目を通しある程度理解もしているってことだ。

すごいな、いつの間に。



「あの、専務」

資料に目を通そうとした俺の前に、彼女が立っていた。


「何?」

「あの・・・」

なんだか言いにくそうに言葉を止めた。


「何、どうしたの?」

いつもの彼女らしくない。


「あの・・・出過ぎたこととは思うのですが」

「うん」

「専務のフォルダーを少し整理させていただきまして・・・」


え?

俺のフォルダって、


「パソコンの?」

「ええ」

ちょっとうなだれながら、彼女は視線をそらした。


***


俺の仕事用フォルダ。

各クライアントや案件ごとにタイトルを付けて整理していた。

もちろん他の管理職と共有しないといけないものもあるし、俺にしか見られないようにガードしたものもある。

一緒に仕事をする彼女にはパスワードも教えていたんだが・・・

とりあえず、パソコンを開いてみる。


あれ?

これは少し整理したなんて言うものではない。


「これって」

無意識に声が漏れた。


「すみません。やり始めたら止らなくなってしまって」


「いや、いいんだ。すごく綺麗に整理されている」

そう言うしかなかった。


きっと新しいプログラムをいくつか入れたんだろう。

昨日までとは全く違うものに見える。


「ただ」


「え?」

彼女の表情が固まった。


「使い方を教えてもらわないと」

これではどこをどう探したらいいのかわからない。


「ああ、すみません」

慌てたように、俺の方に回り込んで一緒にパソコンをのぞき込んだ。


「ここに新しいプログラムを入れましたので、ここを使って検索してください」

「ああ」


「ここは共有フォルダですので、新しい情報があればここに上がってきます」

「うん」


「あと、重要度に合わせて色分けしています。もちろん重要度や、緊急性は設定で変更できますので、その都度調整します」

「うん.」


本当にすごい。これを使えば仕事がはかどる。


「ありがとう、助かったよ」

「いえ」

照れくさそうにうつむいた。


こうやってパソコンを使っているときの彼女はすごく楽しそうだ。

きっとこれが本当にやりたい仕事なんだろうな。

そう思うと、無理矢理秘書をさせていることが、申し訳ない気分になった。

氷の美女と冷血王子

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