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第14話:ルフォの棲歌、再起動
都市樹の高層、**風分枝帯(ふうぶんしたい)**の一角に、
金色の羽を持つ操作士見習い――ルフォの棲家がある。
あるはずだった。
今、そこにはただの枝があるだけ。
かつて命令歌で組み上げた枝葉のかたちは、静かに崩れていた。
「……やっぱり、棲歌が死んでる」
ルフォはつぶやいた。
整えられた金の羽根がわずかに乱れ、尾羽の焦げ茶部分が重く垂れている。
棲家が応えない。
歌を奏でても、枝は反応しない。
音だけでは、もう通じなくなっていた。
そこへ、シエナがやってくる。
ミント色の羽が風にそよぎ、透明な尾羽が朝の光を受けて、わずかに虹を散らしていた。
肩にはウタコクシが乗り、翅をたたんでいる。
シエナは何も言わず、ルフォの隣にとまると、
尾羽で「ここにいる」と伝える。
静かな光の反射が、枝を撫でるように拡がった。
「……もう、俺の歌じゃ動かないんだ」
ルフォは目を伏せた。
「動かすこと」ばかりに慣れすぎて、
“共に住むこと”を忘れていた気がする。
沈黙のなかで、ウタコクシが小さく鳴いた。
録音ではない、感覚の振動。
それに呼応するように、
シエナは尾脂腺からほのかな匂いをにじませる。
それは、若葉の香りと、朝露の気配。
「ここから始めよう」という意味。
ルフォは、そっと羽を広げた。
そして、初めて“命令しない棲歌”を始めた。
彼は歌わず、ただ翼を振るわせた。
節のあいだに風が流れ、羽の先が枝をなでる。
その動きに合わせて、シエナが尾羽で光を投げかける。
命令のコードは、ここにはなかった。
けれど、ふたりの動きと気配に、
枝がわずかに緩み、葉が光を受けて反応した。
それは再起動でも、修復でもなかった。
新しい棲歌だった。
命令しない。
支配しない。
ただ、ここに棲むという意思を、
虫と、枝と、風に伝える棲歌。
ルフォはようやく、
自分が棲む意味を、
歌ではなく、共鳴で理解しはじめていた。
その夜、枝は音を立てずに包まれた。
風の通りが変わり、苔がふわりと芽吹く。
そこに住むことを、都市が認めた合図だった。