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夜。
電気も消え、カーテンもない部屋に、うっすら月が差していた。
ショッピは、ゾムの腕の中にいた。
抵抗しない。逃げない。ただ、静かに目を閉じている。
「……なあ、なんでそこまで敬語にこだわるん?」
ゾムの問いは、何度目かだった。
けれど今夜は、なぜかその問いが胸に引っかかった。
ショッピは、ゆっくりと目を開ける。
月を見ながら、声を落とす。
「……子どもの頃に、少し……厄介な家庭で育ちました」
「厄介?」
「少し……じゃないかもしれません。
“言葉遣いが悪いと、人間の価値が下がる”──そう言われて育ちました」
ゾムは一瞬、黙る。
「親に感情を出せば、怒鳴られ、叩かれました。
“敬語を使っていれば、無難でいられる”と……それだけです。
私は、ただ……生きるために、敬語を選んだんです」
声は平坦だった。
でも、それが逆に重かった。
「感情を出すと、面倒が起きる。
だから私は、心を隠すようになった。
“上手に隠す方法”が、敬語だったんです」
ゾムの手が、ぎゅっと強く肩を抱いた。
「そんな……」
「ですから、私は……この話をしても、変わらないと思っていました。
結局あなた方は、私を“壊したい”のでしょう?」
淡々と、でもどこか諦めの混じった声。
涙はない。怒りもない。ただ、深い“静けさ”だけがあった。
「ショッピ……」
ゾムは何も言えなかった。
ただ彼の額にそっと唇を落とすことしか、今はできなかった。
「……今更、優しくされても遅いですよ。
……でも……ありがとうございます。聞いてくれて」
初めて、少しだけ──自分から頬を寄せた。
それは、“愛”ではなかった。
でも、“拒絶”でもなかった。
ほんの少しだけ、ショッピの心が、誰かに“触れられて”いた。
「……そうか。
お前、そうやって“生きてきた”んやな」
静かな声。
ゾムはベッドに腰掛け、ショッピの髪を指先ですくうように撫でた。
「なら──俺が、もっと“生きやすく”してやるよ」
「……どういう意味ですか」
ショッピは動かず、ただじっとゾムを見上げた。
彼の瞳は、いつもより穏やかで、静かで、──なのに、底が見えない。
「お前、ずっと“敬語”で自分守ってきたんやろ?
じゃあ、もう……そんなもん、俺が壊したる」
「……っ」
ゾムがそっと、彼の唇を撫でた。
その動きは優しい。でも、息が詰まるほどに“強制的”だった。
「敬語なんか使わんでええ。俺だけには、素を見せて。
“生きるため”じゃなくて、俺のために喋ってほしい」
「……それは、あなたの“自己満足”でしょう」
「せやで? でもそれでええやん。
お前、これまで“誰のため”に生きてきた?」
言葉が詰まる。
ゾムは、ゆっくりとショッピの首筋に口づけた。
甘く、優しく──でも、狂おしいほどに“奪う”キス。
「これからは、“俺のため”に生きろよ。
“誰にも踏まれんように”じゃなくて、俺にだけ踏まれろ」
「……やめ、て……」
弱い声。けれど敬語は消えない。
「な? そろそろ……敬語、やめてもええで?」
「……やめません。
私は、これしか……残っていないので」
そう言いながらも、ショッピの声は揺れていた。
ゾムは笑った。
優しくて、酷い笑みだった。
「じゃあ、全部奪ってやるわ。
お前が“自分で保とう”としてるもん、ぜんぶ──俺が引きずり出したる」
指先が胸元にかかる。
恐怖じゃない。無力感だった。
自分を守る鎧が、すべて剥がされる。
ゾムはその瞬間のショッピを、なにより愛しているのだった。