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専属秘書を置くようになって、俺の仕事は格段にはかどるようになった。

いままで時間をとられていた雑務はすべて彼女がしてくれるし、絶妙なタイミングでアドバイスをくれたりもする。

すごいなあ、ありがたいな、そんな思いで仕事に励んだ。


しかし、人間っていうのは愚かな生き物だと思う。

そんな感謝の気持ちも、1ヶ月もすれば慣れてしまう。

ありがたいと思っていた気持ちが当たり前に感じるようになり、失うことに対する不安や不満の方が大きくなっていく。


「ねえ、青井君は?」

会議から戻ってみたら彼女の姿がなくて、秘書室に内線してしまった。


『課長達と打ち合わせに入っていますが』


課長って徹のことだな。

でも、

「そんな予定が入っていた?」


『ええ、本当はもう終わっているはずなんですが、長引いているようでして・・・』

電話の向こうの声が困っている。


「分かった。会議室だね?」

『はい』


そりゃあ打ち合わせが長引くこともあるだろう。

そもそも俺の出た会議が30分近く早く終わったし。

しかたない、1人で仕事を進めておくか。


デスクに書類を広げ、パソコンを開き、この後面会予定の企業の資料を確認する。


あれ?

頼んでいたデータが・・・ない。


どこにやったんだっけ。


「おーい、青井君」

「・・・」


ああ、いないんだった。

困ったな。

後にするか、でもなあ、このデータがないと先に進めないんだが・・・


結局、俺は席を立ち、同じフロアにある会議室へと向かった。


***


トントン。

「会議中悪いけれど」

ノックと共に会議室の戸を開けた。


「「え、専務」」

いくつかの声が重なった。


会議室にいたのは、徹と、彼女と、副社長の秘書と、その他取締役の専属秘書が4人ほど。

彼女以外はみんな男性だ。


「専務、どうかされましたか?」

慌てて立ち上がろうとする彼女。

けれど、両脇を挟んでいた男性達の椅子とぶつかってなかなか動けない。


よく見れば、そんなに狭くもないはずの会議室で、彼女の回りだけがやたら距離が近い。

机の上に置かれた資料なんて、端が重なっている。


「まだかかる?」


「いえ。青井さん、ここはいいから行って」

徹が答えた。


「では、失礼します」



机の上の資料を片付け廊下へと出てきた彼女。


「悪いね会議中に」

「いえ、議事はほとんど終わっていましたので」

「ふーん」

じゃあ早く戻ってくれれば良かったのにと思ったものの、口には出さなかった。


「午後からの打ち合わせに使うデータがなくてね」

「えっ、朝お渡しして机にしまわれましたよね」


そうだっけ?


「引き出し見ました?」

「いや」

聞いた方が早いと思ったから。


「専務・・・」

後ろをついてきていた足が止り、ジッと俺を見ている。


「ごめん、忘れてた。でも、君達も悪いんだぞ。取締役の専属秘書達がそろって席を空けたんでは業務に支障が出るじゃないか」

悔し紛れに言ってしまった。


「これも仕事です」

彼女は唇を尖らせて不満そうな顔をした。


***


「大体さあ、何であんなに至近距離に座らないといけないんだ?」


重役フロアの会議室は広さもあるし、机だって大きい。

いつもはもっと間隔を開けて広く使っているはずだろう。


「知りませんよ、向こうが寄ってきたんですから」

「寄ってこられてイヤなら、自分から離れろよ」

「そんな無茶な・・・.」

呆れたように口を開けられた。


確かに、新人臨時秘書の立場なら、文句なんて言えないかもしれない。

でも、逃げることくらいはできるだろう。


「出席者のほとんどはおじさん達ですからね、若い女性が珍しいんですよ」

「はあ?」

ボソリと呟かれた言葉に、俺が反応してしまった。


「何、あれは打ち合わせしたいことがあるから距離を詰めていた訳じゃないのか?」

「いいえ」

はっきりとした声。


じゃあ何か、あいつらは用もないのに必要以上に接近していたってことか?


「それって、セクハラだろう」

「そうですかね」


そうですかねって、そうとしか思えないじゃないか。


俺はすぐに携帯を手にした。


「何をする気ですか?」

心配そうな彼女。


「徹を呼んで事実関係を確認する」


あの場には徹もいたんだから。


「やめてください」

彼女が携帯を持つ俺の手を押さえていた。


***


一旦携帯をしまった俺は執務室に戻り、応接セットに彼女と向かい合って座った。


「いつもあんな感じなの?」

「あんなって?」


今さら何を言っているのって顔をしているけれど、


「あれはセクハラだろ」

「違いますよ」


「セクハラじゃなくて何なんだよ」

つい声が大きくなった。


あんなことを許すから、いつまで経ってもハラスメントはなくならないんだ。


「いいじゃないですか、あれくらい」


はああ?


「お前、バカなの?」

思わず地が出てしまって、

「専務」

ギロッと睨まれた。


「だって、そうだろう」

ここは夜の店とは違うんだ。


「ちょっと距離が近かっただけじゃないですか」


「椅子も引けないくらいに近寄られて?」


「そりゃあいい気分ではありませんけれど、よくあることですし」


「よくあるって・・・」


彼女が許しても俺は許せない。

ここで泣き寝入りなんて絶対におかしい。


「お願いですから騒がないでください。これ以上仕事がやりにくくなると困るんです」


「君はそれでいいのか?」

「ええ。私は無事に勤務を終えたいんです。だから、何も言わないでください」

その言い方から、必死さが伝わってきた。


彼女は今まで、色々な理不尽と戦ってきたんだなと改めて実感した。

ここで騒げば、きっと彼女が辛い思いをするだけだ。


「わかった」

そこまで言うなら、黙っておこう。

彼女の仕事がやりにくくなるのは本意ではない。


「その代わり、これからは外回りも含めて俺の外出にはすべて同行してもらう」

「いや、それは・・・」

「それがイヤなら、さっきのことをコンプライアンス室に申し出るが」

「・・・」


「いいね」


「はい」

彼女がガックリと肩を落としたように見えた。


***


彼女が来てから1ヶ月半。

すっかり俺の専属秘書が定着して、社の内外問わず彼女の顔が売れていった。


「ああ、これが噂の美人秘書さんですか」

なんて感嘆の声を上げる来客は1人や2人ではない。

その声を聞くと、俺はなぜかイライラしてしまう。

だからつい、

「青井君、ここはいいから」

彼女を部屋から出そうとするのが癖になった。



「失礼します」

今日も、社内会議出席者用のコーヒーを置くと彼女は出て行った。


「相変わらずべっぴんさんだな」

会議に出席する河野副社長が、彼女の後ろ姿を視線で追っている。


クソッ、見るんじゃない。

なんで、男はみんな彼女を見ると目で追うんだ。

社内でも、取引先でも、俺はイライラばかりしている。


「あれ、専務。そんなに怖い顔をしないで下さい。せっかくの色男が台無しだ」

ハハハハ。

と高笑いしながら、俺の前で足を止めた河野副社長。


元々対立気味だった俺と河野副社長だが、ここのところは露骨に攻撃的な態度に出られることが多くなった。

よっぽど、俺のことが気に入らないらしい。


「専務、一体どこであんな美人を見つけてきたんですか?」


きっと本心では、『綺麗なだけのお飾りの秘書を』とあざ笑いたいんだろう。

この時代錯誤の遺物には女性はみんな支配される側にしか映らないらしいから。


「青井君は私の秘書です。その能力があると私が判断したから来てもらっていますので、下品な言い方はやめてください」

「美人を美人と言って何が悪いんだ」

半分キレ気味に吐き捨てる副社長。


俺はその声を無視して、会議の席に向かった。


***


その日の会議は、最初から荒れ気味だった。

不機嫌そうな顔をした副社長が、ことあるごとに文句を言っている。

こんな時には何かが起きる。

その予感は俺にもあった。

各担当部長からの報告が終わり、新しい事業計画の説明になったとき、


「ちょっと待ってください。何で今、このタイミングで新規の取引先の話が出てくるんですか?」


いきなり声を上げた副社長が真っ直ぐに俺の方を見ながら、配られた資料をパンッと机の上に放り投げた。


この会議には社長は出席していなかったため、この場の上席は副社長。

当然、皆声を上げることができない。


「専務、この事業計画は時期尚早です。考え直してください」

黙っている俺に、さらに詰め寄ってくる。


しかし俺だって、考えて考えて今がチャンスと思って出してきたんだ。

ここで引くわけにはいかない。


「お言葉ですが」


一旦立ち上がり、

フー。と息を1つついてから、俺は河野副社長の方を向いた。


***


「今だからこそやるべきだと私は思いますし、今がチャンスだとも思いますが」


ここ最近、景気が良くないせいもあって会社の業績はいいとは言えない。

利益が上がらず苦戦もしている。

しかし、それは他社も一緒。苦しいのはうちだけじゃない。

どちらかと言うとよく持ち堪えると思うし、一番苦しい山は超えた感じがある。

だからこそ、反撃に出たい。

今までにない新しい事業に手を出して、起死回生を狙いたいんだ。


「専務、机上の空論では事業は立ち行かなくなりますよ。会社が背負うリスクをお考えですか?」

いかにも数字に強い副社長らしい発言だ。


「もちろん、リスクについては承知しているつもりです。しかし、こんな時だからこそ、新しい事業に手を出すべきだと思います」


河野副社長の心配もわからなくはない。

今回の事業計画は今までにない新規の取引先だし、そういう意味での不安は俺にもある。


「確かに現状を打破する何かが必要なのはわかりますが、あまりにもリスキーです。取引先も新規のベンチャーだそうじゃないですか?」

なんだか小馬鹿にしている顔。


新しい事業。新規の取引先。

相手の会社がまだ成長過程の企業なのも承知している。

考え方の古い副社長にはなかなか理解できないかもしれないが、それについては時間をかけて話し合ったはずだ。

今か、半年後か、1年後か、いずれにしても必要な仕事なのに、


「今だからこそ、攻める価値はあると思います」

好き嫌いは別にして、会社の為にと力説した。


「リスク回避は?」


副社長はやはりそこが気になるのか。

新しい事業にリスクは付きものだが・・・


「専務が責任を取られるんですか?」


え?


「それは」


「それだけの覚悟がおありなら、私は止めませんが・・・」


結局それが言いたいらしい。


「いいですよ」

無意識に口をついて出ていた。


「専務っ」


焦ったような徹の声が聞こえたが、それに応える余裕は俺にはなかった。


氷の美女と冷血王子

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