Side黒
『ねえ、今夜暇?』
樹とのラインに送ったメッセージ。すぐに既読がついて胸が躍る。
時間が空いていたら飲みにでも行こうかな、と考えたのだ。そこで気持ちを伝えられたら、と。
でもその返事は、
『忙しい』
もはや句読点すらも付いていない。シンプルすぎる。
もしかしてくっつきすぎて嫌いになったのかな、と怖くなったとき、またメールの着信音が鳴る。画面を見ると、まさに樹だった。
『明日二人で撮影あるだろ』
そうだった、と嬉しくなる。
珍しい組み合わせだが、明日は朝から雑誌の仕事だ。
サシ飲みへの誘いに気を取られて忘れていた。
でも仕事だからな、と思い直す。このことはプライベートで話そう、と決めた。
「おはよ」
翌日、樹はやはり時間ギリギリに顔を出した。正直待ちくたびれたが、いつものことだ。
「おはよう」
2人きりの仕事が楽しみで顔が緩んでしまいそうなのをこらえ、いつも通りに接そうと心がける。
が、荷物を置いた樹はソファーに座る俺の隣に腰掛けてきた。びっくりして振り向く。
「…何だよ」
ちょっとぶっきらぼうに言う。
「何でも」と返しながらも、内心は嬉しくてたまらない。
もしかしたらちょっと気に入ってくれたのかも、とスマホを見る横顔をのぞくが、いつものゲームをしている顔に変わりはなかった。
その後、それぞれ着替えやメイクを済ませると撮影に入る。
まず樹が1人でカメラの前に立った。
その姿は、いつも見ている大好きなアイドルだった。笑顔こそ向けていないものの、決まった表情がかっこいい。
一通り撮り終わって、今度は自分が呼ばれる。
意識しないようにとは思いながらも、スタジオの奥で座る樹を横目に見てしまう。
そのよそ見のせいで、カメラマンさんに「ちゃんとこっち見て」と叱られる。
こちらに視線をよこした樹が、呆れたように笑うのがわかった。
次は2人でのカットだ。
左隣に樹が立ち、シャッターが切られていく。
そして「オッケーです」と声が掛かったときだった。
「北斗、俺気づいてるぞ」
耳元で樹のやや低い声がし、熱い吐息を感じた。
続く