テラーノベル
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◇◇◇
正式に退院の日を迎え、俺は久しぶりに勇斗の家を訪れた。あの喧嘩をして悲しくて耐えられなくて、飛び出して以来の懐かしい家。
部屋が少し荒れているのは、俺が入院している間、あいつに全く心の余裕がなかった証拠だろう。
「ごめん、汚いけど座って」
「うん。ありがと」
どこかまだぎこちない空気の中、ソファに腰を下ろす。すると勇斗は、すぐさま俺の隣に座り、ぎゅっと抱きついてきた。俺の肩口に顔を寄せ、深く深く息をつく。
「仁人の匂いだ……よかった……本当によかった……っ」
しばらくの間、お互いの体温を確かめ合うようにそのまま動かなかった。
やがて勇斗はゆっくりと顔を上げ、俺の手を包み込むようにぎゅっと握りしめてきた。
「仁人、ごめん。あの時……」
あの時。
きっと、言い争いをしてしまったあの夜のことだろう。
「いや、俺も……引けずにごめん」
「いや、全部俺のせいだから」
勇斗はそう言うと、ズボンのポケットから、小さな四角い箱を取り出してきた。
「これは……?」
「これが、隠し事の正体」
手の上にのせられたベロア調の箱を、そっと開ける。中に収められていたのは、ひとつのシルバーのリングだった。それは、少しだけ歪な形をしていたけれど、俺の好きなデザインそのものだった。
「え、これ……」
「……前にお揃いのリングプレゼントしたとき、仁人、好みじゃなかったって言ってたから」
「うっ! それはごめん……」
「いや、あの時は俺の好み全開のやつだったからさ。だから、次は絶対に仁人の好みのものをプレゼントしたくて。でも、どこにでもあるありふれたのじゃなくて、世界にたったひとつだけのものを渡したくて……」
「え、まさか……」
「……手作りした。アクセサリー工房に、ずっと通って……」
「え、えー?!!!! おま、そんな時間なんて……!!」
ただでさえ多忙を極める男だ。一体どこにそんな時間があったというのか。
「確かにめちゃくちゃキツかったけど、仁人のこと考えたら何でもなかった。でもさ……いざ出来上がって受け取ったら、急に怖くなっちゃって。もしまた気に入ってもらえなかったらどうしよう、断られたらどうしようって思ったら、なかなか切り出せてなくて。それで、うじうじ隠しちゃって、挙動不審になって……」
申し訳なさそうに俯く勇斗を見て、俺は張り詰めていたものが一気に溶け、思わず吹き出してしまった。
なんだそれ。
本当に、呆れるくらい不器用で、愛おしい男だな。
俺はというと、胸を満たす幸福感で、どうにかなってしまいそうだった。 好みのデザインなのも、もちろん最高に嬉しい。
けれど何より。
俺が死にそうになっている間も、あの喧嘩の前の日々も、この男はただひたすらに自分のことだけを考えてくれていたのだという事実が、とても嬉しかった。
仁人は指輪を箱から取り出すと、それを勇斗の掌に一度戻した。戸惑う勇斗に自分の左手をそっと差し出す。
「……填めてくれるだろ?」
「……ん」
勇斗は一瞬驚いたように目を見開いた後、頷いた。
愛おしそうに俺の薬指へと指輪を通す。仁人の指で、少し歪なシルバーの指輪が光を受けてきらきらと輝いていた。
――それを見た瞬間、俺の脳裏にあの一面のピンク色の薔薇の海と、優しく手を振っていた男性の姿が、鮮やかによみがえった。あの人の指に全く同じように光っていた、シルバーの指輪。
『俺? んー……散歩、かな。誰かがここに、来て欲しいって呼んだからかもね』
あぁ、そうか。
あの人は、俺が「生きたい」と願って呼び寄せた未来の俺自身だったんだ。これから先、何年後も俺は勇斗から貰ったこのひとつだけの指輪をはめて、勇斗の隣で笑っている。
そんな未来の約束を胸に、俺は愛しい恋人の首に腕を回した。
「俺もお前も本当バカ。……でも、ありがと。大好きだよ、勇斗」
今度はひどい顔じゃなくて、世界で一番幸せな笑顔を最愛の恋人に贈った。
コメント
1件
いやーもう、めちゃくちゃ良かった……!指輪を手作りするって発想も、それをなかなか渡せずに挙動不審になってた勇斗の不器用さも、全部仁人への愛なんだなって伝わってきて胸がぎゅうってなった。特に「生きたいって願った未来の俺自身」って伏線の回収の仕方が美しすぎる。歪なシルバーリング、絶対似合う。最後の仁人の笑顔、俺も見たかったわ。最高の5話目だった🔥
碧
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88