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ここは花咲く『日本史BL検定対策講座』

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ここは花咲く『日本史BL検定対策講座』

19 - 第19話 願いをだきしめて(3)

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2023年10月11日

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この前、モブ子らと一緒に来たときよりも部屋は散らかっていた。

座卓を中心に、本と書類が足の踏み場もないくらい置かれている。


「うぅぅ、ごめんよ。小野くん……」


「だから、僕には謝らないでくださいって言ってるじゃないですか」


「うん、ごめんよ……」


もしかしたら、きつく聞こえてしまったのだろうか。

シュンとうなだれた蓮に肩を貸してやりながら、梗一郎は「すみません」と声を詰まらせた。


学会が近いと言っていたではないか。

いろいろなことが間に合わないよぅと30歳講師が喚いていたことが思い出される。


論文を書かなきゃならないのに雑用を押しつけられるわ、モブ子らの気合いの入ったレポートを見る羽目になるわで、きっと蓮はいっぱいいっぱいだったのだろう。

元より要領のよいタイプではない。


「先生、すみません……」


「んん……何がだい?」


「待ちあわせたとき、少し顔色が悪いと気付いたんです。目も腫れぼったいなって。デートに浮かれて気遣うことができなくてすみません……」


梗一郎の肩につかまりながら「よいしょ」と掛け声をあげて、連は座卓の定位置へと腰をおとした。


「そんなこと謝るんじゃないよ。それに、食器屋さんでふらついた俺を受け止めてくれたじゃないか」


言いながら蓮は足で書類の山を押しやって、座卓の向かい側に少しだけスペースを作ってやる。

促されるままに梗一郎はそこに座った。


「君がいなかったら、お皿を割ってたかもしれない。高いお皿を弁償しろって言われたら、俺はもう国外逃亡するしかないよ」


そんな大袈裟なと呟く梗一郎に向かって蓮は微笑みかけた。

安心させてやろうと思ったのだが、うまく笑えただろうか。

どうにも顔が熱くて、視界に靄がかかったみたいにぼうっとする。


「お、俺は大人なのに体調管理も上手にできなくて情けないよ。今日は講座があったし、学生さんたちに伝染してなきゃいいんだけど……」


「大丈夫ですよ。あいつら病気なんてしませんから」


「モブ子さんたちだろう? あはは、そんな気がするよ」


ひどい言われようだ。

コミケの新刊制作に勤しんでいる彼女たちは、きっと今ごろ大きなクシャミをしているに違いない。


「それより先生、布団に入ってください。あっ、その前に薬を飲んで」


「かぜ薬なんてうちにはないよ」


ションボリ首を振る蓮の前で、梗一郎が自分の鞄からビニール袋を取り出す。


「さっき僕がコンビニで買いました。あっ、薬を飲む前に何か胃に入れたほうがいいですね」


蓮ちんの世話係とモブ子らに認定されているだけのことはある。

台所を借りますよと、梗一郎は玄関に入ってすぐ隣りの小さなキッチンスペースへと向かった。


「何か食べたいものはありますか?」


軽い口調での問いに「とろとろのオムレツがいい」なんて答えながら、長身の後姿を見つめる。

その頼もしい背中は、冷蔵庫の前にしゃがみこんで数秒間固まっていた。


「どうした? 中でなにかカビてたっけ? それだったら、見えないように端によけておいて」


冷蔵庫の中に傷むものを残していたっけ。

なんだか内面を見られるような気恥ずかしさを覚えて、蓮は熱い頬に両手で風を送る。


しかし、梗一郎が固まっていたのは別の理由があったようで。


「すみません。何を食べるか聞いておきながら僕、料理がからっきしで……」


梗一郎、罰が悪そうに冷蔵庫の蓋をしめた。

隙がないと思われた青年の意外すぎる告白に蓮は声をあげて笑い、あわてて口元を押さえる。


「そ、そんなの気にしちゃいけないよ。むしろ君にも苦手なものがあるなんてホッとしたくらいだよ」


申し訳なさそうに長身を縮めて、梗一郎は冷蔵庫に入っている野菜ジュースを持ってきてくれた。

ありがとうと受け取って、蓮は窓を見やる。

外では遅咲きの桃の花が風に揺られていた。


「俺はおとなしくしてるから、鳥獣腐戯画の展覧会に行っておいで」


「何言ってるんですか。食べやすそうなものを買ってきますから、先生は寝ててください」


世話係が部屋のすみに丸まっていた布団を広げようと手を伸ばすのを、蓮があわてて押しとどめる。


「いいから、小野くん。そんなの俺がするから」


慌てて敷布団を引っ張ったせいか、側の書類が崩れた。

散らばる紙を受け止めようと伸ばした手が本棚に激突する。


「先生、危ないっ!」


落ちてくるファイルを呆然と見つめる蓮。

咄嗟にその肩をつかんだのは、梗一郎の手だ。

ぐいと引っ張られ、仰向けに床に倒れ込む。


耳の横で、畳を叩く音がやけに大きく響いた。

蓮の上にのしかからないようにと、梗一郎が手を床について己の身体を支えたのだ。

畳に勢いよく手をついたものだから、きっと梗一郎の腕はじんじん痺れているに違いない。


「あっ……」


小さな叫びは蓮と梗一郎、どちらのものであったろうか。

驚くほど近くに互いの顔があって、ふたりとも大きく目を見開く。


「先生……」


「な、なに?」


「……これが壁ドンならぬ、床ドンです」


梗一郎の声は掠れていた。

もしかしたら大切な用語を教えられたのではないかと、蓮が至近距離に迫る教え子の顔を見つめる。

梗一郎の頬が見る間に赤く染まった。


「先生、今のは忘れてください」


「ユカドンのことかい? 何言ってるんだい、君は。ユカドンって何のことだい」


「先生、もう言わないで」

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