異能者の「ソクバク」によって捕らえられた南無が、苦しげに歯を食いしばっていた。その姿を目にしながら、僕の脳裏にふと、渋谷先輩との会話がよぎる。
「あのさ、渋谷先輩。狩り手の中で一番強いのって誰なんですか?」
任務の合間に、僕は何気なく尋ねた。
「一番強い……か。」
渋谷先輩は煙草に火をつけ、しばらく黙った。
「そうだな……俺が認めてるやつは一人だけだ。」
「えっ、一人だけですか?渋谷先輩、ほら、狩り手の中でも実力者じゃないですか。それでも認める人が一人だけって……」
「フッ、俺のことを実力者だなんて、よく言うな。」
渋谷先輩は鼻で笑いながら、静かに続けた。
「南無だよ。」
「南無さん、ですか?」
僕はその名前に聞き覚えがあったものの、具体的なエピソードは知らなかった。
「あいつは恐ろしい。何が恐ろしいって、だらけた態度からは想像できないほど、本気を出したときの南無はまるで別人なんだ。」
渋谷先輩は煙を吐きながら、遠い目をした。
「あいつの本気を見たことがあるのは、俺と、数人だけだろうな。俺が狩り手として戦っていられるのは、あいつの背中を見て学んだからだ。」
「おいおい……簡単にくたばるわけないだろ?」
捕らえられていた南無が、苦しげな表情を浮かべながらも笑った。
「なに?」
異能者の表情が一瞬だけ険しくなる。
「悪いな。束縛ってのは嫌いなんだよ。だから、俺も本気を出すぜ――渋谷のジジイにも負けないくらいにな!」
南無の目がぎらりと光を放つ。その瞬間、彼の体が異様なエネルギーをまとったように見えた。
「……この力は!?」
異能者が驚愕の声を上げる間もなく、南無は右腕に捉えられていた黒い影を力任せに引きちぎった。
「なんだそれだけか?束縛の異能って割には、耐久力は大したことねえな!」
異能者の冷静さが崩れ、動揺が走る。
「南無!」
僕が叫ぶと同時に、南無は背中の斧を取り出し、一気に異能者との間合いを詰めた。
「お前、ソクバクとか言ってたけどさ――僕は自由でいるのが何より好きなんだよ!」
南無が全力で振り下ろした斧は、黒い影を斬り裂き、異能者の肩口に深々と食い込んだ。
「ぐっ……!」
異能者が呻き声を上げる。
「まだ終わりじゃねえぞ!」
南無は間髪入れずに二撃目を繰り出し、その圧倒的な力とスピードで異能者を追い詰めていく。
その光景を目の当たりにしながら、僕は思わず口をつぐんだ。
(……これが南無さんの本気。本当に恐ろしい人だ……。)
渋谷先輩の言葉が胸に蘇る。
『本気の南無に勝てるやつなんて、狩り手の中にはいないよ。だからこそ、あいつが俺たちの仲間でよかったって、いつも思うんだ。』
「くそ……!貴様ら、何者だ……!」
異能者が血を吐きながら、よろめくようにその場に倒れ込んだ。
「ただの狩り手だよ。」
南無が斧を肩に乗せ、軽く吐き捨てるように答えた。
「お前みたいな束縛野郎が勝てるわけねえだろ。自由人を甘く見んなよ。」
異能者はそれ以上何も言わず、意識を失った。
僕と南無は互いに顔を見合わせ、苦笑した。
「さすが、南無さんですね。」
「まあな。けど、お前も最後のライト、地味に効いてたぜ。」
南無が豪快に笑う中、僕も小さく頷いた。
(――渋谷先輩が尊敬する理由が、少しわかった気がする。)
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