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真司と肌を重ねた翌朝
体中が熱っぽく
ブラウスの下に隠したキスマークが、時折チリリと存在を主張する。
出社してデスクに座っても、隣に座る真司の顔が見られない。
「おはよう、佐藤さん」
背後からかけられた声は、真司のものではなかった。
企画部の後輩で、華やかな容姿と要領の良さで知られる「恵麻」だ。
「あ、おはよう……何か用?」
「これ、真司さんにお裾分けです。昨日の残業、遅くまで頑張ってたみたいだから」
恵麻が真司のデスクに置いたのは、高級店のラッピングがされた差し入れの焼き菓子。
真司はキーボードを叩く手を止めず、冷淡に「ああ、そこに置いといて」とだけ答えた。
「もー、相変わらず冷たいんだから! ……あ、そういえば真司さん。昨日の帰り、亜希さんと一緒でしたよね?」
恵麻の言葉に、心臓が凍りついた。
私は必死に平静を装い、画面を凝視する。
「……ええ。方向が一緒だったから、タクシーで送ってもらっただけよ」
「へぇー。……でも、真司さんの家の方向って、亜希さんの家とは真逆ですよね?」
恵麻の目が、値踏みするように私を捉える。
女の勘ほど恐ろしいものはない。
彼女は真司を狙っている。
だからこそ、私たちの間に漂う「隠しきれない空気の変化」に敏感に反応しているのだ。
「……悪いかよ。あいつ、泥酔してて放っておけなかったんだ」
真司が椅子を回し、恵麻を真っ向から見据えた。
その目は、いつもの仕事モード。
けれど、私には分かった。
彼が私を「嘘」で上書きして守ってくれたことが。
「ふーん……。あ、亜希さん。襟元、少し乱れてますよ?」
恵麻が指差した先。
ハイネックのブラウスの隙間から、彼が昨夜
執拗に口づけた痕が見えそうになっていることに気づき、私は慌てて襟を正した。
恵麻はフッと意味深な笑みを浮かべると
「お仕事、頑張ってくださいね」と風のように去っていく。
「……っ、バレた…かな」
「……」
真司は無言で立ち上がると、給湯室へ向かった。
私も追いかけるように席を立つ。
人気のない給湯室に入った瞬間、彼に壁際へ追い詰められた。
「……油断するなよ」
「真司……」
「あいつ、お前のこと探ってる。……でも、もしバレても俺は構わないけどな」
真司の指が、襟元を整えるふりをして、私の肌をかすめる。
「むしろ、俺の女だって公表できれば、あんな差し入れ食わされなくて済むんだけどな」
彼はわざとらしくため息をつくと
私の唇を親指でなぞり、何事もなかったかのように給湯室を出て行った。
戦場のようなオフィスで、私と真司の間にだけ流れる、濃密で危うい沈黙。
それは、どんな甘い言葉よりも私の心を縛り付けて離さなかった。