テラーノベル
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小さな生物が唸るような、嘶くような情けない声が延々と続き、ところどころにコツコツという叩くような音が混じっている。耳障りな声に苛立ったペトラは、「おい!」とテーブルを叩いた。
しかしテーブルに突っ伏したまま唸り続けているフレアは、その間も、ずっと悶絶し顔を伏せたままだった。
「いい加減にしろよ。そうしてたって、金は降ってこないだろ」
勢いよく顔を上げたフレアは、ムスッとしてペトラを見るなり鼻で笑い飛ばした。
「ペトラちゃんはいいですよ。お給料をいただいて、何事もなく生活すればいいんですもの。だけどね、私はそのお給料を、どうにかして皆さんにお支払いしなければいけないんです。お給料を!」
「んなこと言ったってよ。ないものはないんだから仕方ねぇじゃん。それよりどうにか稼ぐ方法考えろよ」
「簡単に言わないでください。ただでさえ一気に四人も雇ってしまったおかげで、残されたお金はごくわずかなんです。ムググ、今月分のお給料を払ったら、もうぺんぺん草の根も残りません」
「だったらジジイに頼むしかねぇんじゃね?」
「……予算は半年で500万ルクスまでときつく言われてます。きっと犬男は、それ以上お金を出してくれません。どうにかして私たちだけでお金を捻出しないと、いきなり倒産の危機です」
「倒産って、んな大袈裟な」と笑うペトラに施設の借金一覧を渡したフレアは、もう一度大きくため息をついた。
台帳に記された膨大な赤字の束を初めて目にしたペトラは、開いた口が塞がらず、今にも不渡りを出してしまう施設の状況に絶句した。
「金がないないとは聞いてたけど、まさかな。死ぬ気で稼がねぇとヤバいじゃん」
「そうなの、ヤバいの。でもどうすれば……」
力尽きたように突っ伏したフレアがゴツンと頭をぶつけるのと同時に、事務所の扉が静かに開いた。モンスターの世話を終えたロディアが顔を覗かせ、相談があると言った。
「な、……なんでしょうか?」
「実はモンスターの食事について相談があるんです。最近は街でいただいた厨芥などを彼らに与えていますが、今後のことを考えると、もう少し栄養価や残魔性の高い食事を与えたいなと。もし可能なら、少し費用を工面いただけませんか?」
「アガァッ(血を吐く)! ち、ちなみに、お、おいくらほどでしょうか……?」
「毎月40万ルクス程なのですが」
「40万?! なんでエサ代に、そんな」
「ウチにはトロールがいますので、どうしてもそれくらいは」
「トロール……だと? くそ、忌々しいトロールめ(小声)。少しだけ考えさせてください。す、すぐにお返事しますので」
お願いしますと出ていったロディアと入れ違いに、今度はムザイが入ってきた。備品整備がそろそろ終わりますと報告してから、一枚の紙をフレアに手渡した。
「転送装置の修理代金の請求がきていました。月末までに80万ルクスを換金所まで……、とのことです。すみませんが、よろしくお願いします」
次は地下の修理に向かうと報告したムザイが部屋を出た直後、プスプスと顔から煙を吐いたフレアは、白目を剥き、よだれを垂らしながら倒れた。
「おい」とペトラが頬を叩くが反応はなかった。しかし続けざまに、今度はウィルが事務所に飛び込んできた。
ウィルはどこかげっそりとしていて、随分と体調が悪そうだった。
「んだよ、バカウィル。随分とやつれてんな」
「おおぉぉ、ペトラちゃん、よくぞ聞いてくれた。俺はもうダメだぁぁぁぁ」
部屋の真ん中で大袈裟に倒れたウィルは、全てを出し尽くし、性も根も尽き果てたとイジケてみせた。
「大人の癖になっさけねぇな」
「そうは言ってもだよペトラちゃん。朝から晩までずーっと素人冒険者様の相手をするために、分身を使ってはウルフを出し、分身を使ってはバットを出し、分身を使ってはスライムを出し続けているのだよ。このままでは燃えカスになって死んでしまう!」
おんおん泣き出したウィルは、魔力と体力の限界だぁと職場改善を求めていた。
ここがADである以上、管理しているモンスターを直接戦わせるわけにはいかず、現状はロディアやウィルの魔法でコピーしたモンスターを使用していた。しかし冒険者の要求に応えれば応えるほど、ましてや客が増えれば増えるほど、従業員の疲労度も加速度的に上がっていく状況なのは紛れもない真実だった。
「なぁフレア。これ、本格的に業務改善する必要があんじゃね?」
「改善って、どうすればいいのよ。……お金もないのに」
シュンとしたフレアの様子に慌てたウィルは、血を吐きながら動かない身体に鞭打って立ち上がり、そんな顔をしないでくださいとくるくる回った。
「泣いたり踊ったりうるさい奴だな。暇だったら、どうすべきか提案くらいしてみろよ」
うーむと明後日の方を向いたウィルは、しばし考えて、わからんと答えた。馬鹿すぎて清々しいなと、二人の子供は表情だけで返事をした。
馬鹿に頼っても埒が開かないと赤字続きの台帳を捲ったペトラは、支出と収入の一覧を眺めながら、今後必要となるおおよその金額を計算していった。
誰よりも早く施設の現状を読み取ったペトラは、紙に三つの丸を書き出し、まずはじめの一つをコツコツと叩いた。
「ウチの収入源は限られてる。まずは駆け出し冒険者を対象にした、レベル上げ用ダンジョンの入場料だ。こいつは主にウィルのモンスターと転送装置、あとはここのギミックを使って回しているから、かかる費用はウィルの給料と、装置の維持費だけだな」
ふむふむと二人が頷いた。
続いて二つ目の丸を指さした。
「もう一つが子供用に解放されてるモンスターとのふれあいパークだな。こっちは入場料と別に少しだけ料金をとってるけど、エサ代にもならない儲けしかない。ハッキリ言って、今は入場料以外に稼ぎどころがないってのが現状だな。とすると――」
収入予定の金額を弾き出したペトラは、そこから管理費用と人件費を差し引きした。すると足りない金額が数字となって表れた。
「今月はどうにか乗り切れるけど、来月には人件費で数十万ルクス足が出るな。しかも問題なのは、このまま初級冒険者の客数を増やしたとこで、金額の溝がどうやっても埋まんないってことだ。どうにか別の収入を考えねぇと、みんな路頭に迷うな」
どよ~んと悲壮感に塗れたフレアとウィルが肩を落とした。しかしペトラは冷静に、最後の丸を指先で叩いた。
「しかし重要なのはこっちな。まず第一に、この設備にはアクティビティにおいて絶対的に足りない部分がある。おいバカウィル、答えてみろ」
急にビシッと指をさされたウィルは、あたふたしてからゆっくりと首を捻り、「お金?」と答えた。スネにローキックを食らって悶絶する男を無視し、ペトラはフレアにも同じ質問をした。
「ええと、施設の数?」
「確かにそれも必要だろな。客の単価が上がれば、入ってくる金も増えるし。でもそれを言っても仕方ないじゃん。新しい施設作るにしても、人手も金もねぇんだし」
「う~ん、だったらなんだろう?」
「客の傾向を見てると、ほとんどが低レベルの駆け出し冒険者や、モンスターとふれあいにやってくる家族連れだろ。でもダンジョンに興味のない子供や、子供の面倒を見てる親なんかは、モンスターを一頻り触ったらすることがない。暇を持て余して帰っちまうんだ」
「た、確かにそうかも……」
「で……、もっとも効率的にそいつらを満足させる方法があるとすれば、やっぱ初めに思いつくのはコレしかないだろ?」
ゴクリと息を飲むウィルのスネをもう一度蹴ったペトラは、何かを口に掻き込む仕草をしながら言った。
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