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渓谷の周辺では植物達が越冬の準備である落葉をすっかり終えて、見た目にも寒々しい雰囲気が漂い始めた夕方、レイブはバストロに慌てた声で報告だ。
「師匠っ! ジグエラが動かなくなっちゃった! どんなに呼んでも叩いても微動だにしないんだよ! どうしようっ!」
緊迫した声に答えるバストロの動きは早い、即座に立ち上がると嬉しそうな声音を発する。
「漸(ようや)くか、待ち兼ねたぞぉ! さぁ、お楽しみの冬篭りの始まりだぁっ! 良し、ジグエラを鍾乳窟の入り口まで移動させるとするか、おーいヴノぉ! ジグエラを動かしてくれよっ! 今年も眠っちまったんだとぉっ!」
『ブフォ? 今年もか、毎年毎年…… 全く、ドラゴンと言うヤツは限界を迎えるまで動きたがって始末が悪いのお、もうそろそろじゃと思ったら、入り口で大人しくしていれば良い物を…… 手間が掛かって大変じゃわい…… 折角寝ていたというのに、やれやれ』
『グガ? ゴメンナサイ、ハルニナタラ、イットクネ、ヴノ』
『ギレスラ、お前が謝る事では無いぞい、それに伝言も無用じゃ、この言葉も風物詩、冬の名物、習慣みたいな物なんじゃ、ブフォフォフォ♪』
『ガ? ソウナノ?』
「おおーい! ヴノぉ! 早く来てくれぇ! よりにもよって崖を上りかけた所で眠っちまってるんだ、お前じゃないと動かせ無さそうなんだよ!」
『フォフォ、やれやれじゃぞい』
この後、崖から滑落する寸前になっていたジグエラを自慢の長く尖った牙で掬い上げたヴノは鼻歌混じりで鍾乳窟の入り口まで運ぶと、大小六本の牙を器用に使って、ジグエラを休眠に適した姿勢へと整えたのである。
具体的には、まあ、クルクルと長い体や首、尻尾を巻いて、頭を背中に向けて大きく湾曲させて納めた後、申し訳程度に翼の粘膜をその上に掛け、転じて尾の付け根が冷え込む事を毎年嘆いていた彼女の為に、今年は尾の尻尾を抱き枕的に付け根近くに回し込んで寒さを凌げる様にしたのであった。
尾の付け根と重ねられた尾先に出来た僅かな隙間に、麦わらや色々なグラス種の枯れ草を詰め込んでいくバストロとレイブも手馴れた物である。
今年の秋に充実して送った日々が窺い知れる、頼もしい事この上ない、そんな風に思える美しい連携であった。
『グーグアッ! グーグーグー、スヤスヤスヤァ』
ジグエラの寝息が鍾乳窟の中に響き渡る。
冬が始まったのだ。
早くも眠り始めたヴノの大きな姿を見届けた『北の魔術師』、バストロは大きな声で宣言するのであった。
「さぁ、冬篭りだぞっ! 皆一緒に成長しようっ! 俺は絶対途中で投げ出したり諦めたりはしないつもりだぞ? お前らもそうだろう? しっかり付いて来いよ? おけい?」
「『『オケイ! グア』ブヒッ』フンスッ!」
こうして『次の魔王』とか噂されちゃってる『北の魔術師』、バストロが待ちに待った、冬篭り、神様が直接課してくれる、とんでもないほどの強者への修行、そこへ至る道が始まってしまったのである。
しっかり抱き合ったレイブとペトラ、ギレスラの頭の中に、神様? の声が高らかに響き渡ったのである。
『いいな、実にいいぞっ! ああ、数千年ぶりだっ! 教えてやろう…… この世界を統べる、そんな強さをな、くふふふ、くぅははははぁはぁはぁっー』
かくして、皆が待ちに待っていた、冬篭りが始まるのであった。