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パウルス男爵にとって、これは起死回生を図る最後の賭けであった。貧民街を焼き尽くすことで聖光教会の功績を無かったことにして、騒ぎに乗じてレンゲン女公爵の首を取る。
貴族街で再び戦闘が発生するリスクは存在しているが、レンゲン公爵家の屋敷周辺は西部閥に属する貴族の別荘ばかり。敵対勢力である以上、事を成し遂げれば幾らでもやり様はある。そのように判断しての凶行であった。
失敗した場合のリスクはとんでもないものになるが、もとより後がない彼等には他に選択肢は無かった。
先日のエルフによる介入で人数を減らしてはいるが、それでも二百名弱の領邦軍を動員。一部を貧民街の火計に回して、大半をパウルス男爵自らが率いて貴族街へ向かう。今度は脅しではなく屋敷を焼き尽くすために火薬なども大量に準備させていた。
レンゲン公爵家の領邦軍は僅かなもの。先日の騒ぎから間も無く、本拠地から増援を得るには時間が無さすぎる。パウルス男爵は勝利を確信し、戦後の処遇についての取り次ぎを願ってフェルーシア公爵令嬢に書簡を送るほどであった。
しかし、彼の思惑は突如として現れたレンゲン公爵家の領邦軍によって脆くも崩れ去った。数は百名弱。こちらからすれば半分程度の人数であり、本来ならば気にもならない敵だ。しかし問題は、彼等が極めて近代的な装備を有していることであった。
だが、事態はそれ以上に彼等を不利にしていた。
「レイミ!遠慮は要りません!一人として取り逃がすこと無く殲滅します!」
先頭に立つ背の低い少女が何かを叫んだ瞬間、傍らに立っていた赤い髪の少女の髪が青く変わり。
「凍てつけぇ!!」
先頭を進んでいた十数人が一瞬にして氷像になってしまったのだ。
「……は?」
これにはパウルス男爵達も呆気に取られて。
「撃てーーーーーッッ!」
激しい轟音と共に、マスケット銃より遥かに高性能な小銃による銃弾の雨が浴びせられた。
レンゲン公爵家の領邦軍が装備するリー・エンフィールドMkⅢ小銃は暁の三八式とは違うものの、駐屯地で豊富な弾薬を使って思う存分実弾射撃を行い短い期間ではあったが充分に完熟することが出来ていた。
「おっ、応戦しろ!奴らは魔石を持っているぞ!」
魔法を使われて更に弾丸の雨を浴びせられた彼等は混乱状態に陥り、何とか落ち着かせようとパウルス男爵は叫ぶ。
しかしそれは彼の存在を非常に目立たせて。
「仕留めなさい!」
周辺の家屋の屋根に潜伏していたリナ達猟兵の狙撃を受ける。
「落ち着け!落ち着けーッッ!まだだ!まだ我々は……がっ!?」
「男爵様ーッッ!」
首に矢が突き刺さったパウルス男爵は堪らずに落馬。従士の悲鳴が響き渡り、更に混乱を助長させた。
しかも黄昏と違い区画整理が行われていない市街地は複雑に入り組んでおり、彼等の行動を制限させた。
「総員着剣!」
いつの間にか距離を詰めていた暁戦闘部隊が一斉に銃剣を取り付け、マクベスを初めとした将校達がサーベルを引き抜く。
気付いた時には、既に手遅れと言える間合いまで迫られていた。
「一人として取り逃がすな!突貫!」
そして暁戦闘部隊は獲物を追う猟犬のように、逃げ惑う領邦軍へ襲い掛かった。
もちろん領邦軍とて案山子ではない。統率は乱れているが、少数ながら反撃に転じるものも居た。彼等による発砲で数人が被弾するが、そこまでであった。
「やぁああっ!!!」
「ごぶぅっ!?」
エーリカがサーベルを振り上げた騎士爵へ体当たりするように激突。剣を腹部に突き刺し、そのまま思い切り顎まで真上に切り裂いた。
当然彼女も返り血で真っ赤に染まるが、今から気にするような娘ではない。剣に付着した血を払い、次の獲物を求めて駆ける。
「相手が旧式とて侮るな!躊躇無く果断に攻め立てよ!立ち直る隙を与えてはならん!」
自らもサーベルを振るいながらマクベスが檄を飛ばす。初手の銃撃と斬首攻撃で混乱を引き起こせたが、数は領邦軍の半数に満たない。
しかし貴族街であるため流れ弾に注意を払う必要もあり、そのために近接戦闘に持ち込むしか無かったのだ。
だが、この数的優位も。
「いきますよ、レイミ」
「はい!お姉さま!」
この姉妹が戦列に加わったことで覆されることとなる。
「凍てつけぇ!!!」
レイミが領邦軍の退路なり得る道全てに分厚い氷の壁を出現させ、戸惑い固まる領邦軍に狙いを定めてシャーリィが柄を向ける。
「輝けぇっ!!」
その体に内包する莫大な魔力は勇者の剣を通して魔法へと変換され、柄から飛び出した光輝く巨大な刃が固まっていた数十人を纏めて貫いた。
彼等は何をされたのか理解できず、また苦痛を味わうことも悲鳴を挙げる暇すらなく光の粒子となってこの世から消滅させられた。
「ばっ、化け物ぉ!」
「失礼な、私達姉妹は人間です。なのに、お姉さまを化け物呼ばわりとは……楽に死ねると思うなっ!」
姉に対する罵倒に激昂したレイミが氷を纏った刀を振り回しながら飛び込むのを見て。
「ふむ、後始末の準備に入りますか」
一方的な蹂躙劇を他所に、シャーリィは勇者の剣を腰に吊るして激闘から一歩下がる。
そこでは本物のレンゲン公爵家の従士や衛兵達が、
怪我人の手当てを行いつつ死体を一ヶ所に集めていた。
シャーリィは怪我人の手当て用に回復薬を大量に用意しており、この準備が暁の戦死者の数を減少させていた。
そしてそれらを差配しているのは、ジョセフィーヌ公爵令嬢である。彼女は怪我人や死体を見て青ざめながらも懸命に従士達に指示を出して後方支援を指揮していた。そんな彼女にシャーリィは歩みより、小声で声をかけた。
「お姉様も厳しいお方ですね。ジョゼ、吐きたくなったら物陰へ。公然と吐くのは淑女にあるまじき行為ですからね」
「シャーリィお姉様、少しはオブラートに包んでくださいっ!」
「必要ありませんよ、ここは戦場なのですから。吐いた方が楽になることもあるので、その時は我慢しないように」
「……お姉様はどちらに?」
「片が付いたので、そのご報告に。彼等は愚かにも私の妹を怒らせてしまいましたからね、結果は自ずと出ます。後始末については手はず通り死体を一ヶ所に集めておいてくれれば何とかしますので」
「分かりましたわ……まさか帝都でこんなことが起きるとは思いませんでした」
「楽しいでしょう?」
「それはシャーリィお姉様だけです」
妹分にジト目で抗議されて、シャーリィは首を傾げるのだった。それと同時に辺りが静まり返り、戦闘の終息を知らせた。