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放課後の校庭は、雨の音で静まり返っていた。バスケットボールの弾む音や、グラウンドの掛け声さえ、厚い雨の帳にすっかり呑み込まれている。
「……降水確率30%って、ほぼ晴れってことじゃないか……」
淡い期待を裏切るように、空は容赦なく土砂降りだった。
スマホの天気予報を信じて、傘を持たずに登校した自分の甘さを呪う。頭から足先まで、すでにぐしょ濡れだ。シャツは体に貼りつき、冷たさがじわじわと肌を奪っていく。
雨はアスファルトに激しく叩きつけられ、跳ね返った水しぶきが靴下まで濡らす。
教室の窓からこぼれる明かりが、降りしきる雨粒の向こうでにじみ、まるで別世界の光のように遠く感じられた。
一歩ごとに、水を吸ったスニーカーがぐしゅ、と鈍い音を立てる。髪の毛から滴る雫が首筋を伝い落ち、背中をひやりと濡らした。
「はあ……またやっちゃった……」
癖のように自嘲が漏れる。
いつもどこか抜けている俺。クラスの輪にうまく入れないのも、こういうドジばかりだから——と、心の中で自分を笑い飛ばす。
けれど胸の奥に針のような痛みが走り、その笑いはすぐに色を失った。
(……俺って悲しいくらいに、クラスでは浮いてるな。誰かに心配されることもないし。雨の中を一人で帰るのも、きっと似合ってるんだ)
雨音に紛れて小さく息をはく。ただ冷たい水に打たれながら、校門までの道をとぼとぼ歩いたそのとき。
「葉月……これ、使えよ」
低く落ち着いた声が、突然背後から響いた。驚いて振り返ると視界に飛び込んできたのは、深紺のブレザーの胸章。生徒会のバッジが濡れた雨粒を弾き、淡い光を宿している。
顔を上げれば、そこには噂に聞く“完璧主義で無表情”な生徒会長——氷室蓮が立っていた。その手には開かれた傘。そして迷いもなく、頭上へと差し出した。
俺を見つめるその瞳が、ふと柔らかく和らぐ。唇の端に浮かんだ僅かな笑み。けれどそれは、確かにあたたかい光を帯びていた。
「え、俺……?」
信じられずに呟くと、氷室はほんの一瞬視線を伏せ、それから俺のほうへ傘をぐっと寄せた。
思わず息を止める。普段無表情だからこそ、氷室が見せほほ笑みに見惚れてしまった。心臓が、雨の音に負けじと騒がしく打ちはじめる。
「なにをしてる、早くしろ。もっと濡れるぞ」
素っ気ない口調に戻りながらも、彼は少しだけ顔を背ける。ちらりと見えた耳の先が、微かに赤く染まっていた。
慌てて傘の下に滑り込むと、雨粒のカーテンから切り取られた世界にふたりきりが閉じ込められる。すぐ隣に立つ氷室の横顔は、どこか照れくさそうで——それでも、見ればみるほどに綺麗だった。
そのほほ笑みは、まるで俺だけに許された秘密の表情のように思えてしまった。