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和子がダンススクールを退会するという知らせを受け、完全勝利を確信した隆也は、お礼に美晴や亜澄と一緒に食事へ行こうと誘った。
隆也は予約したレストランにいち早く到着し、美晴と亜純が来るのを待った。サプライズで小さなケーキを予約した。喜んでくれるといいな、と期待を込めて。
大義名分があった上でも、たとえ亜澄と一緒でも美晴に会えることが嬉しいと思う気持ちに苦笑した。既婚者の彼女に惚れてしまうなんて――
夜景の綺麗なホテルのレストランを予約したのは、彼なりの精いっぱいの背伸びだった。
下町育ちで壊れかけたラジオのダンスミュージックをバックに夕暮れまで踊り続けた過去を持つ隆也は、決して裕福な育ちではなかった。むしろなにもなかったからこそ、がむしゃらに踊りにだけ集中して生きてきたと言える。
外食するにもカウンターの居酒屋や安酒とうまい肴が食べられる店しか行かない彼が、美晴のような綺麗な女性が喜んでくれると思う店は、高貴な店と安直に思い浮かべるしかなかった。
体を動かす瞬間が好きで、それは好きになった恋人と同じ時間を過ごすよりも大切なことだ。しかし美晴を見ると、ダンスをしている時に得られるほどの…いや、それ以上の高揚感が胸を貫くのだ。
今はまだ、想いを告げる時ではないということはわかっている。
ただ、美晴が自由になったその時、
この想いを伝えてもいいのだろうか――
自分の複雑な表情が写りこんだガラス窓の外を眺めている時だった。亜澄から着信が入った。
「はい、もしもし」
『あ、隆也先生? 悪いけれど今日の約束パスさせてください。次の準備に取り掛かります』
「えっ…美晴さんとふたりきりなんて、困りますよそんな…準備は明日でいいじゃないですか」
『だめです。美晴さんの離婚準備ですから。1日も早く準備を済ませたいのです』
美晴とふたりきりになると思うと、嬉しいというよりも困ったという感情の方が先立った。
『私抜きで食事楽しんでください。せっかくのお祝いですから』
「そ、それはそうですけれど…」
『あのね、先生』亜澄が淡々と言った。『美晴さんといい雰囲気になっても、まだ手を出しちゃだめですからね。離婚するまでお待ちください。その後はお好きにどうぞ』
「――!!」
亜純の言葉で一気に赤面した。
「あ、なな、なにを言っていらっしゃるのですか…っ」変なことを言われたので、つい焦ってしまう。隆也はどもりながら言い訳を考えた。
『気持ちを伝えるにはタイミングってものがありますから。今は適切じゃないことはわかりますよね? なんならそっちも相談乗りますよ。勝率100パーセントです』
「い、いえ。間に合っています…」
『そうですか。では、そういうことで』
「あ、あのっ、亜澄さ――」
まだ彼が話している最中だったが、亜澄はおかまいなしに電話を切った。そのまま電源を落とし、『クギを刺したからまあ大丈夫でしょ』といった含み顔でニヤっと笑い、そのまま夜の町へと消えていった。
「ちょ…切られた!」
隆也は慌てて電話を掛け直したが、亜澄にはもう繋がらなかった。