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診察室の中で、異能者はじっとこちらを見据えていた。彼の瞳には光が宿り、微動だにしない様子が不気味さを際立たせている。
「ソクバク――束縛、か。」
僕は自分の汗が背中を伝うのを感じながら、その異能の特性を呟いた。
「ほう、知っているのか?」
異能者が薄く笑う。その笑顔が、ぞっとするほど冷たい。
「まあ、一応ね。この異能の厄介さは噂で聞いてる。物理的にも精神的にも自由を奪われるらしいじゃないか。」
僕はあくまで軽い調子で応じる。
「その通りだ。君のような無能力者には、耐えられないだろうな。」
異能者の声は自信に満ちている。
「無能力者かどうかはともかく、僕らもなめられたもんだよね。」
南無が斧を肩に乗せながら、にやりと笑う。
「じゃあ、そのソクバクってやつ、俺たちに試してみなよ。束縛されたことがない自由人としては、ちょっと興味あるな。」
異能者が一歩前に進むと、彼から黒い影のようなものが伸び始めた。それは触手のように空間を這いながら、こちらに向かってくる。
「……うわ、気持ち悪いな。」
南無が小さくつぶやく。
「これはただの影じゃない。触れた瞬間、肉体も精神も拘束される。どれだけ力のある者でも逃れることはできない。」
異能者が静かに説明する。まるで獲物をじわじわと追い詰める狩人のようだ。
「つまり、自由を奪う異能ってわけか。でもさ、そんなのに捕まったらどうなるの?」
僕が冷や汗を拭いながら尋ねる。
「どうなるか?……簡単だ。捕らえた後は、命を削りながら従わせるだけだ。」
その言葉とともに、黒い影が一気に動きを速めた。
「おっと、そう簡単に捕まると思うなよ!」
南無は俊敏な動きで影を避けると、斧を大きく振りかぶった。
「へい、こいつ効くかな?」
斧を振り下ろした先には黒い影。しかし、それはあっさりと斧をすり抜けてしまった。
「なっ……!?」
南無が驚きの声を上げる。
「物理攻撃が効くと思ったのか?だな。」
異能者は余裕の表情を浮かべながら、さらに影を広げていく。
僕は南無の背後で、頭の中で素早く考えを巡らせた。
(この影……触れたらアウト。逃げ続けるだけじゃジリ貧だ。それに、異能者の意識をそらさないと南無が危ない。)
「よし……やるしかない!」
僕はポケットからフラッシュライトを取り出すと、異能者に向けて思い切りスイッチを押した。
「……ん?」
異能者が一瞬、目を細める。その隙に、僕は声を張り上げた。
「南無!今だ、横から回り込んで!」
南無は僕の指示通り、異能者の横を取るように大きく移動した。そして、影がこちらに集中している間に、再び斧を構える。
「へへっ、今度は一発お見舞いしてやるぜ!」
南無が振り下ろした斧は、今度こそ異能者の肩に届くかと思われた。だが――
「無駄だ。」
異能者がつぶやくと同時に、影が一気に収縮し、南無の腕を捉えた。
「うわっ!?こいつ、強っ……!」
南無が歯を食いしばる。
「やばい、南無が捕まった!」
僕は焦りながらも、何とか次の手を考えようと必死になる。
「自由は尊いと思っていたが……お前たちを見ていると、価値が霞んで見えるな。」
異能者の声には、どこか虚無的な響きがあった。
「自由は悪だ。束縛が正だ。お前たちは身で理解するといい。」
僕と南無、そして異能者の間には、一瞬の静寂が訪れた。だが、その静けさは次の激しい攻防の前触れにすぎなかった。