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手段といっても、大掛かりな準備は必要ない。
ただ一通、手紙をしたためるだけである。
内容としても簡素なもので、「旅行をしようと思いますので、護衛として近衛を1人寄こしてほしい」という旨をつらつらと連ねたものだ。それ以上でもそれ以下でもない。
だから、ロイは心配になったのだろう。
「お嬢さんは自信満々っぽいんだけどさ、すんなり許可下りるか?」
シャーロットがペンを走らせていると、ロイが微妙な表情で見下ろしてきた。眉を寄せ、不安げに尻尾を垂らしている。
「あのさ、国王陛下が許可だすとは思えないけど」
「問題ありませんわ」
シャーロットは手紙を綴りながら答えた。
「ほぼ同じ内容を近衛隊長にも送るつもりです。国王と近衛の長が許可を出せば、れっきとした護衛任務になるでしょう?」
「そりゃそうだけどさー、お嬢さんは王族じゃないじゃん。王家に嫁ぐってこともなくなったわけだし、王家を守る近衛の仕事の範疇から外れてるっていうか……」
「おっしゃるとおりです」
シャーロットは調子を変えずに言い切った。
「ですが、問題ないでしょう。国王陛下も近衛の長も人並みに情があるお方ですから」
「情でどうこうなるか?」
「なりますわ。だって、私の身に起きたことは有名になっているみたいですもの」
シャーロットの婚約破棄騒動は、すでに上流社会の間で広まっているようだった。それと同時に、「死の魔法」を受けて、余命が一年しかないことも話題になっているのだろう。現に、貴族の令嬢や奥様方からの茶会の誘いには「婚約破棄されたことお悔やみ申し上げます」といったような文面が必ず入っている。このことから察するに、婚約破棄の顛末について根掘り葉掘り聞きだしたいのだろう。
もちろん、すべて断っている。
全員が全員友だちなんかではないし、総じて私のことを嫌っていた者たちなのだ。そんな人たちに社交の話題やゴシップを提供するために、婚約破棄を受け入れたわけではない。
「近衛隊長はあの場にはいませんでしたが、今回の件は間違いなく耳に入っているはずですわ。だって、貴方だって知っていたでしょう?」
「それは、まあ、うん」
「でしたら、確実でしょう。ほぼ強引に余命一年にされた令嬢の最期のわがままは、聞き入れてくれると思いますよ。私、皆さんに嫌われていましたけど、次期王妃としては評価されていましたから」
「うーん……」
しかし、ロイは不安そうな様子を隠さない。眉間に皺をよせ、ちょっと心配そうに耳を曲げている。尻尾は揺れていたが、い依然として垂れたままだった。
「あのさー、近衛隊長ってアルバート王太子のシンパじゃん? なーんか悪さ企んでるんじゃないかって却下される気がしないか?」
「それもそうですけど、あの人はオリビアのことをよく思っていませんから。一度くらいは協力してくれますよ」
シャーロットは口元に笑みを浮かべてみせる。
表面上はアルバート王太子の今回の婚約破棄に賛同しているだろうが、うまくいく自信があった。
「まあ、会ってみればわかりますよ」
「えっ、会うの!?」
「私が直接渡してこそ、効果があるのです」
「それって……国王にも?」
「さすがに、それは人に頼もうと思っていますわ」
さすがに、わざわざ王城に出向き、国王に直訴するための手続きを踏むのは面倒である。手続きだけで一月軽く無駄にするだろうし、なにより、アルバートから変に勘ぐられたら困る。アルバートのせいで、残りの11か月を自由に生きられなくなりかねなかった。
「誰に頼むんだ? サリオス?」
「サリオス兄様や父には頼みませんよ」
「お嬢さん、他に頼める人いるの?」
「伝手はありますから」
シャーロットは、自分のことを嫌っている人が多いことは承知していた。
この国において、自分のことを嫌悪していない人は家族を除けば指で数えられる程度しかいない。だが、自分を嫌っていても話を通したり動かしたりすることはできる。そのくらいの手練手札は隠居同然になっても繰り出せるものだ。
「まあ、いずれにせよ、一度は王都に行かなければなりませんね」
シャーロットはペンを止めると、指のなかでくるりと回した。
探索旅行の算段を立てるためには、どうしても1か月はかかる。来月に旅行へ出るとすれば、その間にできることはすべてやっておこう。
「そういえば、いつまでこちらに?」
「ん? 明日には帰るつもりだけど」
「そうですか……」
シャーロットは少し考え込み、大きく頷いた。
「では、帰る前に食事はいかがです?」
シャーロットは再びペンを走らせながら口にした。
「いまからでしたら、夕食を1人分増やすことも可能でしょう」
「いいの?」
「かまいませんよ」
ロイの耳が驚いたようにピンっと立つのを横目で見ながら、シャーロットは侍女を呼ぶためのベルを鳴らした。
「貴重な本を2冊も持参してくださったのに、礼もせずに帰すことなどできませんから」
「別に礼なんていらねぇって」
「それに、あなたとはもう少し話しておきたいと思いましたの」
シャーロットがちらっと顔を上げて言えば、ロイは少し面を喰らったような表情をしていた。しかし、数度瞬きをしているうちに言葉を飲み込むことができたのか、次第に笑みが広がっていく。
「へー、お嬢さん。俺のこと気になる? 興味出てきた?」
尻尾を満足そうに揺らしながら、少しばかり顔を寄せてきた。
「俺もお嬢さんのこと、もっともっと知りたいなー」
「いえ、あなたのことではなく、他に聞きたいことがありまして」
シャーロットがきっぱりと断言すると、ロイは不満そうに口を尖らせる。つい数瞬前まで千切れそうなほど揺れていた尻尾に至っては、しゅんっとつまらなそうに垂れてしまっていた。
そんな彼の姿をどこか可愛らしく思いながらも、シャーロットは表情に出すことなく話を続けた。
「王都で最近起きている事件について。なにか不思議なことはありません?」
「不思議なこと?」
「1月も離れていたら、さまざまな事件が起きるでしょう? 近衛なら噂話を耳にする機会も多いのでは?」
王都へ出向くと決めたなら、それ相応の話は仕入れておきたかった。
会話の糸口は必要だし、なにか役に立つかもしれない。
「そりゃ、一番の話題はお嬢さんのことだろ」
「それ以外でお願いします。夫人の逮捕も除外して」
「そうなるとなー……」
ロイは腕を組むと、少しばかり唸りながら考え込む。
「どこぞの音楽家が貴族の奥さんと不倫して旦那が激怒したことか? いや、違うな……火のもとに注意しろって話か? 最近、火事が多いようなって話を聞いたことが……いや、弱いよな……」
あれは違う、これも違うと悩んでいるので、シャーロットはくすっと表情を緩めた。
「サラマンダーの不始末かもしれませんわね」
「さらまんだー? ってなんだ?」
「火蜥蜴のことですわ。精霊の一種です――そのあたりについても、じっくり話しましょう。今日はまだ時間があるのですから」
シャーロットはなんでもなさそうに言った。
ロイには口が裂けても言えないが、彼に興味があった。
これまでの人生で出会った人のなかで、とびっきりの変わり者だ。
どうして、自分なんかのために真摯に向き合おうとするのか――非常に興味深い。
これまで一度として、異性からここまでの好意を向けられたことはなかった。
もちろん、アルバート王太子の婚約者であるということもあっただろうが、それを踏まえても恋慕の情を抱かれたことはない。自分の容姿につられ男性が鼻の下を伸ばしながら近づいてくることもなくはなかったが、会話をすると必ず引きつった顔で去っていく。
自分の性分として、つい相手の内情を言い当てたくなってしまう。極めてよろしくないとは分かっていたが、相手のちょっとした仕草や声色、容姿から推察したことが間違っていないかどうか、確かめたくなってしまうのである。そんなことされたら、誰だって不快な気持ちになるだろう。
その上、趣味が読書と魔法ときた。読書が趣味の令嬢は数いれど、一日中書庫にこもってひたすら本を読み続ける令嬢は極めて稀である。そこに失われた魔法のことを加えたら、もう変わり者以外のなにものでもない。
これらを総評すると、自己評価であるが好かれる令嬢とはいえない。
それなのに、ロイは好意を向けてくる。
しかも、嫁にしたいなんて意味の分からないことを冗談ではなく申し出てきた。
さて、一体どうして?
書庫に籠って考えても、情報が足りなすぎる。
サリオスがここに来てくれるのが一番良いが、もっと多角的に彼について探りたい。王都へ行けば、彼についても詳しく調査することができるはずだ。
シャーロットは己の好奇心が首を上げるのを感じ、口元に微笑を浮かべるのだった。
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