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やる気に満ち溢れてしまったバストロとレイブは、凄まじい速さで冬篭りの準備を進めていった。
一日でも早く篭ってレイブとコミュニケート出来ている神様から修行を付けて貰いたい……
そう願ったバストロは、以前に自分がレイブに課した、
『冬の準備は自分たちの力で!』
という命題を、自ら積極的に反故(ほご)にしてバリバリと働くのであった。
狩り集めてきたモンスター肉や果物、野草や薪が乾燥前だと言うのに、待ちきれない、そんな風情でレイブに詰め寄るバストロ。
「なあ、もう篭ろうぜレイブぅ~、早く篭って修行で鍛えて貰わんとぉ~、あっと言う間に春、いやいや夏になっちゃうぞぉ~、なぁ~篭ろうぜぇ~」
「ええ? だけどちゃんと乾かさないとカビたり腐っちゃったりするよ? 凍らせておいたとしてもさ、万が一生命力が沢山残っていたりしたら、師匠と僕は石になっちゃうだろうし、ヴノとペトラは大爆発、ジグエラやギレスラが口にしたら正気を持たない邪竜になっちゃうんだよ? そんなのいやじゃないかぁ~、それにまだ雪が降り始めたばかりでしょ? 冬眠するヴノとジグエラの食い溜めだってこれからが本番じゃないかぁ、辛抱しようよおじさん」
「ちぇっ!」
おじさん呼びを咎(とが)めもせずつまらなそうに頬を膨らませたバストロはまるで少年である。
まあ、それも仕方ないのかも知れない……
何しろ冬篭りというのは大変つまらない、暇の極致だったのだ。
既に二十数回も退屈な冬を過ごさざる得なかったバストロが、刺激が有りそうな今年の冬に掛ける期待の大きさは、物心ついてから数回の冬しか越えていないレイブには窺い知れない程であったのだ。
因みにレイブは勘違いをしている、一応説明を加えておく事としよう。
爬虫類の魔獣であるジグエラ達竜種は、厳密に言えば冬眠はしない。
変温動物の彼女たちは周囲の温度が下がる事に合わせて生命活動自体が低下する。
この不活発な状態では、運動能力だけでなく呼吸や心拍すらも回数を減らし、場合によっては完全に停止してしまう事もあるのだ。
この状態を指して『越冬』と呼ぶ。
哺乳類の一部、コウモリやヤマネ、クマ等が行う『冬眠』は、食料に乏しく、寒気や風雪の厳しさが生存を脅かす場合に、自ら不活性な状態になる事によって冬を通り過ぎる、正しく眠っているのである。
冬に巣等に篭って動かずに過ごす事から混同される場合が多いが、実はメカニズム的には結構違うのである。
哺乳類が目覚めるタイミングは生命維持に必要なエネルギーが枯渇した時、つまり、これ以上は死ぬ場合だ。
対して鼓動まで止めてある意味死んでいる状態の爬虫類が起きる時は周辺の気温が上がる、つまり春が来たタイミングである。
彼らだけでなく、進化の枝分かれが古い生物、前述の変温動物達や植物は、哺乳類達が『死』と呼ぶ状態からいとも容易く復活する事が常なのだ。
何十年も干上がっていた湖沼(こしょう)に水を入れた直後、魚や水生昆虫が泳ぎ始めるのもこれと同じである。
更に言えばヴノに至っては『冬眠』ですらない。
進化の枝分かれがニンゲン並みに新しい豚猪(とんちょ)にそんな器用な真似は出来ないのである。
ヴノの場合は塒(ねぐら)に溜め込んだたっぷりの餌を、寝そべったままでムシャムシャ食べて喰っちゃ寝喰っちゃ寝を繰り返しているに過ぎない。
その証拠に何日かに一回のペースで谷まで降りて水分補給と用足しを行っていた。
やる事が無いから眠っている時間が長いだけなのである。
そんな事は知らないし、恐らくこの先も考えもしないだろうレイブは、日当たりと風通しが良い岩場の上に、岩塩を塗(まぶ)したモンスター肉を並べ続けて行くのであった。