テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
……ピッピッピッピ…
無機質な電子音が、まどろみの淵にいた私の意識をゆっくりと、だが確実に引き戻していく。
重たい瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは
見慣れた天井の小さな染みと、使い古したふかふかの羽毛布団の質感。
一瞬、ここがどこか分からなくなるような感覚に襲われたが
肌に伝わる自分の部屋の匂いに、すぐにベッドの上にいるのだと理解した。
昨日───その言葉を脳裏に浮かべた瞬間、記憶の断片が濁流のように押し寄せてくる。
インターホン越しに聞こえた、かつての恋人・宏太の執拗な声。
恐怖で足がすくみ、呼吸の仕方を忘れそうになったあのパニック。
そして……
「……高瀬君」
私の名を呼び、震える肩をその大きな手で包み込んでくれた後輩の姿。
『俺が守りますから』
真っ直ぐな瞳でそう言い切った彼の体温と、強くて優しい言葉。
それを思い出すだけで
胸の奥がじんわりと熱を帯び、昨夜の凍りついた心に血が通っていくのが分かった。
枕元に視線を移す。
昨夜、彼が「ここで寝ますから、先輩はベッドへ」と譲らなかった場所。
そこには、几帳面に畳まれた予備の布団だけが残されていた。
主を失ったその場所を見て、胸をかすめたのは
当然すぎるほどの納得と、ほんの少しの隙間風のような寂しさ。
(そうだよね……帰ったに決まってる)
いくら緊急事態だったとはいえ
独身女性の家に、ただの後輩がいつまでも居座るはずがない。
あれは非日常の夜が起こした、一夜限りの「例外」だったのだ。
自分に言い聞かせるように大きく頭を振り
気を取り直してスマートフォンを手に取ろうとベッドから這い出した。
その時だった
───ジュージュー……カリッ……。
静まり返った室内を、軽やかな金属音と、何かを炒める香ばしい音が満たしていく。
鼻腔をくすぐるのは、朝の胃袋を優しく刺激する食欲をそそる香り。
「え……?」
耳を疑い、心臓の鼓動が不規則に跳ねる。
寝室のドアを数センチだけ開き、薄暗い廊下の先を覗き込んだ。
リビングと一体になったキッチンの中心。
そこには、グレーのトレーナーの袖を逞しく捲り上げ
私のお気に入りのチェック柄のエプロンを少し窮屈そうに腰に巻いた
見覚えのある広い背中があった。
「高瀬君……?!」
掠れた声で呼びかけると、彼は弾かれたようにこちらを振り返った。
「あっ! 先輩、おはようございます! 勝手にキッチン借りてます」
逆光の中に浮かび上がったのは
昨夜の硬い表情とは打って変わった、屈託のない爽やかな笑顔。
それと同時に
フライパンから立ち上る「朝の幸せ」を凝縮したような匂いが一気に押し寄せてきた。
溶けたバターの芳醇な甘み、厚切りハムが焼けるワイルドな香ばしさ。
おまる