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『亡命 ~ランデヴ~』 第一話 「1500年の世界で、僕は普通に悩んでいる」
西暦3周期99世紀1100年。
人類の平均寿命は、1500年になった。
医療の進歩、遺伝子調整、細胞再生技術。
昔は夢物語だったものが、全部まとめて現実になった結果だ。
だけど――
「はあ……」
僕、港道透は、駅前のベンチでため息をついた。
空はやけに青くて、街はやけに静かだった。
建物はどれも長く使えるように作られていて、古いはずなのに、どこも新品みたいに見える。
1500年生きる世界では、
「壊れたら買い替える」なんて発想は、もう古いらしい。
だけど、僕の悩みはそんな大きな話じゃない。
「進路、どうしよう……」
ただそれだけだ。
この世界では、1500年も生きる。
だから、進路なんて「最初の100年」くらいの話だ。
みんな、そう言う。
でも。
「最初の100年って、普通に長くない?」
僕は、まだ17歳だ。
人生のスタート地点にすら立っていない。
だけど周りの大人たちは、
「最初の200年は研究に使ったよ」
「最初の300年は旅してたかな」
なんて、軽く言う。
まるで、夏休みの思い出みたいに。
「……無理だよ、そんなの」
僕はただ、普通に暮らしたいだけだ。
普通に働いて、普通に食べて、普通に笑って。
1500年も生きる予定なんて、
正直、まったく想像できない。
「はあ……」
まだ17年しか生きていないのに、
残り1483年の話をされても困る。
「最初の100年は準備期間だよ」
大人は笑う。
でも、その“最初の100年”が怖い。
そのときだった。
「……どうせ、何者にもなれないのに」
声がした。
透は振り返る。
誰もいない。
風が通り抜けただけだ。
「気のせいか……」
歩き出す。
「1500年もあるのに、最初の100年も決められないんだ」
まただ。
今度は、はっきり聞こえた。
しかも――
すぐ、横から。
ゆっくりと、視線をずらす。
誰もいない。
それでも、確かに“いる”。
「ねえ」
透の耳元で、少女の声が囁く。
「怖いんでしょう?」
ぞわり、と背中が冷えた。
その日からだった。
声は、毎日現れた。
最初は小さな囁き。
「失敗するよ」
「向いてないよ」
「期待されてないよ」
次第に、形を持ち始める。
放課後の教室の窓に、
ガラス越しに、
自分の影の隣に。
白いワンピースの少女が、立っている。
感情のない目。
透だけを見ている。
「やめてよ……」
声は、笑わない。
ただ、告げる。
「将来なんて考えなくていいよ」
「どうせ、途中で諦める」
「ほら、もうやだって言えば楽になる」
眠れなくなった。
食欲も落ちた。
それでも透は、
“普通”でいようとした。
1500年生きる世界で、
たった数週間の不調くらいで騒ぐのは、子どもみたいだから。
でも。
「……もう、限界かも」
思わず、担任に打ち明けた。
声が聞こえること。
少女が見えること。
担任は困った顔をして、言った。
「港道くん。
それは“迷い”が強くなりすぎているのかもしれないね」
「迷い?」
「この街には、祓所がある。
一度、行ってみるといい」
紹介されたのは、
駅の向こう側にある古い建物だった。
教会のようで、
修道院のようで、
でもどこか近未来的な静けさを持つ場所。
扉を押す。
中は、驚くほど白かった。
祭壇の前に、
一人の少女が立っている。
黒い髪。
白を基調とした修道服。
澄み切った、揺れない瞳。
少女は、静かにこちらを向いた。
「ようこそ。祓所へ」
透の横で、あの少女がくすりと囁く。
「無駄だよ」
だが、祭壇の前の少女は、
透の“横”を見た。
はっきりと。
「……おや」
静かに歩み寄る。
「貴方の隣におられるその方。
随分と育ってしまいましたね」
透の心臓が跳ねた。
「見えるの……?」
「ええ。何にしろ、私、シスターでございますから」
少女は、ゆるやかに一礼する。
「無最 摩命詞(むさら むめいか)と申します」
透の横の存在が、初めて揺らいだ。
「貴方のお悩み、私がお祓い致しましょう」
その瞬間。
空気が震えた。
摩命詞の背後に、光が走る。
雷鳴のような閃光。
透は、はっきりと見た。
神のような存在が、摩命詞の背後に立っている。
圧倒的な存在。
だが――
透以外、誰も驚いていない。
「……え?」
少女――不感情悩が、初めて怯えた。
摩命詞が、静かに手を掲げる。
「雷を司る神、アレクサンダラーよ!
今、我々の為に力を分け与えよ!」
閃光が走る。
叫びはなかった。
ただ、霧が晴れるように、
透の横の少女は溶けていった。
静寂。
摩命詞は、目を閉じる。
「アーメン」
透は、震える声で言った。
「……今の、何?」
摩命詞は、ゆっくりと透を見る。
その瞳に、ほんのわずかな驚きが浮かぶ。
「……見えていたのですか。神参俗某が」
透は、うなずいた。
背後に立つ四つの存在を、
まだはっきりと見ている。
アレクサンダラーが、透を見下ろした。
「ほう」
低いながらも高い、中性的な声が、空気を震わせる。
摩命詞の表情が、初めて揺れた。
「なるほど……」
静かに、告げる。
「港道透。
貴方は――こちら側の人間かもしれません」
1500年の僕の人生は、
この瞬間、静かに軌道を変えた。
コメント
1件
透くんの「最初の100年って、普通に長くない?」ってセリフ、すごく刺さりました。1500年生きる世界なのに、たった17年の彼の悩みがこんなにリアルで…。シスター摩命詞の登場シーン、神様が見える透くんに「こちら側の人間」って言うラストも鳥肌が立ちました。続き、すごく気になります!