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◻︎雪平さん
「それでは、雪平さん、我々はこれで失礼します。今日はありがとうございました」
「お先に、失礼します」
「おぉ、また明日、よろしく」
雪平さんと一緒にいたらしい男性2人が、先に帰って行った。
「ここ、いいですか?」
誠司の隣に、きちんと座る雪平さん。
「あ、どうぞ、どうぞ。なんならこの美和ちゃんの話を聞いてやってください。俺はちょっとトイレへ」
誠司は、よっこらしょと立ち上がってお手洗いへ行った。
「大丈夫なの?」
少しふらついた誠司。
「平気、平気!それよりも、美和ちゃんが聞きたいことって、もしかしたら俺なんかより雪平さんの方が詳しいかも?」
「僕が聞いてもいい話ですか?」
「はい。そんなたいしたことは話してませんが…」
_____困ったな。恋愛トークしてたとか初対面の紳士に話せる内容じゃないけど
テーブルに置いたままの雪平さんの名刺を見た。
新聞社の副社長という肩書きの他に、地方のケーブルテレビの名前もあった。
「あ、もしかして?」
「気づかれましたか?」
「ニュース番組の?」
「はい、数年前まではキャスターもやってましたが、今は裏方に回ってます。どちらかというと新聞社の方が本職です」
雪平さんは、店員を呼ぶとハイボールを注文した。
合わせて私も同じものを注文する。
「それで…なんですね」
「と言いますと?」
「スーツ姿がサマになってる、誠司とは大違い!」
「まぁ、それは仕事柄気を遣ってますね。キャスター時代はちゃんと衣装代も出たし、スタイリストもいましたから」
いつも見ていたわけではないけど、地元の出来事を事細かに伝えるケーブルテレビのニュースは、記憶にあった。
_____こんなに身近にいたとは…
「新聞社というと、記者もやられてたんですか?」
「もちろん、最初は報道から入りました。地方ばかりの部数の少ない新聞ですが。地元密着ですからやりがいもありましたね。今は管理職になってしまって、少しつまらないです」
_____あ、そうか!誠司が言っていた、雪平さんの方が詳しいって、小説のことか
「あの、じゃあ当然、記事も書いてらっしゃったんですよね?」
「もちろんです、自分で取材して自分の言葉で伝えていました。記事の最後に書いた人の名前が書いてありますよ。もっとも最近では部下の記事に目を通して、赤丸つけたりするだけですが」
「ぶしつけで申し訳ないのですが、訊いてもいいですか?」
「どうぞ、なんなりと」
どういう順番で何を訊けばいいのか考えているところに、ハイボールが二つ運ばれてきた。
「お待たせしました」
グラスが二つ、テーブルに置かれる。
「とりあえず乾杯しますか?」
「乾杯…ですか?」
「今日はこうして、美和子さんと知り合えましたから、その記念に、乾杯!」
「乾杯!」
なんだか、照れ臭かった。
出会った瞬間に惹かれてしまったことが、私の態度でバレているんじゃないかと思って、頬が熱くなってきた。
「それで、どんなことですか?」
「あ、えっとですね、ちょっと恥ずかしいんですけど…自分で小説を書いてみようかなと思ったんです。でも、何をどうやって書けばいいかわからなくて」
「小説ですか?いいですね」
「いや、もうホントにただの思いつきでして。趣味として何か書きたいなぁと。そこで、アドバイスとかいただけないかなと」
「そういうことですか、なるほど」
前屈みだった雪平さんは、腕を組み背もたれにもたれた。
「いきなりすみません、文章のプロの方にこんなしょうもないことを聞いてしまって」
「いいえ、いいんですよ。そうですね、まずは…何を伝えたいかを明確にしておいて、ゴールは決めておいた方がいいと思います」
「ゴール、ですか?」
「そうです。小説はニュースと違って主観は自分自身になりますよね。ゴールを決めずにスタートすると、主観である自分の感情がブレてうまく伝わらないかもしれません。ニュースならば、とことん取材して出来るだけ事実を曲げないように主観である自分の感情を挟まないようにしますが、小説は自由ですからね。自由過ぎてまとまりがないと、何を言いたいのかわからなくなります。そうすると、読んでる方も作者が何を言いたいのかわからないと思いますよ」
思いの外、きちんとした答えで少々驚いた。
好きなように書けばいいんですよ、仕事じゃないんだから、とか言われると思ってたのに。
「それから、美和子さんの血肉になってる言葉や言い回しを使った方がいいと思います。普段よく使う言葉で、よく聞く言葉という意味です。時々、背伸びした言葉を使って言葉の齟齬が生まれてしまった文章を見ることがありますが、あれはいただけませんね。言いたいことはとてもいいことなのに、難しい言葉を使って自分の意図とかけ離れてしまう…」
「なるほど。ちょっと気取った文章を書いてみようと思ってました」
「そういう文章がダメというわけではありませんが、共感を得るのは難しいですね」
「共感、ですか?」
「そうです、文章は感動より共感が大事だと思います。感動は読むたびに段々薄れていきますが、共感は何度も読み返したとしても共感すると思いますよ」
「共感か…」
「もちろん、感動もないとつまらないですけどね。で、どんな小説を?」
_____大人の恋愛…とか言えない!
「いや、えっと、大人の物語を」
「恋物語ですか?」
「えっ、あー、まぁそんなとこです」
答えながら恥ずかしくなった。
「私みたいなオバサンが、恋物語って、ちょっと恥ずかしいですよね?」
「そんなことはありませんよ、いくつになっても恋ができるのはうれしいことです。それにオバサンだなんて。お見かけしたところ、大人の女性ではありますがオバサンではないと思いますよ」
「えっ!」
「定義はわかりませんが、美和子さんはとてもイキイキとして見えますから。オバサンと聞くと少しくたびれてるような印象なので…これはあくまで僕の主観ですけどね」
「おっと、話が盛り上がってますねぇ」
誠司がお手洗いから戻ってきた。
「長いお手洗いだったね、誠司。今ね、雪平さんにアドバイスもらってたとこ」
「雪平さん、ありがとうございます。美和ちゃんの話を聞いてもらって」
「いやぁ、たいしたことは話してないよ。それにしても瑞浪君にこんなに素敵な彼女がいたとはね。モテるんだね?銀行マンは」
「違いますよ、雪平さん、ホントに美和ちゃんはただの友達ですから。なんていうか性別年齢超えてなんでも話せる友人なんですよ」
「そうです、そうです!ホントにただの友達ですから」
私も慌てて否定する。
「そうでしたか。それは失礼しました。ならばこれからは、僕もその友達に入れてもらえませんか?」
雪平さんがニコリと笑う。
「もちろんですよ、ね!美和ちゃん」
「友達、いいんですか?」
「えぇ、美和子さんとはいろんなお話ができそうなので、ぜひ。あ、そうだ、これ」
雪平さんはテーブルに置かれたままの名刺の裏に、サラサラと番号を書いた。
「これが僕のプライベートの番号です。小説を書いたらぜひ、僕にも読ませてくださいね」
「あ、ありがとうございます、じゃあ、あの…」
私はスマホを出して、名刺の番号に電話をかけた。
「その番号ですから。よろしくお願いします、また相談にのってください」
「わかりました。作品を楽しみにしていますね。では、僕はこのへんで先に失礼しますね」
雪平さんは先に帰って行った。
「誠司、ありがとうね、いい人を紹介してくれて。文章のプロだから、きちんと質問に答えてもらえたよ」
「いや、まさか、あの雪平さんがこんなに早く美和ちゃんと打ち解けるとは思わなかったんだけどね。それに、プライベートの番号まで教えるなんて意外だった」
「そうなの?」
「うん、俺だって仕事用の番号しか知らないんだから」
「そっか、じゃあ、貴重な番号を登録しとこ」
連絡先に新規に登録した。
「そういえば誠司って、銀行マンだったよね?忘れてたわ。そりゃモテるよね?ドラマの影響もあるし」
「あのさ、美和ちゃん、俺がいるのは小さな地方銀行なの、ドラマとかと同じにされちゃ困るんだけど」
「いやいや、それでもモテ要素はあるよ。まずスーツにネクタイ、これ大事。でも、雪平さんの方が何倍かカッコよかったけどね」
「雪平さんと比べないでくれ、あの人は見られることに慣れてるから男の俺でもカッコいいと思うよ。年も若く見えるし」
「いくつ?」
「たしか美和ちゃんと同じくらいだよ、もしかして同級生くらいかも?」
「ふーん、素敵な人だね、頭も良さそう!」
「モテるよ、あの人は。でも、浮いた話は聞いたことがないな。愛妻家だって有名な話だし」
「奥さんと仲いいんだ」
「そ、子どもがいないからよけいに仲がいいんだって、本人が言ってた」
「ふーん、そうなんだ…」
何故だろう?
ものすごく興味が湧いた。
ただの素敵な男性としてだけではなくて、もっとあの人、雪平さんのことを知りたいと思った。
_____興味は好意の始まり
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「さて、俺らも帰るとしますか」
帰る時、もう代金が支払われていた。
「雪平さん、やることスマートだわ、負けたよ、俺」
大人の対応の雪平さんに、さらに好感が持てた。