「あの――」
見覚えのないその女性は声を掛けるとすぐに振り向いた。
彼女は女の私でもドキッとしてしまう程とても綺麗な女性だった。
「あの、どちら様ですか?」
私がそう口を開くと、
「アンタこそ、誰?」
綺麗な顔に似合わぬ程無愛想、且つ口の悪い物言いで問い返して来ると同時に、鋭い目つきで私を見据えている。
「えっと、ここの住人、ですけど」
私が途切れ途切れに答えると、
「は? ここには芝田って男が住んでんだろ?」
今度は驚いた表情で問い返して来る。
芝田さんというのは前の住人――つまり私の父の知り合いだ。
「芝田さんなら、この春から転勤でアメリカへ行きましたよ。父の知り合いで……部屋は私が引き継いだんです」
「はぁ!? マジかよ……」
私の答えに頭を掻き毟りながら盛大に溜め息を吐いた彼女は落胆し更には、「あー困ったな……」とか、「転勤とか、言っとけってんだよ」なんて、ブツブツと独り言まで言い始めた。
(……何だろ、変で怪しい人だな)
綺麗な女性なのに言葉使いや仕草がすごく男っぽく、気性も少々荒い。
(あんまり関わらない方が良さそう)
失礼かもしれないけど、あまりお近づきにはなりたくない。
そう判断した私はバッグのポケットから鍵を取り出すと、何やらブツブツ言っている彼女を置いて部屋へ入ろうとしたのだけれど、
「おい、ちょっと待て」
彼女は閉めようとしたドアに足を入れてきて私の動きを止めたのだ。
「ちょっ、何するんですか!?」
「助けると思って、話を聞いてくれ」
「はぁ?」
「マジで困ってんだ。芝田をアテにして来たのに居ないとか……」
「そう言われましても……」
「頼む! とりあえず部屋に入れてくれ!」
「いや、それはちょっと……」
このご時世、いくらなんでも、見ず知らずの人を部屋に入れるなんてことは出来ない。
「頼むよ……頼れる人、いないんだ」
だけど、明らかに怪しい人ではあるけど、綺麗な瞳で見つめられて懇願されると何だか物凄く断りにくい。
(いや、でもさすがに部屋には入れられないよね……)
例えどんなに良い人そうでも、簡単に人を信用するなんて出来ない。
男だろうが女だろうが平気で騙す人だって沢山いるし、犯罪を犯す人だっているのだから。
だけど、ここで彼女を見捨てるというのも可哀想というか、なんていうか……甘いかな、部屋へ入れずせめて話を聞くだけならいいかと思い直した私は、
「あの、それじゃあ話を聞くくらいなら……」
そう言葉を零すと、
「本当か!? 助かる! お前良い奴だな」
ついさっきまでの表情とは打って変わって、子供のように無邪気な笑顔を見せてくれた。
「いや、別に、そんな……」
“いい奴”なんて言われて、少し照れ臭くなった私をよそに彼女は、
「じゃあ早速、上がらせてもらうな」
何を勘違いしたのか私の横を通って玄関に入り、靴を脱ぎ始めた。
「って! ちょっと待って! 話を聞くとは言ったけど、部屋に入れるとは言ってない!」
「はぁ? 外で話せって言うのかよ?」
「当たり前です!」
「それはまずい。頼むから中で話をさせてくれ」
「どうしてですか?」
「何でもだ」
「何ですかそれ? 答えになってません!」
そんな互いに一歩も譲らない言い合いが暫く続き、埒が明かない状態に陥ってしまう。
(もう、一体何なのよ? やっぱり関わらなきゃ良かった!)
いつまでも玄関先で言い合いなんてしていては隣近所に迷惑がかかるし、何より、だんだんこのやり取りが面倒臭くなってくる。
(芝田さんの知り合いみたいだし、女の人だし、とりあえず話だけ聞いて、さっさと帰ってもらうしかないか……)
色々悩んだ末、不安はあるものの折れたのは私の方だった。
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