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6月の夢路
鏡の部屋を抜けると、空間の色が変わった。
淡い青でも、濃い黒でもない――灰とも水ともつかない、色のない世界。
天井も壁もなく、ただ広がる「場」だけが存在していた。
けれど、そこには明確な“境界”があった。
彼らは、その“境界の線”のぎりぎりに立っていた。
線の内側と外側で、空気の重さがまるで違う。
境界を越えた先には、“影”が存在しない。
「ここ……自分の影が消えてる」
nakamuが足元を見下ろして言った。
本来なら背後に伸びるはずの影が、どこにもなかった。
光源はある。自分たちの輪郭もはっきりしている。
それなのに、ただ影だけがどこにも映らない。
「この空間……俺たちの“存在の一部”を削るつもりだ」
きりやんの声が、わずかに強張る。
何もされていないはずなのに、身体の感覚が少しずつ曖昧になっていく。
足の裏、指先、鼓動――それらが少しずつ遠ざかっていく感覚。
「“影”って、自分の証拠みたいなもんだからな」
シャークんが静かに言った。
「なくなっても死ぬわけじゃない。でも、“自分”がだんだん薄くなる気がする」
broooockは黙って前に進んでいた。
足音はなかった。
けれど、彼が歩くたびに、床の奥からかすかな“音”が聞こえる。
それはまるで、ガラスの下から誰かがノックしているような音。
コン……コン……コン。
その音を聞いた瞬間、きんときが立ち止まった。
手を胸に当て、息をのむ。
「この音……聞いたことある」
彼の言葉に、全員が耳を澄ませる。
静かな空間に、その“ノック”だけが断続的に響いていた。
不規則で、でもどこか懐かしい。
まるで、教室の外から誰かがノックしてきたときのような音。
「……誰かが、下にいる?」
スマイルの声が静かに落ちる。
全員が床に目を向けた。
けれど、そこにはただの白い面が広がっているだけ。
反射もなく、透けてもいない。
にもかかわらず、“その下”に確かに何かがいると、全員が思っていた。
「もしかして……閉じ込められてる?」
nakamuの問いに、broooockがゆっくりとうなずいた。
「この音……昔、俺、毎日聞いてたんだ」
「誰も信じてくれなかったけど、夜になると部屋の床からこの音がして……」
「怖くて、ずっと耳をふさいでた。でも、今思い出した」
その声に、誰かが呼応するようにノックの音が強くなる。
コンコン……コン……コン。
やがてその音が、まるでメロディのようにリズムを持ち始める。
「これ、歌じゃない……?」
きんときが、低く声を重ねる。
即興なのに、ぴたりと合っていた。
声に引き寄せられるように、白い床の一部がゆっくりと揺れ始める。
ひとつの“円”が現れた。
直径1メートルほどの、うっすらとした線。
まるでその下に“扉”があるかのように、空間がざわめいていた。
「この下に、誰かがいる。……ずっと待ってたんだ」
broooockの声には、確信があった。
その誰かが誰なのか。
なぜ待っていたのか。
それはまだ思い出せない。
けれど、誰かが“忘れられたまま”そこにいるということだけは、はっきりと感じられた。
そして、床の下から再びノックが響いた。
今度ははっきりと――「7回」。
コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン。
影のない空間に、たしかに“誰かの存在”が浮かび上がっていた。
つづくーーーーーーーーーーーーーーーー