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「……ん……」
ゆっくりと目を開ける。
見慣れない天井。
少しだけ遅れて、昨日のことを思い出す。
「……そうだった……」
雪斗の家。
客室の布団の中で、こはるは小さく息を吐いた。
少しだるいけど、動けないほどではない。
身体をゆっくり起こすと
「おはよう。こはるちゃん、起きたのね」
母親が顔を出した。
「はい……ご迷惑をおかけしました……」
「いいのよ。ちゃんと休めたかしら?」
「はい」
こはるは一度大きく深呼吸をする。
「とても……落ち着いて休めました」
やわらかく笑う。
「そう……良かったわ」
母親はこはるに小さな紙袋を手渡す。
「とりあえず……これ……下着なんだけど、昨日買ってきたやつだから」
小さな声でそう囁いた。
「え!?そ、そんな……!」
「いいのいいの♪」
軽く手を振る。
「起きた?」
扉の方から声。
「雪斗くん……おはようございます」
ガチャっ
「おはよう。体調どう?」
「大丈夫です。ちょっとだけ、だるいくらいで」
「ならいいけど……無理すんなよ」
そう言いながら、少し安心したように息をつく雪斗。
「それで……冬休み、どうするの?」
「え……?」
「親御さんに連絡はしたのかしら?」
少しだけ、言葉に詰まるこはる。
「はい……一応……連絡は……」
一呼吸おいて……
「あの……ご迷惑じゃ……?」
「気にしないの」
優しく言われて、
こはるは少しだけ考える――
「……よろしくお願いします」
小さく頭を下げた。
「でも……その前に」
顔を上げて、
「一度、家に戻って着替えを取りに行きたくて……」
「お家まで車出そうか?」
「あ、いえ……そこまでは………」
「そう?でも………雪斗。一緒に行ってあげなさい」
「あいよ」
「ありがとうございます」
⸻
慣れない雪道に気をつけながら、2人で歩く。
こはるの家。
鍵を開けて中に入ると――
「……」
物が散らかっている。
「雪斗くん!少しここで待っていてください!!」
返事を聞く間もなく、ドアを閉めた。
めちゃくちゃに汚いわけではない。
でも――
(……そこまで頭が回ってなかった………)
大きくため息をするこはる。
「……ごめんなさい、ちょっと散らかってて」
「いや、別に……」
ドア越しの会話。
とりあえず視界に入る範囲の見られたくない物だけを隠し……
ドアを開けた。
雪斗は軽く部屋を見回す。
服。
本。
小物。
「……意外と散らかってるね……」
「普段はもっとちゃんと片付けてますよ!!」
そんなやりとりをしながら……
(もしかしたら……ここにはもう――帰って来ないのかもしれない)
一瞬だけ、そんな考えがよぎる。
「……雪斗くん」
「ん?」
「少し掃除を……いや、大掃除、してもいいですか?」
「大掃除?」
「はい。ちょっと……気になってしまって……」
「いや、いいけど……体調は?」
「大丈夫です」
小さく頷く。
「でも、一人だとちょっと大変そうなので……」
(それに……みんなにも……)
「みんなにも、手伝ってもらっていいですか?」
「まぁ……呼べば来るだろうけどな」
「はい(笑)」
⸻
しばらくして。
「おっじゃましまーす!」
「うおっ……思ったより散らかってるな!」
「ってか、こはる大丈夫?」
渚と陽向が入ってくる。
「急にすみません……」
「いつも綺麗なのに珍しいね」
紅葉も後ろから入ってくる。
「いいっていいって!体調すぐれないんだし、むしろイベントじゃん!」
「大掃除大会ってやつだな!」
「……やるなら徹底的にやろうか」
「ありがとうございます」
こはるが小さく頭を下げた。
そんなこはるに耳元で紅葉が囁く。
「こはる………色々と見られちゃまずいものとかは、大丈夫?」
「……多分…………」
微妙な回答にため息。
「ちょっと男子2人。5分……いや10分外に出てて」
「すみません………」
「お、おう」
「……またか………」
⸻
10分後――掃除が始まった
「これどこに置くー?」
「それ多分その辺!」
「絶対に違う」
笑い声が部屋に広がる。
「……あ、これ」
陽向の目に一枚のプリントが目に入る
「体力テストの結果の……ってかこはる足早(笑)」
「懐かしいね」
「そういえば……」
渚が振り返る。
「こはるが来て、もうすぐ一年?」
「……そうですね」
「最初めっちゃ人見知りだったのね(笑)」
「みんなに囲まれててフリーズしてた」
「見てて面白かったけどな」
「でも雪斗にはなんか最初から普通だったよね?」
「そんなこと……」
少しだけ困ったように笑う。
「どうでした?」
「いや、まぁ……」
雪斗が視線を逸らす。
「正月に神社で1回会ってたからかもね」
「そうだったんだっけ?」
「誰かさんにすっぽかされた時ね」
視線はそのまま陽向へ……
「うぐっ………」
気まずそうな陽向。
「そ、そういえば〜またあそこのケーキ屋、新商品出したらしいぜ!」
話を逸らした。
「フルーツケーキだっけ?」
「うっひょー!美味しそう!!年明けたらみんなでまた行こうね〜」
「……はい」
笑いながら、作業は続く。
「修学旅行も色々あったよな」
「誰かさんと誰かさんが喧嘩して大変だったしね」
「うぐっ………」
「その節は……オサワガセイタシマシタ……」
「冗談」
くすりと笑う紅葉。
「祭りも行ったねぇ」
「花火も!」
「海は……いろいろごちそうさまでした」
「何がだよ!」
「体育祭も…文化祭も…楽しかったです」
「……」
一瞬だけ、こはるの手が止まる。
「……本当に」
ぽつりと、
「たった一年なのに……」
顔を上げて、
「……たくさん、思い出ができました」
少しだけ、笑う。
「……まだまだこれからだって♪」
「来年もまたみんなで海行こうぜ!」
「あんたは水着見たいだけでしょ!」
渚と陽向が明るく言う。
「……そうですね!行きましょう!」
こはるも柔らかく頷いた。
ガタッ!
紅葉が突然立ち上がる。
「……ごめん、ちょっと喉乾いたから自販機行ってくるね」
静かに部屋を出ていった。
続く雑談。
こはるだけは――紅葉の背中から目を離さなかった。
⸻
外。
冷たい空気。
白い息。
「……」
紅葉は、ゆっくりと目を閉じる。
【二ヶ月と少し……お主の存在は……消える】
天ちゃんの言葉が頭をよぎる。
【後悔の無い……幸せの道を歩めるよう、見守ってあげてくださいね】
(あれからもう……二ヶ月以上……)
「……わからない……よ……」
目に涙を溜めながら小さく呟く。
その時……
「紅葉さん?」
振り返ると、こはるが立っていた。
急いで腕で目を拭う紅葉。
「……どうかしましたか?」
「……いや……ちょっとね」
隣に立つこはる。
「……」
少しの沈黙。
「ちょっと……懐かしいですね(笑)」
「ん?」
てへっと笑うこはる。
「文化祭準備の時です」
「あ〜……」
「あの時は……本当にすみませんでした」
「ほんとだよね」
紅葉もつられて少しだけ笑う。
言葉を選ぶように、一瞬考えた後、紅葉が尋ねる。
「……こはるはさ」
「ハッピーエンドって……なんだと思う?」
突然の質問に一瞬の間。
「ハッピーエンド……ですか?」
う〜ん……と、少し考えて……
「みんなが、笑って終わる……幸せな結末……ですかね?」
「……じゃあさ」
紅葉は続ける。
「誰かがいなくなって……悲しむ人がいたら……それは“ハッピーエンド”って言えると思う?」
語気が強くなる。
真っ赤な目をした紅葉がこはるを見つめていた。
その質問にこはるは少しだけ驚いて、目を見開いた。
それからゆっくり視線を落とし、目を閉じる。
「………」
「……そうですね……」
今までの自分の行動を振り返り、
少しだけ笑う。
「その人が、最後まで満足して歩けたのか……それは分かりません」
「……きっと、こうすれば良かったな…とか、なんであんなことしちゃったんだろう。とか……。そう言う気持ちもあると思います」
目をゆっくりと開ける。
「それでも………」
視線をゆっくりとあげ……
「その誰かが……最後に“よかった……”って思えたのであれば……」
微笑む。
「そんな終わり方であったとしても……」
まっすぐ紅葉を見つめて……
「それはきっと、ハッピーエンドなんじゃないかな……って………私は思います……」
「……」
紅葉の目には涙が溜まっていた。
「……ちがうよ!」
普段出さないような紅葉の声に驚くこはる。
「それじゃ……残された人たちは……!!」
「………そんな勝手で……納得できるわけないじゃない……」
ふっといい香りが紅葉の鼻を刺激する。
「……え……?」
こはるが抱きついていた。
「……紅葉さんが、何を言っているのかは分かりません……」
こはるが、静かに続ける。
「それでも……その誰かの想いが、ちゃんと届いているのなら………」
「……それは……きっと……ハッピーエンドになりますよ………」
「…………!」
七夕。
こはるが書いていた短冊が、頭をよぎる。
“想いがちゃんと届きますように”
「……そんなの……」
小さく、首を振る。
「……ずるいよ……」
声にならない声。
紅葉の体が、ほんの少しだけ強張ったのが分かった。
こはるが紅葉の胸に顔を埋める。
「………ありがとうございます………」
そのまま、
「………いつも、支えてくれて」
こはるの手にも力が入る。
「……いつも、見守っていてくれて……」
「……そんな紅葉さんのこと……」
一瞬、息を吸って………
「………大好きです……」
「…………っ」
こはるの想いが届いた紅葉。
ただただ、声を出さずに泣くことしかできなかった。
⸻
扉の後ろで、雪斗が立ち止まる。
声が、少しだけ聞こえる。
それ以上は、踏み込まない。
そのまま部屋に戻り、片付けを再開した。
⸻
こはるの頭を撫でている紅葉。
「はぁ〜……気持ちいいですね………」
蕩けるこはるの顔を見て、くすりと笑う紅葉。
「……でも?」
「雪斗くんの手が1番好きです!」
2人が目を合わせて笑う。
「戻ろうか」
「はい!」
⸻
部屋に戻ると、
掃除はほとんど終わっていた。
「お、帰ってきた」
「幾分適当なところもあるけど、ほとんど終わったぞ」
「す、すみませんでした!」
不在の間に掃除をしてくれた3人に頭を下げるこはる。
「いいのいいの♪って……あれ……紅葉?」
紅葉の目が赤い事に気づいた渚。
それを見たこはるがすかさず言う。
「外に出たら、『そういえば私、こはるの頭撫でてない。』と言いだして、紅葉さんに頭を撫で回されてたんです」
「……え?」
紅葉を見る陽向と渚。
「流石にもう戻らないとって思って頭を振って振り解こうとしたら……髪が目に入ってしまって……紅葉さんすみませんでした」
「…………」
「あぁ……そう言う……」
どこか納得したような渚。
「紅葉って、クールな雰囲気あるけど、実は泣き虫で可愛いもの好きだったりするしね(笑)」
「なっ‼︎別に私は……」
「へぇ〜そうなんだ」
「知らなかった」
紅葉に注目が集まる。
くすりと笑うこはる。
「私は知っていますよ♪」
「もう!!」
そう言って紅葉を見て、また笑った。
⸻
最終的にこはるが確認をし、掃除が終わった。
みんなは外に出て、部屋にはこはる1人。
物も、必要最低限のものだけが残り、
自分の荷物をまとめた。
その中で――
「あ……」
カバンについた小さな鈴。
何も言わず、その鈴をカバンから外し、
スマホに取り付けた。
チリン……
部屋を出ようとしたこはるは、玄関の前でくるりと振り返る。
もう一度綺麗になった部屋を見回す。
整理された部屋に大きく一礼をして、部屋を出た。
⸻
外はすっかり、日が落ちかけている。
「今日はありがとうございました!」
そう言ってお辞儀をするこはる。
「いいのいいの気にすんなって!」
「またねー!体調にはくれぐれも気をつけて!」
「…………」
そう言って背を向けようとする3人。
「あの!」
こはるが呼び止める。
3人が背を向けるのをやめ、こはるの方に体を向け直した。
「渚さん!」
「お、どしたー?」
「……1年……」
一瞬だけ、言葉を探すようにして……
「……この1年間、本当にありがとうございました!」
大きくお辞儀をするこはる。
「何よ改まって(笑)」
「……あの時……」
体を起こしたこはるが続ける。
「……渚さんが声をかけてくれたおかげで……皆さんと仲良くなることができました」
「……」
「いつも引っ張ってくれて……楽しい思い出を作ってくれて、本当に……ありがとうございました。」
そう言って渚に抱きつくこはる
「なになに、どうしたの?!」
「……大好きです」
ぎゅっと抱きしめた腕に力を入れるこはる。
「………甘えん坊か(笑)」
そう言ってこはるの頭を一度撫で、身体を離す。
「また来年もよろしくね!」
「……はいっ!」
次に陽向の方に身体を向ける。
「陽向くん」
「おう」
「いつも明るくて、面白くて……ちょっとだけえっちで……」
「おい(笑)」
くすりと笑う2人。
「……でも、そんな陽向くんがいてくれたおかげで、この1年間。本当に楽しく過ごすことができました」
「なんか恥ずかしいな(笑)」
「……いつも笑わせてくれて……本当にありがとうございました!」
「来年もよろしくな!」
そう言って頭を一度撫でる陽向
「……はい!」
そして紅葉の方へ……
「紅葉さん……」
その瞬間、紅葉の方からこはるへ抱きついてきた。
「?!」
びっくりするこはる。
「……えっと……」
一度、大きく息を詰める紅葉。
「……私はもう……聞いたから大丈夫」
「……はい」
もう一度、大きく息を吸い……
身体を離す紅葉。
「こはる………来年も……また遊ぼうね!」
目にはうっすらと涙が……
「………!!」
だけど………
「………はい!」
紅葉は笑っていた。
最後に――
雪斗を見る。
「……」
少しだけ迷って、
「……雪斗くんは……まだ、お世話になりますから今度ですね」
「なんだそりゃ」
柔らかく笑った。
3人が帰路に着く。
その背中が見えなくなるまで……
こはるは、手を大きく振り、静かに見送っていた。
こはるを照らしている月の光。
月にはうっすらと雲がかかっていた。
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