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「結婚式場で働く人は、結婚できない」
そんな半信半疑ながらも、やけに脅しめいたジンクスに絡め取られた人生の中で、今、俺の目の前には一筋の光が降り注いでいた。
その光を浴びてもいいのだろうか、心の中で手を伸ばしては引っ込めてを繰り返す。
優しい光の中から舞い降りてきた天使は、俺に微笑んで言った。
「向井さんのことが、ずっとずっと好きでした」
俺は、今だいぶ頭が働いていない。
誰か、通訳して欲しい。退社後の帰り道を一緒に歩いているこの子は、今なんと言ったのか。
もちろん、ここには俺とその子しかいないのだから、それは無理な話である。
手間をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいの状態で、俺は恐縮するようにおずおずとその子に聞き返した。
「…すまん、、もう一回言ってくれへん?」
「えっ…と…だから、その、ずっと前から向井さんが好きでした」
「ほうか…好きか………..って、え!?!」
「わ!?びっくりした…」
「すまん…、声大きかったな…。」
「い、いえ…大丈夫です………」
あかん…。自分で気まずい空気にしてもうた…。
頑張って告白してくれた人に、絶対にしたらいけないリアクションをしてしまったことに今更ながら後悔するが、時すでに遅し。元来の癖というものはなかなか抜けないなと、変に落ち着きを見せ始めた頭で考える。
正直に言うと、ツッコミどころが多すぎて、どこから手を付けたらいいのかということで俺の頭はいっぱいだった。
たった今俺に好きだと言ってくれた子は、目の前で、俺の返事を待っているのか、もじもじと手いじりをしている。
背が高くて、日本人離れしたその顔は堀も深く、凛々しい眉をたたえている。そんな子は、少し俯いて俺の様子をチラチラと伺う。
じっとその子を見ていた俺と目が合うたび、「ぴゃっ」と言って瞳を逸らしてしまう。
見た目のかっこよさと、かわいらしい仕草のギャップに、俺の心臓はぎゅむっと鷲掴みにされる。
…いや、何をときめいてんねん。
自分にツッコミを入れる。
…あと、「ずっと前から」言うとったけど、今4月やで?君と会うたん、先月が初めてやと思うんやけど…。
目の前の子にもツッコミが止まらない。
いけない。自分の悪いところが出ていると、余計な思考は振り払って、目の前のこの子だけに注意を向けようと強く意識する。
………が、じっくりと考えてみても、今この場所では、ちゃんとした答えは出せなさそうだった。夜道の暗がりの中で、まばゆい光を放っている目の前の天使に俺が掛けたのは、なんとも情けない言葉だった。
「…村上くん..考えさしたってくれるか…?」
「やっちゃったぁぁぁあああ…っ!!!!」
「もう言っちゃったものはしょうがないじゃない」
「まだ言うつもりじゃなかったのに…どうしよう…絶対に幻滅された…」
「「考えさせて」って言われたんでしょ?なら、そんなこと無いと思うよ?」
今日僕は、向井さんに間違えて告白してしまった。
いや、僕の気持ちは本当なのだが、ちょっとした手違いが起きたのだ。
晴れて僕はこの4月から、第一志望の会社に入社することができた。尚且つ就職先が、ずっとずっと好きだった向井さんと同じ職場だったのだ。そのことに、僕の気持ちは、向井さんと再会して前撮りを見学させてもらった三月のあの日から、舞い上がりっぱなしだった。
4月1日に初めて会社で働いて、月半ばまでが過ぎた。
毎日覚えることや学ぶことばかりで大変だけれど、それでもやっぱり感動的なお仕事に毎日胸が躍った。こんな幸せな職業に就くことができて、とても幸せである。
それに、ずっと逢いたくて仕方がなかった向井さんにも、毎日会えるようになった。
そんな最高潮に達した状態の僕は、向井さんとたまたま一緒に帰れたことが嬉しくて、つい、ぽろっと気持ちが口から出てしまったのだった。
大変なしくじりだと、家に帰ってきた瞬間、僕は大学時代にバイトをしていたカフェのオーナーに電話をかけたのだった。
「でもさ、「入社してまだ一ヶ月も経ってないのに告白するなんて、社会人としての意識が足りてないんじゃないのか?」とか、思ってるかもしれないじゃん!」
「なら、その場でそうやって言うんじゃない?はっきりとは言わなくても「今は仕事に集中しよか」とか。「お客さん持たせてもらえるようになるまでは、応えられへん」とか」
「さすが長い付き合いだね…どっちも向井さん言いそうだもん…」
「でも言わなかったんなら、少なくとも幻滅はしてないんじゃない?」
「…そうだといいなぁ……っでも!それでも!やっぱりあんな、帰り道のど真ん中で言う予定じゃなかったんだよぉぉぉ…」
「はいはい、ご飯に誘ってから言いたかったんだよね。もうそうやって落ち込むの五回目だよ?」
「何回言ったって足りないもん…はぁ…」
こんなはずじゃなかったんだ。
まだ何もできないひよっ子新入社員の状態じゃなくて、なんでもない帰り道の途中でなんかじゃなくて。
もっとかっこよくなれた僕で、もっとロマンチックな場所で、伝えられる日が来たら告白しようって思っていたのに。
だいぶ長いこと片想いしていた気持ちが、勝手に僕の中で大きくなって、外に飛び出して行ってしまった。
口からぽろっと出てしまった言葉に、僕の心の中は大騒ぎしていた。
僕は、どうしようどうしようと忙しく慌てる気持ちをなんとか隠して俯きながら、自分の指をいじいじとこねくり回していた。
優しい向井さんは「考えさせて欲しい」と言ってくれた。
なけなしの空元気で「はいっ!」と答えられた瞬間の僕の事だけは、よく頑張ったねと褒めてあげたいと、少し思う。
何度目かわからない大きなため息を吐くと、スマホからオーナーの声がする。
「ごめんラウ、翔太帰ってきちゃったからもう切るね。明日もお仕事なんだから、早く寝るんだよ?」
「わ、もうそんな時間だったの!?ごめんね…。しょっぴー怒ってない?」
「ちょっと拗ねてるけど大丈夫だよ。じゃあまたね」
「うん、聞いてくれてありがとう。おやすみなさい」
「いえいえ、いつでも連絡しておいで。おやすみ」
通話が切れる前に、電話越しのしょっぴーの声が少し遠くの方から聞こえてきた。
子供みたいに「りょうたぁー!ただいまのハグしたいー!!!はやくー!!!」と駄々をこねるその声が、なんだか懐かしかった。
「…はぁ、お風呂入ろう…」
音の鳴らなくなったスマホに、ほんの少しの寂しさを感じながら、僕は脱衣所へ足を運んだ。
僕が、向井さんに初めて会ったのは、高校生の時だった。
お父さんのお友達の結婚式に一緒について行くことになって、僕はその日、綺麗な結婚式場の中で、一人つまらない気持ちのまま、目の前に出してもらったご飯を食べていた。
お父さんのお友達ばかりが集まっているので、当然僕が知ってる人はいない。それに、当時は結婚なんていうものの素晴らしさとか、尊さなんてものについても全然興味がなかったから、早く帰りたいな、なんて気持ちでメインのお肉料理を食べていた。
まだまだ味覚も子供だったから、大人用に作ってある料理に口が慣れていなくて、今思えばすごく失礼な感想だが、変な味ばっかりだなって、その時は思っていた。
僕は、最後のデザートまで食べ終わると、お父さんに「トイレ行ってくる」と嘘をついて、会場を抜け出した。
夕方頃終わると聞いていたから、それまでに戻れば良いだろうと考えて、会場の周りをぶらぶらと散歩した。
少し歩き疲れて、近くにあったベンチで一休みしつつ、うとうとと微睡んでいると、誰かから声を掛けられた。
「君、今日ご参列されとるお客様?」
「ぁ、、ごめんなさい…」
勝手に抜け出した事を注意されるのかもしれないと思って、下を向きながら咄嗟に謝る。すると、その人は首に下げていたカメラをその辺にぶつけないように抑えながら、僕の隣に座った。僕と目を合わせて、その人はニカッと笑った。
その笑顔に、息が詰まったのを今でもよく覚えている。
その人が、向井さんだった。
向井さんは、何も言えずにいる僕を見て、話を続けてくれた。
「君くらいの歳やったら、まだ結婚には興味持てへんよな。しゃあなしや」
「…怒らないんですか?僕、勝手にここで時間潰してるのに」
「ん?お客様を怒る式場スタッフがどこにおんねん!君がそうしたいんやったら、好きに過ごしたらええよ」
「お兄さんは、ここで働いてるんですか?」
「おん、ここでカメラマンやっとる。今は休憩中やけどな。人生の中で、結婚式言う幸せな瞬間を残すんが俺の仕事や」
「だからカメラ持ってるんだ」
向井さんは、僕を怒ることもせず、ずっとニコニコとしながら僕の話し相手になってくれた。
この辺じゃ珍しい関西の訛りと、明るくて優しい話し方は、僕に人懐っこい印象を与えた。
「やから、今日ここに来てくれた君のことも幸せにせな」
「へ?」
「写真、嫌いやない?」
「はい、別に…」
「ほな、手始めに…」
向井さんは急に立ち上がって、僕にカメラを向けて一枚写真を撮った。
「不意打ちやから、めっちゃ間抜けな顔やな」
「ひどっ!撮るならもうちょっとカッコよく撮ってくださいよ!」
「んははッ!ええで!なんぼでも撮ったる!」
人の緊張とか、固い心とか、そういうものがどうやったら解けて行くのかを、この人はよく知っているような気がした。
向井さんと交わす会話の一つ一つが楽しかった。
ベンチに座っていた僕の事をたくさん写真に撮ってくれる。
僕もそのうちに気分が乗ってきて、立ち上がってポーズを取った。
「君、背高くて格好ええなぁ!モデルにぴったりや!うちの広告用で写真撮らして欲しいくらいやわ」
何回もシャッターを切っていく向井さんは、僕をとても嬉しい気持ちにさせてくれた。
あの日、向井さんが高校生の僕に言ったこと。
僕を褒めてくれた向井さんのその言葉は、また巡り会えた時に言ってくれた時のものと全く同じだったんだ。
何年経っても変わらない。素直でまっすぐなその言葉遣いに、高校生の僕はただただ嬉しさでいっぱいだったけど、新入社員の僕は懐かしさと恋しさが混ざった幸せの海の中で泣きそうだった。
日が暮れ初めると、向井さんは「そろそろお帰りの時間やで」と言った。
夢から覚めたような、そんな少し寂しい気持ちになった。
結婚式なんてそうそうあるわけじゃないし、少し遠出をして今日はここに来ているから、そう簡単には会えないよなって悲しくなった。
向井さんは心配するみたいに、下を向いた僕の顔を覗き込んだ。
「どしたん?」
今自分が思っていることを、なんて伝えたら良いのかわからなくて、僕は更に目を伏せた。まだ会って一時間くらいしか経っていないのに、僕はもうすっかり向井さんが好きだった。
きっと、一番最初にあの笑顔を見た瞬間から、とっくに好きになっていたのだと思う。
でも、今ここでその気持ちを伝えても相手にしてもらえないだろうと思った僕は、僕の全部を未来に託すことにした。
かっこいい大人になって、もう一度向井さんに逢いに行こう。
子供というハンデがない状態になった時、向井さんに思いを伝えよう。
そう思った。
だから、今伝えられる精一杯の想いを一つだけ向井さんへ贈った。
「すごく素敵です。僕もこうやって人を笑顔にできる、この仕事がしたいです」
本心だった。
結婚にも、結婚式というものにも、まだピンと来てはいなかったが、シャッターを切っていく向井さんを見ていれば、このお仕事はみんなが幸せになれるものなんだろうなと、いくつも想像できた。
僕も、向井さんみたいに、周りの人を幸せな気持ちにできる人になりたいと思った。
向井さんは少しだけ、きょとんとした顔で首を傾げたあと、またニカッと笑った。
「いつかまた、君とここで会えんの待ってんで?」
「ありがとうございました!」
「ほなね、気ぃつけてな。」
向井さんは手を振って、僕が見えなくなるまで見送ってくれていた。ところが、僕が曲がり角を曲がったそのすぐ後、ガッシャーン!という音と共に、向井さんの「痛ッたぁぁぁあああぁぁッ!?」という叫び声が聞こえてきた。
…そそっかしい人なんだろうか。
危なっかしい人だな、なんて思いながら会場へ戻った。
次に会った時は、向井さんが怪我をしないように、僕がずっと近くで見守っていようと思った。
振り返らないでおいた。
また逢える日を夢見て、僕は晴れやかな気持ちでお父さんのところへ戻った。
それから一年後、その結婚式場は閉業してしまった。
向井さんの消息は掴めなかった。あの時は、名前も連絡先も知らなかったから。唯一の手掛かりは、あの結婚式の時にもらったお土産の紙袋に書いてあった式場の名前だけだったのに、その施設自体がなくなってしまった。
僕と向井さんのたった一つの思い出が無くなってしまったみたいで、とても寂しかった。
でも、ウェディングプランナーになるという夢だけは、僕の中でずっと消えずに残っていた。いつか、ちゃんと夢を叶えて、お客様を幸せな気持ちにしていける僕で、向井さんに逢いに行くんだと、何度も強く思った。
叶うなら、式場の中で。
お互いに結婚式に携わる人間という関係性で。
向井さんの言った、「いつかまた、君とここで」を現実にするんだと、そんな気持ちで大学受験を乗り切った。
本格的に就活が始まった大学四年生の時、会社説明会に行った先で目にした「お客様の笑顔と幸せのために」という企業理念を掲げている会社に惹かれて、その会社の選考を受けた。
なんだかその理念は、向井さんみたいだと思ったから。
向井さんも、僕を笑顔にするために、幸せな気持ちにするためにって、お仕事でもないのに、僕の相手をしてくれた。
僕もそんな人になりたい、そんな仕事がしたいと思った。
接客の練習をするために、近所のカフェでアルバイトを始めた。
先程僕が電話をしていたのが、そのカフェのオーナーだが、接客とかカフェでのお仕事のやり方以外にも、社会人に必要な考え方とか、人とのコミュニケーションの取り方とか、いろんな事を教えてくれた。
オーナーが紹介してくれた阿部ちゃんと、偶然が重なって友達になった阿部ちゃんの彼氏の目黒くんに、面接練習に付き合ってもらって、ついに内定をもらえた。
すごく嬉しかった。
夢に向かっていくたびに、僕はいろんな人に出会った。
みんな優しくて、あったかくて、かっこいいお兄ちゃんばっかり。
そんなこんなで、やっと向井さんに会えた。
まさか、同じ会社だったとは思っていなくて、とても驚いたけど、向井さんならこの会社にいるのがしっくりくるような気もした。
きっとこれは、みんなのおかげ。
みんなが僕を助けてくれて、育ててくれたから、向井さんとまた巡り会えたんだと思う。
感謝してもしきれないくらいの恩をみんなに感じつつも、やはり今日のことが頭に残って、ため息ばかりが口から出ていく。
お風呂から上がって、濡れた髪を、わしわしとドライヤーで乾かす。
オーナーの言う通り、いつまでもうじうじしていても仕方がない。
だって、もう言っちゃったんだもん。
全く手応えを感じられなかった向井さんの反応と、困ったような顔を思い出す。
記憶の中でずっと息をしていた向井さんの顔は、あの頃と何も変わっていなくて、会えなかった時間は、僕の気持ちを大きく育て上げた。この半月の間、仕事の合間にこっそりと横目で見ていた向井さんの笑った顔が頭に浮かぶ。
恥ずかしい気持ちと、きゅうぅっと心臓が縮むような感覚に挟まれながら、僕はベッドの上の大きなクッションに顔を沈めた。
「…はぁ…やっぱりだいすき………」
もう一度吐いたため息を最後に、僕はゆっくりと目を閉じた。
To Be Continued………………………