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昼休み。
俺は、
自販機の前に立っていた。
何を買うか、
決めていない。
ただ、
並んでいる缶を
眺めている。
ガコン。
誰かが、
硬貨を落とした音。
金属が床を転がる、
乾いた音。
――それだけ。
それだけなのに、
胸の奥が
急に冷えた。
拾い上げる。
十円玉。
少し、
曲がっている。
……前にも。
こんな音を、
聞いた気がする。
頭の中に、
映像が割り込む。
夕方。
駅前。
コンビニ。
レジの前で、
ポケットを探る手。
落ちる硬貨。
◾︎◾︎「ごめん、
あとで払う」
そんな声。
……誰の?
名前が、
出てこない。
でも、
分かる。
あの時、
俺は少し離れた場所で
それを見ていた。
声をかけようとして――
やめた。
理由は、
もう覚えていない。
⸻
ミオ「……大丈夫?」
後ろから声。
ミオだ。
ミオ「ぼーっとしてたよ」
俺は、
十円玉を
自販機の投入口に入れる。
カタン。
選んだのは、
ブラックコーヒー。
苦いやつ。
なぜか、
それしか
選べなかった。
ミオ「それ、
前も飲んでたよね」
心臓が、
跳ねる。
「……そうだっけ」
ミオは、
首を傾げる。
ミオ「うん」
ミオ「誰かと
一緒に」
誰か。
その言葉で、
頭の奥が
じわっと熱くなる。
ミオ「ほら、
放課後に」
ミオ「用事あるって
言ってた人」
……あ。
あ、あ、あ。
喉の奥まで、
音がせり上がる。
名前。
でも、
出ない。
ミオ「……どうしたの?」
俺は、
缶を握りしめる。
冷たすぎる。
「いや……」
「今、
何か思い出しかけた」
ミオは、
少し不安そうに
俺を見る。
ミオ「思い出さなくて
いいよ」
その言葉が、
引き金だった。
――思い出さなくていい。
誰かが、
そう言っていた。
ずっと前から。
_________
突然、
スマホが震える。
【アリウム】
今の音。
聞こえた?
_________
指が、
動かない。
_________
【アリウム】
硬貨。
金属音。
あれが、
最初のトリガー。
本当は、
あそこで
お前が
声をかけてたら
_________
画面が、
一瞬暗くなる。
_________
【アリウム】
冤罪は
成立しなかった。
でも、
お前は
迷わないって
決めた。
_________
俺は、
歯を食いしばる。
_________
【アリウム】
覚えてるか。
あいつ、
小銭
いつも
落としてた。
_________
胸が、
痛い。
そうだ。
不器用で、
よくポケットから
物を落として。
それを、
笑って誤魔化す。
……ユウ。
名前が、
ようやく
形になりかけて――
ミオ「ねえ」
ミオの声で、
一気に霧がかかる。
ミオ「今、
誰のこと
考えてたの?」
俺は、
首を振る。
「誰でもない」
それは、
嘘じゃない。
もう、
“誰”として
存在できないから。
ミオは、
少し安心した顔をする。
ミオ「よかった」
ミオ「最近、
変なこと
考えすぎだよ」
俺は、
笑う。
でも、
胸の奥で
何かが
確実に動き出していた。