カクタスも立ち上がって、コンクリ女を抱きしめた。カクタスの耳元にコンクリ女がささやく。
「私を好きにして良いからね」カクタスの顔に動揺が走る。「い、今なんていったんだ」カクタスは声を荒げた。「なにも」とぼけるコンクリ女の手を、思わず掴んでしまう。コンクリ女の手が汗で濡れている事に気づいた。「ごめんなさい。でも」と言い訳しようとするコンクリ女を押しとどめる。
「分かったよ」コンク―リ女を解放すれば彼女は少し照れ臭そうな顔を見せる。アーニャは二人を祝福した。それから数日後、アーニャの携帯にメールが届いた。送り主はカクタスだった。『アーニャに頼みたい事がある』内容はコンサートをしてほしいとのことだった。アーニャが快諾すると、すぐさま返信が来た。場所は武道館、日時は明日だ。アーニャは急いで支度にかかった。
* * *日向は夢の中にいるようだ。コンクリー女とアーニャに翻弄され、音楽と向き合ったかと思えば、銅に心を絡め取られそうになった。しかし、それも一時の事、俺はコンクリ女の愛に癒されようとしている。
アーニャに別れを言われた。俺と音楽とどっちを取るかと迫った。だが、答えは最初から出ていたのかもしれない。俺は音楽が好きだ。だから、音楽と共に生きて行きたいと望むようになった。アーニャにそれを気付かされた。だから音楽に背を向けた。しかし音楽から離れられなかった。音楽は人の営みと深く結びついていた。音楽こそが生命そのもの、それはコンクリー女が教えてくれた事。そして今や音楽とは、すなわちアーニャのことなのだ、音楽なしでは、もはや俺には生が存在しないのではないだろうか? 音楽がなければ生きられないなら、いっそ死んでしまおうかとも思ったが、死が救いにならないと知った。音楽と生きると決めた瞬間から死が恐ろしいものに変貌する。だから死ぬのをやめようと思った。
俺は、いつからこんなに臆病になってしまったのだろう。アーニャ、お前を失うことが怖かったから音楽に逃げたんだ。でも、もう遅いんだろ。だって、俺は、こうしてアーニャの夢の中に居るじゃないか、そして今、目の前にいるのが、他ならぬアーニャなんだろ。アーニャの瞳に吸い寄せられるように近づき抱き締めた。
温もりと柔らかさに包まれて心地よくなる。ああ、アーニャの匂いだ。日向がアーニャの首筋を唇でなぞる。アーニャの吐息がくすぐったくて日向はクスッと笑った。「日向、日向」と何度も名前を呼び、愛おしさが込み上げてくる。俺達は一体、何をしているんだ。「日向クン、大好き」アーニャが微笑む。
日向の意識はアーニャの心の中に沈んでいる。アーニャの身体を弄り、衣服を剥いでゆく。アーニャはされるがままで、日向が求めているものは、なんなのか理解できていない。「日向、恥ずかしいよ」アーニャの声を聞きながら下着を引き下ろす。日向は自分の性器が熱を帯びるのを感じていた。「私も脱ぐよ」「アーニャ」日向が名を呼ぶと身体に電流が走ったような気がした。「日向クンも早く」とせがまれ、自分の衣類に手をかけたところで目が覚めた――。** * *
* * *
* * *2時間前――「コンクリさんの結婚式に出席するため」と言って家を飛び出してきたカクタスは駅に向かって駆け出し、その途中で日向を見つけた。2人が出会って間もない頃、二人で訪れた場所があった。そこならば日向が自分を見つけて戻ってきてくれるのではないかと考えたのだ。駅前の広場は人通りが多く、日向の姿はすぐに見失ったがカクタスは諦めなかった。一時間以上かけて探し回るが、日向はどこにもいない。疲れ切ってカクタスが公園のベンチに腰掛け、缶コーヒーを開けて飲もうとすると不意に声を掛けられた。「カクタス」聞き覚えのある、それでいて久しぶりに聞いた、甘く優しい声。振り向く前に誰であるか分かってしまったが、恐る恐る振り返った。
「あー、その、久しぶりだな」カクタスはぎこちない挨拶をした。そこに居たのはコンク―リだった。彼女はカクタスに近づいて抱きついてきた。「ずっと会いたかったの」カクタスの胸に彼女の顔を埋めた彼女が泣いていた事は言うまでもない…………。
4話:完 6章6話のあらすじ 1カクタスとアーニャの結婚披露コンサートが開催される。2会場には多数の人間が訪れていた。その中に、日向の母もいた。母は、アーニャが日向と別れた事を知る。3コンサート後、日向の楽屋に母が押しかけ、日向とアーニャの前に姿を現す。アーニャは母の顔を憶えていなかったが、カクタスは記憶に残っていた。4「日向、俺と結婚してく……」「嫌だ」「俺の話を聞い……
「断る」カクタスは日向の目を見つめた。彼の目を見ていれば、カクタスが真剣である事を理解させられるはずだったからだ。「日向クン、お願い、私と結婚して」アーニャが訴えかけるも日向の意思は固いようだ、「ごめん、俺やっぱり好きなんだ、あの人のことが好きになったんだ」そう言って部屋から出て行った。
5残された三人は気まずい雰囲気になっていたが、「カクタスさん」と呼びかけられる「はい?」返事をするやいなや、いきなりキスをされた「んっ」カクタスは驚いて後ろに仰け反るがなんとか踏み留まる、しかしアーニャは構わず舌を入れてきて絡ませる。アーニャの胸を押しのけて、カクタスは言った「なにやってんだよ」
アーニャが「カクタスさん、私と結婚してください!」アーニャの告白に戸惑うカクタス「ちょ、ちょっと落ち着けよ、冷静になれよ」と言いつつも内心ではアーニャと結婚できるかもしれないという嬉しさが湧いてきているが、「お気持ちは嬉しいのですが、今はあなたとは結婚できません」と断ったカクタス、その理由を聞くと「まだ私はカクタスさんを愛していないから」と言った、それを聞いたカクタスは、ますますアーニャに惹かれてしまう
「私のことを愛してくだされば必ず幸せにしてみせます」と言うアーニャ、だがカクタスは、どうしても彼女を好きになることができない「俺は、あいつを今でも好きです。だからあなたを愛することは絶対にありません」とカクタスが拒絶する、そして最後に「あなたに好かれる努力をすれば良かったですね」と言って去った。7 カクタスがいなくなったあと、部屋に残って泣こうとしたが、日向は我慢できなかった、コンク―リの制止を振り切りコンサート会場から逃げ出した。
アーニャは一人取り残された「これで良かったのかな」
日向が逃げてしまった以上どうすることもできない「カクタス、ごめんね」
日向が逃げる直前、彼がコンク―リの唇を奪ったことに対して、カクタスはショックを受けていたが「まぁ仕方ないか」と思い直し始めていた
「アーニャ、愛しているよ」そう言って去っていく彼を見た瞬間、胸の中に言い様のない不安が生まれたのを彼女は感じていた、それがなんなのか分からない、けれどとても大切なものを失ったかのような喪失感を覚えたのだ。8 コンサート会場から飛び出した日向はあてもなく走り続けたがすぐに力尽き、近くの喫茶店に入った。店内には他に客はいなかった、店員に注文をし、席について落ち着いた頃に一人の男が入ってきた。男は、日向を見るなり「ここにいたのか」と言い、日向の隣の椅子を引いた。
「座っても構わないか」と聞かれたので「いいですよ」と答えた。「俺は、銅 明」と名乗った彼は、日向と同じで恋人にフラれたらしい、二人は意気投合し、しばらく話を続けた。やがて銅が口を開いた「俺と一緒に暮らさないか?君とならうまくやれると思うんだ」
突然の提案に驚いたが日向は迷わなかった。翌日、アパートに戻った日向は荷物をまとめて引っ越しの準備を始めた、するとそこへ銅が現れた。銅は手に持っていた紙袋を差し出した「これは?」と聞くと「プレゼントだ」と返ってきた、中身は指輪だった。「受け取れないよ」と返そうとすると銅が日向の手を握ってきた
「受け取ってくれ、この指輪は、俺達の未来を祝福してくれるはずだ」
銅の言葉に背中を押されるように、日向は指輪を受け取った。9 銅との生活は楽しかった、銅は料理が上手かったし、掃除や洗濯も完璧にこなしていた、そして日向は銅の作る曲に惚れ込んでいた、彼の作った曲はどれも素晴らしいものだった、日向は彼に恋をしていた、しかし、その想いを素直に伝えることはできなかった。
ある日、銅が日向に聞いてきた「君は俺のことを愛しているか」と、日向は答えられなかった、なぜなら日向はまだ銅のことが愛せないでいたから、そんな日向を見て銅は苦笑いを浮かべていた。
「俺は君の全てを受け入れるよ」そう言ってくれた、だが日向には分からなかった、なぜ自分がここまで惹かれているのかという事が、そしてその日を境に、銅に対する愛情が薄れていった、そんなある日、日向が買い物から帰ると、玄関に銅の靴がない、不思議に思いながらもリビングに行くと、そこには、血を流し倒れている銅がいた。
「なんでこんな事に」日向がパニックになっていると、部屋の扉が開いた「ただいま」と帰ってきたのはアーニャだった、アーニャが部屋に入ってきて日向に抱きつく「心配したんだよ」
「アーニャ、一体何が起こっているんだ」
音楽は魔物だ。一度でもその魔力に魅入られれば二度と抜け出すことはできない。その証拠に俺の心は既にアーニャに囚われてしまっている。そして音楽と共に生きたいと願ってしまった。俺は音楽と生きることを決めた。アーニャを救えるのなら俺は悪魔に魂を売ってもいい。
木星第93番衛星ポリュムニア(元エレノア・ヘリン彗星)上空。天を圧する太陽系最大の惑星は見た目だけでなくあらゆる面で君臨する。